古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第八章 魔王大祭 後編】

121.彼らと会うのも、随分久しぶりです



 さて、今日、俺は再び恩賞会に顔を出している。
 だがしかし、今回も自分の表彰のためではない。
 今日表彰されるのは、この魔王城の築城作業に関わった、千に及ぶ作業員たちなのだ。
 責任者は俺なのだが、褒賞を受けるのは作業期間中、ずっと現場に詰めていた者たちだけなのである。
 と、いうことは?
 もちろん、その筆頭はジブライールだ。
 正直……あんなことがあった後だ。心配している。ジブライールは今日は大丈夫だろうか、と。

「先日は、申し訳ありませんでした」
 待合いで目が合うなり、頭を九十度に下げられた。
「私としたことが、あろうことか閣下を突き飛ばすだなどという、乱暴を――どんな罰でも受ける覚悟でございます」
 確かに突き飛ばされた。あのときの俺は、傍目からみてもものすごく不格好だったことだろう。だが。
「いや、気にするな。俺もまあ――気が回らなくて悪かった」

 正直、なにがどうしてああなったのかはよくわからないが、そう謝っておいた。というのも、フェオレスが一部始終をどこかからか見ていたらしいのだ。そうして訳知り顔で、アドバイスをしてくれた。
 とにかく俺が自分の非を認めて謝れば、話は丸く収まるのだ、と。

 正直、納得はいっていない。
 一体どこをどう、気を利かせればよかったというのか。
 フェオレスは具体的に事実を把握しているらしいが、頼んでも説明はしてくれなかった。しかしなにせ、いつの間にやらアディリーゼといい仲になっていたり、外見はデヴィル族の基準からいうとそれほどでもないはずなのに、モテていたりするフェオレスの言うことだ。黙って聞いておいた方がいいに決まっている。
 俺はそう判断したのだった。

 今回はジブライールも先日のティムレ伯と同様に、大演習会に繕った軍服を飾りたてた服装だ。
 もちろん、軍服を着ているのはジブライールだけじゃない。今回参加する千人全てが、各々の所属する軍団の軍服をその身にまとっていた。
 俺のところの作業員は、もちろん黒。今後はこれが、我が軍団の正式な軍服となるだろう。そして、意外にも魔王様のところの作業員たちは、黄土色の軍服だ。
 だがこれは逆に、魔王様の黒が目立つように、という意味で選ばれた色かもしれない。俺の白と……同じ意味でな。
 ああ、そう。俺は白だ、一人だけ。
 とても……目立つ。

「本当は、先日、お伺いしたのは――」
 ジブライールは顔を上げたが、伏し目がちだった。
「閣下の――お相手に選ばれた、その、女性のことで……」
「ああ、リリーか」
「! ご存じなのですか、彼女を!?」
「ああ、まあ……」
 ジブライールの表情が一変する。双眸に険しい光が宿り、俺をまっすぐ貫いた。

「いつから、ですか?」
「いつから……ええと……」
 あれはいつだった?
 ベイルフォウスの膝の上に座っていたのが初めてだから……。
「たぶん大祭の初日からだ」
「そんな前から!?」
 どうしたのだろう、ジブライールは。ずいぶんショックを受けているようだった。
 もしかして、彼女と知り合いなのだろうか。サーリスヴォルフ同様、喧嘩をふっかけられた一人だとか……。
 いや、少し年があわない。いくらなんでも、ジブライールはサーリスヴォルフやリリアニースタと同じ年代ではないだろう。

「それで、閣下は、あの、彼女のことを、どう――」
「お久しぶりでございます、閣下」
 遙か向こうからその俊足を大いに発揮して、黒豹が駆け寄ってくる。
 そのまま空気を読まず、俺とジブライールの間に割り込んだ。

「ああ、カセルムか。久しぶりだな」
 黒豹男爵カセルムは魔王様の配下だから、来ているのは黄土色の軍服だ。重厚さにこだわる彼らしく、装飾は重そうな徽章に限られた。
 背筋をただし、胸を張って敬礼を披露してくれる。

「いよいよ我らの業績が、形として認められる日がやって参りましたな!」
「そうだな」
「ジャーイル閣下、ジブライール閣下!」
 カセルムを皮切りに、かつての作業員たちが次々と俺の周りにやってきた。
 それでジブライールとの会話は中断されたが、まあ仕方がない。
 彼女とはいつでも話ができるのだし。

「閣下。相変わらずご健勝でなによりです」
 そう言うのは、オリンズフォルトだ。
 爽やかに微笑む彼が身にまとっているのは、確かに前回俺の領地で支給した、その黒の軍服と同じものに違いない。
 だが、彼もカセルム同様に、魔王様の配下であったはず。

「オリンズフォルト……その、軍服は――」
「ああ。この日のために、急遽あつらえまして――以前のものでもよいかとも思ったのですが」
「と、いうことは」
「はい。今回の爵位争奪戦への参加に間に合いまして、先日より閣下の配下に属することとなりました」

 ちょっと待て。
 俺の配下になったということは、もともと伯爵だったわけだから、今は侯爵にあがったということか?
「そう、だったのか……。しかし、よく間に合ったな」
 魔王城が公開されたのは、まだ爵位争奪戦が終わる前だが、彼は現場主任の一人として、遷城作業の間も数日残って関わっていたはず。それでよく、爵位争奪戦に参加する気力と暇があったものだ。
 最初からそうと決めていたのだろうか。

「以後、閣下の許でよき臣となれるよう、精進して参ります。どうぞお見知り置きください」
 彼は薄く笑い、頭を下げた。
「ああ。そういうことなら、こちらこそよろしく頼む」
「それで……」
 オリンズフォルトは顔を上げると、周囲を探るように見回した。
「ミディリースは結局、いかがなさいました?」
 さすがに、従姉のことが気になるらしい。

「ああ、大丈夫だ。今回は不参加ということで、ウィストベルには承知してもらった」
「ウィストベル閣下、ですか?」
 ああ、そうか。ミディリースにも褒賞を、と言ったのを、オリンズフォルトは魔王様だと思っているのだな。確かに、二人の間柄を知らなければ、そう考えるのは当然だ。
「ウィストベルとミディリースは、なんというか……知り合いなんだ。いや、友人、かな」
「ウィストベル閣下とミディリースが、ですか?」
 平静なイメージの強いオリンズフォルトが、目を見開いて驚いている。
 確かにあの引きこもりっぷりを知っていれば、驚くのも無理はないだろう。

「彼女にも褒賞をと望んだのは、ウィストベルの方でな」
「そうですか、それはまた……」
「オリンズフォルト?」
「いえ、それは大変ようございました。人見知りの激しい彼女が友人関係を築けるとは、ウィストベル閣下は思ったよりお優しいかたなのでしょうね」
 思ったより優しいってなんだ。
 俺はその発言には返事しないぞ。あらゆる意味で、自衛に走らせてもらう。

「閣下。そろそろ整列した方がよかろうと存じますが」
「ああ、そうだな」
 ジブライールの忠言に従って、会話は中断した。

 それから俺の見守る中でジブライールが指揮し、主だった役割についていた者たちが、それぞれかつての部下を整列させる。
 そうして綺麗に並び終わったところで待合いの扉が開き、儀仗兵が入場を催促してきた。

 俺は千の作業員を従えその南北に長い広間へ、入り口からの二度目の入場を果たす。正面に堂々と腰掛ける魔王様と、まるで王妃のように傍らを占めるウィストベルの足下までたどり着くと、その場で一礼した。
 ――断じて、敬礼ではない。

「魔王陛下。この史上稀なる荘厳な魔王城の、築城に関わった者共をお連れいたしました。私はその現場の総指揮を預かったものとして、また、閣下の寵臣の一人として、特別にこの者共を直接讃える式に加わりたいと存じます」
 言っておくが、もちろんとっさに思いついたことではない。こういう手順を踏むと、あらかじめ決めてあるのだ。
 つまり、こう申し出た俺に魔王様が頷いて許可を与える。するとそれを受けて俺は壇上にあがり、呼ばわり役の兵士から名簿を受け取って、一人一人の名をその功績と共に読み上げ、最初から最後までこの場で表彰を見守るのである。

 あーあーあー。
 うむ、大丈夫。
 この日のために、昨日はずいぶん蜂蜜酒を飲んだのだから。
「では――」
 そうして俺は、栄えある建築士たちの名から初めて、最後に現場監督を勤めたジブライールに至るまでの千人の名と業績を、声を張り上げて語ったのだった。

 ちなみに城に帰ってから医療棟を訪ね、念のために喉を診てもらったことは、ここだけの話にしてほしい。
 さすがに千人の名乗りを終える頃には、少し声がかすれていたのだから。

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