古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第一章 一年目の日常】
8.残虐は魔族の世の習いと申します……申しますが……

「うおおおおおーーー!! きえええええええ!!」
 なにがあったのか知らないが、最近、我が城には妹の奇声が響きわたるようになった。
 俺にマシンガントークを仕掛けてくる機会は減ったが、その代わりに奇声を聞かされるのでは、あまり意味はない。
「今度はなにを始めたんだ、我が妹は」
 と、呟くと、エンディオンが答えをくれた。
「どうやら剣と魔術の腕を磨いていらっしゃるようです」
 正直、俺の妹は少し頭にお花が咲いている、と表現するのが相応しい、残念な少女だった。優しく紳士的な美男子と劇的な出会いを果たし、ケーキも真っ青な糖度を誇る生活をおくるのだ、と、妄想を全開にして、語ってきたものだ。その計画のなかに、舞踏はあっても武闘はなかったはず。俺の力をたよってばかりで、自らの魔術を磨くことなどには一切興味を抱いてこなかった妹が、武器までとった、だと?
 これは天変地異の前触れか何かだろうか?

「またなんで急に」
「それもこれも、甘く幸せな結婚生活のため、とのことでございます」
 ああ、最終着地点は変わらないのね。
「こう言ってはなんですが、本当に、愛らしい性格のお嬢様でございますね」
「はあ? 愛らしい? あれが?」
 俺は思わずエンディオンの嘴を、二度見してしまった。あんな奇声を放つお嬢様のどこが、愛らしいというのか。
「私の知る若いご令嬢の中でも、飛び抜けた愛らしさかと存じます」
 どうやら冗談ではないらしい。
 エンディオンの愛らしさに対する基準を、俺は知りたい。常識ある家令だと思っていたのに、対人評価が残念すぎる。

 ともかく、俺は目の前の作業に集中した。
「さて、これで最後の一通だ」
 白い厚紙に魔力を込め、紋章を焼き付けるのだ。
 数百通に及んだ招待状の、最後の一通。
 書記係によって書き込まれた文字の背景に、模様がぼんやりと浮き出してくる。
 真円の縁取りの中、鋭い棘をもち、幾重にもツタを重ねた赤金の薔薇。
 成人を迎えた魔族ならば、誰もが持っている己だけの模様、それが紋章だ。
「よし、完了。後は出すだけか」
「明日にはどの招待状も、宛先に届きましょう」
「まかせる」
 俺は思いっきり背を伸ばした。
 座って紋章を刻む作業のために、丸まった状態で固まっていた背中の筋肉がほぐれる感触が、いやに心地いい。
「この後はどうなさいますか?」
 エンディオンがこういう聞き方をしてくるのは珍しい。
 たいていは、次の予定を案内してくれるのだが。
 ということは、つまり。

「もしかして、今日の予定はもうないってこと?」
「はい、旦那様。今のところはなにもございません」
 俺は歓喜した。
 サボる部屋もなくなった今、暫くぶりに手に入れた自由時間ではないか!
「もちろん、旦那様さえよろしければ、舞踏会場の設営に関するご意見やご要望を伺いたいと申しておる者もおるにはおります。しかし、もともと明日以降で予定を組んでおりましたので、前倒しにするのでなければ、そのままでよいかと」
「そうか、じゃあ、予定通りにしておこう!」

 気分はすっかりお休みモードだ。今から予定を繰り上げるとか言われたら、泣いてしまう。
「じゃあ俺は休ませてもらうから、お前も自由にしていいぞ、エンディオン」
 そういったが、仕事人間の家令は、別の仕事を片づけたいようだった。

 そして俺は自由だ!
 やったー!

 こんなときは、アレだ。
 借りたまま一ページもめくっていなかった、
 世界残虐大全!
 あれを読むに限る!
 ウィストベルは返却の催促をしてこないが、俺だって時間さえあれば読み進めたいのだ。
 俺はウキウキしながら、執務室のある棟から自室のある棟へと、中庭を通って移動していた。
 それが、失敗だった。

「うおおおおおおにいいいさまあああ!」
 叫び声のついでみたいに呼び止めるのはやめてくれ、妹よ。
「お、おお……久しぶりだな、マーミル」
 これは本当だ。最近は忙しくて、日中の移動は事務棟内に限られたし、そのほとんどを執務室で過ごしていたので、妹と顔を合わせる機会はなかったのだ。
 自室は同じ棟の同じ階にあるが、妹は早寝遅起きだったから、遅寝早起きの俺とはすれ違いすらしない。こんなに広い城だもの。

 久しぶりに見る妹は、相変わらずフリフリドレスで着飾っていた。が、その衣装はところどころ破れ、土にまみれて汚れている。
 いや、ちょっとまて、妹よ。
 そのドレスを着たままで剣や魔術の訓練をするというのは、さすがにどうなのだろうか。もっと動きやすい、それなりの装いというものがあるのではないだろうか。

「お兄さま。ちょうどいいところにいらっしゃったわ」
 瞳を底光りさせてニタリ、と笑う姿は獲物を見つけた猛獣のようだ。
「すまんが、妹よ。兄はこれから用事があるのだ。のっぴきならない用事だ。お前に構っている暇は」
「この時間にここを通るってことは、自室に戻るのでしょ! それってつまり仕事が一段落ついたってことでしょ! 久々に会った妹に構いもせず、寝にこもるだなんて、薄情だとは思わないの!」
 いつものように憶測を事実のように展開し、俺の腕にしがみついてくる。
「違う、寝るんじゃない、本を読」
「同じことよ! 自分のことよりまずは可愛い妹の面倒をみるのが当たり前でしょ!」
 ぐっ……相変わらず、なんて身勝手な妹だ。
「剣も魔術も、今の教師の教え方では物足りないのよ! お兄さま、可愛い妹が、自らの実力で爵位を得る努力をしているというのだから、協力するのが兄の務めというものでしょ!」
 教師など俺は用意した覚えはないから、(そもそもそんなことをしているのを、俺は今日知ったのだし)自分で適当に捕まえた相手に習っているのだろう。いや、もしくはエンディオンが手配したとか? 妹の奇行を知っていたしな。

「俺にとっては久々の自由時間なんだぞ!」
「だからなによっ!」
「お前の辞書に思いやりという言葉は載ってないのか!」
「妹思い、という言葉なら載っているわよ!」
 さすが、我が妹。全くひるむ様子も引く気配も見せない。

 しかし、待てよ。今、何と言った?
「爵位を得る? お前がか?」
「そうよ!」
 ちょっと落ち着こう、俺。
 久々の自由時間も貴重なのは間違いないが、ちょっと落ち着いて考えてみよう。
 妹が爵位を得る?
 そんなことになったらどうだ、当然、有爵者には領地と住居が与えられる。
 つまり、妹は独り立ちするということだ!

 おお、なんてことだ!
 これはそう、つまり俺が平穏な生活を送れるようになる、ということではないのか! 協力するしかないではないか!
「よかろう、妹よ。この兄が直々に指南してやろう。剣がいいか、魔術にするか?」
 急に協力的になった俺に、妹は不信の目を向けてきたが、それも一時のことだった。
「じゃあ、まずは剣から!」
 妹は、満面の笑みで、元気よく答えたのだった。

 ***

 私は今、とてもハラハラしています。
 お嬢様を叩きのめす旦那様の容赦のなさに。

「バカか、お前は。こんな見え見えの誘いにのってどうする!」
 ああ、またそんな、思いっきり吹っ飛ばさなくても!
 お嬢様の着衣はすでにボロボロです。
 腕にも足にも無数の切り傷・擦り傷をつくり、壁まで吹っ飛ばされて何度も吐き、ついには胃液しか口から出るものがなくなって、それでも立ち上がるお嬢様……
 まさか、あの脳味噌にお花を咲かせたようなお嬢様が、ここまで粘るとは……
 そして、まさか、あのぼんやりして、普段は穏和とも見える旦那様が、剣をとってはここまで容赦ない鬼のようなしごきをなさるとは。

 あ、申し遅れました。私の名前はイース。
 数日前よりお嬢様の剣の教師をつとめております者でございます。
 そもそも、私はこちらの大公城で家僕を勤めているのですが、なぜだか急にお嬢様に捕まって、剣の指導をすることになったのです。
 ですが正直に申しまして、主君の妹君に手など挙げられるはずがございません。
 剣技をお教えするのはいっこうに構わないとしても、本気で立ち合うなどとんでもない。
 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、いずれにせよお教えするうちにそれなりの成長を見せられた姫は、立ち合っては防戦一方の私に物足りなさを感じられるようになってしまったのです。
 本日も、お手合わせをしていたのですが、姫に対して私が剣を挙げないのが気に障るらしく、私は姫にしかられてしまいました。
 そんなときです、旦那様がウキウキとスキップをして通られたのは。

 お嬢様は旦那様に突進され、そうしてその説得に負けた旦那様による、ご指導が始まったのですが……

 やばいやばいやばい。
 マジで鬼のような強さです。
 確かに七大大公なのだから、弱いわけはないのですが、それにしたってアナタもう……
 黙って見ていた家臣の幾人かが失神し、失禁し、吐瀉しているのも、無理はありません。
 ああ、そうか……たぶん、あれだな。彼らは以前も旦那様のこんな姿を見たことがあるのだな……先代と対決なさった折の旦那様の姿を……
 これはあれだな。確かにトラウマ級の強さだな……
 私がぼんやりと考えている時でした。

「ふ……ふふふふふ……」
 ああ、やばい。お嬢様が壊れた。
 見るも無惨なボロボロ加減なのに、なんでそんな楽しそうに笑っているのですか、お嬢様。
 Sだと思っていましたが、実はMなのですか、お嬢様。
「さすが……おにい……さ…………」
 それきり、お嬢様は膝から崩れ落ち、倒れてしまいました。
「おじょうさまーーーー」
 私はようやく、お嬢様の許に駆けつけました。
 おうう。なんてこったい。
 近くで見るとお嬢様の負った傷のひどさがよくわかります。
 あの鬼のようなしごきを前に、よくここまで耐えたと褒めてあげたい!
「医療班、早く!」
 一応、旦那様の容赦ない指導を目撃してすぐ、呼び寄せておいた数人が、すぐさまお嬢様に駆けつけてきます。

「ええと、そこの家僕……」
 旦那様の声に、私はビクリと体を震わせました。いつもと同じ、穏やかな声音ですが、それが今となっては逆に恐ろしく感じます。
 心情的には恐ろしさのあまり聞かなかったことにしたいですが、無視するなんてことは怖くてできません。
「はい、旦那様」
「名前は?」
「イ……イース、と申します……」
 なんでしょう。お嬢様に勝手に剣を教えていたことで、しかられるのでしょうか。

「イース、な。お前がマーミルの剣の指導をしているんだよな?」
「は……はい、僭越ながら……」
 恐る恐る見上げると、旦那様はいつもの穏やかな表情で、こくりと頷かれました。
「よし、じゃあ、明日からはもっと厳しくしていいぞ。俺のやりようを見てたろ? 手加減はあのくらいでな」
 え、手加減なさってたんですか、アレで!?
「あんまり優しくするとつけあがるし、上達の妨げにもなる。欠損さえしなければ咎め立てはしないから、思いっきりぶちのめせ」
 やめてください、そんな優しそうな笑顔で、そんな恐ろしいことをおっしゃるのは!
 旦那様はシスコンだとお嬢様から聞いていたのですが、これが妹思いだというのなら、世のほとんどの者がシスコンと呼ばれることになるでしょう!
 不肖、このイースにも妹はおります。特別仲がいいというわけでもなく、城勤めをするようになってからは、わざわざ会いにいくことも、逆に会いに来ることもありません。そんな私ですら、シスコンと言われてしまうでしょう!

「ぜ……ぜ、善処、いたします……」
 そう返すのが精一杯でした。
 とてもではありませんが、旦那様のような指導は私にはできません。もう、努力が足りないと首にされるなら、いっそその方がいいと思えるほどです。
「よし、じゃあついでに魔術の師とやらにも、今までどういう指導をしたのか、確かめておくか」
 私は同僚の平穏ために、こっそりと天に祈りを捧げたのでした。

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