古酒の隠れ家

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女王陛下と皇太子殿下

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11.億劫な舞踏

 サディーナの憂慮は空振りだった。意外にも、フラマディン皇子が彼女の前に現れなかったからだ。てっきり待ち構えているかと思っていたから、正直なところ拍子抜けした気分だった。
 だが、すぐに気をひきしめなければいけない。各国の要人たちが新しい女王を見定めようと、厳しい目を向けてきているのだから。もっとも、どの国からの要人であれ、この数日の親交で、表面的なものとはいえお互いにある程度人物を把握している。
 そして今、彼女はフラマディン皇子がやってくるまで最も苦手に感じていた相手と、音楽の流れる舞踏室で対峙していた。

 ダンスをしている間は会話をするのが決まりになっているし、最低でも一曲を終えるまでは、途中でやめるわけにもいかない。演奏されている曲が短い曲であることを、せめてもの慰めと思うしかなかった。
「サディーナ女王陛下、陛下は若く、実にお美しくていらっしゃる。まさに咲き誇る薔薇のようだ。貴女に支配される民は、幸せの極みでしょうね。いや、実に羨ましい。私も湖を臨むエヴァンテに、王子として生まれたのでなければ、この国の民として貴女に支配される幸運に浴したかったものです」
 常に芝居がかったものの言い方をするこの青年の名は、オーギュスト六世。エヴァンテ王国の第二王子だ。年はサディーナのちょうど十歳上、二十七のはずだ。彼は初めてサディーナに会った時から、やたらと彼女自身のことを誉めてくる。ヴェールを被っていた時は声や話しぶりを、取ってからは容姿を。
 その言葉に実は感じられず、彼女はどうしても彼を好ましいと思うことはできなかった。
「ありがとうございます。オーギュスト六世殿下。ですが、幸運なのは私の方かもしれません。我が民は勤勉にして賢明なことと、自負しております。そのような人々が、女王家に理解と深い愛情を捧げてくれているのですから。彼らのおかげで、我が国は平穏を保っていられるのです」
 本心はどうであれ、フラマディンのように他国の要人を相手に、不機嫌な態度をとることはできない。
「いいえ、陛下。平穏は女王家あってこそでしょう。あれほどの竜が人間の王の即位を祝うなど、この国の他では耳にしたことすらございません。一体どのようにしつけていらっしゃるのか、是非ともコツをお聞きしたいものです」
「殿下。竜を思い通りに操るのは、人間には不可能ですわ」
 サディーナはにっこりと微笑んだ。
 それは心の底からの思いだ。だが、彼は信じないだろう。実際に黒竜が鎖もムチもなしに女王に従い、数多の竜が即位にあわせて声をあげ、空を舞い、泳ぐのを見ていれば。今まで他国の人々がそう疑い、勝手に確信してきたように、彼もまた竜を操る方法があると思っていることだろう。
 確かに、女王国には国民は竜の血脈であるという言い伝えがある。それを証明するように、体は平均的に丈夫で腕力も強い。華奢な女性ですら、その気になれば成人男性を抱え持てるほどに。そして、他の国の人々より、はるかに容易に竜たちと意思を疎通させられる。けれどだからといって、思い通りに従わせられるわけではない。
 ある一家をのぞいては。
「なにも秘密を聞き出すつもりは、ありません。ただ、少しの友情をお示しいただければと願っておりますが」
 どうやらオーギュスト六世は本題に入ることにしたようだ、と、サディーナは心中で身構えた。
「正直なところ、私は少し焦燥に駆られているのかもしれません。なにせ、あのオーザグルドの皇子が、陛下と親しく話しているのを見てしまっては」
「親しくなど、ございません。ほんの一言二言、ご挨拶しただけですわ」
 笑顔は崩さなかったが、反射的に強い口調で返してしまった。
「ですが、わざわざ港まで、彼を迎えにいかれたとか」
 オーギュスト六世は“わざわざ”という箇所を強調した。
「それは、三時間も港にとどまっておいでだったからです。何か問題が起こったのかと、心配になったものですから」
「私の心配ごとは、陛下。察していただけるでしょうか?」
 彼はサディーナの体を引き寄せ、耳元に顔を寄せた。
「聡明な貴女ならご存じとは思いますが、現在、我が国はかの帝国とは緊張状態にあるのです。このたびの即位式に、あちらも皇太子を特使にたててきたところをみても、その目的を訝しまずにはおられません」
「ご心配なさらなくとも」
 サディーナは少しでも彼から離れようと、彼の顔を直視する。まだ間近に見る方が、耳元に息を吹きかけられるよりマシというものだ。
「竜の取引のことをおっしゃっておいでなら、別の方がいらしたことでしょう。フラマディン殿下とは、そういったお話はできそうにありませんから」
 即位式に列席した人々は、なにも純粋に女王の即位を祝いにやってきたのではない。その大部分の目的は、むしろこの王子と同じく、竜の保有についての交渉にあるのだろう。
 一頭居れば千以上の重装歩兵の戦力に相当すると言われる竜は、数頭いるだけでも十分な戦力だ。竜騎隊と呼ばれる隊を大きくすることが、どの国でももっとも重要な課題となっていた。
 その現状のおかげで、ウィシテリア女王国は領土は狭いながらも、列強としての地位を保っていられるのだ。なにせ竜は、どれもウィシテリア女王国から得るしかないのだから。どういう理由かはわからないが、他の国では竜は生まれないからだ。
 オーギュスト六世は口の片端をあげ、薄く笑った。
「では、別のもくろみがあってのことかもしれませんね。昼餐での彼の態度をみるに……」
 サディーナには幸いなことに、このタイミングで曲が終わり、彼女は彼の手を離すことができた。
「お話の途中ですが、殿下。曲が終わってしまいましたわ。続きはまた、別の機会に」
 もちろん、続きをするつもりはサディーナにはない。
「いいえ、陛下」
 だがオーギュスト六世は、追いすがるようにサディーナの手を取った。
「今の曲は短すぎます。もう一曲付き合っていただいたところで、他の方々とて特権を行使したとは思われますまい。貴女の舞踏好きは聞き及んでおります。まさか、一曲踊っただけでお疲れでもありますまいし」
 確かに体力的には問題ないが、心情的にお断りしたいのだ。
 そうはっきり言うこともできないが、かといってこの強引な申し出を、にこやかに受けることも今の彼女には難しかった。
「お察しください。私は今夜は、何十曲と踊らなければならないでしょう。短かろうが、一曲は一曲と、お諦めください」
「ですが、陛下」
 なおもオーギュスト六世は手を離さない。

 元来、サディーナは気の長い方ではない。あと少しで、その手を強く振り払ってしまうところだった。
 横から伸びてきた褐色の手が、オーギュスト六世の腕を強く掴んだのでなければ。


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