古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第十章 大祭 後夜祭編】

153.できればそろそろ、心休まる出来事でもあって欲しいものです



「旦那様、ランヌス殿から招待状が参りました」
 アレスディアがそういって、俺の執務室にやってきたある日のこと。
「ああ。一位の奉仕か」
「はい。こうして連絡が来たからには、相手のところへ赴かねばならないと思うのですが」
「そうだな。マーミルのことなら心配するな。迎えがきたら、行き帰りの竜は俺が出す」
「ありがとうございます。ぜひ、お願いいたします」

 通常は、幸運にも選ばれた相手が招待状を出し、なんらかの迎えを寄越して一晩自分の元に招き、それから翌日相手を送り届けるのだという。
 そうなると迎えにいく相手との距離があれば、それを一日二日でこなせるのは、少なくとも竜を自由に使える有爵者に限る。
 だが、奉仕の相手は地位で選ばれる訳ではない。全くの運だ。
 そうなると、有爵者ばかりが選ばれるとは限らない。
 逆に、一位に選ばれるような者はたいてい高位の者が多かった。やはり、目立つから、というのがその理由らしい。
 その結果、一位の者の方が時間を無為に過ごすことをよしとせず、結局は自身で移動手段を整えることが多いのだそうだ。

 実際、ランヌスは無爵だ。魔獣くらいは飼っているかもしれないが、竜など所有していないだろう。となると、迎えにくるだけでも数日かかるはず。それに任せていたのでは、アレスディアの不在は一日二日ではすまなくなる。
 パレードの時ほどいなくなるわけではないし、別にそれくらいいいといえばいいのだが……。

 ちなみに、俺の方にはまだリリアニースタから何の連絡もない。
 肖像画の件すら、連絡がないのだ。
 ……まあ、実際いらないんだろうけど。

「で、いつくるって?」
「予定では明日、とのことです。ご自身がいらっしゃるとか」
「そうか。それは助かった。先日の件を、そろそろ決めてしまいたいと思っていたことだしな」
「先日の件、ですか?」
 アレスディアが小首を傾げる。  ああ、彼女は大祭の間中、パレードに参加していなかったから、俺がランヌスにマーミルの絵の指導を頼んだことを知らないのだろう。
 だからそれを伝えると。

「それは……なくなったお話であると、聞いておりますが」
 うん? なくなった話……?
「お話がうまくまとまらなかったと……違っておりますか?」
「……聞いてないが」

 マーミルとランヌスには直接会っておくように、と言っておいたはずだ。当然、話はまとまったものだと思っていた。別にどちらも、あんな人には教わりたくありません、とか、あんなわがままな子どもは御免です、とか、言ってこなかったからだ。
 なのに、なくなったって?
 俺はマーミルを呼び出した。

「あら……私はてっきり、画伯がお兄さまに伝えてくれているものと……」
「じゃあ、本当になくなったのか? お前の方から断ったのか?」
「お兄さま、だって私は言ったはずですわ! 教師にはデーモン族の方をお願いって!!」
「……そうだっけ?」
「そうですわよ!」

 見事なほど、覚えてない。
 そういえば、一時やたらデーモン族にこだわっていたのは思い出せる。
 しかし今は双子とも以前通りだし、そんなことを言っていたのも忘れていた。
 それともランヌスと会ったあの時はまだ、そういう気分だったということなのだろうか。いや、あれは大公位争奪戦のさなかだったから、とっくに双子とも仲直りしてたよな?

「だがマーミル。ランヌスといえば当代一と讃えられる画家だぞ。それをデヴィル族という理由だけで断るだなんて……」
 ついでに、そろそろ兄の体面とか考えるように注意してみるとしよう。
「けれどお兄さま、私の方から嫌だといった訳じゃありませんのよ?」
「なに?」
「お兄さまが私の要望を覚えてらっしゃらなくて、画伯を先生にと頼まれたことについては、後で文句は言おうと思ってましたわ!」
 あ、うん。
「でも私だってさすがに、大公であるお兄さまの立場のことを考えて、私のことを思って頼んでいただいた先生を、バカにされたりした訳でもないのに、すげなくお断りはいたしませんわよ」
 そこら辺は考えてくれるようになってきている訳か。

「じゃあどうして――」
「ランヌス画伯が、ご辞退なさったのですわ」
「辞退……なんでまた」
「それはもちろん、私の側にご自身をも上回る才能を発見され、このような方がいらっしゃるのでは自分の出る幕はないと――」
「ちょっと待て」
 嫌な予感しかしない。
 いや、ほんとに。つい先日の事件で感じたそれを遙かに上回る、半ば確信に似た嫌な予感だ。

「まさかその、お前の側にいるランヌスを上回る才能ってのは――」
 なぜか妹は、小さな胸をいっぱいに張り、まるで自分自身の手柄を誇るような表情で、俺がなるべく関わりたくないと思っている人物の名を口にしたのだった。

 ***

「俺は非常に不本意なのだが……」
 翌日、アレスディアを迎えに来たランヌスを城内に招き入れ、俺は彼と応接室で対面していた。
「申し訳ありません、大公閣下。妹姫様からもお聞きでなかったとは――」
 目の前ではカワウソが、しきりに自分の猫手で頬のあたりを撫でつけ、立ったり座ったりを繰り返している。おそらく非常に驚き、焦っているのだろう。

「私はあの時、非常にショックを受けており……いえ、言い訳は申しますまい。直接お断りも申し上げず、帰宅いたしましたこと、こうしてお詫び申し上げます。どうか、平にご容赦を」
 とうとうカワウソ君は椅子から立ち上がり、正座して床に額をこすりつけた。
「いや、ランヌス。そこまでしなくていいから」
「で、ですが、永きにわたり、閣下を結果的にたばかったことになるようでは、この命は――」

 おい、ちょっと待て!
 ランヌスの脅えっぷりが異常だぞ!?
 ガタガタ震えて、涙まで流しだしたではないか。
 大げさすぎだろ。なに、たばかったって。誰もそんなこと、思いはしないんだけど。

「いくらなんでも多少の行き違いがあっただけで、俺が命まで要求するわけないだろ」
「は、はい……それは、閣下がこのような無爵の――いわばたかが路傍の石の失態一つで、そこまでなさるとは思っておりません。ええ、ですがこの、命より大事な腕を所望されるよりは、まだ命そのものを奪われた方がどれだけ――」
「別にマーミルの絵の指導を断ったからって、腕を寄越せとも要求しない。ただ、残念だと伝えただけだ。不本意という言葉が悪かったのなら謝るから、そんな脅えないでくれ――」
 俺がランヌスを立たせようと近づくと、カワウソ君は自ら大きくのけぞって、叫びながら部屋の隅に飛び退いた。

 なにこれ。なにこの反応。
 今までも多少は何かやらかした相手から脅えられたりしたけど、こんな些細なことでここまで怖がられたことなんてないんだが――
 サーリスヴォルフ、いつも領民にどんな態度で接してるんだ。

「どうか、どうか……腕だけは――この、腕だけは――」
「いや、だから、別に腕をどうこうしろとか言わないって。それともなにか、サーリスヴォルフはそこまで要求するのか?」
「まさか……! それは、大公閣下ですので、容赦のないところもたびたびありはしますが、それでもあの方は、慈悲深いお方でございます!」

 ……うん?
 ううん?
 いや、ちょっと待て。
 サーリスヴォルフの配下への対応が恐ろしいから、俺のことも怖いと勘違いして過剰に反応しているのではないのか……?

「私には地位も城も何もございません! つつましい我が家と、ただこの腕が一本あるだけ――〈無情大公〉と称され、数々の魔族をその強大なお力で滅ぼし、広大な城屋敷までも塵となさる閣下とは存じておりますが、なにとぞ、なにとぞ、ご容赦を」
「ちょっと待て、ランヌス。何か誤解があるようだ」
 まさかこの俺自身が怖がられているとは!!!

 結局、その後は話にならなかった。どんなになだめても、カワウソ君は俺を怖がって、立ち直れなかったからだ。
 仕方ないので話はやめにして、少し落ち着いてからアレスディアともども竜で送り出した。
 一晩の間に侍女が誤解を解いてくれることを、密かに願っていよう……。

「なあ、セルク……知ってた? 俺って、〈無情大公〉って呼ばれてるんだって……」
「ああ……」
 その反応は、知っていたのか?
 知ってたっぽい!

「他領の者にはあんなに怖がられてるのかな……ちょっとショックなんだけど」
「確かにものすごい怖がりようでしたね。でも、他領の者が、というか……」
 他領の者というか!?
「旦那様のことを直接知らない者たちの中には、大公閣下と聞いただけで、懼れおののく者もおりますからね」
「まあ……確かにな」
 ああ、びっくりした! 俺だから、じゃないよな?

「そうでなくとも旦那様は、あの恐るべきヴォーグリム大公を、あり得ないほど見事に滅ぼされたのです」
 そういや、ネズミも結構領民からは恐れられてたっけ。わがままだったもんな、あいつ。
「その軍団長多数を道連れに」
「……」
 言葉もない。

「その時の逸話だけでも十分ですが、旦那様は大公位争奪戦でもその強さを示されました。あのベイルフォウス閣下の上位に食い込み、プート大公の命まで奪いかけたのですから――その上、ついこの間のボッサフォルト侯爵城の消滅……それを耳にしたとあっては、過剰に恐れる者もおりましょう」
 そうハッキリ事例をあげられると、確かに納得できるものはある。
 だいたい、うっかりキレてしまった結果ばかりなのが、自分でも本当にどうかと思うし。

「今後は、いっそう行動には気をつけるよ……」
 簡単にキレない大人になろう、俺。
「しかし一方で、領民はむしろ強い大公を敬愛することもあります。あまり無益な悩みに、気を取られませんよう」
「ああ、そうだな。ありがとう」
 セルクも近頃は余裕が出てきたのか、ちょいちょいフォローしてくれて、ほんとありがたい。
 家令と筆頭侍従。なんやかんやあったが、今の組み合わせが俺的には一番いいのではないだろうか。
 そんな感想を抱きながら、俺はその一日を過ごしたのだった。

 そうして翌日。
 夕暮れ時、竜と共にアレスディアを送り届けてきたランヌスは、昨日に比べれば随分落ち着いていた。
 もっとも俺が直接出迎えなかったからだけのことかもしれないが。

 結局、俺はランヌスをあきらめた。本当は、考え直してマーミルの絵の指導を、とお願いしたかったが、そうすると彼には脅迫に感じられただろう。脅えながら応じ、またさらに俺が怖いだなんて噂が流れかねない。
 だから俺は、彼が落ち着いた頃を見計らって庭に出て行き、距離を保ちながらこういうにとどめた。

「絵画教室でも開くときには、連絡をくれ。マーミルを通わせるから」と。
 ランヌスは「機会があれば、必ず」と畏まり、なにをかわからないが俺に感謝しつつ、魔獣に乗って帰路についた。
 一度もこちらを振り返ることさえなく。

「ねえ、大丈夫だった? アレスディア」
 マーミルが侍女の袖を引いている。
「大丈夫とは、何がでしょう」
「綺麗に描いてもらった?」
「私を描くのですよ、お嬢様。綺麗にならない訳はありません」
 さすがの返答だ、アレスディア。
 俺もそんな風に自信満々に、言ってみたいものだ。

「まさか裸なんてことは……」
「ほほほ、どうでしょうね」
「えっ!!」
 高笑いのアレスディア。
 青ざめながら、どうなのよ、ねえどうなのよ、とまとわりつく妹。
 賑やかに去る二人を見つめながら、この平穏な風景でとりあえずはよしとするか、と俺は納得することにしたのだった。

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