古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第八章 魔王大祭 後編】

107.さてさて、いよいよアレを締める時がきたのです



 俺は二日連続で、魔王城へ足を運んでいる。
 ああ、大丈夫。魔王様に呼び出されて、その話を聞くため、ではない。
 昨日、ウィストベルの厳しい言葉を受けて以降、魔王様は気を引き締め直したようだ。あの後、俺に惚気てくることはなかったのだから。
 ……単にまだ落ち込んでただけかもしれないけど。
 うん、本当のことを言おう。がっくりと肩を落としてる様子が、ちょっと可哀想だった。それでも精一杯、虚勢を張ってる感じが、もうなんかいたたまれなかったけど。

 それはともかくとして、今日はいよいよ、美男美女コンテストの投票最終日なのだ。
 開始の日と同様、締めるその日にいるのも、俺とサーリスヴォルフ。
 さすがに最終日とあって、列に並んでいる者も少ない。もう昨日までにあらかたの者は、投票してしまったのだろう。
 っていうか、俺からすればあの勢いで初日から並んでるのに、まだ最終日にも列が出来てるのかよ! と言いたい位だ。
 俺とサーリスヴォルフは初日以来初めて、投票箱の上に並んで立って投票を見守っていた。

 あと、百。
 あと、五十。
 あと、二十。
 あと、十。
 五、四、三、二、一…………別に、最後に叫んだりはしない。断じてな。

 最後を飾る女性が、もったいぶった仕草でこちらをチラチラと見、それからようやく投票用紙から手を離した。暫く余韻を楽しむように投票口を見ていた後、ほっとしたように息を吐いて俺たちに……というか、俺にねっとりとした視線をなげかけ、階段を降りていく。

「全員投票したね?」
 ああたぶん、うちの引きこもり娘以外はな。
 結局、ミディリースは頑として投票にこようとはしなかった。俺のついでに今日投票したらどうだ、と言ってみたのだが、激しく拒否られた。
 まあたった一人、投票していないからといって、バレたりはしないだろう。

 隣に立つサーリスヴォルフは、ぐるりと周囲を見回すように視線を巡らせている。いつも気安い彼だが、こうして大勢の配下を前にしたときに立ち上る威厳は、さすが大公と賞賛したくなるほどだ。

「では、いよいよジャーイル大公に締めてもらおう! さあ、ジャーイル。最後の一票を!」
 ああ、そうだ。正確にはさっきの彼女が最後の一人じゃない。
 俺の投票がまだだったのだから。

 投票の列に並んでいる魔族は確かに少なかった。だが、地上には開始のその日に劣らぬくらいの見物客が押し合いへし合い、じっとこの瞬間を見守っている。
 さすが魔王城の築城日程をすら、半分に縮めた美男美女コンテスト!
 ああ、俺だってここまできたら、さすがに認めざるを得ないさ。この行事がいかに魔族の心根をがっしり掴んで離さない、重要行事であるかということを。
 熱を帯びた視線の束にさらされながら、自分の投票用紙を懐から取り出す。
 直前の女性のように、少しもったいぶった方がいいのだろうか?
 一瞬、そんな考えが脳裏をかすめたが、よぎっただけに終わった。
 二つ折りにした用紙を半分、穴に滑らせ手を離す。用紙はあっという間に投票口からその姿を消した。
 みんな、息を飲む暇もなかっただろう。
 俺は両手の平を胸の位置で左右に広げ、聴衆に示す。
 そのまま投票台に両手をつき、術式を作動させて投票口を塞いだ。

「さあ、これで全て投票は締め切った。今より集計期間に入る」
 どこからともなく、拍手がおこる。
 続いてサーリスヴォルフは左手に持った立派な孔雀羽の扇子を広げて頭上に掲げ、高らかに宣言した。
「発表は二十日の後――ここではなく、現魔王城の前地で行われる。上位入賞者は魔王陛下より褒賞を授けられ、一位の発表時には同時にその奉仕先も公表されることだろう。その瞬間を、黙して待つがよい!」

 場内は期待に満ちた歓声で沸く。
 それだけ自分の名を書いた者が多いのか、それとも単に興味あってのことか。
 それはともかく、奉仕先という言葉が卑猥に感じられるのは俺だけだろうか。……あ、俺だけですか。すみません。

 俺とサーリスヴォルフが壇上を降りると、次にはこの二十日間天面に魔族を運び続けた階段が、投票箱の側面から離される。
 そうしてサーリスヴォルフが初日に投票箱へかけた強化の魔術を解き、それを巨大な石の固まりに戻す。最後に彼は、開票のために選ばれた十数人だけを中に残して、結界を周囲に張り巡らせた。
 この後、開票日を迎えるまで決して解かれることのない強固な結界だ。
 もちろんこれも不正を防ぐための手段なのは、説明するまでもないだろう。
 とにかくこうして、美男美女コンテストの投票最終日の行事は、無事に終了したのだった。

「さて、私はこれで後は発表日と大公位争奪戦を待つだけか――ああ、いや。それからまだ一つ、陛下のご訪問があったね」
「競竜の決勝もこれからだな」
「結構あるねぇ」
「あともう一つ。パレードも明日からそっちだろう」
 俺の領地の後は、隣接するサーリスヴォルフ領へ移動する。
 つまり、我が領にパレードがいるのは今日が最後――妹は、もちろんあの宴以降もアレスディアの許へ日参していた。
 五日ほど前からは、今日のことを考えずにはいられなかったのだろう。
 時々元気がないようだ。

「そういえば、そうだね――というか、あれは強制なの?」
「あれって?」
「なんでもアリネーゼに続いて、君とデイセントローズまで続けてパレードを歓迎する宴を開いたそうじゃない」
 ああ、アリネーゼが美しさの誇示のために企画し、デイセントローズがそれに追従し、俺が脅されて開いたあの宴な!
「いや。もちろん別に強制ではないよ」
「けれど、君のところの副司令官――ウォクナン公爵から手紙が届いてね」
 えっ!
「アリネーゼに始まって、デイセントローズ、それから君の領地でと、それはもう盛大に祝ってもらったと――」
「まさか、それでサーリスヴォルフにも同じようにして欲しいと、要望してきたわけじゃないだろう?」
 ないと言って! お願いだ!
「してきたよ」
 こんな時はいつもの愛想の良さがかえって怖いぜ、サーリスヴォルフ。

「別に、可愛くお願いされるだけならよかったんだけどね。なんだろう……まるでこう、こちらに開催を強要するような、強引な文章がちょっと気にくわなくてね」
 あのリス野郎!
 ジブライールを止めるんじゃなかった。
「いや……申し訳ない。当然、無視してくれてかまわない。俺はパレードの担当だったから、やむを得ず宴を開いたが、君がそれに倣う必要はまったくないさ」
「そう、よかった。じゃあ、もし次また催促されたら――」
 サーリスヴォルフは極上の笑みを浮かべた。
「ちょっと思い知らせておくことにするよ」
 どう思い知らせるの!?
 ウォクナンをどんな目に遭わせるの!?

「悪い、急用を思い出した。俺はこれで失礼する」
「え? もう? せっかくだから、晩餐まで一緒にと思ったんだけどねぇ」
「次の機会にはぜひ――」

 サーリスヴォルフの許を急いで離れた俺が、どこへ向かったのか、もちろん察していただけるだろう。
 ウォクナンの許へ行き、サーリスヴォルフに要らぬ要望を出したことを注意して、二度とするなと脅し――厳命したことは、むしろ部下思いの上司だと誉めてもらいたいくらいだ。俺の命令を無視したが最後、痛い目に遭うのは他ならぬリスゴリラなのだからな。
 サーリスヴォルフならまだいい。
 思い知らせる、といってもそれほど酷いことはしないだろう。……多分。
 まあ、せいぜい瀕死の重傷を負う程度だろう。少なくとも、命を奪われることはないはずだ。
 だが、その先にはウィストベルの領地が待っているのだ!
 デヴィル嫌いの彼女が万が一、調子こいたリスの無礼な手紙を受け取ってみろ!
 パレードの参加者たちまで巻き込まれかねない。
 その結果は、想像するだに恐ろしい。

 そうして俺は、相変わらずパレードの後を追いかけに来ていた妹をその場で保護し、また暫くアレスディアに会えないと嘆くのを宥めながら、自分の城へと帰って行ったのだった。

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