古酒の隠れ家

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女王陛下と皇太子殿下

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30.護衛の親交

 アルシェード・グラフィラスは珍しく戸惑いを覚えていた。今現在、目の前に居る青年に対して、である。
「で、ですねぇ。私は思ったわけです。この可愛らしい女の子を、何が何でも守ってあげようと!」
「はぁ……そうですか」
 大げさな身振り手振りを交えて芝居がかった口調で話すその青年は、名をエルフィウス・エイデル・レデーリアというらしい。
 ウィシテリア女王国で諱(いみな)を名乗るのは貴族のみということなので、名であるエルフィウスと家名であるレデーリアの間に、エイデルという諱を持つこの青年が、貴族であるのは間違いないだろう。
 それが証拠に、さっきから熱く語っているのはウィシテリア女王、サディーナとの馴れそめだ。
 まぁ、馴れそめ、というか、生まれた時から知っている、自分は幼なじみだ、という話なのだが。
「あの、申し訳ありませんが、今は勤務中でして……」
「ああ、そうそう。そうですね。私もそうですが!」
 カラカラと明るく笑う青年を尻目に、アルシェードはそっとため息をついた。
 さっきから何度も暗に『私語は慎め』と注意しており、相手もいったんは同意して黙るのだが、すぐまたべらべらと自分の“歴史”を語り出すのだ。
 アルシェード同様、護衛の任についているにもかかわらず、だ。

 このエルフィウスという二十歳を越したばかりに見える若い青年が、寡黙だった竜騎隊隊士に替わって、アルシェードと控えの間で護衛の任に就いたのは、つい三十分ほど前のことだった。そして、その時間のほとんどを、自分の歴史を語ることに費やしている。
 自分の部下であれば殴ってでも黙らせるのだが、友好国の護衛ではやんわり注意するくらいでとどめるしかできない。よくもまぁ、こんなお喋りな隊士に、大事な女王の護衛を任せるものだと、ある意味ウィシテリア竜騎隊の剛胆さに感心を覚えるくらいだ。
「ところで、私には姉が八人ほどおりましてね。その一番上が、フォルム公の……ご存じでしょう? 我が国の元帥閣下。あの方の幼なじみでしてね。二人は小さい頃からホントに仲が良くて、それだから、フォルム公が年頃になった時に、その妃…………と、花嫁を探す段になって、真っ先に姉が候補にあがったのに、あがったのに、ですよ!」
 エルフィウスは興奮した面持ちで、右手を振り回した。
「断ったんですよ! どう思います? ホントに仲良かった……らしいのに、あり得ないと思いません?」
 そんなこと知らねぇよ、と、アルシェードは内心思ったが、口には出さなかった。その代わり、その会話の相手にもならないことにした。おそらく相槌を返すから、いつまでたってもおしゃべりが止まないのだろう、と思い至り、黙っていることにしたのだ。
「私がもし女だったら、絶対に断りませんけどね。本当に、姉上は何を考えているのだか……! ですから、私は絶対に断りませんけどね! 女王陛下の夫君となるお話をいただいた折には!」
 黙っているとの決意は覆されなかったが、アルシェードはその最後の言葉に思わず反応を返してしまった。
「年齢も近く、幼い頃から親しく、しかもこの私は二十一というこの若さで、空竜隊第一隊の副隊長! いわば、元帥閣下の右腕……の右腕の右腕ですよ。どうですこの、どうにもならない将来有望感! ゾクソクしませんか?」
 アルシェードは思った以上に相手の青年が高位であるのに驚いた。
 ウィシテリアの騎竜隊はガイウス・フォルム公爵を元帥にと押し戴き、三隊それぞれを統率する総隊長のもと、以下第一から第十、あるいはそれ以上の隊に分かれて大隊長を置いている。
 隊の冠する数字が小さいほど、大隊長の地位は高いとされる。つまり、第一隊大隊長といえば空竜隊においては、フォルム元帥、空竜隊総隊長に続く第三位の地位にあるということだ。
 オーザグルド帝国やその他の国と、ウィシテリア女王国は随分軍の編成や位階制度が違うから、単純には比較できないが、アルシェードの少将位に劣るものではないだろう。
 それが自分より年若の青年だというのだから、アルシェードが感嘆を漏らしたのも無理はなかった。
「お若いのに、高位でいらっしゃる」
「生まれ持った身分のおかげで、この地位についているだけのこと。実力で昇進なさった少将どのとは比べるべくもありません」
 やっと反応がもらえて嬉しいのか、エルフィウスはにこにこと満面の笑みを浮かべた。
 アルシェードはその笑顔を前に、失敗をしたという気持ちを強くした。これでまた、エルフィウスはますます饒舌に彼の生い立ちを語り出すだろう、と。

 そう、思っていた時だった。
 皇太子が嬉々として、自分の部屋から飛び出してきたのは。

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