古酒の隠れ家

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※一部、一次創作同人活動などを含みますので
苦手なかたはご注意ください

静かに旅をしたいのに

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3.生け贄の村
 トランテの村は、魔物の棲む森に最も近い場所にあった。
 住民たちは二ヶ月に一度、魔物に生け贄を要求されていたが、それを断ることも、逃げ出すこともできなかった。
 それというのも、魔物のまいた種が村を取り囲み、生け贄以外の者が村の外に出ようとすると、地面から緑の草が生え伸びてきて、その鋭い刃のような葉と太い幹で人間を切り裂き、絞め殺してしまうからだ。
 リダールの一行がそんな村についたのは、正午も過ぎた頃だった。

 村の人々は、同情深く彼らを迎えた。
 それはそうだろう。トランテ村に入ったが最後、生け贄としてしか、生きて出ることは適わないのだから。
「知らないでやってきてしまったんだね」
小さい子供もいると知って、村の女たちは泣いた。
 彼らには生き残るカも術もなく、ただ自分の順番が回ってくるのを、恐怖に脅えて待つばかり。
 もともと自給率の高い村であったから、生き永らえるための食料には困らない。だが、絶望と恐怖しかない未来に脅え、自ら命を絶つ者も少なくはなかった。
 そうした要因も手伝って、広い村であるのに、この二年でその半数が空き家となっていた。

 だがリダールは、その悲劇の発端が“かけら”の封印を破った自分にあると知っても、心を痛めたりはしない。彼(女)は魔王の子供らしく、人間の運命には無関心だったのだ。

 村人に了解を得、彼(女)らは空き家の一軒を宿代わりと定めた。
 情報は、おしゃべり好きのチャルとファルのコンビが村人たちから聞き集めてきた。その点で彼らの同行は、ラゴスにとってもありがたかったに違いない。なにせ彼も主同様に、人間には無関心で、それどころかできうる限り、関わり合いを避けていたかったのだから。
「でね、次の生け贄は十日後なんだって。それまでに何とかしてあげましょうよぉ」
 ファルは珍しく、人間に好意的な魔人だった。そもそも、彼女の仕えている魔王の奥方、リダールの母というのも、人間でもないがそもそも魔人でもないのだから。

「棲みついているのは一匹のボスと六匹の子分だって。そのボスは八つの目と、十の口、百の手を持っているんだって。子分どもは種族が違って、猿に角が生えたような奴ららしいよ。こわいよねー」
 いかにも口先だけで怖がって、チャルは嗜虐的に笑った。
「あ、ただし、ボスについての情報は、二年より前のもの、大人しかった頃のものだからね。二年前からは誰も姿を見てないらしい。なんたってこのボスってのが、足が地面とつながってて、動けないらしいから。以前はむしろ、森の守護神と呼ばれていたそうだよ。みんなは、どうしてあんなに変ってしまったのかって言ってる」
 その言葉を聞いても、やはりリダールは無関心だった。
「では明日、行ってみることにしよう」
 彼(女)は相変わらずの無表情で、三人の従者に淡々と告げた。

 翌日、出ていこうとする四人を、村の人々は必死で引き留めようとした。
「どう考えたって、正気じゃあないよ。ばかなことはおよし。何もかも諦めて、ここで静かに暮らすしかないんだよ」
「でも、静かに暮らしたところで、結局は生け贄になるしかないんでしょう?」
 彼ら一行をとどめようとするおばさんに、チャルが剣呑な笑みを向ける。
「だぁいじょうぶだって。心配はいらないから。あ、でも俺たちが大丈夫だからって、自分たちもだと思っちゃいけないよ? みんなはここを出られないんだからね。死んじゃうよ」
 ぞっとするようなことを笑顔で言い、チャルは彼を置いてさっさと歩き出した仲間のあとを追った。

 村中の人間が集まって、村を出ようとする四人を見守っている。
「本当に出られるのか? 出られるわけがない」
 果たして。

 彼(女)らが村の門から出ると、数多の種が芽吹いて蔓となり、彼らに襲いかかった。
「おら、いわんこっちゃない」
 誰かが言い、幾人かが惨劇から目をそらした。

 しかし……
 悲鳴は上がらなかった。
 村人たちが見守る前で、彼らに恐怖を与え続けた植物たちは、四人に触れる直前でとまり、それからまるで感情あるもののように、ぶるぶると震えだしたのだ。じりじりと包囲の輪を広め、再びただの種に戻ろうと、地面に潜っていく。
「いけない子たちねぇ。あたしらはともかく、嬢サマにまで襲いかかろうとするなんて……」
 ファルはお色気たっぷりな口調で言うと、引っ込もうとする草を素手で掴んだ。
「バカな子たち。お前たちなんてほっといてあげてもよかったのにねぇ」
 言うなり、ぶちぶちと引きちぎる。

 まるでただの雑草のようにあっけなく大地から抜かれ、無残にも引きちぎられるばかりの植物の姿に、村人たちは驚いた。
「怪力女」
 ファルの横でチャルがつぶやく。
「おだまり」
 同輩にぴしゃりと言って、彼女は地面に両手を当てる。
「さあ、地面に逃げおおせたと思っているやつら、お前たちも許しはしないからね」
 言うなり、彼女の手の下からまがまがしい青黒い光が発したかと思うと、村全体を激しい揺れが襲った。
 すさまじい轟音が、地面の下から響いてくる。揺れと突如起こった爆音と爆風で、村人たちは立ってもいられず、頭を抱えて頼りのない地面にひれ伏した。

 声にならない恐ろしい叫び声が聞こえたとき、村人たちのほとんどは恐怖に耐えきれずに失神した。
 意識を失わずにすんだ数人が、静かになった光景を確認しようとそろそろと頭を上げてみたとき、そこにはもう四人の姿はなく、異臭を放つ植物たちが無残な姿を横たえているばかりだった。

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