古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第一章 一年目の日常】
10.ようやく怪我も完治しました、そして待ちに待った舞踏会なのです!

 結局のところ、ダンスの練習はあまりできませんでした。なぜだかあれ以来、私は舞踏のことは忘れ、剣と魔術の修行に励んでしまったからです。
 兄の指導後、イースは逃げるばかりでなく、ちゃんと打ち合ってくれるようになりました。それだけでも大した進歩と言えましょう。
 魔術の方もです。今までは危ないからと、理論は教えられても発動は許してもらえなかったのに、城外に出て実践することが許されたのです。
 兄の厳しい指導をうけ、三日も寝込んだかいがあるというものです。

 ただ、一つ気になることがあるといえば、以前は私をからかうためだけにやってきていたベイルフォウスが、時々私の指導をするようになったことです。
 兄の鬼のような指導に比べれば、ベイルフォウスの指導は優しいと言えましょうが、それでも怪我を全くしないではすみません。彼が教えてくれるのは、どちらか一方ではなく、剣と魔術を組み合わせて戦う実践方法です。
 もっとも、そのおかげでか、私の剣と魔術に関する腕前は、自分でいうのもなんですが、グングンと伸びております。
 これはもう、子供なのに、爵位なんかすぐ手に入れちゃうんじゃないかしら、とか疑ってしまえる位です。  奪って取るしかない大公位とは違い、公爵・侯爵位は魔王か大公から、伯爵位以下は侯爵以上から、男爵位は伯爵以上から叙爵されればなれるのです。
 ということは、ですよ? つまり、兄が叙爵してくれればよいのです! 大公である兄ならば、どの爵位も授けられるのですから!
 しかし、いい気になってそんなことを口にしたが最後、兄から厳しい指導が加えられるのは必定、ここは慢心をぐっと抑えて鍛錬せねばなりません。
 私だって、さすがにもう三日も寝込みたくはないのです。

 そして、今日は待ちに待った舞踏会の日!!

 朝から我が家は大忙し!
 あっちから此方の誰さま、こっちからは彼方の其れさまと、領地の臣民を始め、他の大公閣下とその領地の方々が、引きもきらずやってこられます。
 私は兄に連れられ、あちらの方にご挨拶、こちらの方にご挨拶、と大忙しです。可愛いので連れ回したい気持ちはわかりますが、少しは私の負担も考えてほしいものです。

 初めてウィストベル様とお会いしたときは、あまりの美しさに息がとまるかと思いました。
 複雑に編み込まれた純白に輝く長い髪、肩から背中にかけて、大きく肌を露出させた若紫のドレスは、一片の贅肉もなさそうな美しい体の線を、これでもかとくっきり見せつけてくれます。その右肩から、美しい紋を刻んだ獣の毛皮をかけ、すっきりとした首もとには耳元とお揃いにしたデザインの煌めく宝飾品が。裾からのぞく締まった足首を飾るアンクレットも、イヤリングとお揃いです。女の私でもそうなのですから、男性であれば、だらしなく見惚れてしまうのも無理からぬことです。
 そして、私は決意したのです。

 これこそ、私の求めるナイスバディ! このお色気むんむんな肢体を、私は目指すべきなのだと!
 兄が鼻の下を伸ばして、デレデレ会いに行く気持ちがわかるではありませんか!

 魔王陛下にも初めて間近でご挨拶いたしました。
 あのベイルフォウス大公の兄君とはとても思えない、クールで知的な美青年でいらっしゃいました。弟君とは似てらっしゃいませんね、と申し上げると、まあそうだろう、と静かに頷かれました。
 本当に、正反対です。同じ両親から生まれたとは思えぬ、驚きの結果です。兄と私なんて、男女であってもこんなにも似ているというのに!

 え? なんですか、お兄さま。何かおっしゃって?
 いやだわ、似てないだなんて、そんなに必死に照れて否定しなくてもいいのに。
「いや、ほんとに、全く似てないから!」
 ちょっと! 耳元で叫ばないでくださる? 鼓膜が破れたらどうするの!

「お前ねぇ、興奮するのはわかるけど、あんまり変なテンションで喋らないよう気をつけてくれる?」
「まあ、失礼ね、お兄さま! 私のどこが、変なテンションなんですの! 私は冷静でしてよ! いつも通り、淑女然と振る舞っているだけですわ!」
「独り言は多いし、言ってるそばからまた声がうわずってる。そんな緊張しなくてもいいから」
「き、きっ、緊張なんて、この私がするはずありませんでしょう!? お兄さまったらやぁねぇ!!」
「いたいいたいいたい!」
 ピンヒールの先で、思いっきりお兄さまの足を踏みつけてやりました。
 これに懲りて、少しは口を慎んでくれればよいのですが。

 今日の私はちょっぴり大人仕様。
 いつもは履かない背の高い靴を履き、肩の大きく出た若草色のドレスに身を包んでいます。スカートの丈は、本当なら大人っぽく長くしたかったのですが、それだと私の美脚を目で楽しめない、という意見を重視して(誰も言ってないとはなんですか、お兄さま!)膝丈です。
 裾にはふんだんにレースをあしらい、それと同様の模様の入ったレースのロンググローブをはめ、いつもは巻き髪にして下ろすだけの髪は、この華奢な首もとに巻いた黒レースのチョーカーが目立つように、結い上げて毛先を垂らしてあります。兄の紋章である赤金の薔薇をモチーフにした、大きな髪飾りで彩りを加え、何もしなくても美少女との誉れ高い愛らしい容貌には、薄く化粧を施すという隙のない仕上がりになっております。  あ、耳元を可憐に彩るルビーのピアスを言い忘れておりましたね!
 とにかく、今宵の私の装いは、新任大公の美しくも清楚な妹として、完・璧、と、言ってよいでしょう!

「だから、自分で言うなって、恥ずかしい」
「お兄さまこそ、独り言を拾わないでくださいます?」
 ついでなので、この愚兄のことも少しだけご紹介いたしましょう。
 一応、黙っていれば品のある王子様、と評されることもあるお兄さまです。(もっとも、本人はその自覚もないようですが)
 ご自分の紋章をあしらった、品のよい黒いスーツを着こなしていらっしゃいます、はい終わり。

 私が若草色のドレスを着ているのですから、お兄さまはそれにあわせるべきでしょう!
 全く、気の利かない人です。

 そんなこんなしている間に、いつの間にか着いたらしいベイルフォウス大公が、いつものニヤついたイヤラシイ笑みを浮かべながら、近づいてらっしゃいます。
「我が<断末魔轟き怨嗟満つる城>へ、ようこそのお越し、傷み入ります。ベイルフォウス大公」
「これは丁寧なご歓待、ご厚情、万謝の意に絶えません、ジャーイル大公」
 なんでしょう、このやりとり。怖気がします。
 しょっちゅう顔を合わせているくせに、白々しいったら!

「馬子にもなんとやら、だな」
 うっきー!
 兄への挨拶の後、私にもちゃんと丁寧に接するのかと期待していたらこれです。この男には、年下の可愛らしい少女に対する尊敬の念が、欠けているのだと断言せざるを得ません!

「舞踏会でくらい口をつつしめ、この無礼男!」
 そう小声で呟くと、なぜだか兄に頭を小突かれました。
「ベイルフォウスはお前の師匠だろ。せめてこんな時くらい、敬意を持って接したらどうだ」
「いや、その嗜め方もどうなんだ、我が友よ」
 お兄さまとベイルフォウスは、いつの間にやら男同士で意気投合して、仲良くなっているのです。シスコン・ロリコンの次はホモですか! 気持ち悪い。

「弟子よ、お前なんか失礼なことを考えているだろう」
「可愛い愛弟子扱いはよしてくださる?」
「だれもそこまでいってない」
 まったく、ああ言えばこう言う!
 どこの口うるさい侍女だというのですか、この男は!

「ところで、ウィストベルはもう来てるか?」
「ああ、さっき隣の部屋に入って行かれる姿を見たよ。たぶん、魔王陛下と一緒じゃないかな……」
 兄はなぜだか言いにくそうです。あれでしょうか、魔王陛下とウィストベル大公は実は両思いで、そこにベイルフォウスと兄が横恋慕している、とかいう、ドキドキする四角関係なのでしょうか。
「そうか、ではちょっと挨拶してくるかな」
「ああ、くれぐれも気をつけてな」
 いったい何を気をつけるというのでしょう。彼はこれでも魔王陛下の弟だというのに。
 兄の発言には謎がいっぱいです。

 ***

 いや、もちろんわかってる。人の城で、魔王陛下と大公ウィストベルがいつもの性癖を発揮する訳がないのは重々承知している。
 だがやはり、二人が一緒にいると聞くと、心配になってしまうのも無理はないだろう。
 公衆の面前で見下されるというのも、そういう趣味の方々にはたまらない感覚なのだろうし……
 やばい。こんなことを考えているのが魔王陛下にばれれば、さすがに殺されかねないな。
 自重、自重っと。

 そもそも俺に他人を気にする余裕はないのだ。ただでさえおかしな妹が、いつもにまして挙動不審で目を離せないというのに。
 まあしかし、今日の目的のためには妹を横に連れておいたほうがいいだろう。子供が一緒だからといって、魔族たる者がそうそう気を許すとも思えないが、俺が一人で近づいていくよりは、幾分相手の警戒心もほぐれるはずだ。ぜひ、そうであってほしい。

 俺は早速、他の大公の思想を探るべく、まずはアリネーゼの許へ、と思ったのだが、以前の魔王陛下の指摘を思い出して、マストヴォーゼを目指すことにした。お前は女ならデヴィルでもデーモンでもいいのか、とかいうアレだ。陛下がそう思うということは、他にもそう考えるものがいないとは限らないからな。

 “魔王陛下も認める世界一の美男子”マストヴォーゼ大公は、彼によく似た容貌の集団の中にいた。おそらく家族……なのだろう。だよな、たぶん。マストヴォーゼを順に小さくしたようなのが五人いるし、あとの一人は彼らに全く似てはおらず、女性のようだから、たぶん彼女が細君なのだろう。
「マストヴォーゼ大公。本日は、快くお運びいただき、ありがとう存じます」
 一応新参の間は、すっかり慣れたベイルフォウスとは違って、他の大公には丁寧に接した方がいいだろう。 「我が妹を、ぜひ御家族・御家臣団にもご紹介させていただきたく」
「おお、ジャーイル大公。なかなかに盛大な催しではないか。我が子らもみな喜んでおる」
 そう言って、同行の人々を見回す。やはり息子と細君で間違いないようだ。
「マストヴォーゼ大公閣下、ならびに御家族のみなさまにおかれましては、ご機嫌うるわしゅう存じます。妹のマーミルと申します。今日という日をよい機会とお近づきになれれば、これに勝る幸いはございません」
 よし、妹よ。それで止めておけ。後はおしとやかなふりをして、黙っているのだ。だが、俺のその願いを、妹が察する様子はなかった。
「どちらのお方がご長男ですの? やはり、背の順ですかしら? お母様よりはお父様似ですのね」
 うむ、それ以上は口にしなくていいぞ、妹よ。同行している細君が、彼らの実母であるとは限らないからな。
 実際、マストヴォーゼ大公の一行にとっても、歓迎する話題ではないようだ。奥方が鼻から抜けるようなため息をもらしたではないか。気づけ、妹よ。
 だが、うちの妹が、そんなに察しのいい子供であるはずはないのだ。

「マーミル嬢よ。息子たちではない、娘たちじゃ」
 衝撃の事実! これはさすがの俺も気づかなかったぜ!
 デヴィルがパーティでスカートをはいていないからといって、即、男だと判断するのは早計だということを、俺はこの一件で知った。
「よいよい。デーモン族にデヴィル族の判別がつかぬのはやむを得ぬことじゃ。逆もまたしかり。実際、我らも妹と言われるまで、ご子息であろうかと噂しておったでな」
 おおっと。華麗なカウンターが決まった!
 これは痛み分けということで、流すことにしようじゃないか。
 だが、男と間違われた妹は、やや涙目だ。
 見よ妹よ、これがデーモンとデヴィルの間に横たわる、埋められない美的感覚の溝なのだ。

 しかし、ということは、だ。俺が細君だと判断したこのドレスのようなものを着たご婦人も、そもそも女であるとも限らず、ただの男の家臣であるという可能性も……
「右から長女・次女・三女、四女と五女は双子じゃ。そして我が美貌の妻、スメルスフォ」
 あ、妻は妻であってるのか。

 そうして俺が彼らと話し込み、手に入れた情報としては以下の通りだ。

1.大公マストヴォーゼは五人どころか二十五人の娘に恵まれた、愛妻家である。
2.愛妻スメルスフォは、息の抜けるような話し方をする。
3.大公マストヴォーゼは、とにかく嫁にデレデレで弱い。
4.愛妻スメルスフォは、どうやら肝っ玉母さんのようだ。
5.大公マストヴォーゼは、嫁に一目惚れだった。
6.愛妻スメルスフォは……(以下略)

 要するに、マストヴォーゼは愛妻家で、家族以外のことにあまり興味はないようだった。確かにデヴィルは多産だと聞くが、それでも娘が二十五人は恐れ入った。しかも、長女ですらまだ成人していない年だというのに、だ。最終的に何人の娘に恵まれるのだろうか。そりゃあ、デーモン族がデヴィル族に数の上で負けるはずだ。
 ちなみに、そんなに子がいて、一人も男子は産まれていないらしい。
 それなのに、全員父親似とはびっくりだ。
 不貞の疑いようもないな。恐るべし、愛妻家の執念!

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