古酒の隠れ家

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女王陛下と皇太子殿下

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10.武官の説得

 アルシェードは、もはや皇子に遠慮をするのはやめることにした。どうせ無理な我慢をしたところで、待っているのはいい未来ではないだろう。
 有り体に言うと、彼は開き直ったのだ。自分が将来奉じるべき相手に対して、落胆したが故に。
 彼は比較的人が少なく、音楽の流れる部屋に皇子といた。なるべくなら人に聞かれたくない話をするためだ。皇子の自室に戻るという手もあったが、それではルイザの邪魔が入ってしまう。
「いいですか、殿下は立太子であられる。つまりはオーザグルド帝国の、皇帝となられる方なのですよ」
 フラマディンはむっとした風に、護衛の少将をにらみつけた。
「そんなことは、お前に言われなくともわかっている」
「では、お考えいただければおわかりでしょう。他国の女王を妃に迎えるだなんて、できるはずがないと」
「お前は、何も知らんのだな」
 フラマディンはバカにしたように、鼻で笑った。
「国王同士の婚姻は、歴史上あり得ることだぞ」
 アルシェードは引きつった笑いを浮かべる。
 確かに、どこぞの国王がどこぞの女王と結婚した、とかいう話は過去にもあったし、現在もある。だが、そのどれも、国家間の利益のため、あるいは他国を侵略した結果としての処遇だ。少なくとも、この皇子のように自分の恋情で唐突に求婚して、それが受諾されたという話は聞いたことがない。
 そもそも、あんな無様な態度をさらした相手に、よくも堂々と求婚できるものだ、とある意味感心する。
「一度冷静におなりください。後宮の婢に手をおつけになるのとは違います。正妃を迎えるのに皇帝陛下のお許しもなく、話を進めていいはずがありません」
 普通に説得しても無駄だと悟ったアルシェードは、皇太子の一番の弱点をつくことにした。さすがに父帝に対しては、フラマディンもその威光をはばかるだろう。
「それは……」
 どうやら読みは当たったらしく、いくぶんか真剣な表情でフラマディンは眉をよせた。
「父上は反対なさるだろうか」
「それは話してみなければわかりませんが、とにかく今は自重なさってください。認められぬ求婚を受けたとあっては、女王陛下の面目もたちません」
 本当はそれ以前の問題だが、アルシェードとしては、とにかく皇子がヘタなことを公の場で口走りさえしなければ、心中でなんと思っていようと気にしないことにしたのだ。
「それから殿下。殿下はまだ女王にお祝いを申し上げておられません。先ほどの様子からみても、サディーナ陛下は儀礼に厳しい方と存じます。まずは通例にのっとった正式な対応をなさることで、女王の感心を得る方がよいと思うのですが」
「なるほど……武官など力だけの無骨者ばかりかと思っていたが、お前は少しは気も回るようだな」
 どうやら誉められたようだが、アルシェードは全く嬉しくなかった。
 だが、とにかく自分の言葉に耳を傾ける気になってくれたようで、ホッとする。

「あら、内緒のお話? 私も混ぜてくださらない?」
 鈴を転がしたような声が、アルシェードの背後からかけられる。
 さすがにシーモス公爵ほど気配を消せる人間はいないから、アルシェードも今回は驚かなかった。
 相手の顔を見るまでは。
「サディーナ陛下」
 空色のドレスに身を包んだ女王が、孔雀柄の扇子を胸の前いっぱいに広げて立っている。
「ねえ、なんのお話をしてらしたの?」
 アルシェードは皇子を見たが、彼は特に何の感情も浮かべず、押し黙ったままだ。
「私には言えないことを、言ってらしたのね? どんな悪い企みかしら」
 彼女が近付いてくると、アルシェードは一歩引いて、フラマディンの正面を譲った。
「貴女には関係ない話だ」
 皇子は無愛想な声で応じる。今の今までの会話がうそのようだ。
「あら、冷たいのね」
「当たり前だ。自分の名も名乗らず、なれなれしく話しかけてくる相手に、好意を返せるはずがない」
「は?」
 思わずアルシェードは皇子と相手の女性の顔を見比べた。

 サディーナ女王にうり二つのその女性は、にこりと笑って扇子をぱたりと閉じる。
「お初にお目にかかります、フラマディン皇子。わたくしはセレナ・リム・ウィシテリア……サディーナの従姉ですわ」
 彼女は優雅にドレスをつまみ、軽く膝を折った。
 アルシェードはその名を記憶していた。先女王の兄の長女で、先代の女王が在位中、サディーナに続いて第二王位継承者であった女性の名だ。今も万が一、新しい女王に何かあれば、彼女がその跡を継ぐだろう立場に代わりはないはずだ。
「サディーナの顔がお好きだと聞いたので、試してみましたの。見破られるとは意外ですわ。わたくしとあの子は侍女でも間違うほど、似ていますのに」
 確かに似ている。髪の色といい、目の色といい、顔かたちといい、並べば違いが分かるのかもしれないが、少なくとも片方しかいない場所でどちらか当てるのは至難の業だろう。
 だが、そう言われて見ればサディーナに比べて、セレナは幾分か雰囲気も口調も柔らかい。それに、胸の大きさが違った。扇子が邪魔をしていなければ気付いただろうに、と、アルシェードは変なところで残念がる。
 だが、いくらサディーナではないとしても、これほど似た相手を前にして、フラマディンが何の感情の変化もみせないのは、意外というよりほかない。
 不思議に思っていると、皇子は思ってもみなかったことを口にした。
「貴女と女王は、間違うほど似てはいない。彼女は貴女のように大人しそうではないし、上品でもない」
 その言葉を聞く限りでは、皇子が女王を好きだとはとても思えない。失礼極まりない発言だ。
「まぁ、わたくし、大人しそうに見えまして?」
 セレナの瞳がキラリと光ったような気がした。
「見える。少なくとも、サディーナ女王に比べると……そう、生気がない」
 その言葉の選択に、アルシェードは激しく違和感を覚える。
「あら……」
 セレナは笑みを浮かべたままだが、目が少し怒っているように見えた。
「フラマディン皇子。一つ、ご忠告申し上げるわ。率直な物言いはサディーナの好むところですけど、時と場所を選ばない発言は、嫌われますわよ。素直なのは結構ですが、ご謙遜という言葉を覚えられたほうがいいのではないかしら」
 アルシェードは彼女の言葉に思わず頷いてしまう。
「ご忠告痛み入る。では、失礼」
 珍しく愛想笑いを浮かべて、そのまま行ってしまおうとした皇子の腕を、セレナが掴んで引き留めた。
「せっかくお近づきになれたのに、ダンスにも誘ってくださらないの?」
「申し訳ないが、我が国では王族は舞踏を観賞はしても、自ら踊り子のごとく踊るような慣習がないのだ。故に、私は貴女の相手ができない」
「あら、残念ですこと。では貴方は、今日はサディーナと話すのも難しいかもしれませんね」
 セレナは腕を離したが、今度はフラマディンの方が彼女の言葉が気になって、その場を立ち去ることができない。
「どういう意味だ」
「だってダンスはあの子の趣味ですもの。きっといろんな殿方から、絶え間なくダンスを申し込まれるでしょう。踊りもできない方の相手をする時間は、きっとありませんわ。なにせ、一人一曲が通例とはいえ、それでも数十人のお相手をしなければいけないのですもの」
 意地悪そうな笑顔は、サディーナが今朝浮かべたものとよく似ている。
「なんなら、わたくしが踊りを教えてさしあげましょうか?」
 勝ち誇ったような笑みを浮かべられて、フラマディンの気分は害されたようだ。彼は端正な美貌をいつもの不機嫌さで彩りながら、吐き捨てるように言った。
「結構。私は自分の価値観を曲げて、相手にへりくだる趣味はない」
 皇子の返答を聞いて、セレナは気を悪くするどころか、どこか楽しそうに彼らを見送った。

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