古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第二章 二年目の日常】
2.無表情な彼女の考えがわかる方法があれば、誰か教えてください

「いやいや、真面目な話、こんな働き者で気立てのいいお嬢さんを奥さんに迎えられる男は幸せに決まってるよ」
「やだお客さん、上手なんだからー」
 いや、ホントに。俺は決してお世辞を言ったのではない。
 普段、パワフルかつ口うるさい我が侭妹や、絶世の美女だけど怖い大公や、美人だけど無表情で考えの読みとれない部下などに囲まれていると、こういう朗らかで元気な普通の娘とは、話しているだけでもホッとする。
 だが、そんな気安い時間も、長くは続かなかった。

 店内にジブライールの気配を認めたと気づいた次の瞬間には、彼女の“必殺! 机ダンッ”が炸裂しており、見上げた先には彼女の怒りに満ちた目があったからだ。
「閣下。やはり私もご同席をお願いしてよろしいでしょうか」
「う……あ、はい……」
 ちょっと、ジブライールさん。なに怒ってるの。待たせたから? 店の外で待たせたからなのか?
 だって、それはジブライールが「人間の作った食事など」、って吐き捨てるように言うからじゃん。ものすごく嫌そうだったから、俺が一人で入ったのに。

 そもそも、付いて来なくていいって言ったのに、付いてきたの貴女じゃないですかー。なのになんでそんな怒ってるの。
 ものすごく注目浴びてるよ? 店の中がまたシンとなっちゃったよ?

「お、お客さんの……お知り合い、ですか?」
 ほら、給仕の娘が怯えて後退ってる。お願いだから、目を光らせたりしないでくれよ。せっかく俺の魔族然とした赤金の瞳と、君の葵色の瞳を、人間に見えるよう平凡な茶色に変化させているんだから。
「あ、うん。旅の同行者……かな」
 とりあえず、これでいこう。あと、俺の名前はカッカチカとかで愛称がカッカということにしておこう。誰かに聞かれたら、だけど。
「えっと……とりあえず、同じ飲み物でいいですか?」
「ああ、お願いするよ。ごめんね」
 俺が娘に謝ると、ジブライールが娘を見る目に一層殺意を込めた。何故君は、普段無表情なのに、怒る時だけ表情豊かなのだ。

「ジブライール。どうしたんだ、いったい。そんなに怒らせるほど、待たせたか?」
 俺はとりあえずジブライールを正面に座らせ、小声で尋ねた。
「閣下。私はなにも、待たされたことを怒っているのではありません」
「じゃ、なに?」
 ジブライールは口を開く前に店内を見渡した。
 こちらの様子をうかがっていたらしい他の客が、彼女の視線を避けるように顔をそらし、とってつけたように話し出す。店は再び喧噪につつまれ、俺は少しほっとした。

 ジブライールは改めて椅子の上で姿勢を正すと、真剣な表情で俺を見据えてくる。
 なんか、微妙にプレッシャーがかかるなあ……。
「私がこの人間の町にいらっしゃる理由をお聞きしたとき、閣下はこの間の森の一件を確認するためだとおっしゃいました」
 ちなみにその件は、いちいち例の一件だとか森の一件だとかいうのが面倒くさいし、わかりにくいので、シルムス事件という呼び方にしようと決めたばかりですが。
「そうだよ。で、その通り、確認をしてたんだが」
「人間の娘を相手に嫁に欲しい、と口説くことが、確認でございますか?」
「は? え……いや、欲しいとかいってないし、口説いてないけど……」
 え、なに、あれで口説いたことになるの? ならないよね? ただの世間話だよね?

「あ、あの……ジャヴァ酒です」
 かわいそうに、あんなに元気のよかった子が、すっかり萎縮してる。
「ありがとう」
 俺がせめてと給仕の娘に微笑んでみると、ちょっとだけ彼女の頬に血の気が戻った。
「ほら、おいしいからこれ飲んで。一旦落ち着こう。な?」
 そう言って受け取った木のコップをジブライールの前に置くと、彼女はそれを一気にあおった。それから空いたコップを乱暴に机に置くと、一瞬ですっと表情から怒気を消し去り、いつもの鉄仮面に戻ってみせる。が、それはそれでこの場には不似合いな怖さを発していなくもない。
「申し訳ありません、閣下。私情を挟んでしまいました」
「私情? まあ、落ち着いてくれたんなら、いいけど」
「……」
 ちょ、また沈黙ですか? ジブライールさん、貴女の沈黙怖いんですけど。

「と、とりあえず、この町で当たりみたいでさ」
「と、もうしますと、この間の一件の首謀者がこの町にいるということですか?」
「シルムス事件ね。どうやらここの領主らしい」
「そうですか」
 ジブライールは深く頷いた。

「では、今からその領主とやらを、殺しに参りますか?」
 いや、いやいやいや。
 ジブライールさん、この間も俺、そんなこと言われて否定したよね?
 さくっと殺すとか滅ぼすとか、魔族らしいっちゃ魔族らしいけど、そんなことしないって俺、言ったよね?
「滅ぼすのではないとおっしゃったので、てっきり首謀者だけ殺すのかと」
「いや、違うから」
 ダメだ。やっぱりマーミルにはもっと本を読ませよう。俺は固く、そう決意した。
「では、いかがいたしますか?」
「そうだな……もうちょっと色々知りたいかな。そういうわけで、お嬢さん」
 俺は給仕の娘を手招きした。

 彼女はおそるおそる、といった風にジブライールを気にしながら、こちらへやってくる。
「ここら辺で一番いい宿といったら、どこになるかな?」
「えっと、それならこの店を出て左にずっといって、突き当たりを右に折れてまたずっと行ったところに中央広場があるんで、そこに面している宿が一番上等だと思いますけど……泊まるんです?」
「せっかく来たんだし、少しだけ滞在することにするよ」
 そういうと、娘は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、また今度食べにきてください。次はサービスします」
「ああ、よろしく。これお勘定」
 俺はその国で流通している硬貨を懐からだし、娘に手渡すと立ち上がった。
「いこうか」
 腑に落ちない、という表情で、ジブライールは俺の後に従った。

 ***

「閣下、本気でらっしゃいますか?」
「本気って、なにが?」
 俺とジブライールは、食堂を出て左に少し歩いた道の端で立ち止まった。
「この人間の町に滞在されると、おっしゃっておいでのようでしたが」
 怪訝な表情の理由はそれだろうか。
「そのつもりだけど」
「マーミル様はいかがなさいます?」
「マーミルが、なに?」
「お兄さまがお帰りでないと知れば、姫は寂しがられます」
「家にいたって、顔を合わせない日はいくらでもある。今更……」
「お仕事が忙しくて会えないのは、帰ってこられないのとは意味が違うと思いますが」
 なんでこの人こんなに食い下がってくるの? 正直ちょっともう放っておいて欲しい。探さないでください、とか言いおいて、トンズラしようか。いやまて、さっき目指す宿の場所を聞かれていたではないか。

 あ、今ピーンときた!
「もちろんジブライールは帰宅してくれればいいから」
 ジブライールは大公城で寝泊まりしているわけではない。子爵だが大公城付きのエンディオンとは違い、軍団の副司令官はただの役職なのだから、もちろん自分の公爵城を所有している。
 そんな彼女は、俺につき合わされて城を留守にしなきゃならないことを、憂えているのに違いない。
 だが、そのことなら心配しなくていい。俺には当然、護衛もお目付役も必要ないのだ。マーミルのような子供ではないし、なんといったって、魔族の七大大公である。そんな俺に勝てる相手など世界に十人もいない。もっとはっきり言うと、五人もいない! いや、ほんとのところ…………まあ、いっか。

「そういうわけには参りません。私は閣下の軍団の、副司令官です。司令官であられる閣下が、自ら軍務によって行動なさっているのに、私がなにもせず帰城するわけには参りません」
 ん? あっれー?
「いや、これ、軍務かなぁ?」
「森の一件……シルムス事件の原因究明のための調査なのですから、軍務でしょう」
 軍務のつもりはなかったんだけど。だって、人間の動向などいちいち気にしなくてもいい、っていうのが魔王陛下や他の大公、部下の大多数の意見な訳で。それでもこんなことをしてるのは、俺が自分の好奇心を満足させる為なのだから、プライベートと割り切ってもらってかまわないんだけどな……。
 そうか、でも軍務だと思ったからこそ、ジブライールは強引についてきたわけだ。

「でも、ジブライールが一緒だと、美人だから目立って困るんだよ。せっかく人間に化けてるんだから、できればあまり注目を浴びたくないんだ。そこらへんを汲んでもらえると、ありがたいんだが」
 そういうと、またジブライールは押し黙って俺のことをじっと見つめてきた。あの、だからあなたの沈黙は……。

「か……閣下……」
 彼女は咳払いをする。が、それはいつもの威圧的なものではなく、弱々しいものだった。
「あの、目立ってらっしゃるのは、閣下ご自身と存じますが……」
「え、なに? 俺、やっぱりなんか変な格好してる?」
 あの食堂に入ったときも、やたらみんなに見られたからなぁ……いかに存在感を消さずに入ったとはいえ、見られすぎだとは思ったんだ。給仕の娘はおかしくないって言ってたけど、やっぱりどこかおかしいのか?
 自分で見回してもわからない。人間の、平民身分の青年が着るような……平凡なシャツとズボンに上着を羽織っているだけなんだが。靴だって、なんだったら泥までつけたのに。だが、多少変でも、遠い外国からの旅人だからと言い張れば……
「本当に、自覚がおありでないんですね」
「何の自覚?」
「…………」
 え、いや、あの……? なんで教えてくれないんですか、ジブライールさん。
 肝心な時に返事がもらえないのは、結構つらいんですけど、そんなに俺のことが嫌いなんですか、ジブライールさん。

 帰ったらジブライールとの付き合い方について、ベイルフォウスにでも相談してみようか……あ、いや、あいつはマーミルをかわいらしいとかいう、対人評価の変なやつだから、やっぱりダメだ。相談と言えばやはり魔王様一択……でもあの人も変態だしなぁ……ちぇ、使えない兄弟だなぁ。
 やっぱり一番頼りになるのはエンディオンだな。うん。

「とにかく、閣下の決意がそこまでお堅いのであれば、私も覚悟を決めました。宿とやらに向かいましょう」
 ええ? いや、覚悟決めなくていいから帰って……ああ、くれないんですね……。
 今度は俺が腑に落ちない、といった表情を浮かべながら、ジブライールの後をおいかけた。

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