古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第九章 大公位争奪戦編】

140.やはり、友とは名ばかりの関係かもしれません



 ベイルフォウスくんの機嫌が悪い。

「おい、あれはなんだよ」
 いきなりあれってなんだ。
 昨日、アリネーゼをひどい目に合わせたのは、俺じゃないぞ。あと、その報いは、きっちり、午前のサーリスヴォルフがとってくれたぞ。
「なぜ、俺がマーミルにあんな態度をとられなきゃならん」
「あんな態度って?」
「目が合っただけで、舌を出された。俺は近頃、全くなにもしてないってのに」
 え、あ、そうなの?
 マーミル……よっぽどベイルフォウスが大公位争奪戦を言い出したのが、気にくわなかったんだな。ほんとにやるとは。

「それともあれか? 寂しくてすねてるのか? そろそろ構ってほしいって合図か?」
 ベイルフォウスくん、気持ち悪い。
「プートと戦って、俺がひどい目にあったからだろう」
「それが俺と何の関係がある」
「お前が大公位争奪戦を言い出したからだろう」
「それで、か?」
「それで、だ」
「そんなことで……」
「子どもなんてそんなもんだ」
「そうか。……なら、仕方ないな」
 マーミルに対する懐の深さを、俺にも示してくれないだろうか。友だというのならば。

「あーオホン」
 魔王様が俺とベイルフォウスの間で、あきれたように咳払いをした。
「対戦前の会話は控えるべきではなかったのか?」
 先日、くっちゃべるのは対戦が終わってからにしろ、といった本人は、敬愛するお兄さんに注意を向けられて、おとなしく口をつぐむ。

 ゆっくり昼食をとっている間に、気づけばもう午後だ。
 つまりいよいよ、俺は親友との対戦の時を迎えたのである。
 大公位争奪戦の担当者であるベイルフォウスと、大祭主である俺が戦う今日の審判をつとめるのは、誰あろう魔王様だ。
 マーミルはもちろん家族席にいるし、ベイルフォウスの方の席はいつかと同じ、両親の姿があるようだった。
 もっとも、あまりこっちに注意が向いていないようなのだが……できればマーミルには、そちらを見るなと注意しにいきたいが、ダメだろうか。ダメだろうな。
 まあ間に俺たちを挟むんだから、妹からあんな遠くまで見えるわけはないか!

「それでは、始め!」
 魔王様の合図のもと、俺たちはすぐさまそれぞれ百式を展開した。
 先に発動したのはベイルフォウスの炎熱魔術だ。大地から何本もの火柱が渦を巻いて立ちのぼり、まるで蛇のようにうねりながら俺に向かってくる。
「氷はやめたのか?」
「お前との戦いに、得意でもない魔術を持ち出すほどバカじゃない」
「過大な評価をどうも!」

 反撃とばかりに、俺は氷結魔術を発現させた。ベイルフォウスの火柱にまとわりつき、氷柱に変えようとする。
 だが炎は、表面を撫でられたように一旦は凍り付くのだが、それが中心まで届く前にまたいっそう強く燃え始め、氷を溶かしてしまうのだ。そうかと思えば氷の方もすべて溶かされきる前にまた勢いを戻し、さらに温度を下げて炎を捕らえようとする。
 俺とベイルフォウスの魔力が、それだけ拮抗しているということだろう。
 それはいずれ勢力の衰えるまで放っておくとして、次の百式にとりかかる。
 光とと光がぶつかり合い、爆風が大気を薙いだ。
 まずは小手調べ、の感が強いためか、お互いの魔術はまだ相手の身には届かない。

「なあ、提案があるんだが!」
 轟音に混じってベイルフォウスの声が届く。
「なんだよ!?」
「今しばらく、得物でやらないか!?」
 願ってもない提案だ。強い相手と強い武器を握って戦えるのは、純粋に楽しい。
「いいだろう。受けて立つ」
 俺とベイルフォウスは剣を引き抜いた。

 しばらく俺たちは、大地を蹂躙していたお互いの魔術が自然と消滅するまで待った。
 その間にはもちろん、双方自分の剣に百式をまとわせている。
 当然、魔術をぶつけ合う戦いをやめても、大公位争奪戦をただの武器だけで戦うほど、俺もベイルフォウスも無粋ではない。

 風が収まったのが合図だった。

 百式で魔力を漂わせた剣戟は、それだけで火花を散らせ、爆風を巻き起こす。
 ベイルフォウスがその風に乗るように回転し、速度の増した一撃を叩きつけてきた。その剣身を、溶かさんばかりの焔をまとわせて。
 受ける俺の剣がほとばしらせているのは、触れれば脳天を貫く雷だ。
 鋭い刃と刃がぶつかり合い、すさまじい金属音と爆発音が鼓膜を麻痺させる。

「このつもりなら、なぜ槍にしなかった?」
 打ち合いながら、俺はベイルフォウスに問う。
「決まってる。不公平だからだ」
 そう言って、親友は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「剣では槍に勝てん」
「まるで槍なら俺に勝てたような言いぐさだな!」

 そう強がってはみたものの、全く、ベイルフォウスの主張は正しい。
 確かに間合いが長い分、打ち合いで圧倒的に有利なのは槍だ。
 だがそれはあくまで力の無い者が、普通の剣と槍で戦った、通常の戦いのこと。

「だが、大祭が終わって俺があの槍を手に入れたら、そのときは――」
 魔槍ヴェストリプスのことか。
「お前はあの魔剣をもって、手合わせしよう」
「ああ、そうだな!」
 否と答える訳がない。
 剣だけの戦いなら、まだ魔王様との約束も残っている。だが、魔槍ヴェストリプスを持ったベイルフォウスと、魔剣レイブレイズを持った俺。一度、本気で斬り合わせてみたいとは思っていたのだ。

 ベイルフォウスが剣を振るうたび、そこから放たれた炎が黒い大地の上を舐め、一帯を炎の池に変える。
 俺が剣を振るうたび、天空には稲光が横切り、地上を二つに分かった。

「うるせえ剣だな!」
「お互いさまだ!」

 剣合わせの何度目かで飛びすさり、間合いを計る。
 今日はサーリスヴォルフの庭でそうしたように、軽い運動ですませたりはしない。
 これは大公位争奪戦。プートの時の二の舞になるのはごめんだ。殺しあいではないとしても、ベイルフォウスを相手に手を抜くというのは、命を捨てたも同義なのだから。

「悪いが、槍使いに剣で負ける訳にはいかん」
「そうかよ!」

 俺は遠慮なく、攻勢に出ることにした。
 ベイルフォウスが横に薙ごうとするのを、下方に滑らせて弾き、そこから瞬時に刃先を振り上げる。
「っ」
 赤く長い髪が数本、風に漂って地に落ちた。
 追撃するように空を裂いて振り下ろし、今度は前髪を切る。

「ほんっとお前、時々容赦ねえよな!」
「無駄口たたく余裕があるんだから、言う程じゃないだろ!」

 刃を合わせるごとに生じる烈風が、炎の海をかき消し雷を分断する。
 炎が俺の皮膚を焼き、雷がベイルフォウスの肌を焦がした。
「くっそ、お前ホントに強いな! 普段でもやっぱ剣だと分が悪いぜ!」
 俺の剣勢に、ベイルフォウスは後退しつつ奥歯をかみしめる。
 ぶつかりあう魔術は互角でも、剣技で俺に軍配があがりそうだった。

「前言撤回。悪いな」
 ベイルフォウスは大きく飛びすさり、左手一閃、術式を展開させる。
 突如として前方に現れた岩壁を、俺は即席魔剣で打ち砕いた。
 が、視界が開けたそこに待っていたのは、無数に蠢く蜘蛛の姿だ。着地したその足下から、ぶちぶちと、嫌な音がした。

「げ」
 足裏から頭頂まで、震えが走る。生理的な反応ばかりは、なんとも止めようがない。踏みつぶしたものが召喚された生身の生物ではない、という事実がわかるからといって、慰められるものでもない。
 蜘蛛はベイルフォウスの魔術を顕現させた、造形魔術だった。だというのにそれらは、一部の尊い犠牲を無駄にはしないと決意を固めたように、その口から糸を吐き出してくる。鋼鉄と紛う強度の糸が、俺をからめ取ろうと四方八方から襲いかかってきた。

 一瞬みせた躊躇のために危うく捕らえかけられたが、足に傷を負い、即席魔剣を欠けさせながらもなんとか防いでみせる。
 それと同時に、百式三陣を展開。ベイルフォウスの魔術に応えて、こちらは棘ある蔓に生えた黄金の薔薇を顕現させる。
 そう。俺の紋章だ。
 そうというのも、巣を張る蜘蛛は、親友の紋章だったのだから。

 薔薇の蔓は蜘蛛を棘で刺し、蜘蛛は薔薇を鋼鉄の糸で縛って、お互いの攻撃力を削り合っている。蔦はわずかにベイルフォウスの頬を撫でただけで終わり、糸は俺を取り逃がした。
 奪い奪われするその状況から、どちらの魔術が上回っているかを判断するのは難しい。

「嫌な予感はしてたが、やっぱりか」
 ベイルフォウスが吐き捨てるように言う。
「力が拮抗しすぎて、消耗戦にしかならねえ!」
「だから剣で勝負をつければ、話が早いだろ?」
 俺は再び間合いを詰め、欠けた剣で襲いかかる。
「俺に三位になれってか」
 面白い、と言わんばかりにベイルフォウスが勝ち気な笑みを浮かべた。
「断る!」
 だよね!
 親友は俺の斬撃を受け止めつつ、だがやはりまともな打ち合いには応じようとしない。

「いいだろう、ならどちらかの体力が尽きるまで続けるまでのことだ!」

 本 当 に そ う な っ た。

 俺もベイルフォウスも、今回はいっさい手を抜かなかったおかげで、本当にそうなった。
 俺たちは魔術をぶつけ合い、相手を出し抜き出し抜かれてお互いに傷つきあい、そうして結局、息も絶え絶えに、どちらもボロボロになった剣を杖にしてようやく対峙している有様だ。

「も……もう、いい、加減に、諦めろ、よ!」
「お、お前こそ……っ」
 応えながら、ベイルフォウスの体がぐらりとつんのめる。
 そのまま大地に伏せるかと思ったが、かろうじて片膝だけをついた状態でもちこたえた。
 だが、俺だって似たようなもんだ。少しでも気を抜けば、もう立ってもいられない。

「くそ……」
 ベイルフォウスは剣の柄を握りしめ、なんとか立ってみせた。
 本来ならその間にしかければよかったが、今は俺の体力も気力も、それから魔力ですら、もう一滴だって絞り出せない。

「もう、よいのでは?」
「陛下、どうぞ決着を」
「ルデルフォウス陛下」
 裁定を求める観衆のささやきが、やけに大きく響いて聞こえた。
 それに応えた、という訳でもないだろうが、魔王様が対戦場に進み出る。
 そうして火花だけを散らし合う俺とベイルフォウスの間に立って、穏やかな表情でこう宣言したのだ。

「双方よく戦った。この対戦は、ここまだ」
 正直助かった……もしこのまま死ぬまで続けろ、といわれたら、その瞬間、俺は膝から崩れ落ちていただろう。
「大公ベイルフォウスと大公ジャーイルの勝負は、引き分けと判定する――」
「は……なんだよ、それ……ふざけん、な……」
 ベイルフォウスが珍しく兄の決定に異を唱えながら、今度こそ力が抜けたように前のめりに倒れ込んだ。
 俺が意識を失ったのも、それから一瞬後のことだった。

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