魔族大公の平穏な日常
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【第八章 魔王大祭 後編】
競竜が終わると、俺たちは一旦、休憩を挟む。次の会場準備が、あれこれあるからだ。
そこで俺は魔王様と共に、連日開催されている、大昼餐会に参加することにした。
デイセントローズもてっきりそのつもりだと思ったのだが、ラマは食堂には姿を見せなかった。放心状態から立ち直れなかったのかもしれない。
それでその日の大昼餐会には、大公としては俺とウィストベル、それからサーリスヴォルフが参加することとなった。
ウィストベルはこのところ、毎日、昼餐会には参加しているはずだ。今日以外、恩賞会は午前から夕刻近くまで、一日中行われているのだから。
もっともウィストベルも、今日は別の主行事のために、早くから来ているのかもしれない。だがそこは追求せずに、後の愉しみとしておくことにしよう。
他は、今日に限っては俺は言うに及ばずだし、サーリスヴォルフは午後からのコンテストの担当者としてやってきている。
それからプートもきっと、城のどこかにはいると推測する。この場には姿を見せていなくとも。
あとは、そう。ウィストベルと同じ理由で、そろそろベイルフォウスもやってきているだろう。もちろんアリネーゼもだ。
大昼餐会の会場配置は、旧魔王城と全く同じだ。
前面に王座を中心とした長い食卓が置かれ、それに垂直になるよう、いくつものテーブルが並んでいる。
大祭もあと少し、とあって、俺もこのごろは昼食会に参加してもあまり隅の方には座らず、魔王様の隣だか、中央の列あたりを選ぶことにしている。
今日も大公が魔王様を挟んで、並んでいる感じだ。
正面向かって左から、俺、ウィストベル、魔王様、サーリスヴォルフ。その両脇を、地位の高い上位魔族が占めていた。
「それで、どうであった?」
ウィストベルが俺に話しかけてきたのは、魔王様とサーリスヴォルフが、コンテストについて話し込んでいた時だった。
「どうって、なにがです?」
「決まっておる。主は今日、会ったであろう。あの男に」
あの、男?
全くピンとこない風なのが、ウィストベルの気に障ったようだ。じろり、と睨まれた。
結果、久しぶりにヒュンとなったのは内緒だ。女王様は相変わらず、迫力満点なのだから仕方ない。
そして今日もいつものごとく、露出度は高い。もっとも肩から覆う、ぶ厚いマントのおかげで背中や二の腕は隠れているし、スリットからのぞく生足も、テーブルクロスの下だから前からは見えないだろう。
隣の席でなくば、胸の谷間以外はそれほど気にならないはずだ。
「私にデヴィル族の名などを、言わせるつもりか?」
俺がデヴィル族で午前中に会った、といえる相手。当然、我が城の配下を指すはずはない。
となると、デイセントローズか。
「ラマが、なんです?」
「主は……相変わらず、危機感がないのぅ」
ウィストベルは小さくため息をついた。
「だが、そんなに呑気にしていられるというのであれば、逆に変化はなかったと思うべきなのじゃろうな」
ああ、そういうことか。
「ラマの魔力でしたら、特には」
なるほど。確かに俺には危機感が足りないのかもしれない。
ラマの特殊能力で、その魔力の増強ができる、というのは俺とウィストベルの間の予想だ。だとすればウィストベルのように、その魔力の推移を気にしておくべきだったのかもしれない。
ことにこの後、大公位争奪戦が控えているとあっては。
「まあしかし、奴が用心深ければ、今日の時点ではまだ何もしておらずとも当然かもしれぬ。我らの予想が正しければ、奴は魔力をあっけなく増やせるはずじゃからな。他の者の能力がわからぬ以上、それに気づかれる危険性を犯す必要はないわけじゃ」
「そうですね」
もっとも、呪詛を受けて魔力が増えるという方法は、ウィストベルの言う通りあっけなく、でもないだろう。なにせ本人には、地獄の苦しみがつきまとうのだそうだから。
だとするなら、どうだ?
仮にラマが今日から大公位争奪戦が始まるまでに、魔力の増強を計ったとしよう。
大公位争奪戦は、あと九日後に始まる。その苦痛がどれほどのものだかわからないから、一日に一回が限界だと仮定する。
実際の効果を見たわけではないから、半年で一マーミル増えていた、以前を参考に考えるとしよう。もし一日でその効果を得られるのだとすれば、今の奴の状態から九日後には九マーミル増えている訳だ。全くたいしたことないな。
そうではなくて、一回ごとに一マーミル、二マーミル、と増えるとする。それだとだいたい、初めて会った時の倍ほどの強さになるわけか。
しかしそれでは最下位から一つほど順位があがるか、という程度だ。
もちろん公爵以下にとっては、恐ろしいほどの変化だろうが、俺にとってはなんでもない。
「まあ、今のところは増強したとしても、あまり気にすることもなさそうですが」
だいたい、相手の魔力が増えたことに気づいたところで、それを力尽くで阻止しにいくわけにもいかない。少なくとも、この大祭のうちは。
となると、放っておくしかないだろう。
「主は……剛胆なのか、考えが足らぬのか、どちらなのじゃ」
「俺は逆に、なぜウィストベルが今の時点でそれほどラマの能力を気にするのか、よくわかりませんが」
「それは……」
ウィストベルは何かを語りかけて、すぐに口を閉ざした。
もちろん、長期的にはラマの推移を警戒し続ける必要はあるだろう。自分たちの保身のためには。
だがいかにラマの特殊魔術が魔力の増強を叶えるのだとしても、この短期間にウィストベルの魔力を越えるなど、ほとんど不可能に思える。
だいたい、以前の一マーミル増加にしたって、一日の効果ではないかもしれないのだ。
それとも、ウィストベルには心当たりがあるのか? 一夜にして脅威となりうるほどの魔力を得る、そんな特殊魔術に。
もちろん、ラマの能力がそうだというのではない。なにせ彼女は、呪詛を受けて甦る能力については、何一つ知らなかったのだから。
「まあ、よい。確かに私の警戒しすぎかもしれぬ。そのような能力が、この世にいくつもあるはずはないのじゃ……」
いくつも?
「ということはつまり、一つはある訳だ。ぞっとする話ですね」
俺の返答に、ウィストベルは嘲笑にも似た笑みを浮かべた。
「知らぬ、というのは幸せじゃの」
「そりゃあ、そんなに危ない能力、本にだって載っているはずありませんからね。知らなくて当然でしょう」
「……そういうことにしておくか。今は、の」
なんだろう。ものすごくひっかかる言い方だ。
もしかして、その能力を持っている者が、実際に俺の近くにいる、とか?
だとしたら誰だ?
魔王様がそうだというのなら、むしろ俺は安心だ。今でも十分強いが、例えウィストベルと並ぶほどになったとしても、たぶん怖くない。意味なく俺の命が危険にさらされることは、まあないだろうと思うからだ。
だがそれがベイルフォウスだというのなら、話は別だ。たぶん本人も気づいてないだろうから、俺も顔や態度に出ないですむよう、何も知らないでいる方がいいだろう。今でも時々、こいつ本気で俺のこと殺そうとするだろうな、と感じるってのに。これ以上強くなられては、シャレにならん。万一の時にも防ぎきれない。
それはプートや他の大公が、その能力の持ち主だとしても同じだ。
それ以外だと、妹を除いた誰であっても、俺だって警戒はする。
どちらにしても、本人がその能力に気づいてあっという間に強くでもならない限り、別にかまいはしない。
そもそも魔族が強くなるのに、特殊魔術を利用して何が悪い。強者が生き残り、弱者が死に滅ぶのは自然の摂理だ。
だがウィストベル自身がそうなのだとすると、話は変わってくる。
やばい。これ以上はだめだ。いろんな意味で、これ以上知るのはまずい。たぶん、しゃれにならない。
深く追求してしまえば、後悔するのは自分のような気がする。少なくとも、今日これ以上、尋ねるのはやめておこう。
俺が悩んでいるのを知ってか知らずか――いいや、理解しているに決まっている。あの嬉しそうな顔はどうだ。俺の反応を見て、楽しんでいるとしか思えない。
「サーリスヴォルフといい、なんだってこう魔族ってのは……」
「なにか申したか?」
「いや、なにも」
俺は慌てて首を左右に振った。
「まあ、よいじゃろう。今日のところは、解放してやろう。愉しみは、先にとっておくものじゃ」
ウィストベルは細いグラスの中身を飲み干してから、優美に立ち上がった。
「ゆくのか、ウィストベル」
さすが魔王様だ。
つい今の今までサーリスヴォルフと熱心に話をしていたのに、ウィストベルが立った瞬間、彼女を振り返ったのだから。
「陛下。今日は色々と、私も忙しいのじゃ」
何で忙しいんですか、とかどちらへ、とかは聞かないことにしよう。次の用意に決まっているからだ。
「もちろん、知っている」
魔王様はウィストベルの手を優しく掴むと、その甲にそっと口づけた。
なんかもう、最近ほんと堂々といちゃつくよね!
ちょっとは周囲のことも考えるべきじゃないかな?
だって我慢しない魔王様なんて、ベイルフォウスと変わらないと思うんだよ!
おっと、危ない。魔王様はまた鋭い勘を発揮したらしい。睨まれてしまった。
「大公ウィストベルの退席だ」
サーリスヴォルフが食堂によく通る声を響かせる。
魔王様をのぞく全ての者が立ち上がり、女王に敬意を表し、その退出を見守った。
ちなみにこれは彼女にだけ向けられた、特別の待遇ではない。正面席に大公が座ると、いつもこの騒ぎだ。
俺がなぜ、この時期まで魔王様の周辺の席を避けていたか、よくわかるというものだろう。
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