魔族大公の平穏な日常
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【第十章 大祭 後夜祭編】
その日の目覚めは、最悪だった。
泣きながら飛び起きてもおかしくない程の、嫌な夢を見たのだ。
子供っぽいと思われてもかまわない。ほんとうに、ひどい内容だったのだから。
どんな内容だったかって?
それを聞けば、俺が『見捨てないでーーーーー』と、叫びながら目覚めたことも、きっと理解を得られると思う。
なぜなら、俺の見た夢というのはこうだったからだ。
『旦那様。短い間でしたが、お世話になりました。私がいなくなっても、いつまでもどうぞ、お元気でいてください』
寂しそうな表情を浮かべながらも、けれど最後通告のように力強い挨拶をする、エンディオン。
まさか、嘘だろう、エンディオン! 城を出て行くだなんて、どうして!
ほらもう! 思い出しただけで胃が痛い! キリキリ痛い!
エンディオンのいない〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉なんて、考えられるか!?
エンディオンの補佐のない俺なんて、考えられるか!?
エンディオンのいない未来なんてーーーー!!
……。
…………。
ふぅ……。
落ち着こう、俺。
こんなのはただの夢だ。そうだとも。
夢で悲しくなるなんて、子供じゃあるまいし……。
いくら寝起きとはいえ……泣きそうになるだなんて、さすがに情けない。
だが――
「旦那様。実は折り入って、身の上のことで相談がございまして」
エンディオンに実際にそう言われたときの、俺の衝撃が理解できた人、手を挙げて!
まさかあれはいわゆるそう、予知夢だった!?
嘘だと言ってくれ、エンディオン!
「な……なに……、かな……」
聞きたくない。だって嫌な予感しかしないんだもん!!
ペンを持つ手が、うっかり震える。
「勝手を言って申し訳ありませんが」
あああああ、そんなまさか!
俺はペンを机に押しつけた。
「暫く休暇をいただきたく」
椅子が倒れる勢いで立ち上がる。
「嘘だろ、待ってくれエンディオン! 君がこの城にいないで、俺はどう毎日を過ごせばいいんだ!? 俺を」
見捨てないで、と口に出す前に、ふと、違和感に気づく。
「お言葉の端々より、旦那様からの温情を感じ、感極まる思いではございますが」
「え、ちょっと待って…………休暇?」
「はい」
「えっと……休暇?」
「はい」
エンディオンは深く頷きながら、倒れた椅子を戻してくれた。
「休暇……そうか、休暇か……!」
辞める、ではない。休暇なのだ!
よかったーーーー!!
「なんだ、休暇か! そうだよな、休暇だよな! だよな!」
「旦那様?」
俺はエンディオンの手を取り、上機嫌で何度も頷く。
「休暇ぐらい、いくらでも取ってくれ! 一日か、二日か? なんだったら五日ほど?」
「ありがとうございます。ですが、できれば四十五日ほどいただきたいのですが……」
「え……」
俺は彼の手を握りしめたまま、凍り付いた。
「し……しじゅう、ご、にち……」
予想より遙かに長かった!
だが、もちろん許可したとも。
だって仕方ないじゃないか。
「妻が子を産むので」――なんて言われてみろ!
「我が子ができるのは、数百年ぶりなのですよ」なんて、あのエンディオンにちょっと浮かれたような、嬉しそうな、やや照れた様子で言われてみろ!
え、いつの間にそんな暇が、と聞きたい気持ちをぐっとこらえて、「おめでとう」と送り出してやるしかないじゃないか!!!
たとえその心は、不安にさいなまれていたとしても……!
四年目も、いろいろありそうだ……。
【恐怖大公の平穏な日常】へと続く
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