魔族大公の平穏な日常
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【第七章 魔王大祭 中編】
「よお、久しぶり」
手をあげて近づいてきたのは、ベイルフォウスだ。
確かに、こうして間近で話すのは久しぶりだ。マーミルのあの一件以来、避けられていたようだし。
だが今日は新魔王城の内覧会。
七大大公が公式に揃う日だ。しかも、主催は俺と魔王様ときている。
その席で俺を避けるわけにもいかないだろう。
「ずいぶん急な話だな。何かあったのか?」
「ああ、まあな」
大公を現魔王城に緊急召集しはしたが、内容は伝えていない。
せっかくここまで内緒にしてきたのだから、せめて魔王様が公言なさる瞬間までは、その秘密性を保ったままにしたいと思うのは当然だろう。
結局昨日はあの後、ずいぶん時間はかかったが、ジブライールは機嫌をなおしてミディリースの付き添いを引き受けてくれた。
それで俺は安心して今朝のうちにミディリースを現地に送り届け、それからこうして魔王城へやってきたというわけだ。
ミディリース自身は、俺が側にいないと知ってずいぶん不安そうな顔をしていたので、やや後ろ髪を引かれたが仕方がない。
帰ったらまた本でも贈ってやることにしよう。
「悪い話ではなさそうだな」
「ああ。心配ない」
「会議をすると聞いたけどね。なぜ会議室での集合ではなく、社交室なのかな?」
林檎酒を手に近づいてきたのはサーリスヴォルフだ。
今、室内にいるのはまだこの三人だけ。
魔王様はもちろん最後に登場だろうし、おそらくウィストベルも一緒だろう。
「まさかとは思うけど、陛下は御婚姻の発表をなさるわけじゃないだろうね? 君たち、あの二人の関係、知ってたの?」
「いいや、全く……」
サーリスヴォルフの問いかけに、ベイルフォウスがぴくりと頬をひきつらせる。
もしかして、ちょっとは気にしてたりするのだろうか。
軽薄に見えるとはいえ、一応ウィストベルへの想いを公言してはいたしなぁ。それに片方は他ならぬ、最愛の兄であるわけだし。
「へぇ……実の弟でも知らないことを、ジャーイルは知っていたわけだ」
なぜばれた!
俺は今、素知らぬ顔をしていたはずだ。
やはりサーリスヴォルフは勘が鋭いらしい。
「なんでお前が知ってるんだよ」
ほら、すぐにブラコンが反応する。
「いや、知っていたとは言ってない」
とりあえず、しらばっくれてみよう。
「どう見ても知ってたって顔つきだったろうが!」
え!?
まさか……俺がわかりやすい!?
「ウィストベルから直接聞いたのか?」
いくらなんでも殺気立つ必要はないだろう、ベイルフォウス君。
大人げないぞ、ベイルフォウス君。
「誰からも聞いてない。ただ……その、目撃してしまっただけで……」
「目撃? お前、兄貴とウィストベルがやってるところを見たのか」
「いや、さすがにそんな直接的な場面なわけないだろう!」
「じゃあ、何を見たんだよ?」
「何を見たのかなー」
サーリスヴォルフまで!
だが言えない。
魔王様がウィストベルの生足にすがりついて恍惚としていただなんて、口が裂けても言えるわけがない。
そうとも、魔王様の名誉のために!
「まあ……いちゃいちゃしてるところ……?」
「いちゃいちゃ……あの二人が、か。想像つかん」
え? かなりお似合いの二人だと思うんだが、みんなの認識は違うのか?
「どっちが上かでもめそうな気がするがな……」
「確かにねー」
「兄貴が組み敷かれてるところなんて想像つかんし、ウィストベルが他の女みたいに言いなりになってるところもちょっとな……」
「どっちも主導権を主張しそうだしね」
「そうか……一度にどっちも体験できて、二度おいしい、みたいなところなのかもしれん」
「ああ、そういうのもいいね」
もう嫌だこいつら。
「だいたい、それをいうならベイルフォウスはウィストベルをどう扱うつもりだったんだよ。君だって、女性上位に甘んじるタイプじゃないだろう?」
「いや、俺は相手が心底望むことなら、どんなことでも対処してみせる。それがウィストベルというなら尚更だ。それに相手の違う一面を、自分の力で引き出してみせるのも楽しいもんだろ」
俺はなんでこんなやつと親友ってことになってるんだったっけ?
ましてや何を学べって? サーリスヴォルフ。
マーミルがいれば二人とも問答無用で叩き出すところだ。
「もうそれくらいにしとけ、二人とも。プートのお出ましだ。あんまり下品なことを言ってると、空気が悪くなる」
俺はため息をついた。
その後、示し合わせたかのようにデイセントローズとアリネーゼが僅差で姿を現せた。
ちなみに、サーリスヴォルフが意味ありげに俺を見て、「ほらね、予想通りだったろ」と言ってきたのだが、なんと答えていいかわからなかった。なんとなくアリネーゼの毛づやがよくなっているようには感じたので、たぶん『引きこもって美貌を磨いているのかもしれない』と言っていたことを指しているのだろうと思う。
ウィストベルはそれから少し間をおいて、最後にやってきた。
魔王様と一緒に登場するかと思っていたのに、意外だ。
今日は血色もよく肌もいつも以上につやつやとして艶めかしく、それこそ美貌を磨いていたのはウィストベルではないのかと思えるほど。
一昨日、あんなに青ざめて不機嫌だったのが嘘のようだ。
あれだけ興味津々だったベイルフォウスとサーリスヴォルフが、魔王様とのことを問いただしにでもいくかと思ったが、二人とも意外に大人しくしていた。
というか、いつも通りだ。
サーリスヴォルフはそつなく挨拶を交わしただけだし、ベイルフォウスはいつものように平気で口説きにかかっている。
一方でウィストベルも相変わらず自分からデヴィル族の方へよっていかないどころか、プートとアリネーゼの存在はあからさまに無視している。
まあとにかく、後は魔王様の訪れを待つばかり、となっていたのだが。
「魔王陛下、並びに大公閣下方にご報告申し上げます。ただいま魔王城の北北西に、巨大な結界が出現いたしました」
慌てた様子で魔王様麾下の侯爵が飛び込んできた。
「巨大な結界? どういうことだ」
いち早く反応したのはプートだ。
ウィストベルがこちらに一瞥をくれる。
「ルデルフォウス陛下はこちらにおいででは」
「まだだ。だが、もう間もなくいらっしゃるであろう」
「では、陛下のおいでを待ちます」
真面目な魔王様の部下もやっぱり真面目なのだろうか。
「かまわぬ。続けよ。規模はどれほどのものじゃ?」
ウィストベルの凛とした声が響く。
「ですが……」
頑張れ、侯爵。魔王様は君の忠誠を信じているぞ。
「私がかまわぬ、と申しておる」
女王様はその侯爵の肩に手をかけ、耳元に囁きかけた。
いろんな意味でそのデーモン族の侯爵は硬直している。
まあ仕方ないよな。この場合は仕方ない。
「直径およそ十キロメートル、高さおよそ二百mの円形の結界が」
声が掠れただけですんでよかったな、侯爵!
ただ魔王様が来る前に、その真っ赤な顔はなんとかしておいた方がいいぞ。あれで君の主は結構、嫉妬深いからな。
「平原に突然現れた、というのですが」
ああ、ミディリースが隠蔽魔術を解いたんだな。
俺とウィストベルはそのからくりを知っているので平然としているが、他の大公たちはそうではない。魔王様の配下である侯爵も同様だ。何も知らされていない彼らの間には、一種の緊張感のようなものが漂っている。
「そうとうでかい結界だな。誰が張った?」
さすがにそれだけの規模の結界となれば、ベイルフォウスも無視はしていられないようだ。
「それが、不明でして。私はそれが出現した瞬間を目撃したのですが、あれはその場で誰かが張ったというより、まるで以前からそこにあったものが突然現れたようにしかみえなかったのです」
うん、実際に張ったのは九十日ほど前のことだからね。
「馬鹿な。そんなものが以前からあったというのならば、今まで誰も気付かない訳がない」
ミディリースの隠蔽魔術がなければそうだったろうな。
よし。ここら辺で種明かしをしてみるか。
「実は」
「そうなのです。あまりに不気味なので攻撃を試みたのですが、全て跳ね返されてしまいました」
「えっ! おい、攻撃した!? いきなりそれはないんじゃないのか?」
なんでこう魔族ってのは短絡的に反応するんだ。
いくら不審な結界があったからって、いきなり攻撃するか!?
いや、大丈夫だ。ウィストベルとか魔王様ならやばかったが、俺の結界は侯爵の攻撃なら耐えるはずだ。ああ、余裕でな。
だけど想像してみろ。
中のみんながどれだけビックリしたことか……。いいや、ビックリしただけならいい。万一ジブライールとかがキレてたらどうする?
最近の彼女は情緒不安定ぎみなんだぞ!
昨日だって、急に泣き出してなだめるのが大変だったんだぞ!
「なに焦ってる、ジャーイル」
「いやだって……」
「心配するのもやむを得まい。ジャーイルはその結界がどうしてそこにあるのか、何のためにあるのか、誰より知っているのだからな」
社交室によく通る声が響く。
「魔王陛下」
侯爵はほっとしたような表情を浮かべて敬礼した。
「ジャーイルが? てことは、結界は兄貴の命令でお前が張ったのか?」
「その通りだ」
俺が肯定すると、ベイルフォウスは納得いったように頷いた。
「も……申し訳ありません! 私は閣下の結界に攻撃を……」
やはり魔王様麾下の侯爵は、真面目な人柄のようだ。
そう言うや、俺に向かって深々と頭をさげる。
「俺の張った結界は当然無事だし、問題はない。ただ……」
今後はもう少し慎重な対応を、と言いたかったのだが、ウィストベルの言葉によって俺のお小言は遮られる。
「ではその見事な結界を見に、現地へ参ろうではないか。のう、陛下? そのための召集なのであろう?」
事情を知るウィストベルが魔王様に微笑みかける。
「いかにも。ウィストベルの申すとおりだ」
今までは公式な場所で、ウィストベルと魔王様がこんな柔らかい笑みを交わすことはなかった。噂を耳にしているとはいっても、その変化を目撃しつつある大公たちの反応は様々だ。
プートとアリネーゼは苦虫を噛み潰したような顔をしているし、サーリスヴォルフは好奇心から興味津々であるという表情を隠しもしない。デイセントローズはいつもの不気味な笑みを浮かべ、そうしてベイルフォウスは眉を顰めて複雑そうな顔をしていた。
「では一同。予と大公ジャーイルの配下、千にも及ぶ者たちの見事な手業を味わいに、そろって結界へ赴くことにいたそう」
魔王様の声が朗々と響いた。
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