古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第十章 大祭 後夜祭編】

147.普通、魔族は下の世代は多少気にしても、上の世代は気にしないものなのです



 なんてこったい。予想以上に囲まれてる。
 俺はもしかして、人気者だったのか! 思わずそう、勘違いしてしまいそうだ。
 いや、だから調子に乗るなって。
 アレスディアを囲みにきたものの、その輪に弾かれた男性陣が、こちらに混ざっているに違いないのだから。

「だから閣下、さっきの話の続きですけど、家をですね!」
 弾かれたこと確定のニールセンは、無視でいいだろう。
「閣下、私は閣下に投票しましたわ!」
 そう言ってくれる何名かの女性には、礼を言っておこう。
「俺もです」
 照れたような野太い声は、きっと空耳だ。

「閣下、閣下の大公城も、この機会に建て直しませんか? 私が素敵に設計しますよ!」
 頭上から、唾と共に大層な提案が降ってきた。
 その気になったらな、とは答えたが、もちろん今のところそんな大事業の予定はない。
 もっとも、実は一部の改築は計画している。

 それがオリンズフォルトに現場監督を任せようと考えている、図書館の改築……というか、増築だ。
 ミディリースの希望に応えて増えた分に、俺の持ち込んだり蒐集したりした本をあわせると、今のままでは本棚に納まりきらず、すでにいくらかは読書机の上に置いてある状態なのだから。
 もとより利用者も少ないし、と、いっそ机の数を減らし、本棚の配置を狭めて数を増やしてもいいが、どうせ一時しのぎにしかならないだろう。それでいっそのこと、増築することにしたのだった。
 その話は、後でゆっくりオリンズフォルトにするとして。

「閣下はご存じだったんですか? ほら、あの、魔王陛下とウィストベル閣下の仲が、あんな風だったこと」
 うーん。これはまた、答えにくい話題だな。
「で、実際のところ、閣下は女性より男性の方がお好き……ぐぶっ」
 とりあえず、殴っておいた。
「あれはどうだったんです? あの中……争奪戦でのプート大公との戦い、あの黒幕の中は――」
 覚えてない、としか言いようがない。

 とにかく、移動を許可した途端にこんな風に次から次へと寄ってこられ、質問を浴びせられたおかげで、俺は気づいていなかったのだ。ミディリースがいつ、広間から出て行ったのかを。
 だからジブライールが深刻そうな表情で近づいて来たときも、俺はそれほど大事に捉えたりはしなかった。

「閣下。よろしいでしょうか」
「ああジブライール。楽しんでいるか?」
 だが相変わらず我が副司令官殿は、生真面目を絵に描いたような表情を浮かべている。
「ミディリースの姿が、ないのですが……」
 ジブライールには、司書の参加はあらかじめ知らせてあった。副司令官で、しかも顔見知りだからな。とはいえまさか、気にかけてくれているとは。
「そればかりかずいぶん長い間、戻ってきておりません」

 そう言われて席を見てみれば、確かにミディリースがいない。
 しかしオリンズフォルトの姿もなかったことから、てっきり親戚と明かして気心がしれ、どこか別の場所で昔話でもしているのだろう、と、軽く考えたのだった。
 それに、一度退室したのなら、もう戻っては来ないだろう。中座するからこその、あの座席位置でもあったのだし。

「心配ない。部屋に戻ったか……まあ、オリンズフォルトと話でもしているんだろ」
「ええ、おそらく。彼は彼女の後を追うように、部屋を出ていきましたから」
「なら大丈夫だ。実は二人は――」
「その、オリンズフォルトなのですが」
 ジブライールは眉を顰める。

「家族歴に気になることがあるのです」
 家族歴? 家族歴ってなんだ。両親のことか?
 そんなもの、魔族がいちいち気になんてしないだろうに――
「それに、二人が話をしている時の雰囲気にも、引っかかるものがございました。よろしければ、彼らの様子を見にいかせていただきたいのですが」
 どうしたというんだろう。特にミディリースと親しい、というわけでもないジブライールが、様子が気になるほどの何かがあったというのか?

「閣下、家!」
 相変わらず外野がうるさい。
「閣下の大公城も、なかなか素敵ですね。後であちこち見て回ってもよろしいですか? この機会に!」
 キリンの唾が辺りを水浸しにする。
 これではゆっくり話ができない。

「悪い、ちょっとジブライールと話がある」
 俺は席を立ち、ジブライールを控えの間に誘う。
「まず、オリンズフォルトの気になる家族歴というのはどういうことだ?」
「……私は後半、新参を管理する任につきましたので」
「そうだったな」
「オリンズフォルトの親……いえ、父方の祖父が、あの悪名高いボッサフォルトであることを、偶然知ったのです」

 ボッサフォルト? 誰だ?
 普通は親でも稀だが、祖父母だなんて余計に気になどしない。
 しかし、魔族で悪名高い、とまで言われるような者は珍しい。少なくとも、俺の認識ではネズミ大公以外には、当代では二、三名しか心当たりがない。
 ちなみに、女たらしの残虐大公と評されているベイルフォウスは、そのうちには入っていない。残念ながら。
 つまり、女性をめぐって相手の男を殺すくらいはするだろうベイルフォウスでも許容されているというのに、それ以上の悪名を轟かせているものが他にいる、ということなのだ。

「ご存じありませんか?」
「無知ですまんが……」
 ジブライールは一つ、頷く。
「そういえば、彼が悪名を轟かせたのは七百年ほど昔のことらしいので、私が子供のころには半ば過去の話の一つとして、風化しかけていたのかもしれません。そのころ閣下はまだ、お生まれにもなっていらっしゃらない頃ですし、ご存じなくとも無理はありません。未だ存命のはずですが、最近はその名もちっとも耳にしませんし――けれど今思い起こすだけでも十分、気分の悪い話ではございます」

 七百年? 七百……か。微妙にひっかかる年数ではないか。
「で、その悪名ってのは?」
「ここより西――今はアリネーゼ大公の領地に、ボッサフォルトという侯爵が住んでいたそうです」
 当時はもちろん、支配する大公の名は違ったのだろう。
「その配下の伯爵の妻に、彼好みの女性がいたらしいのです。ボッサフォルトは伯爵を殺してその妻を拐かし、幽閉し、強引に自分のものとしたとか――」
「それほど、珍しい話とも思えないが」

 それだけのことで悪名とはなるまい。
 強者が弱者に理不尽を強いるのは、魔族ではままあることだ。無理難題を押しつけ、配下を殺して――または殺しもせず、その家族を奪うということは、頻繁にはないかもしれないが、全くないことでもない。
 実際に俺が大公に就くきっかけとなったのだって、ネズミ大公がアレスディアを拐かしたからだし、異を唱えて殺されなかったのは、単に俺の方が強かったからに他ならないのだから。

「ええ、それだけなら……噂になった理由というのが実は、彼はいわゆるその……少女が好きな成人男性だからでして……」
 ……何だって?
「それまでも彼は領地の、これは本当に未成年の少女――ちょうど、今のマーミル様くらいの年代だったようですが、そういう少女を集めて……ひどいことをしていたそうなのです」
 ジブライールが言いにくそうに口ごもった。
 そりゃあ、想像だにしたくないだろう。マーミルと同じくらいの少女に乱暴を……と思っただけで、腸が煮えくりかえりそうになる。

「それが秘されていたのは、それまで虐げられていた者が全員、弱すぎる立場の者たちであったからといいます。ですが、有爵者――それも中位の伯爵を相手に無体を強いたとなると、その伯爵が激怒して侯爵に挑戦したこともあり、隠し通すこともできず、彼の性癖は明るみに出ることになったというのです」
 しかしその侯爵が存命中という事は、その妻を奪われた伯爵は、結局返り討ちにあったということか。
「ただ単に、配下を殺して妻を奪ったとなるとそれほど珍しいことでなくとも、子供をばかり相手にしているとなると、魔族では悪名として囁かれるのも無理はないことです」
 確かに。あのベイルフォウスでさえ、成人女性でなくば食指は伸びないらしいからな。

「その伯爵の妻であった女性――彼がさらった女性の名こそが、ロリーリースといい、これがいわゆるロリコンという言葉の基となった事件なのです」
「それが、七百年ほど……前?」
「はい、そう聞いております」
 ちょっと待て。

 オリンズフォルトはボッサフォルトではない。その祖父と、全く同じ性癖の持ち主であるとも限らない。その拐かされたという女性の名だって、ミディリースではない。だが、ロリーリースとミディリース……。
 名前の近似もそうだが、七百年前……ミディリースがこの城にきて、司書として採用され、以来ひきこもっていたのは六百年だというから、百年ほどの違いはあるが……それくらい以前では、百年の違いなんて誤差だろう。
 とはいえこんな僅かな、しかも噂話だけを基盤にしては、判断を過つ可能性が高いのは憂慮するところだが……。それでももし、オリンズフォルトが祖父と同じ性癖の持ち主で、彼の祖父が彼女の祖母にしたように、ミディリースを扱おうとしているなら――
 だが待て。

「オリンズフォルトはミディリースと自分、二人の祖父同士が兄弟なのだと言っていたんだが」
 今の話だと、実際には二人の祖父は兄弟同士、ではなく、同じだという可能性もあるということか?
 ミディリースがボッサフォルトの孫、だという……。
 だがそうならそこで嘘をつく意味はない気がする。
「ボッサフォルトには妹はいたようですが、それも子供の頃に亡くなっており……男の兄弟はいないはずです。……それに、さっきの話にはまた、別の噂もあり……つまり、ボッサフォルトはロリーリースの娘も同様に拐かし、その祖母と同じように扱った、と」
 ちょっと待て。
 まさか、孫どころか娘という可能性も?

「この部屋を出ていく直前、ミディリースの表情には不安が色濃く感じられました。そうして、それを追うように嬉々として出て行ったオリンズフォルト……」
 なぜ、彼女が引きこもっていたのかという理由を、俺は知らない。だが……。
「杞憂かもしれません。ですが閣下。彼らを捜しに行ってもよいでしょうか?」
「いいや、俺が行こう。よく気づいてくれた」
 もう、嫌な予感しかしなかった。

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