古酒の隠れ家

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女王陛下と皇太子殿下

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9.女王の憂鬱

 サディーナは控えの間で衣装を着替えながら、深いため息をついた。
 戴冠式と昼餐を終えたところで、動きやすいドレスに着替えている最中だ。自分のための祝宴とはいえ、大人しく一カ所に収まっているわけにはいかない。
 城前広場は戴冠式が終わった後も、祭りの会場のようになっているから、顔見せ台か露台に立たなければならない。それに、十三カ国に及ぶ国々からやってきた、数十人の要人たちの相手も重要だ。
 おそらく、かなりの数の要人と、一度はダンスもしなければいけないだろう。そのことを考えると、自然とため息がこぼれ落ちてしまう。
 ダンスが苦手なのではない。舞踏は幼い頃から受けてきた訓練の中でも、特に好きな方だった。だが、相手を選べないとなると、話は違う。
 あの皇子の相手もしなければいけないのか、と考えると、ため息を禁じ得ない。あの皇子、とはもちろんオーザグルドの皇太子、フラマディン・アインアードのことだ。
 昼餐会では約束を守って、彼女と一言も口をきかなかった皇子は、けれど熱烈な視線を何度も送ってきていた。もっとも、彼が口をきけなかったのは、なにも約束を守った成果ではないのかもしれない。今回招待した友好国の中で、オーザグルド帝国は国交を結んだ歴史がもっとも浅い。自然、席は女王から一番離れた場所になる。
 しかし、彼女自身はなるべく皇太子の視線を気にしないようにしたが、彼の周囲の要人たちが、あのあからさまな態度に気付かなかったとも思えない。

「陛下、お疲れですか?」
 女官長が優しく問いかける。
「疲れたわ。主に、一人のおかげで」
「フラマディン殿下のことでしたら」
 昼餐会の場にはいなかったのに、相変わらず女官長は耳が早い。
「誰にきいたの?」
「フォルム公にですわ」
 そういえば女官長はフォルム公爵とは幼なじみだった、と、サディーナは思い出して頷いた。彼女は当時を知らないが、一時は公爵の結婚相手の最有力候補だったと噂で聞いている。けれど二人が親しげに話しているところをみたことがないから、いまいちピンとこないのだ。
 ちなみに公爵は、今は別の女性と結婚して一子をもうけていたし、女官長も王宮ではそれなりに重要な地位にある伯爵を、夫にもっていた。
「公爵に聞いたのなら、私が辟易とした気持ちもわかってくれるでしょ?」
「陛下の御気性を考えれば。ですが、陛下」
 女官長は侍女から宝石をちりばめた薔薇の飾りのネックレスを受け取ると、サディーナの背後に回る。
「即位式の席で、他国の王族が女王に求婚なさった例が、ないわけではございません」
「ひいおばあさまのことは知ってるけど」
 彼女が今日から使用する部屋の、以前の使用者だ。
「それはお二人は以前から想い合った仲でいらしたから、そういうこともできたし、許されたのであって……一国の、ここ、重要だと思うのだけれど、“皇太子”が、よ? まだ会って二日の“女王”、しかも昨日はどう見ても反感を抱いていた相手に、直情的に求婚するのが普通だと思う? だってまだ、私たち……」
 ハッとしたようにサディーナは目を見開く。
「そうよ、そうだわ……そういえば、昨日はあんなだったから……私たち、正式な挨拶も交わしていなんだわ」
 サディーナは手袋を着けた右手を額に当てた。
「うわ。しまった……秘書官に知られたら、きっとねちねち怒られる」
 女官長はサディーナの心配事には興味がない風で、ネックレスを着けると女王から距離を取る。全体のチェックをするためだ。
 袖無しのオフショルダーのドレスは撫子色、裾は少し後に引く程度で持ち手は必要としない。黄金の王冠に合わせて胸元に光るネックレスと耳朶を飾るイヤリングは黄金、銀の髪は編み込まれて毛先を肩に垂らす程度だ。スカートを彩る模様はやはり竜だが、今度はちりばめられた花に埋もれて、よく見ないと気付かない程度だった。二の腕まである白い手袋の、肘から上は繊細なレース飾りになっている。
 女官長が首肯すると、侍女が王冠の少し下に腰まである長さのヴェールがついたサークレットを差し込み、白銀の糸で編まれたレースのショールを腰に巻きつける。最後に、孔雀羽根を模した、房飾りの長い絹の扇子が女王に手渡された。
「これほど美しくてらっしゃると、フラマディン殿下でなくとも求愛したくなるお気持ちはわかりますわ」
 実際、何人かの若い重臣や要人たちは、フラマディンほどあからさまではないにしても、サディーナに熱い視線を送ってきていた。だが自身を含め、外見の良し悪しにあまり頓着のないサディーナは、相手の容姿にひかれる、という事象に対して不理解だった。
「バカ言わないで……あの不作法を見れば、シンシアだってあの皇子が非常識なだけだって、よくわかるわよ」
「楽しみにいたしております」
「おもしろがって見ていないで、あんまりバカなことをいいそうだったら止めてね」
 祝賀の宴には彼女も伯爵夫人兼女官長として出席する。女王の外交を助けるためだ。
 主役をひきたてるためか、グレーのドレスを身にまとっているが、地味というよりは大人の女性の、落ち着いた上品な雰囲気をかもしだしていた。
「そろそろ参りませんと。陛下、まずはどちらのお部屋に?」
「そうね……もちろん、舞踏室かしら」
 相手を選べないとはいっても、やはりダンス自体は大好きなのだ。選ぶとなると、どうしても一番にもってきてしまう。
 主従はそろって祝賀会の会場に向かった。

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