古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第八章 魔王大祭 後編】

120.話し合いは落ち着いて



 俺とジブライールは、別の談話室の一室にいた。
 仕事の話だろうから執務室に行こう、と誘ったのだが、断られた。こんな台詞付きで――

「今閣下と二人きりになると、私はたぶん自分を抑えられません」

 どう抑えられないんだろう、ジブライール。二人きりになったりしたら、殴りかかられるのだろうか。いや、蹴られるのか? 俺は下を守ったほうがいいだろうか。
 ……想像しただけで、ちょっと内股になりかけたのは内緒だ。

 だってジブライール、超怒ってるもん。理由はわからないけど、それだけは分かりたくもないのに分かるんだもん!!
 そんなわけで俺は、今度は背景音楽もない、わいわいがやがや賑やかな談話室で、いつものように軍服でかっちり決めたジブライールと二人、周りから異様に浮いた様子で向かい合って座っていたのだった。

「それで……何か問題でもあったか?」
 新しい魔王城への遷城も終了し、ジブライールはその現場監督の役を放免となった。その後遊んでいるわけにもいかない、という本人からの申し出で、それならばと新しい仕事を与えていたのだ。
 それがこの際に移動となった魔族たちの、管理と把握である。

 爵位争奪戦が行われ、恩賞会でその表彰も終わった現在、少なくない数の屋敷・城で転出・入居作業が行われている。
 常ならただ役所が対処すればいいだけのことだが、今回に限ってはなにせ数が多い。いつものような対応では、予想もしえなかった問題が起こってくるだろう。
 もともと、その一連の流れを把握し、問題があれば指示を与えるようにと、監督を上位の軍団長に任せてあったのだが、今回その上役として、ジブライールを据えたのだ。先々のことを考えても、人員の把握は俺により近しい者が初期の段階でしてくれていた方がいいだろう、と考えた末のことだった。

 しかし、待てよ。そういえば例の子供も最近、奪爵した父親についてきたのだったな。
 もしかして、ジブライールも何か把握しているかも……。
 これは丁度いい機会かもしれない。
 だがとにかく先に相手の話を聞かないと。
 これだけ怒りを露わにしているのだから、なにか問題のある転居者でもあったのだろう。

「ややこしそうな奴が、転居してきたか?」
「ややこしそうな……とは、どういった者のことでございましょう」
 え?
 いや、それ、俺に聞かれても困るんだけど……。
「今のところ、表だって問題はございません。少なくとも、明確な敵意をもって入領したものは、おらぬと存じます」
 だったらなんで、そんなに怒ってるんだよ。

「報告書は、いつもの通り筆頭侍従に預けてございます。現在は、その帰りで」
「じゃあいったい、なんの話があって……」
「それは……」
 ジブライールさんは、ここでようやくためらいを見せてくれた。キリッとつり上がった目尻が下がり、ほんの少し柔らかさを取り戻す。

「あの……」
「うん」
「お…………おめでとう、ございます」
「うん?」
「いえ、その……だ、第一位に……」
 ああ、コンテストの結果か!
 ジブライールまでそんなことを気にしてくれているとは。
 ……いや、俺のこと好きでもないのに、記名投票してくれたくらいだ。そりゃあそうかもな。ほんと、見上げた忠義だよ……。

「わざわざそれを言いに?」
「いえ、と、いいますか……その……」
 どうしたというのだろう。ジブライールさんは、急にしどろもどろし始めた。
 まあ幸いにも、怒りは収まったみたいだから、よしとしよう。

「わ……私も、閣下に……その、投票を……」
「ああ、そうみたいだな。大丈夫、ちゃんと手紙……といっていいのかな。コメントは読ませてもらったよ」
「読まれたのですか!?」
「え、うん……届けられたからな」
「しまった! そうだった……!!」
 ジブライールは悔しそうに顔をゆがめると、握りしめた拳で右の肘掛けを叩いた。

「知ってたのに……届けられるのは知っていたのに、私ときたら……!」
「いや、だからジブライール。俺は誤解なんてしてないから、そこは安心してくれていい」
 ああ、そうだとも。あれほどしっかり否定の言葉を書かれていては、誤解のしようがないではないか。
「と、いうことは……さっきの三人も、それを念頭において」
 さっきの? ……ああ、さっきの三人な。
「閣下は彼女たちのコメントも、全てご記憶の上、あのような態度をとられたのでしょうか!?」
 え?

「いや……さすがに知らない相手のものまでは……誰が誰かわからないし、知らない上ではコメントだって覚えられもしないというか」
 しかしそうか。彼女たちはもしかして、名前を名乗れば俺が何か覚えていて、反応を返すかもしれないと思ったのだろうか。
 それで勇気を出してみた、と。
 だとしたら、少し申し訳なかったな。

「では、誰かもわからない、相手が閣下のことをどう思っているかも確と把握していない状態で、あのようなことを?」
「あのようなって……」
「相手が腰砕けになるほど誘惑なさるだなんて!」
 ジブライールさん、肘掛けがミシミシいってます。
 ちょっと力を抜いてください。

「いや、誘惑なんて、そんな大それたことをしたつもりは……」
「膝の上に成人女性を乗せるということが、大それた行為ではないとおっしゃるのですか?」
「あの場合、そこまでではないかと……」
 そう思った上での対応だったが、彼女が腰を抜かしたところをみると、実際はそこまでのことだったようです。すみません。
 でもそれをこの場で素直に認められるはずはないではないか。俺にも一応、プライドというものがある。

 それにしたって、なにこの状況。まるで俺、怒られてるみたいなんですけど。どうして責めるような口調で、問いただされているのだろうか。
 問いただされてるよね?
 責められてるよね、俺。

「ジブライール、ちょっと落ち着い」
「だったら!! 大したことではないとおっしゃるなら、今、ここで、私にも! 同じことができますかっ!?」
「は? ……え、同じって……つまり、ジブライールを膝の上にだき抱えろってことか?」
 話の方向性がわからない。

 だが、ジブライールも勢いで口走ってしまっただけなのだろう。
 自分の発言の内容に気がつくと、ハッとした表情を浮かべ、慌てたように両手を胸の前で振った。
「ち、違います、今のはその……ついうっかり、心にも無いことを、思わず言ってしまったというか! 別に私は、閣下の膝に座りたいというわけではっ!」
 ……だよね。
 だとしても、だ。

「ジブライール。気をつけた方がいいぞ」
「な……何をですか?」
「最初は冷静な性格だと思っていたが、実際は結構短気だよな」
 ぴくり、とこめかみがひきつる。
 また怒らせるかもしれないが、今日はもう覚悟して言ってしまおう。俺としては良い忠告のつもりなのだし。

「それで時々、思ってもないことを勢いで口走ってしまうだろ。俺だからいいが、相手によっては変な誤解をすることもあるし、ジブライール自身も引っ込みがつかなくなって、やりたくないこともやらざるを得なくなるぞ。だから発言には、重々気をつけた方がいい」
「私が……その場の勢いだけで、放言してしまっている、と」
「いや、そこまでは言わないけど……でも今だって、本来の趣旨から外れてないか? 仕事の話があったんだろ?」
「違います! 私は別に、全く心にもない態度をとったり言ったりなんて、していません!」

 いや、実際に今勢いで口走ってるだろ。
 あとなんか、ちょっとずつ話の本筋がかみ合わなくなってきている気がする。
「閣下こそ、大したことじゃないと言いながら、本当はたぶらかせた自覚がおありになるので、ごまかそうとなさっているのではありませんか?」
 は?
「どうなんですか、そうじゃないと言うのなら、私にも同じようにしてくださったらどうなんです!?」

 意味がわからない。いやもう、ほんと意味が分からないよ、ジブライール!
 さっきは心にもないことを、うっかり言ってしまっただけだと認めたじゃないか。
 支離滅裂だとしか思えないんだけど、これはあれか、癇癪か?
 俺はため息をついた。このままでは話にもならない。
 どちらにしても、俺の対応がまずかったんだ。よかれと思っても、怒っている相手にする忠告ではなかったのだ。

「わかった。膝の上でもどこでも、好きにしてくれ」
 そう諦めたように膝を叩きながら言ったら、ジブライールは正面の席を立ち上がって、俺の傍らにやってきた。
 けれどそのまま膝には座ってこようとせず、腕を差し出される。
「なに?」
「さっきは閣下が彼女の腕を強引に引いて、自分の膝に座らせられたではありませんか。同じようにやっていただかないと」
 え?
 なに、そのこだわり。

「全く同じようにすればいいのか?」
 こくり、と頷くジブライールさん。
 ほんともう、俺には理解不能だ。
 だが仕方ない。とにかく、ジブライールには落ち着いてもらわなければ。そのためには彼女が納得するまで、つき合うしかない。

 俺は彼女の腕を引き、さっき別の女性にやったように、自分の膝に座らせた。
「!」
 そうしてジブライールの顎を持ち上げ、顔を近づけて、こうささやく。
「いつでも覚悟はできている、といったのはそっちだろう」
「きゃあああああ!!!」
 だっ!
 うおっ!!

 ちょ……ちょ……!
 ちょっと待て!
 ちょっと待て、ジブライール!!

 頭突かれた!!
 思いっきり頭突かれたんだけど!!
 しかもその後、椅子ごと突き飛ばされたんだけど!
 結構な重量感ある椅子の、下敷きになってるんだけど、俺!!

「ちょ、ジブ……」
 頭を押さえながら、転んだ椅子の座席を支えに起きあがる。
「誰もっ、台詞付きでだなんて、言ってません!」
 えええええ……。
 なにそれ、だってあの娘にやった通りやれって言ったじゃないか……。

 見上げるジブライールは、真っ赤になった頬を両手で挟み込みながら、涙目で俺を見下ろしている。
 ちょっと待て。
 なにその反応。
 え?
 どう……え?
 いや、俺はこの状況をどう捉えたらいいの?

「閣下なんて、もう……」
 え?
「もう、大嫌いですっ!!!」
 ええええええ!!

 そうしてあろうことか大惨事の俺を置いて、ジブライールさんは走り去ってしまったのだった。
 おーーーーい!
 話はどうしたー?

 なんの話だったんだ。せめてそれくらい聞きたかった。
 あと、例の子供について……できればちょっとでも情報を得たかった、のに。

 ***

 この話し合いは、たいそう人目のある談話室で行われた。
 故にその後、こういう噂が囁かれたのだという。
「ジャーイル閣下とジブライール副司令官が、公衆の面前でいちゃついていた」、と。

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