古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第十章 大祭 後夜祭編】

160.エピローグ



 その日の目覚めは、最悪だった。
 泣きながら飛び起きてもおかしくない程の、嫌な夢を見たのだ。
 子供っぽいと思われてもかまわない。ほんとうに、ひどい内容だったのだから。
 どんな内容だったかって?
 それを聞けば、俺が『見捨てないでーーーーー』と、叫びながら目覚めたことも、きっと理解を得られると思う。
 なぜなら、俺の見た夢というのはこうだったからだ。

『旦那様。短い間でしたが、お世話になりました。私がいなくなっても、いつまでもどうぞ、お元気でいてください』
 寂しそうな表情を浮かべながらも、けれど最後通告のように力強い挨拶をする、エンディオン。
 まさか、嘘だろう、エンディオン! 城を出て行くだなんて、どうして!

 ほらもう! 思い出しただけで胃が痛い! キリキリ痛い!
 エンディオンのいない〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉なんて、考えられるか!?
 エンディオンの補佐のない俺なんて、考えられるか!?
 エンディオンのいない未来なんてーーーー!!

 ……。
 …………。

 ふぅ……。
 落ち着こう、俺。
 こんなのはただの夢だ。そうだとも。
 夢で悲しくなるなんて、子供じゃあるまいし……。
 いくら寝起きとはいえ……泣きそうになるだなんて、さすがに情けない。
 だが――

「旦那様。実は折り入って、身の上のことで相談がございまして」
 エンディオンに実際にそう言われたときの、俺の衝撃が理解できた人、手を挙げて!
 まさかあれはいわゆるそう、予知夢だった!?
 嘘だと言ってくれ、エンディオン!

「な……なに……、かな……」
 聞きたくない。だって嫌な予感しかしないんだもん!!
 ペンを持つ手が、うっかり震える。
「勝手を言って申し訳ありませんが」

 あああああ、そんなまさか!
 俺はペンを机に押しつけた。
「暫く休暇をいただきたく」
 椅子が倒れる勢いで立ち上がる。
「嘘だろ、待ってくれエンディオン! 君がこの城にいないで、俺はどう毎日を過ごせばいいんだ!? 俺を」
 見捨てないで、と口に出す前に、ふと、違和感に気づく。

「お言葉の端々より、旦那様からの温情を感じ、感極まる思いではございますが」
「え、ちょっと待って…………休暇?」
「はい」
「えっと……休暇?」
「はい」
 エンディオンは深く頷きながら、倒れた椅子を戻してくれた。

「休暇……そうか、休暇か……!」
 辞める、ではない。休暇なのだ!
 よかったーーーー!!
「なんだ、休暇か! そうだよな、休暇だよな! だよな!」
「旦那様?」

 俺はエンディオンの手を取り、上機嫌で何度も頷く。
「休暇ぐらい、いくらでも取ってくれ! 一日か、二日か? なんだったら五日ほど?」
「ありがとうございます。ですが、できれば四十五日ほどいただきたいのですが……」
「え……」
 俺は彼の手を握りしめたまま、凍り付いた。
「し……しじゅう、ご、にち……」

 予想より遙かに長かった!
 だが、もちろん許可したとも。
 だって仕方ないじゃないか。

「妻が子を産むので」――なんて言われてみろ!
「我が子ができるのは、数百年ぶりなのですよ」なんて、あのエンディオンにちょっと浮かれたような、嬉しそうな、やや照れた様子で言われてみろ!
 え、いつの間にそんな暇が、と聞きたい気持ちをぐっとこらえて、「おめでとう」と送り出してやるしかないじゃないか!!!
 たとえその心は、不安にさいなまれていたとしても……!

 四年目も、いろいろありそうだ……。

【恐怖大公の平穏な日常】へと続く

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