古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第一章 一年目の日常】
12.穏健派だとか、武闘派だとか、もうホントどうでもいいです

 結局、俺の知り得たことはこうだ。
 穏健派――というのは、別にデーモンとデヴィルの種族間の問題に限るわけではなく、その他に対する対応も含め――はマストヴォーゼとアリネーゼ、武闘派がサーリスヴォルフと意外にもプート。
 ちなみにデーモンではというと、ベイルフォウスが武闘派、ウィストベルが穏健派ということになるだろう。もちろん、表面的なことだ。実状は逆じゃないかと、俺は思っているのだが。
 もちろん、俺はそういう分け方でなら、穏健派だ。

 さらに、マストヴォーゼとサーリスヴォルフは、種族が違うからといって、相手に偏見を抱くタイプではないようだったが、アリネーゼとプートはウィストベルのデヴィル版、つまり、デーモン族を嫌悪する気持ちを隠そうともしないようだった。その対応に強弱はあるといえ。

 マストヴォーゼとアリネーゼは家族との絆を大切にし、サーリスヴォルフとプートはどちらかといえば家臣団とのつながりが強いようだ。
 だが意外にも家臣団のほうはといえば、マストヴォーゼは信頼を得ているようだったが、プートは大切にしている臣下からの評判はよろしくないように見えた。

 各人の問題はというと、マストヴォーゼは家族に思いが集中しすぎるあまり、全容を把握することをおざなりにし、結果、他との協調性に欠けていたし、サーリスヴォルフは本能に忠実なあまりか、いらぬ挑発をしばしばして小さな騒動を起こすことを楽しんでいるようだ。アリネーゼは自らの美容と健康に重きをおくのはまだいいとしても、ウィストベルには何かしら思うところがあるようで、敵意を隠しもしない。プートは、一応来てやったが慣れ慣れしく話しかけるな、という風で、とりつく島もなかった。
 うーん。このなかから二番目の同盟相手を決めるというのも、なかなか難しい。かといって、ベイルフォウスはなぁ……
 確かに気心もしれて、友誼を深めるにはいい相手だが、彼と同盟を結ぶのであれば、そのままウィストベルとの関係を強調する意思があるともとれかねない。
 一人で考えていても仕方ないので、後はエンディオンに相談してみることにしよう。

 妹とほっと一息ついていると、ベイルフォウスが手を挙げてやってくるのが見えた。さすがに、彼の赤毛は集団の中にあっても目だつ。それに加えて、全身から立ち上る覇気が、いっそうの存在感を主張させているのだった。そんな顔もよく、地位もあり、しかもほとばしる生命力を隠そうともしないベイルフォウスが、もてないわけはない。
 やってきた彼は、一人ではなかった。ぞろぞろと、美女軍団を引き連れてきたのだ。それも、彼が好みを語っていたとおりの、ボンキュボンな美女ばかりを!
 くそう、口では友だなんだと言いながら、その実、俺にとどめをさすつもりか!

「よう、挨拶回りは終わったのか?」
「まあ、一通りな……」
「そうとう疲れたみたいだな」
「そりゃあね。堅っ苦しいのは苦手だから」
「だから言ってるだろ? 同じ大公なんだから、そんなに気を使う必要はないって。もっと気楽に付き合やいいのさ」
「ああ、そうかもね……」
 少なくとも、俺以外の大公はそう思っているようだ。でなければあんなに人の前で遠慮なく惚気たりいちゃいちゃしたり挑発したりツンツンしたりしないだろう。

「義務を果たせたと納得できたんなら、あとは楽しめよ。好みの女に声をかけるくらい、お前の立場なら簡単だろ?」
 そう言いながら、ベイルフォウスは彼の両脇を固める美女の腰を抱き寄せた。
 くそう、両手に花かよ! 顔見知り程度のサーリスヴォルフでもつらかったというのに、ベイルフォウスにやられると、苦痛はさらに倍増だ。
 妹が彼を見る目も冷たい。そうだ、そうやって、よく見ていろよ、妹よ。顔がいいだけの女たらしに、おまえは引っかかるのではないぞ。

「華やかなことだな、ベイルフォウス」
「ああ、お前に紹介してくれという美女が多くてな」
 なんだと、それは本当か!
「お兄さま、鼻の下がだらしなく伸びていますわ」
 妹の視線は、俺にまで冷たい。
 妹よ、兄はまだ何もしていないではないか。だいたい、お前だって知っているだろう? この兄が、女性に対して誠実な男であるということは! ただ近頃ちょっと、新しい出会いに飢えているだけなのだ。

 ベイルフォウスは美女軍団を順番に、紹介してくれた。この面々がベイルフォウスの好みによるチョイスだというのなら、なるほど俺たちの異性に対する趣味は似ているのかもしれない。ただ一人を除いて。
 それと付け加えさせてもらえれば、たとえ好みは同じでも、ベイルフォウスと俺では相手への対応に天と地ほどの差があるとだけは、しっかり断言しておきたい。
「みんなお前と踊りたいそうだ。どうだ、順番に相手をしてやったら?」
 そう言って、ベイルフォウスは美女の腰から手を離し、俺におしつけるようその背を押した。
「ぜひお相手をお願いいたしますわ、ジャーイル大公閣下」
 巨乳美女がしなをつくり、上目遣いで見上げてくる。
 これを否と言える男があろうか? いや、そんなのは男ではない!
 あざとい? だからなんだっていうんだ!
 それも込みで受け入れてこそ、男の度量というものだろう!
 いくら妹が横でふくれっつらをしていようが、そんなことを気にして尻込みするようでは、男がすたるというものだ。
「ぜひ、姫君……」
 俺がお決まりの台詞を吐こうと思った時だった。
 辺りを凍えさせる低い声が響いたのは。

「ほう、最近仲が良いと聞いておったが、まさか二人で女漁りに精を出していた故のこととはな」
 背中に冷水をかけられたような感覚に陥り、俺は体を硬直させた。
 だが、そんな俺の様子はおかまいなしで、声をかけてきたその人は、白い優美な手を俺の肩に置く。
「どれ、お主の好みとやらを、我にも教えていただけるかの?」
「ウィ……ウィストベル……」
 いつもは傍若無人なベイルフォウスが、彼女の怒気に当てられてか、明らかにビビった様子でひきつった笑みを浮かべている。
「のう、ベイルフォウス。そなたが女好きなのは重々知っておるが、まさかジャーイルをもその道に引き込もうというのではなかろうの?」
「あ……いや、俺は別に……」
 ちょっと待て、ベイルフォウス!
 なぜ後退さる? まさか、この状況で、俺を置いて逃げるつもりじゃないだろうな?
 お前は世間的には魔族第三位、ウィストベルより上位のはずだろうが。
 そんなお前がビビる様子を見せて、どうするんだ!
 お願いだから、俺を置いていかないで!!

 そんな願いもむなしく、ベイルフォウスは「俺、ちょっと兄貴のところに行ってくるわ」と言いおいて、美女たちと行ってしまったではないか!
 くそ、裏切り者め! 友だなんだと言っておいてこのざまか!!
 明日から我が城への出入りを禁止するぞ!

「ウィストベル様、ありがとうございます。ベイルフォウス大公を追い払っていただいて!」
 妹よ。無邪気な笑顔でなんてことを言うのだ。やめなさい、今すぐお口にチャックです!
「さっきのお言葉じゃないですけど、ホントに最近のお二人ったら、仲がよすぎて気持ち悪いくらいなんですもの。その上、同じ女性を二人で共有しあおうだなんて」
 おいちょっと、妹よ。その言い方は大いに誤解を生むのではなかろうか。俺とベイルフォウスがいつ女性を共有したというのだ! 単に今、ダンスの相手を紹介しようとしてくれただけではないか!!
 あああああ。肩がいたいいいいい。

「ほお、同盟者である我の誘いを断って、そなたは悪友と自堕落極まりない生活を送っておったわけか」
「ち、違います、そんな訳ないじゃないですか! 使者にも伝えましたが、このところは舞踏会の用意だとかで、いろいろ忙しくて……」
「ベイルフォウスとじゃれつく暇はあるのにか?」
「それも違います、ベイルフォウスはむしろ、妹のために我が城に足繁く通ってくれているのであって」
「マーミル殿の?」
 やった、俺から意識がそれた!
 よし、あと一息だ、頑張れ俺!

 あいつはいい奴だ。そりゃあ最初は、態度はなれなれしい上に、いつでも喧嘩に飢えた狼みたいにギラギラ目を輝かせて、つきあいにくそうだと思ったさ。だが、話してみれば誤解されやすいだけで、気のいい男なのだというのはすぐにわかった。今ではマーミルのことは関係なしに、友情関係を築いている。
 が、しかしだ。
 そうだとしても、女性に対する態度に関してだけは、同類だと思われたくない。確かに友人としてはいい奴なんだが、女性観だけはホント最低だと思ってる。
 なんといったって、俺は恋人とは清く正しく手をつなぐところから始めたいと思っている、誠実な男なのだ!
 俺はウィストベルの意識をベイルフォウスや他の女性からさらに遠ざけるべく、口を開いた。
 が。

「二人ともひどいんです。傷の一つや二つは当たり前。兄なんて、三日も寝込むほど私のことを……」
 ちょ……妹! せっかく兄が話題を他に移そうとしているのに、なぜ邪魔をする? しかも、なんだその悪意のある言い方っ。その上なぜに瞳をウルウルさせて体を抱くのだっ。あと、気持ちの悪いしなをつけるのはやめろ、子供のくせに!
「そなた……まさか、そのような性癖を……」
「ちがっ」
「血のつながった妹を……ボロボロになるまで……」
「いや、絶対誤解してる」
「魔王を始め大公は、みな変態……」
 いやいやいや。魔王を足蹴にして喜んでいる貴女に言われても、って違う! 俺は変態じゃない!!

「なるほど、しかし、そうであれば我になびかぬのも無理からぬことよな。ロリコンでシスコンでしかも男まで」
「違います。ほんっと、違うからちょっと落ち着いて」
 これ以上、ウィストベルを暴走させてはいけない。俺は本能の発する警告に従い、彼女に対する恐怖をねじ込め、ウィストベルに向き直ってその細い両肩をつかむように手を置いた。
「俺は、完全に、ノーマルです!」

「…………」
「…………」
 見つめ合うウィストベルと俺、二人の間に訪れる沈黙、俺の頬めがけてすっと伸ばされる白魚のような指。 「つまり、我のことが好きであると、そういうことでよいのじゃな?」

 ちっっっっがーーーーーーーーーう!!!!!!

 誰かっ! 誰か助けてくださーーーーい!!!

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