古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第十章 大祭 後夜祭編】

152.終わってみれば最悪の事態を免れ得たことを、ひしひしと感じます



「……って、知ってました? 魔王様」
「……」
「それって結構、ずるい手ですよね。自分で倒した相手じゃなくても、自分に下るとしたら……」
「しかしお前はその事実を確認する前に、相手を倒してしまったのだろう?」
「いや、確認するって、俺が死んでたら俺は確認できないですしね!」
 なに言ってるんだろう、魔王様。大丈夫かな。仕事のしすぎで頭が疲れてるんじゃないだろう。

 ミディリースの一件がようやく片づいたので、俺はボッサフォルトの示した紋章の不正の事実を、魔王様に確認しにきていたのだった。
 報告も兼ねて、だから、珍しく正式に手順を踏んで、応接室での対面だ。
 それにしても今の返答だと、やはり魔王様も直接手を下したわけでもない特異な奪爵がどう影響するのかについては、知らなかったということなのだろうか。

「なにも……お前が殺されて確認しろ、とは言っておらん。ボッサフォルトを生かしておいて、問いただすという手もとれただろう、と言っておるのだ。だが結果はその孫どころか、侯爵邸そのものの塵すらも残っていない状態と聞いているが」
「問いただして正直に話すような奴かなぁ。っていうか、そもそも口にする言葉がすべて許容範囲を超えていたので、正直あれ以上我慢なんてしたくなかったんです」
「……」

 なぜため息をつくんだろう、魔王様。
 制御できないほどキレる可能性がほんのわずかにでもあるかな、とは自分でも考えていたが、実際には……うん、思ってた以上にキレてしまったのだから仕方ない。

 あの異空間で毛と目だらけの巨大生物を倒し、無理矢理空間を繋いで――ちなみにこれは、いちかばちか召還魔術の応用でやってみたら、割と簡単だった――、還った瞬間そこにあるすべてを破壊したことを、生々しいほど記憶している。
 二人ともまとめて一撃で滅ぼした。というか、屋敷ごとすべて消滅してやった。
 一瞬で。
 僅かの間、オリンズフォルトの侯爵邸と覚えられていた場所には、今はただ瓦礫も残らない荒野が広がっているだけだ。
 あそこもまた、俺の荒れ地の一つとして数えられるのだろうか……
 もっとも、それでもやりすぎたとは思っていない。
 ボッサフォルトが最後に吐いた台詞は、今思い出しても腸が煮えくり返りそうになるほどの内容だったのだから。

「いや、でもね、考えてもみてください。魔王様だって、自分が死んだあとに弟のベイルフォウスを好きにするとか言われたら…………すみません、あり得ない話でした」
「ああ、そうだな」
 いくらなんでも例えが悪かった。これで共感を得られるはずがない。
「まあとにかく、あの祖父と孫は気持ち悪かったんです。とてつもなく」
 二度目のため息だ。……いや、五度目くらいだったかな?

「あ、そうだ。その気持ち悪さを言い表すのに、いい例がありましたよ。つまりあの二人はペリーシャを」
「その名を口にするな!!」
 可哀想に……。こめかみに青筋たてて、よっぽど怖かったんだな……夜這い。

「で、その侯爵邸に囚われていた女性というのを、お前は無事保護したわけなんだな?」
「ああ、ええ、はい……まあ……」
「なぜそこで口ごもる。なにか拙いことでもあったのか」
「いや、別にそういう訳じゃないですけど……保護っていうか……」

 そうとも。あの二人を滅ぼした後、俺はすぐにアリネーゼに渡りをつけて、ボッサフォルトの侯爵邸に向かった。
 そうしてミディリースの母、ダァルリースをその虜囚の身から、解き放ったのだ。
 いいや、正確にはちょっと違う。確かに俺はボッサフォルトの軛を無くしはした。
 そのまま母娘ともども、異論がなければ俺の城で働いてもらおうと思っていたのだが――

「それでは、ジャーイル大公閣下。大恩ある閣下に対し、衆人が誤解をしかねません」
 迎えにいった侯爵城で対面したミディリースの母は、きりりとした様子で俺にそう言ったのだ。
 それまで俺はダァルリースを、ミディリースに似た感じで想像していた。つまり引っ込み思案で気が弱く、ボッサフォルトの仕打ちに震えながら涙をのんで従っている、可憐な少女像を、だ。
 確かに、見た目でいうならダァルリースは、ミディリースよりまだ幼い容貌をしていた。二人で並んでいると、母娘というよりは姉妹にしか見えない。しかも、ミディリースの方がまだお姉さんに見える、という具合だ。
 だが話した印象は、全く違ったのだ。
 彼女は言った。

「いかに娘が閣下の城で司書の任にあるといえど、無爵の母親の身を他領から引き取るなどということになれば、閣下と娘の間になにか特別な愛情があると、疑うものが出ましょう。それではかえって、恩を徒で返すようなもの。せっかくのアリネーゼ大公閣下のご助力も、無駄になるやもしれません」
 確かに属する領地の移動は、簡単なことではない。軽々しく行われることでもない。たとえばその相手が特別な才能があって、どうしても一方の大公が欲する場合は、所属する大公との話し合いが必要だ。そうしてその許可がなければ、紋章を移すことなどできない。あくまで平和的に解決するならば、の話しだが。

 俺が妹のためにランヌスの移領を申し出ず、とりあえずはただ一時的な招聘だけと決めているのもそのせいだった。
 だが逆をいえば、彼女――ダァルリースは当代ではランヌスほど有名ではないし、噂になったことがあるとはいえすでに過去の人だ。それにミディリースと同様、隠蔽魔術の使い手でもあるのだろうから、アリネーゼとの合意もとれていることだし、そう目立たずに領地を移動できるだろう、と軽く考えていたのだが。

「私にはなにも、誇るべき才能がございません。ですから、閣下の領地で奪爵させていただきます」
 ダァルリースは気高い様子で、俺に男爵位への挑戦を訴えてきたのだった。
 曰く、ボッサフォルトには敵わずこの数百年辛酸を舐めたが、今後はもう以前のような失態はおかさない。そのためにまずは男爵位を手始めとして、〈修練所〉に通って自らを鍛え律し、いつの日か誰にも手が出せないほど強くなってみせる、と。
 それこそ、美貌のために強くなったアリネーゼを思わせる様子で。
 実際、侯爵であるボッサフォルトには敵わなかったとはいえ、ダァルリースは男爵にはつけるくらいの魔力は持ち合わせていたのだから。

 もとから図書館の地下の部屋はあの有様だったんで、母娘のために改めて城内に部屋を用意するつもりだった。
 しかしダァルリースがそんな調子で、翌日にはあっという間に俺の領地で男爵位を得てしまったのだ。それでうちの司書は母親と一緒に、その男爵邸に引っ越すことになった。とはいえ、別に仕事は辞めたわけじゃない。席はあるが、図書館も増築がすむまでは閉館の予定なので、しばらくは母娘水入らずの生活を満喫するだろう。
 ただ、急展開についていけないという感じで、ミディリースが始終おろおろしっぱなしだったことは明言しておきたい。

 うん……なんていうか、か弱い少女なんてどこにもいなかったよ。むしろ、肝っ玉母さんだったよ。
 今回のことは、大まかにはそんな風に決着がついたのだった。

「まあ、結果は上々ではないか。変に片がついては、そなたはロリコンはともかく、人妻好きで確定してもおかしくはなかったのだからな」
「え……どういう意味です?」
「一部にそういう噂が流れているのを知らないか?」
 ちょっと待って。そういう噂って……。

「俺が人妻好きだと、まさかそんな噂が流れているとでもいうんですか?」
「独り身の美女に言い寄られても全くなびいた様子もみせないのに、いくら同盟者の家族であったとはいえスメルスフォには親切に世話を焼き、舞踏会では私のウィストベルや、リリアニースタと親しげに踊ってみせる。謁見でも、もっぱら人妻と長話をしているようではないか?」
 いや、謁見では長話をしてるっていうか、長話を聞かされてるだけなんだけど! 確かにそういわれてみれば、人妻と呼ばれる部類の女性たちは、話が長い気はするけど!

「その上、一司書の母親までをも城に呼び寄せたとあっては、その外見がどうであれ……な」
 いやいやいや。スメルスフォもって、デヴィル族なのにかよ!
 っていうか、ウィストベルのことさらっと人妻に混ぜましたね、魔王様。気持ちは分かるけど!

「なんでそんな変な噂ばっかり……」
 ロリコンを回避したと思ったら、まさかの人妻とは!
「お前が一向に相手を決めないからだろうが。別に結婚しろとはいわん。一人と付き合えともいわん。だが変な噂を立てられたくなければ、せめて数人の相手を見繕ったらどうなのだ?」
「そんなこといえる、魔王様が羨ましい……」
「なに?」
「だって、本命のウィストベルがいるってのに、相も変わらずなにも気にせずあっちこっちの女性に手を出して……貞操観念とか、どこに置いてきたのか教えてほしいって感じじゃないですか?」
「黙れ。っていうか、だいたい、なぜ予がお前ごときの恋愛に親身になってやらねばならん! 身の程を知れ!」

 俺はなぜかそこでキレた魔王様の不可解な一撃を、久々に頭に受ける羽目になったのだった。
 報告にいったはずなのに、どうしてこうなった。

 ***

 そうして頭を負傷したまま、我が城に帰ってみれば。
「お兄さま、どうなさったの!? 目の上が切れていますわ」
 ちょうど前庭でネネネセたちと遊んでいた妹に、見つかってしまったのだ。
「まったく理不尽な仕打ちを受けたが、心配するな。ちょっとかすっただけだから、医療棟ですぐ治してもらってくるよ」
 外傷だけだと大したことはないように見えるだろう。実際には、頭蓋骨にヒビが入っているとしてもな!

「それより三人とも、そろそろ屋敷に戻った方がいいんじゃないか? 遊びに夢中で夕食に遅れたら、一食抜かれるぞ」
「大丈夫よ! アレスディアはそんなミスはおかさないわ」
 確かに一時と違って、今はもう頼りになる侍女が側にいるのだから、時間の心配などいらないか。
「その今日の夕食は、お兄さまもご一緒できるんでしょう?」
「ああ、そのつもりだ」
 仕事が立て込んでいるときは一緒に食事もできないことが多いんだから、休みの日くらいはみんな揃って食べるべきだろう。

「なら、やっぱりそろそろ戻っていますわ。ねえ、ネネネセ」
「そうね」
 双子が声をそろえて答える。いつもながら、見事な同調だ。
「あ、お兄さまも医療棟にいくからって、遅れてはいけませんわよ。一食抜きにされるんだから!」
「大丈夫。ちゃんと時間は守るよ」
 俺が笑って応じると、妹は楽しそうに「約束ですわよ」と言いながら、ぴょんぴょんと跳ねた。

 そのテンションのまま、きゃあきゃあ騒いで居住棟に戻る三人を見送りながら、俺は心底からの安堵を感じていた。
 一時はオリンズフォルトに図書館の増築を任せようと考えていたのだ。本人に話を通す前に白紙となったが、おかげでマーミルは奴とは一度も対面せずにすんだ。
 増築どころか一部崩壊したので、別の現場監督を手配しなければいけないが、なに、別に人材に乏しいわけでもない。

 そんなことより万が一、ミディリースに語ったような妄想を、俺の妹にまで奴が聞かせていたとしたら……そうしてあの祖父と孫が、実際に俺の妹に指一本でも触れていたとしたら。
 無くなっていたのはこの大公城であったかもしれないのだから。

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