古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第一章 一年目の日常】
13.ちょっと疲れを取り去りたいと思い、癒しスポットを訪ねることにしました

 結局、ウィストベルはあの後、意地の悪い笑みを浮かべて、からかっただけだと公表してくれた。他の女ばかりかまって、彼女をダンスに誘わない俺が悪いのだというので、その後三回も誘わせていただいた。
 だがしかし、俺が何か企んでいるのでは、とは本気で疑っているようだ。それもベイルフォウスと組んで……
 別に組んでないのに!

 結局初めての主催舞踏会は、“とてつもない心労に見舞われる催し”、という最悪な印象で終わった。今後は何かよほどのことでもないかぎり、俺も妹も舞踏会を主催したいとは言い出さないだろう。しばらくは、舞踏会のぶの字も、ダンスのダの字も見たくも聞きたくもない。

 ちなみに、ジブライールはといえば、次の日からはあの時の態度が夢であったかと疑うくらい、以前通りのそっけなさを取り戻していた。やはり彼女も非日常の催しに、変なテンションになっていたのだろう。

 というわけで、俺はちょっと今、癒しスポットに来ている。
「だ・か・ら」
 ダン、と重厚な机をその人は強く叩いた。
「な・ぜ・だ?」
「何故って、何がです?」
「いるのが当然のような顔でこっちを見るな、馬鹿者が。なぜ、余がいちいちお前が悩むたび、その相談を受けねばならんのだ!」

 そう、ここは魔王城、魔王様の執務室だ。
 ちなみに、魔王城には変な名前はついていない。ただの魔王城だ。
 魔王ルデルフォウス陛下は、俺に怒りながらも山積みの書類にサインする手を止めない。意外に真面目で勤勉なのだ、この魔王様は。プライベートは女好きの変態だけれども。

「えー、だって、魔王様ぐらいにしか、相談できないじゃないですか? それで、エンディオンがいうには……」
「待て、さらっと話を続けるな!」
「アリネーゼとサーリスヴォルフは止めておいたほうがいいっていうんです。ウィストベルを刺激しすぎるだろうって」
「貴様、無視か……」
「じゃあ、残るはマストヴォーゼかプートじゃないですか? となると、いくらなんでもデーモン嫌いのプートはなぁ、とも思うんですけど、先代のヴォーグリムと彼は仲が悪かったそうなんですよね。だから、その先代を倒した俺のことは、そう嫌ってもいないのじゃないかって。俺としてはマストヴォーゼが無難だと思うんですけど、ほら、エンディオンはプートが大公の中では一番だって思ってるじゃないですか? ウィストベルより上位で且つ、デーモン嫌いのプートとあえて同盟を結ぶことによって、ウィストベルへの牽制にもなるんじゃないかって。でも実際にはウィストベルの方が上なんだから、そういう意味ではなんの牽制にもならないですよね」
「…………」
 陛下は深いため息をつき、再び黙ってサインに集中しだした。俺につっこむのはもう諦めたらしい。それで無視したふりをしているのだが、実はちゃんと聞いてくれているのを俺は知っている。

「そんな感じで、ちょっと俺とエンディオンの間で意見が分かれててですね、それで陛下に相談に来たわけなんですが、どう思われます?」
「知るかっ! 貴様のいいようにすればいいだろうが! エンディオンとて、意見は出しても最終的には貴様に従うだろうしな」
「そうですよねー、わかってるんですよ、結局俺の意見に反対はしないって。でもなー」
「そもそも、プートと同盟を結ぶと決めたとして、相手が受けてくれるとは限らんのだぞ。いったん公式に申し込んだ後に拒否されれば、ウィストベルにはお前の反抗を疑う要素を与えただけに終わるし、他の大公とてその後に同盟を申し込まれたのでは、代わりにされたようで気も悪かろう。何より、誰もがお前の見識眼を疑いもするだろう。これを避くには、確固たる下地を作り、同盟の締結に対する絶対の確信を……」
 そこで魔王陛下は我に返ったように、一旦言葉を切った。それからぷるぷると肩をふるわせたかと思うと、「うがー」と叫んで書類の山をひっくり返したのだ。
「だからなんで、余が貴様の家令の名前まで覚えた上、アドバイスなんぞせねばならんのだーー!!!」

 あーあ。書類集めるの大変そー。

 ***

 結局、俺は魔王様との相談の結果を持ち帰り、エンディオンともう一度話し合って、マストヴォーゼに同盟を申し込むことにした。
 そう決めてしまうと、家令は一切の反対を口にしなかった。
 人員を選んで派遣し、半年をかけてマストヴォーゼとの友好関係を徐々に築いた末に、ようやく同盟を申し入れ、晴れて締結までこぎ着けるという念の入れ具合だ。その間、俺自身と時には妹も同行して、彼の城を訪れもした。
 時間をかけたかいがあって、ウィストベルは俺とベイルフォウスへ疑いの目を向けるのはやめたようだし、仲良くなる段階をカモフラージュしたせいもあって、この同盟に不自然なものを感じずにいてくれたようだった。
 こうなると、プートを選ばなかったのは正解だったのだろう。

 そして、ある日の午前。
 俺は日課となっていた、領民との謁見に精を出していた。
 毎日毎日、引きも切らさず領民たちはやってくる。やれ娘が生まれただの、やれ孫が今日も元気だの、やれ人間が攻めてきただのと……
 よその領地もこうなのだろうか?
 って、ん?
 んん??
 今なんて言った??

 人間が攻めてきた、だとーー!?

 ***

「びっくりして聞いてみたら、領民の数人が、ちょいちょい森のあたりで人間を見かけるようになっただけだったんですけど。攻めてくるなんていわれたら、驚きますよね?」
 俺は持参したクッキーをポリポリと口に運んでいた。
「貴様が驚くかどうかなんて知るか!」
 ちっ、と、小さな舌打ちをしたその人は、相変わらず俺を正面からじろりと睨んでくる。
「あ、ご遠慮なさらず、陛下もどうぞ」
 俺がクッキーの入った缶を差し出すと、魔王陛下はもう一度舌打ちをしてから一枚手に取った。

 今日は魔王様も暇だったらしく、応接室のような部屋で差し向かいの歓談だ。
「それで、どうした?」
「え?」
「その、人間のっ!」
 いらいらした風に促してくる。なんだかんだいいつつ、魔王様は俺の話を楽しみに聞いているのだ。
「いや、一応領民も不安がってるし、哨戒を出しましたよ。そしたら数人の集団に襲われたらしくて、あ、もちろんあっさり撃退したらしいんですけどね。なんたって、相手はほとんど山賊みたいなごろつきの集まりで、うがーっと攻めてきて、うがーっとひいていったそうですから」
「人間ごろき、一国を総動員して攻めてきらとて、我ら魔族の敵れはないわっ。幾人見かけたところれ、そう気にする必要なろ」
「ちょ、食べながら喋るのはなしですよ、お行儀悪いなー」
「だ・ま・れ・き・さ・ま!」
 あ、こめかみに青筋立つの久しぶりに見た、と思ってぼーっとしてたら、俺の両こめかみが魔王の拳によってピンチに陥っていた。
「いたいいたいいたい。もう、いい加減に頭蓋骨ばかり狙ってくるの、止めてくださいよー」
「ああ、よいぞ。頭蓋骨だけでなく、全身の骨を砕いてやることにしよう」
 うわーひく。ひくわー。
 格下の相手に、本気で怒るなんてどうよー。
「なんだ貴様、その目は!」
 さすがにボキボキと指を鳴らして立ち上がった魔王様を前に、俺は生命の危険を覚えてあとじさった。

 バンッ! と、勢いよく扉が開かれたのは、その時だ。
「弟の次は、兄を籠絡することにしたのか」
 じろり、冷たい赤金の双眸が俺に向けられる。
「やや、違います! 誤解ですよ、俺と陛下は、もっと前からのつきあいですから!」
「貴様っ!」
 魔王様に頭をグーで殴られた。
 壁まで蹴り飛ばされていた最初に比べれば、陛下も随分、俺に甘くなったものである。
「我の前でじゃれつくなと言っておろうが」
「いや、違う、ウィストベル!!」
 いつものごとく、足をめがけて突進する陛下、それを回し蹴りで迎えるウィストベル。
 もはや、見慣れた場面である。

「おおっと、じゃあ、俺はこれで失礼を……」
 陛下が蹴り飛ばされているうちに逃げようとしたのだが、その細い手は俺をあっさり逃してはくれなかったようだ。すれ違いざま襟首を引かれたと思った次の瞬間には、両膝を床につかされていた。そのままぐっと胸ぐらをつかまれて、腰を折って前のめりになったウィストベルの、美貌近くに顔を引き寄せられる。
「で、マストヴォーゼとの同盟に対する見解を聞こうか」
 あっれぇー?
 あんなに時間をかけたのに、ご ま か せ て な い ー ?

「見解って、そんな……」
「我との同盟だけでは、不服であったということか?」
「ち、違いますよー。俺はただ、あの舞踏会でマストヴォーゼ大公とお話して、意気投合しちゃったりしたので……家族ぐるみで個人的なつきあいを深めていくうちにですね、なんだったら、同盟組んじゃうー? みたいな話になって……それで…………」
 おおう。ぜんぜん許してくれる気配が見えてこない。
「ほう、あの舞踏会からの企みか」
 うわー。俺、生きて帰れるかなー?
 ちらり、と、起きあがってきた陛下に目をやるも、思いっきり顔ごとそらされた。くそう、巻き込んでやろうか。

「怒ると美人が台無しですよ、ウィストベル大公」
 その言葉に、彼女はこめかみをぴくりとひきつらせる。
「ほう、我の美貌が怒りで台無しになる程度のものだと言いたいのだな、お主は」
 しまった、逆効果だった!
「そんな訳ないじゃないですか! こんな絶世の美女を前に、俺ったら舞い上がってしまって、何言ってるんでしょうねー、みたいな。ねえ、陛下っ!!」
「うあ!? あ、ああ、そうだな、おう……」
 ちょっと、もうちょっと頑張ってよ、陛下っ!
 それでも全魔族の王か!? 世界の主なのかっ!?
 ……傀儡だけど。

「と、とりあえず、座って話しましょう。ね?」
 俺は素早く横目でクッキーの缶を確かめ、それを手に取ると、自分とウィストベルの間に強引にねじ込んだ。
「……なんじゃ、これは……」
「手作りクッキーです。ちなみに、俺が焼きました」
「ブッ! ゴホッ!!」
 魔王陛下がせき込んで苦しそうだ。

 ***

「お主……」
 ウィストベルは俺の焼いたクッキーを目の前で点検しながら、「こんな手作りの菓子をもってルデルフォウスを訪ねるとは、まさか冗談抜きにそっちの気が」とのたもうた。
 ちょ、なに距離とってるんですか、魔王陛下!
「いやいやいや、違いますよ、違いますからね? 大公について一年近くもたつと、だいぶ業務も落ち着いてきて、自由時間ができてきたんですよ。今までは本を読むくらいしか趣味がなかったもんだから、この際もっと自分の幅を広げようと、ね?」
「ほう、自由時間がの……」
 ウィストベルの目が怖い。そういやこの間も時間がないからって誘いを断ったんだっけ……。

「いや、それで何故料理なのだ。説得力がまったくないぞ」
 魔王陛下までウィストベル側にたって、俺を疑うような視線をなげかけてくる。
「料理本って結構あるんですよ。知りません? ついでにいうと、時々ベイルフォウスも一緒です」
「気持ち悪い」
 即答だ。
「弟がお前と一緒に菓子作り? 考えただけで吐きそうだ」
「料理をなめちゃいけませんよ、陛下。材料を用意し、手順を組立て、無駄ない作業で時間の短縮をはかり、最終的には」
「やめろ、もう聞きたくない」
 目をつむり、両手を耳に当てられた。一切の拒絶のポーズだ。
 なんだよ、傷つく対応だな。まあ、話をそらせたからいいけど。

 そう、うまく話を逸らせたつもりだったのだが……。
「ほう、それほど仲の良いベイルフォウスとは同盟を結ばず、マストヴォーゼとか」
 おっと……ごまかせてなかったようだ……。
 さて、どうしよう?
「えっと……それは、つまり……むしろ、同盟者の義務において、ベイルフォウスだとちょっと不安が……」  エンディオン様々だ。うちの家令が教えてくれていた、“同盟者の義務”。それを理由にすれば、ベイルフォウスではなくマストヴォーゼを選んだことに、真実味が増すはず!
「同盟者の義務じゃと?」
「うちにマーミルという妹がいるのはご存じだと思います」
「ああ、もちろん知っておる」
「大公位は他の地位と違って七席に限られており、それ故に挑戦を受けることも多いと聞いています。万が一、俺が誰かに負けてマーミルが一人になった場合、妹を保護するのは同盟者だと……ウィストベルにその責を負わせる訳にはいきませんので。その点、マストヴォーゼはご令嬢も多く、マーミル一人なら誰かの侍女としてでも引き取ってもらえるかと思いまして」
 俺の必死の言い訳を、意外にもウィストベルは真面目な表情で聞いてくれた。彼女の横では、魔王様も納得したように頷いている。
 あれ、この言い訳もしかして、効く?
「なるほどの……その理由に不自然なところはないな」
「確かにな。余も大公であり、弟が未だ幼かったとするなら、同盟相手は重々考慮するだろう」
 特に魔王陛下の心からの同意を得ている気がする。
 ああ、そういえば魔族は親族に甘いものだからな。自分がちょっとマーミルに淡々としているからって、家族の存在を軽く考えすぎていたようだ。よし、今後マストヴォーゼを同盟者に選んだ理由を聞かれたら、今後は今のように答えることにしよう。

 俺は、なんとかその場をごまかせたように感じて、少しホッとしたのだった。

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