古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第一章 一年目の日常】
7.どこの兄弟とは申しませんが、兄はツンデレで、弟はロリコンのようです

 我が新しい主は、どうやら怖いもの知らずのようです。
 今日もわざわざ魔王城まで行って魔王様を翻弄し、結果、頭を負傷されてご帰城なさいました。
 私はこの城に勤めて数千年たちますが、その間にこんな剛毅な城主を戴いたことは、未だかつてございません。今までの主君といえば、下位の者につらく当たるのは当然でも、上位に表立って反抗する気配など、匂わすはずもない方々ばかりでしたので。
 そしてこんなに気安く楽天的な主君をもったことも、ございません。
「要するにさ、ルデルフォウス陛下って、ツンデレじゃないかと思うんだよ」

 頭を強く蹴られて、正気を無くされたのでしょうか。おっしゃる意味が、このエンディオンには一片も理解できません。むしろ、理解したくもございません。「今はツンの時期なんだよな、きっと」というのは、何の呪文でしょうか。
「まあとりあえず、今日の午後からウィストベルのところに行かなきゃいけないから、すっぱり諦めて同盟を結んでくるよ」
 この間注意を喚起してからというもの、旦那様はあれやこれやと私に相談をなさってくださいます。そう、本当にいろんなことを……
 しかし、「侍女のパンツを見てしまった、これってセクハラ? でもわざとじゃないし」といったことまで、ご相談いただくのはさすがにどうかと思われます。

「それで、陛下が言うには、ウィストベルと反対の考えの相手とも同盟を結んだらどうかって。それって問題ないのかな?」
「そうですね、しかし、旦那様がとくに現状、ウィストベル様の思想に疑問を抱かれておられないのでしたら、急いでその他の方との親交を深める必要もないと存じますが」
「うん、そうかもしれないけどさ、後で反対意見の相手と同盟を結ぶ方が、反逆の意思が見え透いててまずくない? ここは、あんまり情勢を深く知らないうち、問題の起こっていないうちから、公平を期したいので、っていう態度を示しておいたほうがいいかとも思うんだけど。実際、俺は全くウィストベルに賛成ってわけでもないしさ……」
 おや、意外です。

 私は以前、さんざん口をすっぱくして旦那様に注意を喚起いたしましたが、それは七大大公としての自覚と心構えを慮ってのことです。実際のところ、同じデーモンである旦那様にとってウィストベル様は、同盟相手として特に問題があるとも見受けられません。
 他の領地に野心を覗かせることはありませんし、徒に口論をしかけて争いの種をまくこともされません。デーモン族では飛び抜けた美貌と聞きますが、それを利用して魔王に甘言をしかけたなどという噂すらありません。デヴィル嫌いは周知するところですが、だからといって誰彼構わず狼藉を働くこともなく、貶めることもなさいません。
 同盟を結ぶ最初の相手として、それほど警戒が必要とも思えないのですが。そう申し上げると、旦那様は困ったような表情をされました。
「いや、まあ、そうなんだけどさ……なんだろう……」

 そして、とても言いにくそうに、こうおっしゃったのです。
「エンディオンだからもう言っちゃうけど、実は俺、あの人怖いんだよね。苦手なんだ。美人ではあるんだけど、なんていうの……わかるかな、ヒュンってなるんだよ、ヒュンってね」
 随分とぶっちゃけてくださいます。
「俺がそういう性癖ならよかったんだろうけどさ。怖い人にはあんまり近づきたくないんだよね。だって、怖いもん」
 情けない言い分のようですが、わからないではありません。
 実際、あまりに実力のかけ離れた相手には、自らの意思に限らず隷属するより他はないのです。今までの私がそうであったように。それを受諾できるかどうか、私と旦那様で判断が異なるのは当然のことです。

「では、旦那様。どのようにして、二番目の同盟相手を決められるのでしょうか」
「それなんだよ、問題は。普通、七大大公が集まることなんて、そうそうないらしいんだ。でも、相手を知るにはやっぱり付き合ってみないとわからないだろ? 慎重を期すには相手の家族や家臣の考えだって、ある程度知りたいじゃん? たとえ表面的にしか知れないといってもさ。だからといって、招待されてもいないのに、勝手に相手の城に押し掛けるのもアレだし……」
「では、旦那様。就任のご挨拶と居城の御披露目という名目で、舞踏会など催されてはいかがですか? 魔王陛下以下、すべての有爵者を御招待なさればよろしいかと」
「え、有爵者って相当いるぜ? エンディオンだって子爵だろ? それを全員招待するの?」
 私の提案に、旦那様は思いっきり眉をしかめられました。お気持ちはわからないでもありません。

「なにも、本当に全ての有爵者に向けて、招待状を送るわけではございません。魔王陛下と他の大公にむけ、正式な招待状を送り、そこにぜひ御家族・御家臣も大勢お連れください、歓迎いたします、と添えておけばよろしいのです。そうすれば、各大公閣下は自らの判断で、幾人かお連れあそばされるでしょうから」
「おお、なるほど」
「ですが、もちろんのこと、閣下の支配下にある有爵者には一人残らず招待状を出さねばなりません」
「それって、俺が直々に手紙かかなきゃいけなかったりする?」
「いいえ、招待状は書記係がご用意いたします。が、旦那様にはその全てに紋章をいただかねばなりません」
 正式な文章に紋章はつきものです。素地が何であれ、魔術をもって紋章を焼き付けるのは、ご本人でなければできません。

 そうそう、紋章と言えば、以前迎えの隊列を出した折りのことです。
 帰ってきた一行の旗に紋章がついておらず、送り出した時のまま真っ黒だったのには驚きました。旦那様がおられなかったからですが、あのときは少しがっかりしたものです。

 なんにせよ、招待状に対する紋章の焼き付けは、数が多いために面倒かもしれませんが、自筆の招待状を用意せよ、というよりは随分楽な作業のはずです。
 旦那様もそう理解してくださったようで、軽く手を挙げてこうおっしゃいました。
「了解了解。紋章を焼けばいいんだな。それくらい、なんでもない。じゃあ、早速日にちを決めて、招待状を出すことにするか!」
 そう決定するや、旦那様はウィストベル様の許へお出かけになられ、残った家臣によって、城を挙げての準備が始まったのでございます。

 ***

「楽しみー。舞踏会ですって、楽しみね、アレスディア!」
 単なる男爵の妹、という立場でしかなかった私は、これまで公的な舞踏会には出たことがありません。
 同じ年頃の、似たような立場の女子や男子で集まって、舞踏会もどきを行っていたことならありますが、そんなのは所詮子供の遊びです。
 兄はさすがに爵位持ちだったので、魔王城の舞踏会にも出席したことはあるようですが、私は今回が初めてなのです。それも、招待される方だというのではなく、招待する方だというのだから、準備段階の今からわくわくしてしまいます。

「披露なさる機会はこないかもしれませんが、一応ダンスの練習をなさった方がよろしいでしょうね、お嬢様も」
「またさらっと無礼ね、アレスディア」
「ですが、お嬢様。アレスディアが考えますに、お嬢様のようにお小さい方が、それに釣り合う殿方を求めることは不可能ではないかと思われますので」
「そんなことないわよ! お兄さまは御家族も招待するっておっしゃってたんだから、きっと私ぐらいの年齢の子供も、やってくるはずよ!」
「そうでしょうか」
「そうに決まってるわ!」
 領地の爵持ちはもれなく招待をするとも聞いてます。当然、私が舞踏会もどきをしていた方たちも、その家族としてやってくるはずです。万一、新しい出会いなどなくとも、その子たちと楽しめばいいのですから!

「まあ、そこまでおっしゃるのでしたら、尚更練習は必要でしょうね。なにせ、お嬢様のダンスの腕前ときたら……」
「ちょ……やめてよ、人を運動音痴みたいに言うのは! 別にそれほど下手じゃないわよ!」
「一曲の間に相手の足を二度以上も踏まれる方のことを、普通は上手とはいいません」
「う、うるさいわね……」
 頬がかあっと赤くなるのが、自分でもわかります。私は繊細なのですから、ずけずけと弱点をあげつらうのは、やめてほしいものです。この失礼な侍女め!

「へえ、マーミル姫は踊りが苦手なのか」
 嘲笑を含んだ台詞が、私の耳朶を叩きます。
 この声は……最近、姿を見なくてもわかるようになってしまいました。
 じろり、と振り返って睨むと、案の定ニヤついた赤い悪魔が立っています。
「他人の城に勝手に上がり込んで、会話を盗み聞くだなんて、とても紳士のなさりようとは思えませんわね、ベイルフォウス大公閣下」

 この赤毛の大公様は、最初は兄を訪ねてやってきていたのですが、最近では兄がいようがいまいがおかまいなしに、ずかずかと入り込んできて、私に絡んでくるのです。
 きっとロリコンなのです、おぞましい!

「何だったら俺が練習の相手をつとめようか? ああ、でも背が足りないから無理か。お子さまだからなー姫は」
 むっきー!
 お子さまを捕まえて、お子さまと揶揄するとは何事ですか!
 本当にお子さまなのだから、仕方ないじゃないですか、このロリコンめ!

 私には無礼極まりない侍女も、さすがに大公がいらしたとあっては空気をよんで、壁際に引いて黙っています。そうでなくては困ります。一緒になって二人でからかわれたら、純で傷つきやすい私の心はずたぼろブレイクです。

「悔しかったら早く大きくおなり、可愛いお姫様」
「残念ですね! 成長すればナイスバディな肢体になること請け合いのこの私に、今から唾をつけておきたいという、見え透いた魂胆を抱いておいでなのでしょうが、私の好みは貴方とは正・反・対! 優しく優雅で知的、且つダンディな方に、私は喜んでこの身を捧げることでしょうよ!」
「へぇ、マーミル姫は女たらしで、軟弱で、意志薄弱な年寄りが好みなのか。そりゃあ、俺とは正反対だな」
「貴方の耳……いえ、頭が残念でいらっしゃるのは存じておりますわ」
 私は余裕の笑みを浮かべてやった。いや、ホント、口の端がひくついてなんていませんから!

 なんでこんな男がデーモン族一の美男子などと呼ばれるのか。
 ……いや、確かに顔はいいけれども。
 顔はいいけれども、性格が最悪ではないですか!
 デーモン族一などといって褒め讃えるからには、性格も考慮する必要があると思うのです、私は!
 今度、魔王様に直訴してみようかしら。
 ああ、駄目だ! この男は魔王様の弟だった!
 シスコンの兄を例に挙げるでもなく、魔族とは元来、家族には甘いものなのです!

「まあ、本当にその発言通り、自分で自分の相手を選びたいのなら、少なくとも大公の妹などという立場には甘んじていないで、自分一人の力で爵位を勝ち取るぐらいのことはしてみせるんだな。でなければ、意に添わぬ相手のもとに嫁ぐことになっても、自業自得というものだ」
 うわぁ、ムカつく言い方!
 彼は爵位持ちの家族であろうが関係ない、自分自身が爵位をもたねば、私のように可愛い者はさらわれても仕方がない、といいたいのです。爵位持ちにとって、爵位のない者はその意志を尊重するに値しない、つまり敬意を持って対する相手だとは認めない、と言っているも同然です!
 いかに可愛さは罪といったって、こういった傲慢な考えを当然だと思う男の多いこと! だからあのネズミ男のような者が、あんな暴挙を働くのだわ。
「うるさいこのロリコン! 忙しいんだから、とっとと帰りなさいよ!」
 殴りかかるも頭を押さえられ、いかに両手を振り回そうが奴の体には届きません。
 うっきー。
 低身長が憎い!
 お子さまである自分の年齢が憎い!

「はいはい、言われなくても帰るよ。俺だって大公様として、忙しい身の上だからな」
 嘘をつけ。忙しい人が、いたいけな少女をからかうだけのために、こんなにしょっ中やってくるものか!
 玄関までわざわざお見送りしてやるのだから、もう暫く顔を見せるんじゃないわよ!
 ベイルフォウスの遠ざかっていく背中を見ながら、私は城中に轟く大声で祈りを捧げました。
「ベイルフォウスだけをはじく結界を! おお、天よ! 私にその結界を張るだけの力を授けたまえ!!」
 どこか遠くで雷鳴の轟く音がしたように思えます。
 いいえ、空耳などではございませんとも!

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