魔族大公の平穏な日常
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【第十章 大祭 後夜祭編】
「はあ……疲れた」
…………。
「誰かさんが最後まで無茶なことおっしゃるんで、本当に疲れましたよ」
…………。
「そもそも、思えば最初から無茶でしたよね。急に城を造れ、とか言い出すし」
…………。
「途中で嬉しいことがあったからって浮かれちゃって、色々予定を変更しまくるし」
…………。
「全く、こっちの迷惑はおかまいなしですよね! そりゃあ、そういう立場ですけど!」
…………。
「それに結局、百日では終わらなかったし! なのに最後はあんな……ちょ、ちょ! ハゲるハゲるハゲる!! 手ぇ放して!」
余計なことばかり言うのだから、自業自得だ、このバカが。ちょっとは学習しろ!
大祭から数日経った今も、この執務室には時々、外からの歓声が残響のように届く。大祭の終了を惜しむ臣民が、まだいくらかいるのだろう。
一方でジャーイルも今日はもう、魔王城に用はないはずだが、「やれやれ、やっと終わった」とブツブツ言いながら、なぜかまたやってきている。
そうして執務机で通常業務に勤しんでいる私をよそに、許可もなく長椅子に座り込んで、茶をすすっているのだ。
ウザい。
実の弟でも、私の多忙さに遠慮しているであろうに……。
やはり執務室に、応接セットなど置くことを許すのではなかった。いくらそれが慣例とはいえ。
座る場所があるから、こいつは座る。くつろぐ場所があるから、長居になるのだ。
よし、すぐにでも片づけさせよう。
そう決意しながら、私はジャーイルの髪から手を離し、執務机に戻った。
うわ。髪が指に……気持ち悪い。焼いてしまえ。
「ひどいですよ、魔王様! 俺がハゲたらどうするんです? ハゲは医療班でも治せないっていうのに!」
「黙れ。だいたい、いかに大祭が終了したとはいえ、領内の事後処理で忙しいだろうに、なぜ、こんなところで油を売る暇がある」
「魔王様。こんなところって」
やれやれ、といった風に、奴はため息をつく。
その仕草がシャクに障る。
「ここは魔族の王が住む魔王城ですよ。こんなところじゃないですよ」
うるさいわ。
「しかも新築! みんなで大変な思いをして造った、できたばかりの立派で豪奢で大層な城だっていうのに!」
建築員たちの苦労を軽々しく捉えているつもりはない。お前の苦労とかはどうでもいいがな!
「あ、下の階とか見に行きました? 綺麗だったでしょ? とてもこの下の、地下にある場所だと思えないでしょ? 仰げば空が透けて見えるし、林や丘もあって、小川なんかも流れてたりして」
「で、お前はその城の出来映えを、今日もこうしてただぷらぷらと見に来たというのか」
黙って聞いていれば、また長々と城のことを語りかねない。ここは私のための城で、お前の城ではないというのに。
「っていうか……ほら、うちの家臣はみんな優しいので、大祭の疲れも残ってるだろうから、今日は休んでいいよって言ってくれたんです」
なぜ自慢げに言う。
ジャーイルの家臣たちは、随分主に甘いようだ。こんな奴は寝る間もないほど、こき使ってやればいいのに。
せめて我が城にやって来られないほどには、酷使して欲しい。
だいたい、一日の休日に、なぜ我が城にくる。
「まさかと思うが、お前は休日の暇つぶしにやって来ている、というんじゃないだろうな」
「まさかそんな」
ジャーイルはギョッとしたような表情を浮かべ、顔の前で手を激しく振る。
嘘だろおい。こいつ……図星、なのか?
「違いますよー。俺は忠臣として、〈魔王ルデルフォウス大祝祭〉の大祭主を務めた身として、やっぱり終わった後も気を抜かず、ご機嫌伺とか、後々不備がなかったかとか、ちゃんと確認したりしといた方がいいかなー、と」
「問題なぞ一つもない。すべて順調だ。伺候も不要だ。むしろ、仕事の邪魔をするな。予にはお前のような休日はないのだからな」
「あぁ……」
やめろ。まるで私が家臣に恵まれてでもいないかのような、憐れみの視線を向けてくるのはやめろ。
私が休むといえば、反対する家臣なぞ一人もいない。ただ別に、お前のように休んでブラブラしたいと思わないだけだ。
だいたい、家臣に許しをもらって休みをとっている自分の方が異端なのだと思い知れ。
「もうよい、お前の気持ちはよくわかった。ならば〈修練所〉でも視察してきたらどうだ。そのうち持ち回りにはなるとはいえ、しばらくは我が配下が運営を担う。今もその担当に決まった者たちが、施設内部を回って打ち合わせ中だ。暇なのだろう? 建築の責任者として、施設の提案者として、相談にのってやってこい」
「あー。そうですねー。〈修練所〉かぁ」
仕事だと思ってだるそうに返答するな。こっちの気分まで萎えるわ!
「見取り図があるとはいえ、発案者でもあり、実際に現場を見ていたお前の意見が加わる方が、打ち合わせもはかどろう」
「んー、ま、そうですね。じゃあ、ちょっとだけ行ってくるかなぁ」
ジャーイルは気だるそうに執務室を出て行った。
現場を見た者の話によると、ジャーイルの奴はあんなに面倒そうに向かったくせに、担当の者たちとわいわい楽しそうに盛り上がって大騒ぎをし、最終的には鼻歌交じりで帰城したそう……だ。
私の執務室を出てから、十時間も後に。
【現場を見た者の証言】
みんなまるで遊び盛りの少年・少女のように瞳をキラキラ輝かせながら、あっちにはこんな仕掛けを、こっちではこんな戦いを、と、それはもう楽しそうでした。
……正直、混ざりたかったです。
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