古酒の隠れ家

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女王陛下と皇太子殿下

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26.皇子と姫

 サディーナたちが湖畔から出て行ってしまうと、フラマディンはがっくりとその場に両手両膝をついた。
「殿下、大丈夫ですか?」
 アルシェードは主君の側にかけつけ、手を差し伸べる。
「大丈夫、じゃない……やってしまった。サディーナどのはお怒りだろうなぁ……」
 露台からサディーナの姿を見たと思った瞬間、彼の意識は消し飛んだ。周囲の状況は目に入らず、周囲の静止も耳に届かず、体が勝手に動いて部屋を飛び出し、城を飛び出し、馬丁が引いていた誰のともしれない馬を奪って背にまたがり、ここまで一心に駆けてきたのだ。
 気がつけば彼の目の前にはサディーナが居て、反射的に跪いてしまっていた。
「まぁ……そうですね」
 アルシェードはもう下手にフォローするようなことはしなかった。ここ数ヶ月の付き合いの賜だ。
 フラマディンの手を引いて立ち上がらせ、呆然としている彼の膝の埃を払ってやる。
「どうすればいいと思う?」
「……とりあえずジャンヌ・マリエット殿下と一緒に城にお帰りになって、まずルイ・アルフォンソ殿下に急に飛び出してごめんなさい、と謝って許してもらうのが第一でしょうね」
「こんなことでは、またあきれられてしまう」
 尋ねたのは自分のくせに、皇子はアルシェードの言葉を聞いているのかいないのかわかったものではない。もっとも、ちゃんと聞かれていれば、子供に諭すような言葉は皇太子の不興を買ったかもしれなかったが。

「わたくし、感動ですわ」
 ジャンヌ・マリエットは何をどうとらえたのか、組み合わせた両手を口許に持って行き、瞳をキラキラさせている。
「フラマディン殿下はサディーナ陛下がとてもお好きなのね!」
「それはもう……!」
 フラマディンはぐっと良の拳を握りしめ、ジャンヌ・マリエットに訴えかけるような視線を向けた。
「それで、どのくらい見込みはありますの?」
 姫は弾んだ声で尋ねた。
「求婚もしたのだが、頷いてはいただけなかった」
 アルシェードは拳を額に当てた。フラマディンの口を、羽交い締めにしてふさいでやりたい気分を、何とか押さえる。
 このところ、あけすけなところを少しは直して慎重な言動をとるようになってきていただけに、今の皇太子には唸らされる。
 せめてものなぐさめは、話している相手が善良そうな姫であることだけだ。もっとも女というものは、みな自分には看破できない二面性を持っているものだというのが、彼の持論だが。
「そうですの……確かに、さっきのサディーナ姫のご様子では、あまり脈があるとは思えませんものね」
 ジャンヌ・マリエットの遠慮のない言葉に、フラマディンは心臓をえぐられたような悲痛な表情を浮かべた。
「そう落ち込まないでくださいな、フラマディン殿下。わたくしが協力してさしあげますから!」
 落ち込ませた本人はそう言って、皇太子の拳を小さな両手で包み込んで持ち上げ、瞳を輝かせながら彼を見上げた。
「協力?」
「ええ、殿下と女王陛下の仲が上手くいくように、わたくしにもお手伝いさせてくださいな!」
「あの、お待ちを。ジャンヌ・マリエット姫」
 アルシェードの制止なぞ、ジャンヌ・マリエットは聞く耳をもたない。そのうえ、フラマディンも乗り気といわんばかりに、表情を明るくさせている。
「本当ですか、ジャンヌ・マリエットどの」
「マリエットとお呼び下さいな! ええ、お任せください! わたくし、他人の色恋は大好物ですの!」
 それはぶっちゃけていいのか、とアルシェードは内心で突っ込んだ。
「そうと決まれば、急ぎませんと。なにせ明日にはサディーナ陛下は、帰国なさるご予定ですもの!」
 ジャンヌ・マリエットはフラマディンの手を放すと、今度は難しい表情で腕を組む。
「明日!?」
「ええ、そうなんですの」
「そんな! せっかく会えたというのに!」
「その通りですわ! なんとかサディーナさまをお引きとめする方法がないものかしら……そういえば……」
 彼女はぶつぶつ言いながら、湖の出口に向かってつかつかと歩き出した。一度考え出すと他は目に入らないタイプらしく、もはやフラマディンが声をかけても全く反応がない。
 仕方なく、フラマディンたちは彼女の後を大人しくついていくことにした。

「そうよ! その手があったわ!」
 急に立ち止まったジャンヌ・マリエットの背に、フラマディンは危うくぶつかりかける。つま先だってなんとか避けたが、バランスを崩してしまった。アルシェードが腕を支えてくれなければ、尻餅をついていたところだ。
 そんな皇子の様子はおかまいなしで、ジャンヌ・マリエットは明るい表情で振り向き、彼に詰め寄る。
「いいことを思いつきましたわ! 明日、フォルム公子が残りの水竜を率いて帰られるんです。ですから、わたくしたちはそれを見送りに参りましょう!」
「フォルム公子の見送りに?」
 フラマディンは眉根を寄せて、ジャンヌ・マリエットを見下ろす。
 公子の帰国を見送ろうというその提案の、何がいいことなのか、さっぱり理解ができない。
「水竜は、どうやってこの湖までやってくると思います? 陸は歩けませんのに」
「それは……さあ……」
 そう言われれば、確かに不思議だ。まさか翼竜が足で掴んで運んでくるわけでもあるまいし、船に乗せるには巨躯すぎる。
「大きな馬車にでも乗せるとか?」
「外れですわ! 明日をお楽しみになさっていてくださいな! わたくしは準備のために今日の晩餐は欠席いたしますが、明日のためだと、ご容赦くださいね」
 ジャンヌ・マリエットはいたずらっ子のような笑顔を浮かべつつ、そう言った。

 こうして、奇妙な同盟が組まれたのである。

 ***

 ルイ・アルフォンソ二世は白真珠の間の露台から、フラマディンの行動の一部始終を眺めて薄い笑みを浮かべた。
「どうやら、フラマディンどのはウィシテリアの女王陛下にご執心のご様子だ」
 低い声で独りごちる。
「申し訳ありません。皇太子殿下に成り代わり、お詫び申し上げます。王太子殿下」
 冷静な声に王太子ルイ・アルフォンソは笑みを浮かべたまま振り返る。
「フリード・バグロード太政副大臣、であったな」
「は」
 白々しく確認してみたが、王太子の本命はフリードだ。どちらかというと、彼はフラマディンの訪問を歓迎してはいなかった。どう考えてもあの皇太子は政治的な話をするのに向いていなさそうだ。
「よい。もともと、フラマディンどのはいらっしゃる筈もなかったのだ……こう言ってはなんだが、却っておられぬ方が、そなたとの話もはかどろう」
「恐れ入ります」
 冷静を通り越して冷淡と噂に聞こえるフリード・バグロードの全身を、ルイ・アルフォンソは鋭い視線でねめつける。
 二人の間には、眼下の人々の何倍もの緊張感が漂っていた。

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