古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第七章 魔王大祭 中編】

97.ヤティーンは顔は雀だけど、チュンとは鳴きません



「チュンチュンチュンチュン、うるさいぞヤティーン! お前は雀か!」

 あ、ヤティーンは雀だっけ。そういえば。
 でも顔が雀なだけで……実際にはチュンとか鳴かないよな?
 なのに何でこんなに雀の声が聞こえるんだ。
 しかもなんか……。

 頭が痛い。
 がんがん痛い。
 なにこれなんだこれ……。
 魔王様に頭を割られた時とも違う。
 かつて味わったことのない痛みなんだけど。

 あと、なんか気持ち悪いんだけど。
 胃がムカムカして気持ち悪いんだけど。
 こんなのも初めてなんだけど。

 俺の知識を総動員して、この症状に値すると思われる状態の名を引っ張り出してくる。
 正直、一つしか思い浮かばない。
 そしてそう、それなら俺が経験したことのないという事実にも、納得することができる。

 でもまさか……そんなことってあるだろうか?
 にわかには信じられない。
 それでも浮かぶ言葉はただ一つ。

 二日酔い。

 だが待て。魔族は酒には酔わない。
 俺だってそうだ。
 試しに度数の強いといわれる酒を、浴びるほど飲んでみたこともある。結果、平常と全く変わらなかった。

 そうとも。

 酔うはずなんてないんだ、酒になんて。
 それに、頭痛がして気分が悪い――それだけじゃない。

 俺、寝てた?
 チュンチュン言ってるのはヤティーンじゃなくて本物の雀か。
 だとしたら今は朝?

 っていうか、そもそもここは…………どこだ?

 俺はなぜ、こんな見覚えのないところにいる?

 なぜ俺はこんな見覚えのないベッドで寝ているんだ?

 それからどうして。

 隣に――。

 長い睫毛に岩みたいな色した固そうな肌の持ち主が……。

「あら……起きたのね、ジャーイル」

 この睫毛はあれか。天然ものかと思っていたのだが、いわゆる付け睫毛か。
 なるほど、こんなに盛っているから、重さでいつも目が半眼に――。

 もとい。

 なんで隣にアリネーゼがーーーー!!

「……いやね、そんな顔をしないでちょうだい。まるでこの世に存在しない獣でも見るみたいに……」
「いや、すまない。そういうつもりじゃ……」

 ひいいいいいい。
 何もなかったよな?
 何もなかったよな?
 何もなかったよな?
 嘘だと言ってくれ。
 お願い、誰か嘘だと言ってくれ!

 アリネーゼは俺の目の前で、気だるそうに上半身を起こした。
 彼女は妖艶な仕草で寝台に腰掛ける。
 その上半身を彩る紐はねじれ、昨日より細くなっている。服としてなんの機能も果たしていないように見えるのだが、気のせいだろうか。
 一方の俺は、ピクリとも動けない。
 あまりのショックに体が硬直して、指の一本すら動かすことができないでいる。

「あの……ここは……」
「私の領内にある配下の城よ」
 ……なんだって!?
「なぜそんなところに」
「昨日のことを覚えていないの? 酒宴を張ったでしょう」

 それは覚えている。もちろん、覚えている。
 妹を送り出してから、ウォクナンとパレードの道順を確認したことも覚えている。
 だけど、その後の記憶がない。
 全くない。
 完全にない。

「本当に、酷い目にあったわ」
 えっ!
 体内からさあっと血の引いていく音が聞こえてくるようだ。

「やはりあんな席であのお酒を置いておくのではなかったわ。たとえ、自分の分だけのつもりだったとしても。おかげであなたが、あんなことに」

 あ ん な こ と !?

 俺はあわてて自分の全身を確認した。
 大丈夫、服はちゃんと着ている!
 昨日のままだ。
 乱れはあるが、たぶん寝ていたからだろう。
 体のあちこちにも異常はない。
 頭と胃以外はどこも痛くないし、気持ち悪さも感じない。
 そして、アソコに違和感もない!
 ただ……気だるい……。

 あああああああ!!

「……やめてくださらない、まるで私があなたを襲ったかのような、その顔、態度」
 え……。
「私たちの間に何かあるはずがないでしょう!? デーモン族になんて、なんの興味もないどころか、普段なら触れるのも嫌だわよ! ただ、ここで二人とも力つきてしまったから、やむを得ず隣で眠っていたというだけ」
 ええっとあの……よくわからないけど、よくわからないけど、とりあえず。
「つまり……何もなかった……?」
「だからそう言ってるでしょ!」

 ……。
 …………。
 ………………。

 ありがとう!
 誰か知らないけど、ありがとう!
 俺を守ってくれてありがとう!!

「とりあえず、風呂を借りてもいいかな? なんかベタベタして気持ち悪くて」
 アリネーゼの皮膚から爛れた汁が、とは言っちゃいけない。俺だってそれくらいの気は使えるのだ。
「……なんだかあなたって、思っていたより腹の立つ男ね。勝手にしなさい」
 アリネーゼはため息をつきながら部屋を出て行き、それから俺はその部屋に備え付けられた風呂に入って、さっぱりとしたのだった。

 ***

 一体何があったのか……聞いたところでは、こうだ。

 昨日、アリネーゼは酒を飲んでいた。
 もちろん、俺もみんなも飲んでいた。だが、アリネーゼの飲んでいた酒というのが、魔族が飲んでも酔いを感じる特殊な酒だったそうなのだ。
 確かにそういうものが存在する、というのは聞いたことがある。魔族に効く毒があるのと同じで、稀に魔族が酔う酒があるのだ、と。
 そしてその酒をアリネーゼは好物としているそうだ。だからそれは<水面に爆ぜる肉塊城>に常備されていて、何か催しがあるごとに蔵から出されるのだという。
 昨日のアリネーゼのテンションがおかしかったのは、その酒のせいで少し酩酊していたかららしい。

 もちろん、その酒は全員に振る舞われたわけではない。俺が飲んでいたのも、その酒ではない。
 その場ではアリネーゼ一人が飲んでいたのだ。
 けれど。

「あなたが間違えて、私のお酒を飲んだのよ。ウォクナン公爵との話に夢中になりすぎたのね」
 風呂を借り、服も借りてさっぱりした俺に、同じくさっぱりしたが睫毛は長いまま、そして常識的な布の量の服を着たアリネーゼが、あきれたように説明する。

「まあ私もいけなかったとは思うわ。あなたの反応がよかったんで、いける口なのね、なんて一緒に飲むことにしたのだから」
 そこからすでに覚えていない。
 え。ってことは、もうすでに一杯目で記憶が飛んだってことか?

「杯を重ねるごとにだんだんとあなた、みたこともないほど陽気になっていって」
 ……いたた。
「私から杯を奪っただけではすまず、給仕から瓶を強奪しラッパ飲み。それだけならまだしも、私にもどんどん強引に飲ませてくるし」
 あいたた。
「挙げ句の果てに下々の席に降りていって、飲めや歌えやの大騒ぎ」
 あいたたたたた!!
「感謝してほしいものね! 私が力尽くで止めていなければ、あなたは酒宴から娘を一人二人強奪していきかねない勢いだったのだから!」
 ごめんなさい、やめてもう聞きたくない!

 俺が自分のしでかしたことを聞いていられたのは、そこまでだ。
 それ以上詳細な内容を耳にすることなど、どうしてできようか。
 少なくとも今の俺には無理だ。

「もう少し時間をください……あと、この件は内緒にしておいてくだ さい」
「当たり前でしょ! こんな恥ずかしいこと、他の誰にいえますか!」
 ですよねー。

「この屋敷の持ち主に、挨拶をしておいた方がいいだろうか……」
 なんて言おう。

 酔っぱらいを泊めてくれてありがとう!
 迷惑かけてごめんね。
 でも泊まったことは内緒にしてね?

「いいえ、必要ないわ」
 アリネーゼにきっぱりと断られる。
「いいから早くお帰りなさい。マーミル姫が首を長くして待っているわよ」
「すまない」

 とにもかくにも、俺たちは今日のこの件――少なくとも、俺たちが一緒に朝を迎えた件――を口外しないと約束し、気まずい雰囲気のまま別れたのだった。
 そうして、ガンガン痛む頭を抱えながら竜に乗り、自分の城に帰ってきて――。

「信じられませんわ! 朝帰りだなんて!」
 今度は両目に燃えるような怒りをたぎらせた妹の出迎えを、竜舎で受けているのである。
 背後に軽蔑するような侍女の目線付きで。

「マーミル、頼むから大きな声は……」
 吐き気は収まったが、頭はまだ痛い。
 特に高い音がいやに響く。
「私、昨日お兄さまにいいましたよね? 羽目を外しすぎないでって! なのに朝帰り!? 他の大公の領地で気が抜けた!? お洋服だって昨日着ていったものとは全く違いますわ! どこで借りてらっしゃったの!?」
 ああああ、キンキン声が頭に響く……。
 くそ、やっぱりマーミルを酒宴になんぞ連れて行くんじゃなかった。
 この元気が久しぶりにアレスディアに会ったせいだというのなら!

「文句なら後で聞く」
「お兄さま!」
 俺は金切り声をあげる妹をその場において、自分の部屋を一心不乱に目指し、奥までたどり着くや自分の寝台に倒れ込んだのだった。

 あああ、ウォクナンはどこまで知ってるんだろう。
 どちらにせよ、アレスディアからは氷のような視線を向けられるに違いない。
 考えただけで辛い。

 マーミルが素直に帰ったから気が抜けた?
 パレードの道順を確認するのに夢中になりすぎた? 

 いいや、言い訳を探すのはよそう。
 どう考えても、俺の不注意だ。
 今更悔いても仕方ないが、やはり俺も帰るべきだったのだ、あの時、マーミルと一緒に。
 悔いても遅いがな!
 俺の領地にパレードが到着したら……。
 うん、みんなには謝ろう。

「旦那様。よろしゅうございますか?」
 寝室の扉をノックする音。もちろん、エンディオンだ。
「お加減はいかがでしょう。サンドリミン殿を呼んで参りましょうか?」
 たかが二日酔いで、いちいち医療班にかかるだなんて恥ずかしすぎる。
 それに、酒に酔った魔族だなんて珍しいだろう。治療と称してどんな検査をされるかわかったもんじゃない。
 いや、サンドリミンには常々感謝しているし、その知的探求心には感心するばかりだが。

 俺は寝台から降りて扉を開け、横に控えていた家令を感謝の瞳で見上げる。
「いや、大丈夫だ。少し休めば治ると思う。ありがとう」
「承知いたしました」

 それでエンディオンは引き下がったが、よく気のつく彼のことだ。暫く人払いをしてくれていることだろう。なにせ今も、帰ってすぐに部屋に駆け込んだ俺の様子をどこからか見て、具合が悪いと察するくらいなのだから。
 ああ、だがマーミルが強引に来ようとしても阻止してくれ、とは言っておくべきだったかな。
 いいや、あの家令に妹が逆らえるはずはない。
 俺にしたところで慣れた今だって、あの嘴を見上げるとそら恐ろしい気分になるのだから。

 そうして俺はその日の残りの時間を、自己嫌悪と頭痛にさいなまれながら過ごしたのだった。

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