古酒の隠れ家

このサイトは古酒の創作活動などをまとめたサイトです
※一部、一次創作同人活動などを含みますので
苦手なかたはご注意ください

魔族大公の平穏な日常

目次に戻る
前話へ 後話へ


【第七章 魔王大祭 中編】

88.最近みんなが情緒不安定なのは、大祭のせいですか?



「と、言うわけで、急遽この城は明日、全魔族に向けてその存在を公表されることになった」
 俺はジブライールをはじめ、各施設の建築士や現場主任なんかの主だった面々を事務所に集め、事情を説明した。

 とはいっても、魔王様とウィストベルのことまでは伝えていない。
 みんなの仕事が思った以上に早かったので、公開も前倒しになった、という風に説明して、手順や大ざっぱな配置なんかの打ち合わせをすませた。
 一応、各施設には現場主任やその下の主だった者たち、それから担当建築士を待機させ、施設内を回るようであれば同行してもらう。
 あちこち引率するのは俺とジブライールで十分だろう。さすがに魔王城の中を、その主の許しも得ずに勝手に歩き回るものはいないだろうから。

「結界もそのときに解除なさるのですか?」
 オリンズフォルトから質問があがる。
「そうなると思う」
「いよいよ我々も大手を振って、大祭に参加できるわけですね!」
 一人が喜びの声を発した途端、緊張感にあふれていた空気が和んだ。

「そうだな。君らにも我慢を強いたが、解放後は存分に楽しんでくれ。一応、今この場に集まってもらっている者たちには、遷城が完了するまでは残ってもらうつもりだが、現場での作業が終わっている者たちには明後日から帰宅を許可する」
「美男美女コンテストの開催は……」
 誰からともなく質問の声があがった。やはり気になるのはそれらしい。
「もう間もなくだ。先日投票箱の設置も終わった。あとは壁面彫刻の完成を待つだけとなっている」
「開催に間にあったか!」
 歓声で室内が沸く。
 そのためにあれだけ頑張ったんだもんな。そりゃあ喜びもひとしおだろう。

「それから、君らの方から要望のあった、我が城での食事会にも許可が出た。大祭が終了した後のことになるが、全員に直接招待状を送るから、それも楽しみにしておいてくれ」
「おお、これで噂のアレスディア殿を生で拝めるというわけだな」
「ああ! 待ち遠しいな」
 俺が思った以上に、デヴィル族の男性諸君には喜んでもらえることのようだ。却下しないでよかった。
 ……アレスディアとマーミルに話をするのはこれからだが。

「まあ、あくまで俺が大公位争奪戦で無事だった後の話だがな。万が一、大公の座を追われるなり、死ぬなりしたら諦めてくれ」
「またまたご冗談を」
 うん。確かに、ご冗談だ。

「では、急な話で悪いが明日は対応を頼む。これで解散とする」
「はっ」
 全員揃っての笑っちゃう敬礼の後、彼らはばらばらと事務所を出て行った。

「大公閣下からの招待状だってよ!」
「いい記念になるわね」
「閣下の紋章入りの、よ。子供たちに見せたらきっと喜ぶわ」
 作業員たちのほとんどは、無爵の者だ。有爵者は全体の五%にも満たず、その彼らでもほとんどは下位に属している。それは現場主任であっても例外ではない。
 だからただ大公から直接招待状が届く、というだけでもこれほど喜んでもらえるのだろう。
 俺だって下位の男爵だった頃には、大公の紋章入りの招待状なんて一度ももらったことはない。まあ、あのネズミの紋章なんて、手許に届いたところで嬉しくもなんともなかっただろうけど。

「あ、ジブライール。悪いが残って……くれ……」

 結界の解放の前に、しなければいけないことがある。隠蔽魔術の解除だ。
 だから俺は、魔王城へ直行するわけにもいかない。一度ここによって、ミディリースを降ろしていかないといけない。
 解除する間、俺がついていてやれればいいんだが、そうもいかないだろう。だから、誰かに彼女の保護を頼まねばならない。それが可能なのは、この間一緒にいて少し慣れたジブライールか、親戚であるオリンズフォルトに限られる。
 もっとも、オリンズフォルトはまだその存在をミディリースに明かしていないし、どうやらそれを食事会の時までひっぱりたいらしい。
 となると、ジブライールしかいないわけだ。
 そう思って声をかけたのだが、なんだろう。
 名前を呼んだ瞬間、妙にビクつかれた気がする……。

「……はい」
 返事にいつもの切れがないし、それに……。そういえばさっきからずっとうつむき加減で、まともに顔をみていない気がする。
「どうした?」
 そういえば昨日、オリンズフォルトが妙なことを言っていたじゃないか。
 まさかウィストベルに続いてジブライールまで、体調不良に陥るようなトラウマが発動したわけでもあるまいが。

「……ご用の向きはなんでしょうか?」
 あれ?
 ほんとうになんだか様子がおかしくないか?

 全員が部屋からはけてしまってから、俺は彼女に歩み寄る。
「ジブライール?」
 それでもこちらに顔を向けてくれない。
 業を煮やした俺は、手を伸ばして彼女の顎をつかみ、ひきあげた。

「!」
「目が赤いな」
 隅で泣いているとかなんとか……オリンズフォルトの冗談だと思っていたのだが、本当にそうなのか?
 手の平で頬を包み込み、親指で目の下を撫でてみる。
 濡れてはいないから、今泣いていたのではないのだろう。

「なにか眠れないことでもあったのか?」
「……そんな、ことは……」
 言いながらジブライールは俺の手から逃れるように、二、三歩あとじさった。

「悩み事があるのなら、俺でよければ聞くが」
 部下の安定は、自領の平和にもつながる。話を聞いて気の済むこともあるだろうし、そうでなくとも出来ることなら何でもするつもりだ。
「私的なことです。閣下には……関係ありません」
 ぶっきらぼうに言われて、また目をそらされた。
 好意からの言葉のつもりだったのだが、どうやらジブライールの気に障ったようだ。
「……そうか、悪かった」
 もう余計なことは言わないことにしよう。
 ……別に落ち込んでなんていない。
 とっとと本題をすませてしまおう。

「では、明日の件だが、隠蔽魔術の解除に際してミディリースの」
 少し距離をとろうと、歩きだそうとした瞬間、手許に抵抗を感じる。
「ん?」
 見ると、ジブライールの手が俺の服の袖をつかんでいるではないか。
「も、もしも……」
 ……もしも?

「もしも閣下に一途に想うお方がいたとして」
 最初からつまずくたとえ話だな!
 だが相談してくれる気になったようだし、つっこみは控えておこう。
「そのお方が別の方とご懇意になさっている、としたらどうなさいます、か?」
 つまり、自分の好きな相手に恋人がいたらどうするか、ということか。
 これはあれか……もしもと言いながら、実際にジブライールは自分の置かれている状況を語ってたりするのだろうか。
 ジブライールの好きな相手、か。それは確かに私的な悩みに違いない。

「そうだな、もしも俺の想い人に恋人がいたとしたら……」
 仮にウィストベルが想い人だとすると、魔王様のいる今がちょうどそんな状況というわけだ。

 …………。

 別になんということはないな。
 もちろんそれは、ウィストベルが現実には俺の想い人でないからで……逆にこう想像してみよう。俺の恋人に、別の想い人ができたという状況なら……。
 いた……あいたたたた。ちょっと待て。胸が痛い。心が抉られる。

「そのお相手の方はとても強くて誰よりお美しく」
 その相手は筋肉隆々の、顔立ちだって男から見ても男前、と呼べる堂々とした偉丈夫で。
「身分も自分より高くて、美男美女のお二人は端から見てもとてもお似合いで……」
 身分も俺より高くて、どちらも貫禄があるという点ではお似合いの……ん?

「……ジブライールより身分が高い相手?」
 俺の指摘に、ジブライールはハッと目を見開く。
「ち……ちが……違います! もしも……もしもの話で、私のことを言っているのではありません!!」
 あ、しまった。そういう体で話すんだったか。
 だがこの様子では本当に自分のことなんだろうな。
 まさかジブライールにそんな相手がいたとは……。

 しかし、ジブライールより身分が高くて美しくて強いとなると……まさか本当にウィストベル?
 待てよ。
 となると、もしかしてジブライールの想い人というのは――。
「魔王様か!」
「え?」
「ああ、いや、なんでもない。ジブライールのことじゃないもんな」
「は、はい! もちろんです!」

 絶対に自分の話だと認めたくないようだから、ここはウィストベルと魔王様で正解だと、心中で勝手に仮定しておこう。ジブライールより身分が上の男女となると、その可能性は限りなく高い気がする。
 だとすると、魔王様はウィストベルにそりゃあもう本気だ。それはそうだが、だからといって他の女性に手を出さないと言うわけではない。もしもウィストベルに一途だというのなら、そもそもあんな別通路をもつ部屋をつくるはずなどないし、実際にいつも誰かしらお相手がいるとは聞く。
 だが、お相手に選ばれているのはあくまで魔王様の配下にある女性魔族。

「強引に迫れば、関係を結ぶのは可能かもしれない。だが俺がもし相手に片思いをしている立場なら……」
 ジブライールは美人だし、気だてだっていい。そんな相手から真剣に迫られれば、男なら誰だって嫌だとは言えないはずだ。
 俺だってジブライールに迫られてみろ。我慢できる自信はない。魔王様だってきっと――。

 ただ、ジブライールは現状俺の部下だ。その状態で魔王様のところへ通うのは容易ではない。
 ではジブライールを副司令官から外して領地を移動させるか、というと、そんなことは考えたくもない。魔王様だって、ウィストベルという本命がいて公にできるようになった今、他の女性に言い寄られたとしてもそこまで手間はかけないだろう。
 となると、たった一夜の情事で終わってしまうのではないだろうか。

「関係の継続を望めないと判断したなら、すっぱりあきらめるかな」
「え……」
「たぶんその想い人というのは、その恋人のことがとても好きなんだと思うんだ。それはもう生涯、誰の手であっても引き離せないほどの愛情を、お互い抱いていると思うんだ。そうなると強引に想いを遂げたところで、自分はどう頑張っても二番目以降にしかならない訳だ。それどころか、その一度きりで終わってしまう可能性が高いんじゃないかな」
 ジブライールにそんな想いをさせる訳にはいかない。
 かわいそうだが、諦める方向へ誘導するしか……。

「そんなに……望みは薄いのでしょうか」
「ああ。たぶんな」
 魔王様は言うに及ばず、昨日のウィストベルの様子を見ていると、彼女の魔王様に対する想いも結構なものがあるとは思うんだよな。

「もちろん本人がそれでもというのなら止める権利は誰にもない。でもせっかくこんなに美人なんだから、相手のいる男のことなんて忘れて、自分を一番に想ってくれる相手を見つけないともったいな……」
 あ、しまった。ジブライールのことじゃない話、なんだった。
 しかもやばい。
 葵色の瞳がウルウルと滲んでいるではないか!

「いや、違う。つまりそういうことじゃなくて……」
 余計なことを言うんじゃなかった!
「まあ、その……。実在しないたとえ話はおいといて、だ」
 こういうときはあれ……こういうときこそあれだ!
 俺は右手をズボンのポケットにつっこみ、冷たい固まりを握りしめる。

「ジブライール、手を出してくれないか」
「え……」
 追い打ちをかけられたように、不安げな顔で見上げてくるジブライール。
 俺ってイマイチ信用されていないのだろうか?
「右でも左でもいいから、好きなほう。大丈夫、変なものじゃない」
 そう保証してみせると、ようやくソロソロと左手を差し出してくれた。
 その細い手首に、ポケットから取り出したそれをくぐらせる。

「……閣下、あの……これは……」
 ジブライールの手首に通したのは、もちろん雑貨市で譲り受けた紫水晶の腕輪だ。
「ジブライールに似合うと思って、大祭が始まってすぐに雑貨市で手に入れていたんだ。けどなかなか渡す機会がなくてな……こんな遅くになってしまった」
 まあ、ちょっといいように脚色したかもしれないが、事実に反してはいないはず。
 だがいきなり手首に装着してみせるのはマズかったか……。手の平に置くくらいでよかったかもしれない。
 ジブライールのこのとまどいを見ると、押しつけがましい奴と思われている可能性もある気がする。

「わ……私、に?」
 あ、ちょっと好感触?
「ほら、水晶の色が君の瞳と似ているだろ? それに彫刻の花が葵の花らしくてな。ジブライールにピッタリだと思って。確か紋章は葵の花だったよな?」
 ジブライールはその潤んだ瞳を俺に向けてきた。
「覚えて……くださってるん、ですか?」
「そりゃあまあ、副司令官の紋章くらいは当然」
 ちなみに、俺のお気に入りはヤティーンの紋章だ。なぜって、どこからどう見ても可愛い雀が虚勢を張っているさまが、それはそれは愛らしいからだ。

「……」
 ジブライールはぎゅっと、左の手首を握りしめた。
 まさか、気にくわないからいきなり砕くとかじゃないよね?
 お願いだから、目の前ではやめて欲しい。やるなら後で、俺の見ていないところでしてください。お願いしますジブライールさん。

「こんな……」
 こんな?
「こんなことをなさるから……」
 ああ……。やっぱり喜んではもらえなかったか。
「閣下は……ひどい、です……」
 えっ!?
 ちょ……え!?
 なんで泣くの、なんで泣くの、ジブライール!!
 そんなに嫌だった? そんなに俺からのプレゼントは迷惑だったのか!?

「ごめん……君の好みもあるだろうに、強引に押しつけてしまって! 本当に悪かった。返してくれ。この腕輪は俺がひきとって、また後日別のものを……」
 目の前で砕かれるとさすがに傷つくから、返してもらおう。
「嫌です! これがいいです!」
 ジブライールは手首を握りしめ、それを庇うようにして俺に背を向けた。
 あれ?
 いいの? その腕輪でいいの?

 俺からのプレゼントが嫌で泣いたのかと思ったのに、違うらしい!
 ならいったいなぜ泣いている?
 なぜこんなことになってるんだ?
 なぜ泣きやまない?
 やばい、俺はどうしたらいいんだ?

「あー」
 とりあえず、ジブライールの頭に手を置く。
 泣いたり落ち込んだりしている子供への対処法しか、今は思いつかない。
 そう、つまり、頭を撫でてやるのだ!
 ウィストベルだって、抱きしめて髪を撫でつけている間に落ち着いたではないか。
 そうとも、この方法は間違っていないはず……。

「ジブライール、頼むから泣きやんでくれ。どうすれば泣きやんでくれる?」
「……ぎゅ……」
 ……ぎゅ?
 頭をぎゅっとか意味わからないし……髪の毛をぎゅっと握る? 余計意味不明だよな。

「閣下が……だ……抱きしめて、くだされ……ば……」
 そういうジブライールの耳は赤い。
 自分でも子供っぽいと思いつつ、言ってるんだろうなぁ。

 俺はジブライールを背中から抱きしめた。
「これでいいのか?」
「あ、あの……」
 腕の中で、ジブライールが身じろぎする。
 うつむいたままくるりと体を回して、正面からもたれかかってきた。
 腕は握りしめたままだ。
「あともう一度、頭を撫でていただいて……」
 まるっきり、昨日のウィストベルと一緒だな。
 俺は彼女の要望に従って、髪の毛をゆっくりと撫でてやる。

「泣きやんだ?」
「……まだです」
 ホントだろうか? もう鼻声じゃないんだけどな……。
「もうそろそろ……」
「まだです!」
 えっと……むしろ、元気な声に聞こえるんだけどな……。

 仕方がないので俺はジブライールがいいというまで、ずっと彼女を抱きしめながらその頭をなで続けていたのだった。

 ミディリースのことを頼みたかっただけなのに、どうしてこうなった。

前話へ 後話へ
目次に戻る
小説一覧に戻る
inserted by FC2 system