古酒の隠れ家

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女王陛下と皇太子殿下

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14.三国と三人

 即位祭の三日目ともなると、要人たちのほとんどは自国への帰路につく。ほとんどは新しい体制の確認と、軽い折衝だけを目的としてやってきているから、なんの問題もなく帰国するだろう。
 さすがに港まで足を運ぶ必要はないが、帰国の挨拶をうけるために所定の場所まで赴かねばならない。
 要人は東か西の棟に部屋を用意してあったから、多くの場合はその棟の玄関ホールまでの見送りだ。ほとんどが午前のうちに城をたつので、サディーナは朝から西へ東へと、奔走しなければいけなかった。

 玉座の上で大きく背伸びをすると、あちこちの骨がボキボキと音をたてる。体力には自身のあるサディーナだったが、一昨日の祝宴であらゆる要人と踊ったせいで、さすがに全身がこっていた。
「やっとゆっくりできるのね」
 昨日の午後に二カ国、今日の午前中に八カ国も見送らなければならなかったおかげで、目の回る忙しさだった。だが、午後の帰国はないはずだし、少しはゆっくりできるかと考えると、自然と笑みがこぼれる。
 そんな期待を打ち砕くように、秘書官が渋い声を発した。
「いえ、陛下。午後からは臣下との園遊会、恩赦の宣言、闘技場にて叡覧試合のご観覧……」
「わかった。わかったから、もう言わないで」
 サディーナは両手で耳をふさぎ、足をばたつかせた。
 その子供のような態度に、秘書官が渋面をつくる。
「陛下。私の忍耐力をお試しあそばすのは、もう数日お待ちいただけませんでしょうか」
 秘書官のノリが悪いのは、いつものことだ。わかっていてふざけたサディーナだったが、疲れのたまった今にやることではなかったと、少し後悔した。
「ごめんなさい」
「素直なのは大変結構です」
 秘書官が無表情で頷く。
「では、昼餐の件ですが」
「残ってるのは……えっと……」
「オーザグルド帝国、エヴァンテ王国、ロックユーズ王国の三カ国です、陛下」
 最悪の組み合わせだ、と、サディーナは思わずにはいられない。
 エヴァンテ王国とロックユーズ王国は、同盟を結んだ国同士だ。問題はその二国ではなく、オーザグルド帝国にあった。彼の国は他の二国どちらとも、友好的な関係を築いているとは言い難い。帝国の、他国の領土に対する野心のおかげで。
「ん?」
 残った三国の顔ぶれを思い出し、サディーナは眉を寄せる。
「待って。おかしくない? 今日の午後まで残っているのは二国のみではなかった?」
 そう、あらゆる意味で紛争の種となりかねない皇太子が。
「それが、陛下。フラマディン皇太子殿下より滞在延長の申請がございました。理由は船の修理が終わらないから、ということですが」
 サディーナはフラマディンを迎えに行ったときの自分の行動を思い出し、玉座から勢いよく立ち上がった。
「あんなの、すぐ直るでしょ!」
「あんなの?」
 しまった、と口許を押さえる。彼女は船大工を派遣するよう、秘書官に命令は下したが、事情は詳しく知らせていなかったのだ。
 もっとも、はっきり言わなくても、秘書官はサディーナのしたことはすべて把握しているに違いない。彼の情報に抜け目など、あるはずはないのだから。
「あ、いえ……あの……修理が必要な箇所といっても、扉が一枚くらいだったから……」
「国が違えば調達する資材も違ってまいりますので、陛下。そのせいかと」
「……そう……」
「陛下。何事も作業というのは存外、時間のかかるものなのですよ」
「はい……すみません」
 原因をつくった自覚のあるサディーナは、大人しく謝るしかなかった。
「話を戻してよろしいですか?」
「どうぞ……」
「では、ロックユーズ王国の宰相閣下とその御夫人、エヴァンテ王国の第二王子殿下と昼餐を共にしていただきます」
 もちろん、こちらは父であるシーモス公爵や従姉のセレナ、その父であるサディーナの伯父とその細君が同席する。ちなみに、セレナには十六歳になる弟がいたが、生来の虚弱さのために公式の場にはいつも参加できないでいた。
「……それだけ?」
「フラマディン皇太子殿下は昼餐はご遠慮申し上げたいと、おっしゃっておいでとのこと」
「そう……」
 そういえば一昨日の舞踏室で話して以来、フラマディンの姿は要人の揃う昨日の晩餐で見かけたきりだ。それも食事が終わると、疲れたといってさっさと退室してしまった。
 さすがに高慢と噂の高い彼のことだ。サディーナの無礼な態度が、腹に据えかねたのかもしれない。
 昨日の会談でオーギュスト六世が前日の無粋な推測の続きをしなかったのは、皇子の興味がサディーナからはなれたと見たせいだろう。
「では私は、晩餐では三国の微妙な関係を気にかければいいというわけね」
 フラマディンが自分の発言を気にしてフォルム公爵の元を訪れたと知らないサディーナは、呑気に独りごちた。

 彼女にその事実を知らせたのは、またも知るはずのない情報を知る女官長だ。
「は? 嘘でしょ。フラマディン皇子がフォルム公爵につきまとってるって?」
「陛下。その表現はどうかと思いますが」
 女官長は苦笑を浮かべる。
「フォルム公爵が大変感心してらっしゃいました。皇太子殿下はとても性根のすわった、素直な方だと」
「単純バカの間違いじゃなくて?」
「陛下」
 女官長がたしなめる口調はどこか優しい。
「ごめんなさい。でも公爵の評価が、とてもあの皇子に対してのものだとは思えなくて」
「あら、わたくしもあの方は素直な方だと思うわよ」
 サディーナによく似た彼女の従姉、セレナが楽しげに笑みを浮かべる。
 今、彼女たちは闘技場に向かう馬車の中だ。通常、女王と同乗するのはせいぜいその夫ぐらいのものだが、今回に限っては特別だ。なにせ、街路は人であふれかえっている。女王の一行だからと、自分の即位を祝うために集まった人々を、長々とした馬車の行列で裂くことはしたくなかった。そうでなくとも護衛の馬車を入れて、三台も連なっているのだ。
 それに、女三人で固まっているのは、純粋に楽しい。
「素直って、だから、単純なだけでしょ」
「あら、可愛いじゃない。フォルム公が好きだと言ったあなたの言葉を真面目に聞いて、その対象を研究しようだなんて」
「どこが。昔から、セレナの趣味は変ってるんだから。あなた、オーギュスト六世のことだって、素敵だといっていたじゃない」
 セレナは少々、いや、かなり、サディーナに比べて男好きが過ぎるきらいがある。
「あの底の浅い悪役のような外見、陳腐で素敵じゃない?」
「全然意味がわからないわ」
 セレナのオーギュスト評はかなり失礼だ。もっとも、彼女が毒舌で評さない相手など、フォルム公爵ぐらいなのだが。
「でも、今はそうね……あの護衛隊長が一番のお気に入りかしら。若くして少将まで上り詰めるなんて、きっと抜け目のない人に違いないわ。あの筋肉も、かなり好みだし」
 セレナは妖艶な表情で笑った。
 こんなに似た外見なのに、どうして中身はこんなに違うのだろう、と決まって嘆くのはセレナの父、サディーナの伯父であるリウォーク・ウィシテリアだ。
「公爵の迷惑になってるんじゃないかしら」
 従姉の言葉を無視して、サディーナはつぶやいた。
「サディーナ。さっきからのあなたの表現だと、まるでフラマディン皇子の方が身内のようよ」
 さも楽しげに、セレナは声をあげる。
「バカなことを言わないでよ」
 凍えるような冷たい視線を向けられて、セレナは肩をすくめた。彼女は馬車の窓にかかったレースのカーテンをひき、外の景色を見る。
「もうすぐ闘技場に着くわよ。見事な筋肉でたっぷり目の保養をしなくちゃ! ほら、サディーナ。外に向かって手を振って!」
 常に楽観的で切り替えの早いのが、セレナの長所であり短所だった。
 とても年上とは思えない従姉の背を眺めながら、サディーナは短い息をついた。


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