古酒の隠れ家

このサイトは古酒の創作活動などをまとめたサイトです
※一部、一次創作同人活動などを含みますので
苦手なかたはご注意ください

新任大公の平穏な日常

目次に戻る
前話へ 後話へ


【第一章 一年目の日常】
11.舞踏会がこんなに疲れるものだと知っていたら、僕は決して開催しませんでした

 まさか一人目から精神をガリガリ抉られる惚気話を聞かされるとは思っていなかったため、俺はすでにグロッキー状態に近い。ちなみに、恋人どころか友達すらろくにいない妹も、ほぼ同じ状態だ。
 くそう、同じ大公だというのに、この家庭環境の違いたるや、どうだ!
 俺は一人の子にも恵まれていないばかりか、恋人さえいないというのに!

 とにかく、疲れ切った俺と妹とは、次のターゲットに移る前に少し休憩を挟むことにしたのだった。

 妹は、舞踏会を楽しみにしていた割に、ダンスの練習ができなかったからか、あまり踊りたくはないようだ。気分を変えるために誰か誘って踊ってもいいのだぞ、といったのだが、食事の置いてあるテーブル席へいってしまった。
 まあ、歓談に忙しい大人たちは立食形式を好んでいるし、テーブル席についているのは子供がほとんどだ。中には何度か見かけた顔もあるから、平和に話をしているだろう。

 俺はというと、マストヴォーゼからダメージを受けた分を回復すべく、妹とは逆にダンスの相手を探す。
 体を動かしている方が、気分転換になると思ったからだ。
 ここで忘れてはいけないのが、エンディオンからのアドバイスだ。
 主催者が最初のダンスを誘う相手は、重要だ。全く見知らぬ女性を誘えば、独身である俺の立場上、相手を見初めたと思われることもあるらしい。故に、顔見知りで、普段から適度に交流のある、同位に近い立場の者を選ぶ方がよいらしいが……
 と、なると、ウィストベルに最初の相手をお願いしたいところだが、見あたらない。
 ああ、なんだろう……さすがに主催者ともなると、視線がつきささるようだ。ありがたいのが、知り合いではなく、紹介してくれる者もいない状態では、爵位が下位の者から上位の者へ声をかけることは許されない、という不文律の存在だ。
 知り合いはまだ少ないから、大公である俺は、自分から声をかけなければ、囲まれて動けなくなる心配がない。

 と、相手を探していたら、着飾ったジブライールを見つけた。
 彼女は俺の部下で、業務上何度も言葉を交わしているし、地位も公爵と申し分ない。ああ、俺がちょっぴり苦手、という事実に目をつぶれば……
 しかし、正直にいうと、彼女以外の女性の知人といえば、男爵位の時の知り合いということになる。それだと今は同位に近いとは言い難い。デヴィル族なら他にも数人いるが、最初の相手はやはりデーモン族の女性の方がありがたい。

 俺は覚悟を決めて、ジブライールに話しかけた。
「姫君、今宵最初の栄誉を、お与えいただけますか?」
 いっておくが、誘いの言葉は俺のオリジナルではない。男性から女性を誘うときは、必ずこの言葉でなければいけないし、女性から男性を誘うときは「姫君」というところを、「若君」と言い替えるだけだ。相手が既婚であろうが、高齢であろうが、そして時間が朝であろうが昼であろうが、必ずそう言うことに決まっているのだ。
 そうというのも、事細かにルールを決めておかないと、脳筋であることの多い魔族の舞踏会なぞ、あっという間に混乱の極みとなるからだ。無礼講でなくても無礼講になってしまう。
 そんなわけで、俺はおきまりの台詞と共に手をさしのべ、ジブライールをダンスに誘ったのだが、彼女はじっと見つめ返してくるばかりで、無言を貫いた。

(うええ? 嘘だろ、まさか、断ったりしないよな? なんで、無言なんだよ!)
 俺の内心はバクバクだ。苦手な相手に勇気を振り絞ってダンスを申し込んだというのに、沈黙で返されたのだから! 下位の者が上位の者から誘われるのは名誉なはずだが、だからといって、絶対に断ってはいけないわけではない。名目上は。
 しかし、通例では大した理由もなく、相手を断るのはかなり批判を生むはずだ。
 なんだよ、そんなに俺と踊るのがいやなのか。そうだとしても、お願い、今回は我慢してくれよ!!

 あと少し、彼女が手を握り返してくるのが遅かったなら、俺はたぶんそうお願いしていただろう。
「若君、光栄に存じます」
 やっとお決まりの承諾をもらって、俺がどんなにホッとしたかしれない!
 俺は彼女の手を引いて、ダンススペースへと移動した。

「あんまり返事をくれないから、断られるのかと思ったよ」
「申し訳ございません、閣下。意外だったもので、少し驚いてしまったのです」
 えええ、驚いてたの? 無表情だからホントに何考えてるかわからない。
「閣下は私のことが苦手なのではと、常々、愚考しておりましたので」
「……」
 俺は絶句した。
 いや、確かにその通りです。本人にバレバレだなんて、ちょっと気まずい。

「いや、しかし、あれだね……いつもの軍服も凛々しくていいけど、今日みたいに着飾ってるのもまた雰囲気が違っていいね。美人はなにを着ても似合うなあ」
 白々しかった? 俺の台詞、白々しかっただろうか!
 でも耐えられない! こんな空気、おちゃらけていないと、耐えられない!
 それにいつものきっちりとした軍服と違って、今はどちらかといえば可愛らしい感じのドレスを着ているので、雰囲気が大いに違うというのも嘘ではない。

「ありがとうございます」
 ……あれ? なんか、ジブライールさん、いつもと違って素直じゃないですか? 絶対睨まれると思ったのに、ちょっと照れてうつむいてますよ。
 え……どこの淑女ですか、こんなジブライールさん、知らないんですけど。
 これはこれで、どう反応したらいいのか困ってしまう。こういう場合はアレか? 畳みかけるように褒めたらいいのか? それとも、別の話で気をそらせたほうがいいのか?

 結局俺はそのダンスの間中、会話はあきらめて足の運びに集中することにした。わかってる。これがちょっと仲良くなるための、いいチャンスだってのはわかってるんだ。だが、苦手意識とはそう簡単になくなるものではないのだ。まして、予想と違う反応が返ってくる現状、それ以上混乱するのは避けたい。
 おかしい、俺はグロッキー状態から回復するためにダンスを選んだはずなのに、余計に何かがガリガリ削られた気がする!

 とにもかくにも曲が一つ終わると、俺は礼を言って彼女から離れた。
 まあ、あれだろう。ジブライールも、いつもと違う状況で、おかしなテンションになっていたのだろう。うん。

 さて、あまり気分転換にはならなかったが、妹を引っ張ってまた挨拶周りに励むか。

 ***

 マーミルは別れた時のまま食事のテーブルについて、せっせと手を動かしていた。少し涙目で、ちらちらと二つ隣のテーブルを見ている。
 その視線の先には、わいわいと盛り上がる男2女2のデーモン族のお子さまたち。ああ、またぼっちなのか……。

「おい、あんまり食べると、おなかがぽっこり出てせっかくのドレスが台無しになるぞ」
「失礼ねっ! このスカートなら隠れるわよ!」
 俺が声をかけると、マーミルは怒ったような言葉を返してきたが、その表情は嬉しそうだ。
 うむ、我が妹ながら、不憫なことよ。

「挨拶周りに付き合ってほしいんだが」
「もう、子供には子供のつきあいがあるというのに、仕方ないわね!」
 しぶしぶ立つふりをしたいのなら、ニヤケるその顔はなんとかした方がいいぞ、妹よ。
 そうして俺は、不憫な妹を連れて次の大公の許へと向かった。

 マストヴォーゼは大公第六位。俺の一つ上だ。そのまま序列を逆に交流するとなると、次はサーリスヴォルフだ。
 雌雄同体の彼……彼女? は、今日は背中の大きく開いたドレスを着ている。体はデーモンと同じなので、正直そこだけ見てるとぐっとこなくもない。
 その細い腰を、自分の方に引き寄せるように抱くデヴィル族の……男性? たぶんそうだと思うが、その存在がために、俺はサーリスヴォルフに近づくのを躊躇した。隣の妹も、同じ気持ちのようだ。
 だが、そのくらいで遠慮していたのでは誰とも話ができないのではないか。そう思った俺は、彼女(今日はドレスを着ているので)に声をかける。

「サーリスヴォルフ大公」
「これは、ジャーイル大公。よい舞踏会ですこと」
 サーリスヴォルフは相手の男? とべったりくっついたまま、俺に向き直った。その右手を、男の顎……山羊の長い髭にわしゃわしゃと手を差し入れたまま。
「ありがとうございます。妹がぜひ、ご挨拶をともうしますので……」

 結果を申し上げよう。俺と妹は、またしてもダメージを負った。
 サーリスヴォルフは、俺と妹の前でいちゃいちゃいちゃいちゃするのを止めなかったのだ。だがしかし、一人とならまだいい。相手をとっかえひっかえ……時には二人三人と複数をいちゃつきながら……まあ、そのすべてのお相手を、俺に紹介してくれはしたのだが。最終的には、空いている部屋はないかとのたもうた。
 ちょっと待ってくれ。上位魔族というのは、こんな人たちばかりなのか! 欲望に忠実だから強いの、って、うるさいわ!
 くそう、ガリガリ削られすぎて、俺はこれで一晩もつのか心配になってきた。

「お兄さま……私、舞踏会ってもっと楽しいものだと思っていたわ……」
 すまんな、妹よ。兄はお前が今回の経験で、舞踏会を嫌いにならないかと心配だ。まあ、ふてぶてしいお前のことだ、大丈夫だとは思うが。
「どうする、休憩を挟むか?」
「……」
 妹は、さっきのぼっち体験を思い出したのだろう、プルプルと頭を振った。
「いい。いちいち休んでたら、挨拶がちっとも終わらないわ。そうでしょう、お兄さま」
「まあそうだ」
 俺もあまりダンスをしたい気分じゃない。
 それから俺たちは、アリネーゼとプート、その家族・家臣団に挨拶をすませ、そうしてやっと肩の力を抜いていた。

前話へ 後話へ
目次に戻る
小説一覧に戻る
inserted by FC2 system