古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第七章 魔王大祭 中編】

93.会議が終わったと思ったら、また一つ心配事が……



 思ったほど会議は長引かなかった。再開の後、魔王城の引っ越しに関して大祭行事の変更点を確認しあったのだが、俺の案に誰からも反対がなかったことが大きい。いいや、大公間でもめ出さなかったことが、すんなりいった一番の理由かな。
 そんなわけで、今後の主行事の開催についてはこのように決定した。

 まず、あと数日で投票が始まる美男美女コンテスト。
 これはつい先日、投票箱の設置が終わったばかりなので、そのまま旧魔王城の前地で行われることになった。
 なお、開票はその場で行われるが、発表は新魔王城からに変更された。
 競竜の一部の決勝ゴールも魔王城に定められていたが、これは新魔王城に変更された。
 パレードの終着点も同様だ。魔王様のいないところに到着しても意味がないのだから、当然だろう。
 同様の理由で、恩賞会も新魔王城で行われることになった。
 大音楽祭や舞踏会に至っては、わざわざ話し合う必要もない。

 そして、大公位争奪戦。
 魔王様の旧魔王城を舞台にしてもよい、という言葉を伝えると、破壊の魅力に抗えなかったのだろう。反対が出ないどころか、多少の思いの差はあれ、全員が瞳を輝かせた。
 おかしい。別に大公位争奪戦は、城を壊すのが目的ではないはずなのだが。そして、どうせ一日目の一戦目で、粉塵に帰すると思うのだが。
 見るがいい、ウィストベルのあの微笑みを!
 ひゅんひゅんしてたまらなかった!
 俺の明日はどっちだ!?

 なにはともあれ会議は無事終了し、解散となったのだ。

「そう拗ねるな。少しは見て回るのに付き合ってやるから」
 ホッとため息をつく俺に、声をかけてきたのはベイルフォウスだ。
「別に拗ねてない。子供じゃあるまいし……」
 俺をなんだと思ってるんだ、ベイルフォウスの奴。
「ただ、今までのみんなの苦労を考えると……せめてもうちょっと丁寧に案内したかったという思いがだな……」
 そうとも、拗ねてなどいないとも!
 この城を造るのにどこへも行けず、ひたすら作業に日々を費やした皆の努力の証を、もっとじっくり見て欲しかったと思っているだけだとも!

「その苦労を、一日で見て回ってわかった気になるんじゃ、それこそ勿体ないだろ。そう思っておけよ」
「まあ、そうだな……それは確かにそうだが……」
「なんだよ、その微妙な顔」
「いや……」
 なんかベイルフォウスに気を遣われてるなんて気持ちが悪いなと思って、とは口が裂けてもいえない。

「私もお話のお仲間に、加えていただいてよろしいでしょうか」
 近づいてきたのはデイセントローズだ。
 いつも通り笑顔がうさんくさい。
「あの素晴らしい転移術式……転移陣について、ぜひご教授いただきたいものですが」
 ああ、そういえばなんかそんなことを言っていたな。
「魔王様が言ってたろ、詳細は公文書に資料が追加されるから、それを見ろ。その上で疑問があったなら、応えてやる」
 大人げないかな?
 大人げないかな、俺。
 しかしどうしてもデイセントローズに素直に何かを教えてやる気にはなれないんだよ!

「承知いたしました。しかし、今からベイルフォウスと城を回られるのには、同行してもかまいますまい?」
 俺とベイルフォウスは顔を見合わせた。
 蒼銀の瞳には、はっきりと拒否感が浮かんでいる。
 俺が断ろうと口を開いたそのときだ。

「お邪魔して悪いのだけれども、ジャーイル。行ってしまう前に、少しお時間よろしいかしら?」
 その突然のかけ声に驚いたのは俺だけではないだろう。
 直前までその声の主と話していたはずのプートも、険しい表情でこちらを窺っている。
 ちなみにウィストベルは会議が終わるや一番に退席したし、サーリスヴォルフも今はもうこの部屋にはいない。

「アリネーゼ、珍しいな。こいつに何か用か?」
「ベイルフォウス。お友達の語らいをお邪魔して申し訳ないのだけれど」
「かまわんさ。くだらない話をしていただけだ」
 ベイルフォウスはアリネーゼにその場を譲るように、二歩後じさった。

「時間はとらせませんわ。ただ、ご招待したいだけですから」
「招待? 俺を?」
 一体なにに?
 アリネーゼは優美さの見本のような笑みを浮かべた。だがその笑顔と裏腹に、俺が彼女に感じたのは剣呑さだ。

「貴方もご存じのように、パレードは現在我が領地を回っております」
 待て。パレード?
「けれどそれも明日で終わり……明後日にはデイセントローズの領地へ移動してしまいますわ」
「その通りです。今か今かと、領民とともに待ちかまえておりますよ」
 デイセントローズが口を挟んでくるが、アリネーゼは彼を一瞥すらしない。

「パレードに選ばれた千人は誰も彼も、目を見張るほどの美男美女ばかり。その麗しい身姿で我が領民の心まで潤してくれました。それで私考えましたの。せめてものお礼をと」
 嫌な予感しかしない。
「明日、領境付近で酒宴を張ることにしました。その席にぜひジャーイル。貴方と……そう、妹君をご招待したいと思っていますのよ」
「酒宴……?」
 ちょっと待てちょっと待て。
 俺だけでなくマーミルまで招待?
 これはあれだよな。おそらくあれだな。

「パレードの酒宴……! アリネーゼ、ぜひ我も……」
「今回ジャーイルをお招きするのは、彼がパレードの担当だからですわ。他の方にはご遠慮いただきます」
 下心丸見えのプートの要望は、アリネーゼの容赦ない一言によって却下された。
「では、妹もご遠慮しよう。あれは担当どころか、成人すらしていない、未熟な身なのだから」
 嫌な予感しかしないどころか、もう絶対に嫌なことにしかならないのが明白だ! なぜって、おそらくその酒宴の目的は……。

「あら……私は何も、妹君をバカ騒ぎに巻き込もうというのではありません。これは純粋な好意なのですよ、ジャーイル。なぜって、ほら……なんと言ったかしら? 平凡なお名前なので、忘れてしまいましたけれど」
 アリネーゼのくぐもった笑い声が、妙に癇にさわった。
「なんとかいうマーミル姫の侍女が、参加しているらしいではない? 平凡な侍女ごときが栄えあるパレードの一員に選ばれるなど、生涯に一度あるかないかの栄誉でしょう。その者もきっとその晴れ姿を、主たる妹君に見てもらいたいのではないのかと思ってのことなのよ」
 やっぱり。
 やっぱりアレスディア絡みだった!

「お気遣いはありがたいが、デイセントローズの領地の次はもう我が領だ。それほど遠い先のことでもない。だが、せっかくのお誘いだ。俺はぜひご招待にあずかりたいと思う。しかし、妹は遠慮させていただく」
 どうせ遷城に関した道程の変更を、ウォクナンと打ち合わせないととは思っていたんだ。いい機会だから、その日を利用させてもらおう。
 だが妹はダメだ。
 女の争いに、うちのマーミルを巻き込んでたまるか!

「あら、そう……でもごめんなさい。お断りされるとは思っていなかったので、もう妹君に招待状を出してしまいましたわ。今頃、お手元に届いているのじゃないかしら?」
「!」
 な ん だ と !?
「アリネーゼ……!」
「あら、怖いお顔」

 ……ショックなんて受けてないぞ。
 デヴィル族に怖い顔といわれたからって、ショックを受けたりはしていない。本当だ。
「では、返事を出す手間を省かせていただこう。妹は欠席だ。二言はない」
 アリネーゼはわざとらしくため息をついてみせた。
「貴方も意外に頑固なのね。まあよいでしょう。けれど貴方は必ずいらしていただきますよ。まさかこれ以上、私の顔に泥を塗るようなことはなさらないでね」
 アリネーゼは威嚇するようにその犀の角をことさら上に挙げてみせると、胸を張りながら会議室を出ていった。

「と、言うわけだデイセントローズ。今のこともあるし、俺は帰ることにする」
「ええ。仕方ありませんね。今回はあきらめることといたしましょう」
 なんだかホントに慇懃無礼さが鼻につくやつだな。
「それでは失礼。またの機会を楽しみにしております」
 いや、またの機会とかないからね!
 とにもかくにも、デイセントローズが離れていってくれて、俺はホッとしたのだった。

「お前も悪いな、ベイルフォウス。せっかく付き合ってくれる気だったのに」
「俺は別にかまわんさ。兄貴の城なんだから、興味があれば勝手に見て回るし」
 まあ、そうだな。
 でもほら……俺から聞きたくないのだろうか、詳しい説明を!
 いくらでも話してやるぞ!!

「そんなことより、女の嫉妬ってのは怖いな」
 ベイルフォウスも、アリネーゼの意図を把握しているらしい。
「まあせいぜい、アレスディアの身に気をつけてやれ。美人なだけならいいが、口が悪すぎるのが心配だ。マーミルを悲しませるようなことだけにはならないようにな」
「お前に言われるまでもない」
 招待状を手に喜ぶマーミルの姿を想像しながら、俺はため息をついたのだった。

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