新任大公の平穏な日常
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【第二章 二年目の日常】
去年の今頃も、私は同じことで苛々としていたような気がいたします。
そう、今年もまた、お兄さまが帰って参りません!!
今日はこの<断末魔轟き怨嗟満つる城>で過ごして、二年目に突入しようという、記念日であるにも拘わらず、です!!
つまり、お兄さまが大公に就任して、まる一年がたったというのにです!
なぜ、帰ってこない、お兄さま!!
私は密かに「お兄さま、お兄さまの大公就任一周忌をお祝いするために、プレゼントをご用意いたしましたわ」と(「マーミルお嬢様、一周忌は死後一年のことですよ。旦那様を勝手に殺さないでください」アレスディア談。)う、うるさい、わかってる! わかってるから、勝手に頭の中に入ってくるんじゃないわよ、この侍女がっ!
とにかく、プレゼントを用意して、こうして待っているのです。
玄関先で、です!
「お嬢様、入り口でそう仁王立ちされたのでは、通るもの通るものみな、びっくり仰天です。いい子だからご自分のお部屋で旦那様のお帰りをOne moment, please.」
最近侍女は訳の分からない言語を口にします。たぶん、脳内言語というやつです。私が生まれた時からのつきあいですが、正直彼女がこれほどイッチャッタ性格をしているとは、最近まで気づきませんでした。少し常識はずれでかなり失礼なだけだと、軽く考えていました。
「うお、なにしてるんだ、マーミル」
おっと、危ない! いきなり飛び込んでこないでください、相変わらず礼儀知らずな人ですね。
私が無視していると、侍女が余計な気をきかせてその男に説明をしだします。
「ベイルフォウス様、お嬢様は本日が旦那様の大公位就任一周年の記念日だというので、プレゼントを手にこうしてお帰りをお待ちなのです」
「へえ」
ふん、けなげな妹の情愛を、あなたのようなガサツな男が理解できるとは思っておりません。
「プレゼントって、中身はなんなんだ?」
「何でもいいでしょう、貴方には関係ありません」
私が間髪入れずそう答えると、ベイルフォウスはアレスディアに視線を向けます。すると、侍女はまた余計な口出しをしました。
「マーミル様の自画像を、表にも裏にも彫り込んだ、拳大のペンダントトップでございます」
「ええ……また斜め明後日だな……そんなの、あのジャーイルが喜ぶか?」
むっきー!
なんですの、そのドン引きな反応!
お兄さまはシスコンなのでしてよ、あなたみたいな、兄弟をないがしろにする男とは違ってよ!!
「私も常識的に考えて、もっと違うものにした方がよいのでは、と進言申し上げたのですが、なにせこの頑固なお嬢様のこと。聞く耳などもたれようはずがございません。結果、このようなことに……」
なんだとっ!
侍女め、お前は私がプレゼントの話をした時点で、プークスクスと主を指さし、差し上げてみればよろしいんじゃありませんか、ドン引きされたかったら、と言っただけじゃないの!!
なんという無礼な侍女でしょうか。それを止めたというのかっ!
あとで覚えているがいい!
「とにかく! そんなわけで、私も兄も多忙ですのよ! いつもお暇なベイルフォウス様にはご理解不能でしょうが!」
「今の説明のどこで多忙さを理解しろというのか、俺にはちょっとわからんが」
うるわい! 私はご立腹なのだ、とっとと帰るがいい、ベイルフォウスよ!!
と、そのとき。
「マーミルお嬢様」
私を呼ぶ冷静な声。エンディオンです。玄関ホールから円を描くように伸びる広階段を、燕尾服の家令がおりてまいります。顔は鳥ですが、あの服の下はどんな感じなのでしょう。いえ、見るかと言われても遠慮しておきますが。
「旦那様の御親友に、そのような失礼な態度をとられて……」
だっ、誰が親友だというのです、誰がっ! お兄さまが聞けば、泣いて嫌がるような発言を、忠実なる家令が口にするとは……なげかわしいではありませんか。ここはきっちりと、愛する妹が訂正せねばなりません。
「エンディオン、ベイルフォウス大公は、お兄さまの同僚ではあるけれど、親友などでは」
「さすが、どこぞの無礼な妹姫とは違って、よくできる家令は礼儀をわきまえてるなぁ」
ベイルフォウス! 人の台詞を遮りやがったな!!
「お出迎えが遅れまして、申し訳ございません、ベイルフォウス様」
エンディオンは階段から下りてくると、ベイルフォウスに深く一礼しました。家令にも私の発言は無視されたようです。むっきー!
「いや、こんな邪魔な置物があるんだから仕方ないぜ」
そう言うや、私の頭をぐいっと鷲掴みにし、ぐりんと横に移動させるベイルフォウス。
うっきー! 物扱いだとー!
「ですが大変申し訳ございません、ベイルフォウス様。マーミルお嬢様、先ほど旦那様から連絡がございまして、本日はご帰宅なさらないとのことです」
「ええ!?」
私はショックのあまり、プレゼントの包みを落としてしまいそうになりました。
「うそでしょう、どうして!?」
端からみれば、そのときの私はさぞ青ざめていたと思います。弱々しい可憐な美少女、そのものであったと思われます。
ああ、また殿方の庇護欲を誘ってしまうわ!
「お仕事が済まれぬとのことで、外泊なさる旨、知らせがまいりました」
「外泊!? どこ、一体どこに? まさかっ」
去年のこの日、お兄さまがいたのはウィストベル大公の城でした。そして相変わらずこの一年、あの美人な大公閣下は、我が兄に使者をよこしてくるのです。
まさか、兄上……一年も経ったのだから、もうそろそろいいだろうと、ウィストベル様の家にお泊まりですかー!!
ついにお兄さまも、大人になってしまわれるのですかーーー!!
私がうるうるした目で見上げると、エンディオンは鋭い嘴を小さく開きました。
「いえ、お嬢様の予想は、おそらく外れておられるかと思いますが……」
「で、では、ウィストベル様のお城ではないのね?」
「はあ? ウィストベル?」
ベイルフォウスがなに言ってるんだこいつ、という目を向けてきます。
「だって、貴方だってご存じじゃないですか。ウィストベル大公がお兄さまを邪な目で見ていることを!」
私はしっかりと確認したのです。あの、舞踏会で!
ウィストベル様の目には、まぎれもないお兄さまに対する邪な思いが見て取れました!
「いや、まあ……それは俺も否定しないが、お前の兄貴の態度を見てたら、絶対にあり得ないだろ」
否定しないのかよ! ウィストベル大公がお兄さまに懸想してるのは、否定しないのかよ!? 否定してよ、そこは否定してよ!
「でも、それじゃあどこにお泊まりなの? ベイルフォウス様のところでもないというと……まさか、魔王城!?」
「兄貴のところ? なんで?」
ベイルフォウスはキョトンとしています。弟でありながら、魔王陛下の名があがる理由に思い当たらないとは、やはり彼は陛下とは仲がよろしくないのだと推測されます。弟なのに! 実の弟なのに、信頼されていないのです、きっと!
「ご自分のお兄さまのこともご存じないんですの? お兄さまはルデルフォウス陛下と、とても仲がよくてらっしゃるのよ!」
私は自慢するように、ふふん、と鼻を鳴らしてベイルフォウスを見上げました。
やはり、貴方とお兄さまとは親友などではなくてよ! お兄さまからも魔王様との付き合いを聞いていないのですもの。
「あの兄貴とジャーイルが? うちの兄貴は外面は沈着冷静を装って、しっかりしてみえるけど、あれでなかなか内向的で簡単に人とは親しくならないタイプなんだぜ」
ベイルフォウスは私ではなく、エンディオンに確認の瞳を向けます。
なぜだ、なぜ私の発言を疑うのだ、ベイルフォウス。
「まあ……仲がよいと申しますか、旦那様が時々、魔王様に仕事のご相談をなさっておいででして」
なぜだかエンディオンはそっとため息をついてます。「ただ、そのたびに頭部が……」と呟いたようですが、最後の方はあまり聞こえませんでした。
「ああ、仕事のことか。なら、納得だな。俺に女以外の事を相談されても困るしな。妥当な人選だろ」
ちっ。ダメージなしか!
「しかしお前もさ、いつまでもお兄さまお兄さまって、いい加減兄離れしたほうがいいんじゃないのか?」
「し、失礼ね。まるで私がブラコンみたいな言い方は、やめてくださる?」
私がブラコンなのではありません。兄がシスコンなのです。誤解を招く言い方は、よしていただきたい。
「みたいじゃなくて、そうだろ?」
なあ、とエンディオンに同意を求めるベイルフォウス。
が、うちの家令はそんな失礼なことには同意しません! 残念でしたー!
「ちがいますぅー。私はブラコンじゃありませんー。的外れも大概にしてくださいー」
必殺、いーだ! を大炸裂!
両手をも使うこの必殺技は、私の最終奥義でもあるのです!
「どうしても兄貴がいなくて寂しいってなら、今日は俺が泊まっていってやろうか? ジャーイルの代わりに“お兄ちゃん”って呼ばせてやってもいいんだぜ?」
「間違っても私はお兄さまのことを“お兄ちゃん”などと気安く呼びません! ましてや、あなたみたいな人を、その代わりにするなんてとんでもないです!」
「よし、じゃあ、エンディオン、部屋に案内してくれ」
おい、無視かよ!
「はい。では、ベイルフォウス様、どうぞこちらへ」
「ちょっと、エンディオン! 城主たるお兄さまの許可も得ず、宿泊を認めるだなんて……越権行為ではなくて」
私は家令の元へ駆け寄りました。
「マーミルお嬢様」
うっ!
下から見上げると、エンディオンの嘴は鋭くてすごい迫力です! 思わず頭のてっぺんが、つつかれてもないのに痛くなります。
「ベイルフォウス様は旦那様の御親友でいらっしゃいます。その方が旦那様のお帰りを待つとおっしゃっておられるのに、それをご歓待もせず追い返してしまうなどという無礼な対応は、私にはできかねます」
な、なにようっ、怖いから下向かないでよ、お願いだから!
「また、魔族の常識に照らし合わせても、宿を請われてこれを正当な理由もなくお断りするのは、不名誉なことと考えますが」
ぐぐぐ……。
そ、それはまあ……。
「そうそう、そういうこと」
ベイルフォウスはそう言って、私の額を人差し指でつついてきました。踏ん張ったけど、後ろによろめいてしまいました。
うっきー!
「そういうわけだから、寂しかったら俺の部屋にきな。仕方ないから、添い寝してやるよ」
「だまれロリコン! どんなに寂しくったって、あんたと一緒になんて寝ないわよー!!」
私はニヤニヤ笑うベイルフォウスに大声で叫んでやりました。
「マーミルお嬢様」
ぎくり。エンディオンの声音が低い。こういうときは、たいていお説教が待っているのです。だがしかし、待ってください。私は特に、今回怒られるようなことをした覚えは……
「マーミルお嬢様は自室にお戻りください。私はベイルフォウス閣下を客室に案内いたしてまいりますが、その後にお嬢様のお部屋にお伺いいたします。お客様への対応について、二人でぜひ、話し合っておきましょう」
え……笑顔が怖いです、エンディオン。
結局、エンディオンはベイルフォウスをつれて客室のある棟にいってしまいました。
私は急いで自室に逃げ戻り、寝支度をして家令の訪問を避けようとしましたが、侍女に「明日の早朝に延びるだけですよ」と言われ、やむを得ず彼を待つことにしました。
そして三十分後……。
「ベイルフォウス大公閣下は、兄上の単なるご友人という訳ではございません。この魔族を統べる魔王陛下の弟君、そしてご自身も権勢ならぶことなきご立派な、大公という地位にあられるお方です。そのお方に、あのような失礼な態度で臨まれるとは……ベイルフォウス閣下が寛大でいらっしゃる故、マーミルお嬢様は今もこうして無事でいられるのだと、重々ご承知ください。そもそも、魔族にとって、宿を請われて応じるというのは、大変名誉なこと。ベイルフォウス閣下がいかに旦那様をご信頼なさっているかという、証ではありませんか。それを……」
やってきたエンディオンによる説教は、二時間も続いたのでした。
ちなみに失礼な毒舌侍女がわずか十分もたたないうちに、かわいそうな主人を放っておいて、とっとと自室へさがってしまったことを、付け加えておきたいと思います。
そして、ようやく説教が終わりエンディオンが去った後、結局お兄さまがどちらに泊まるのか、問いただし損ねたことに気がつくのですが、やぶ蛇をおそれてそのまま就寝するしかなかったのでした。
くそう、これもそれもどれもあれも、全部ベイルフォウスのせいだ!!
お兄さま、貴方の妹は色々ダメージが深いです。
一体どこでなにをしているの、お兄さま!
一刻も早くお帰りになってー!!
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