古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第二章 二年目の日常】
4.寝不足ですが、今日は今日で色々用事があるのです

 一晩ちゃんと眠ったというのに、全く疲れがとれない。
 そもそも、魔族にとって、毎日の睡眠はそれほど重要ではない。全く必要ないというわけではないが、寝溜めもできるし、人間と比較すると短い時間で回復できる。
 だが、昨日の俺はとにかく眠りたかった。そして、そうしたのだが、それでも疲れが抜けていない。
 何故か。
 心当たりならある。
 昨日、食堂の娘に教えてもらった宿を訪ね、部屋を借りた訳なのだが、そのやりとりでとても疲れたからだ。
 いや、宿の主人とのではない。俺の同行者、ジブライールとのやりとりのせいである。

 そもそも、俺たち魔族の世界には、宿という概念がない。移動には飛竜を使うことが多いので、よほどの距離でもなければ自宅に帰れないということはないし、帰れないほど長距離の移動をするときは、訪問先にあらかじめ宿泊をお願いしていることが多い。
 自分の知り合いがいれば、その住居へ。いなければツテを頼って誰かの住居に泊まらせてもらう。よっぽどどうしようもない場合は、そのあたりの領主に泣きつけば、全く面識がなくても断られることはない。もっとも、無関係の相手の屋敷に泊まる場合は、身の安全については自分自身でしっかり注意することが重要だ。いつ寝首をかかれるか、わかったものじゃないからだ。

 そもそもが、魔族社会には通貨というものが存在しない。それぞれの仕事・役割は貨幣を介するのではなく、単純に各人の地位と能力によって定まっているからだ。
 そんな状態だったから、貨幣を対価に宿泊を許す施設、つまり宿というものの存在意義を、ジブライールが理解できないのも無理はなかった。

 なぜ、泊まるのに貨幣が必要なのか、説明して納得させるのに一時間かかった。しかも対価まで払ったのに、狭い二部屋――もっとも、宿にしてはその部屋は十分広かったのだが、ジブライールは公爵城に住んでいるからなぁ――しか借りられず、見ず知らずの人間と薄い壁一枚隔てて寝なければいけない、という事実を受け入れてもらうのに、さらに二時間費やした。

 ジブライールに角部屋を譲ろうとすると、俺が人間の隣で寝るのが許せない、とかわけのわからないことを言い出す。さらに、そもそも一人に一部屋では狭すぎるからワンフロア借りましょう、とおっしゃる。そんな不自然なことはできない、といっても納得してもらえない。
 最終的には、どうしたって一人一部屋ずつしか借りられない、あんまりしつこいと、シングルを二部屋じゃなく、ツインの一部屋に変えてもらうぞ、と脅したら、さすがに黙った。納得はしてなかったけど。

 さらに、寝ようとすると自分の部屋からやってきて、俺の安眠を守るときたもんだ。
 いや、子供じゃないんだから、寝番なんて全く必要ないから、といっても、万が一のことがあってはいけないと譲らない。大公の俺に何の万一があるんだよ、というと、「それは、人間の女が……」と小声で呟いて黙る。
 正直言って、なにがいいたいのかさっぱり分からない。
 結局これも、どうしてもというなら引きずり込むぞ? とベッドをぽんぽんしたら、赤い顔してしぶしぶ帰ってくれた。ここはジブライールが淑女だったことに感謝しよう。
 そんな感じで、俺は本当に疲れたのだ。そして、決意した。
 もうジブライールを人間の調査には同行させない!、と。

 そして城に帰ったら、妹には人間の暮らしや文化が書かれた本を読ませることにしよう、と決意した。たとえそれが日常の生活では役に立たなくても、万が一の時に俺が疲れる要因を引き起こさなければ、それでいいのだ。

「それで、閣下。本日はいかがなさいますか」
 疲れ切った俺とは逆に、ジブライールはいつも通りだ。俺は正直、すこしイラッとしていた。
「じゃあ、まず、ジブライールは城に帰る」
「はい」
 お、意外に素直だ。
 思ってもみなかった反応に、喜びがわき上がってくる。
 だが、彼女の次のせりふで、その昂揚は一気に冷めた。

「小隊を率いてこの町に戻ればよろしいですか?」
 俺は思わず周囲を見回した。いや、一応ここさ、宿の食堂だから……他に宿泊客もいるし、給仕の人もいるから……。
 しかもなんか、またチラチラ見られてるし……。
 だからジブライールと一緒に行動するのは不味いと思ったんだよ。
 俺みたいな隠密体質ならまだしも、美人は目立つんだから。
「ジブライール……昨日も言ったけど、俺は今回の件で人間に手を出すつもりはないから」
 俺は小声で返した。
 脳筋だから忘れるのか? それとも俺の説明が悪かったのか?
「覚えておりますが……気が変わられたのかと思ったのです」
「いや……なんで?」
 俺のどこを見て、意見を翻したようだと思ったんだ? ちょっとムスっとしてたからか? 機嫌が悪かったから、人間に対して怒り心頭だとでも思ったのか?

「しかしそれでは一体、私は何のために城へ戻るのでしょうか?」
「何の為って……」
 そう聞かれると、邪魔だから帰れ、とはさすがに言いづらい。後は自分一人で調べるから、っていうのが通じるのなら、そもそも昨日の時点で彼女は帰っているだろう。
 俺は頭をがしがしとかき、大きなため息とともにがっくりと肩を落とした。
「はあ……わかった……じゃあ、いてもいいよ……」

 だが諦めかけたそのとき、一つのアイデアが浮かんだ。ジブライールの固さを利用することもでき、かつ情報収集が容易になるかもしれん案だ。
「だがその代わり、ジブライールにも協力してもらうぞ」
 俺がそう言って顔を上げると、ジブライールは怪訝な表情で頷いた。

 ***

 と、いうわけで、皆さまコンニチハ!
 僕の名前はカッカチカ・ファランギース。南の大国からお嬢様の旅に付き添って、この町を訪れた伯爵家の従者です。
「閣下、これは一体……」
 そして、我が伯爵家のお嬢様、ジブライール・マッタリカ様です、はい拍手ー。
 ちなみに、俺だけ偽名なのは、さすがに七大大公の一だと人間にも名が割れているかもしれないからだ。

 俺は従者が着るような上下の一揃え、お嬢様役のジブライールは、上品な外出着を着てもらっている。もともと美人だからなにを着ても似合うし、無表情さが高慢さを演出していて、役にぴったりだ。
 服はどうやって手に入れたかって?
 そんなの、森につなぎ置いた竜で近くの魔族の屋敷までひとっ飛びいって、借りてきたに決まってる、俺が。
 ついでに、ここから近くの人間の町で、馬車も借りてきた、俺が。

 馬は動物の本能で、俺が消している魔族の気配に気が付いたのか、それとも竜の臭いが残っていたのか、怯えた様子を見せたが、脅してやると素直に言うことを聞いた。
 人間社会における貴族令嬢の従者が俺一人だけというのは、不自然かもしれないが、そこらへんはお忍びで、とか、外国人だから、とかを理由に強引に押し通そうと思う。もし、疑われたら、だ。

 一応、ジブライールには役割を説明し、とにかく話は俺がするから、たまにうなずくだけにしてくれ、とお願いしてある。あと、たまには愛想よくとリクエストした。期待はしてないけど。
 そんなお嬢様を馬車に乗せ、俺は手綱をとって、目指すは領主の館だ。
 そう、俺はもう直接、当事者に話を聞くことに決めたのだ。噂話ばかり集めても仕方ない。
 一応、急なことだが午前中のうちに、訪問の意志を記した手紙を書いて、領主のもとへ送っておいた。庭を見学させて欲しい、という内容だ。さて、人間がどこまで信じてくれるか……。
 ちなみに、門前払いを食らってしまった時は、俺の特技“隠密”を使って忍び込んで調査し、必要とあらば領主を直接脅すことも辞さない。
 ……と思っていたのだが、門番はあっさりと、むしろすんなり通してくれた。執事がきっちり出迎えてくる大歓迎ぶりだ。
「南の大国の伯爵令嬢であらせられるとか」
 あっさりと信じてもらえたのは、人間の平民ではとうてい手に入らないだろう高価な衣装を着たジブライールの、生まれ持った気品のせいかもしれない。
「こんな辺境の町へお越しいただけただけでも光栄ですが、(中略)。ええ、このお屋敷は大変古いものでして。右手をご覧ください。こちらの花瓶は、(中略)。それを我が屋敷の御当主様が(以後略)」
 長いので、中身は省略しよう。要するに、自分ちの主人の家系がいかに偉大であるかを、彼は屋敷を案内しながら、延々話しているのだ。
 人間というのはあれだ。城主が都度変わる魔族と違って、ずっと同じ家が同じ屋敷を治め続けているのだから、仕える家人も家族のような気持ちになるのかもしれない。

 それにしたってテンション高く、べらべらしゃべる執事だな。うちのエンディオンとは大間違いだ。いや、エンディオンも説教の時と、質問したときの説明は長いけど、基本自分からべらべら喋るタイプではないのだ。本当に。特に客人の案内なんか、素早くすませてしまう。
 だが、この執事はさっきから少し歩いては立ち止まり、周囲を見回しては説明をし、ちっとも前に進まない。まだ屋敷の廊下を少し歩いただけで、目指す庭には一向にたどり着かない。
 まあ、こちらとしては本当に庭が見たいわけではないのだから、それはかまわない。

「……(略)ことに当代の御当主様は、賢明で勇敢でいらっしゃる。その旦那様が中央の政治に関わる機会をもててこそ、この国の発展も見えようというものです。しかし、いかに優れたお方とはいえ、爵位を得るのは簡単なことではなく……ええ、それが問題でして」
 執事は樽のような腹をなでて、ため息をついた。
「もしよろしければ、マッタリカ伯爵様がいかにして爵位を得られたのか、ご参考までにお伺いしたいのですが……」
「当伯爵家は」
「いえ、と、申しますのもですね……」
 質問してきたくせに、俺が話そうと口を開いた瞬間、聞きもしないで話を再開した。
 せっかく色々、設定とか考えたのに……。

 その時、ジブライールからただならぬ殺気が放たれたのに、俺は気付いた。
「どう、なさいました? お嬢様」
 小声で問いただしてみる。
「閣下、我慢の限界です」
 ジブライールが俺の腕を掴んで小声で返してくる。至近距離からの睨み付けるような目が怖い。
 さすがに、このオッサンの長話に苛立ちがピークに達したか。
 うん、その気持ちはよく分かる。分かるよ、ジブライール。でも少し我慢しよう。
「この人間、閣下のお言葉を遮りました」
 いたいいたいいたい。
 腕に爪が食い込んでますよ、お嬢様!
 勘弁してください、お嬢様!
「大丈夫、大丈夫だから落ち着こう」
 何が大丈夫なのかとは自分でもつっこみを入れたい。が、しかし、本気で腕が痛いので、放して欲しい。
 そう思ってジブライールの手を上から押さえると、彼女は剣で突かれたかのように慌てて手を放した。
 ちょ……自分から触れるはいいけど、俺から触れられるのは気持ち悪いってことですか。
 何気に傷つく反応だ……。
「モ……モウチョット、ガマンシヨウカ……」
 俺がカタコトになったのも、許して欲しい。

 結局、執事は口を挟む隙を与えてくれなかったが、べらべらと自らシルムス事件の真相までをも吐いてくれたのだ。

 町の噂通り、五十人の兵を差し向けたのはこの領主で間違いなかった。だが、それは自軍ではなく、よく訓練された傭兵であったとのことだ。契約金の半額を、その傭兵団に前金として支払っていたらしい。いざ森へ派遣したが、いつまで経っても帰ってこないので、前金だけを持っての逃走を疑ったと。しかし、彼らの荷物が領主の館にあったため、おかしいと思い、別に冒険者を派遣して調査してみたという流れがあったようだ。
 冒険者たちは森を探索したが、結果、傭兵団を一人として見つけられなかった。
 いくらある程度傭兵団の計画を聞かされてのこととはいえ、森には弱いが少数の魔獣もいる。それの闊歩する中を、少人数の人員で探索するとなると、いろんな冒険があったことだろう。できれば彼らから直接話を聞きたいもんだ。俺は人間の冒険話が、存外好きなのだ。

 話を元に戻そう。
 探索者たちは森を探索し、野営をしたと見られる場所を見つける。その跡地の周囲をさらに探った結果、大地が焦げ付いたような、広範囲の破壊の跡を見つけた、らしい。
 そのような破壊が件の傭兵団にも、あるいはもっと大きな国の軍によるものだとも考えられず……つまり、人間には不可能な技によるものとしか思えず、結論として、傭兵団は魔族に全滅させられたのだとしか考えられないと。
 ちなみにこの現地の様子を、探索者の一人はちゃんと絵に描いて提出したらしい。

 以上の報告を持ち帰られた領主は、大層怯えているようだ。
 なにをというと、もちろん魔族の報復をだ。

 しかし、単純な分析だ。結果、それは紛れもない真実なのだが、傭兵団が全滅させられたのではなく、捕まっているかもしれないと考えてはみないのだろうか? その背後関係を探るためにとか、色々……。
 いや、実際しないけどね……ベイルフォウスも、ジブライールも、魔王様も……誰一人そんなこと考えもしないで殲滅させちゃうんだけどね。
 もしや、魔族が脳筋であるのは人間にもバレバレなのであろうか。
 そうかもなと考えると、ちょっとだけ俺の心は傷ついた。

 領主が何のためにそんなことをしたのか、というのもまぁ町の噂通りだ。
 魔族を生け捕りにして王に献上すれば、爵位が得られるだろうと思ったらしい。人間は魔族を畏れていたはずだが……実際問題、畏れられてしかるべき力の差があるはずだが……。
「この三百年ほど、魔族による人間への暴虐はなりをひそめ……」
 ああ、ルデルフォウス陛下になってからか。俺が生まれてからはずっとこうだったからピンとこないが、昔はもっと人間にちょっかいを出してたってことかな。
 それで人間……少なくとも、ここの領主と側近は危機感を失い、魔族なんて大したことはないんじゃないかと勘違いしてしまったわけだ。せっかく平和を享受できているんだから、そのままおとなしくしてればいいのに。

 つまり、彼らは仕掛けたものの、傭兵団が全滅してしまったので、詳細を知ることができない。だが跡をみて、たぶん魔族にやられたのだろう、と考え、そして事実を確認できないことで、一層怯えているのだ。
 これだけ怯えていれば、おそらくしばらくは、森に軍を派遣してこないだろうが。

 だが問題は、こんな素性もしれん自称南国の貴族に、あけすけと情報を公開するこの危機感のなさではないだろうか。まあ、これほど迂闊だからこその愚行だったのだろうが、この調子で話を広められ、首都の王族貴族や、さらに他国にまで知れ渡ったらどうだろう。
 人間たちは、今のところは本能的な恐怖心のために、我々魔族から視線を逸らしてお互いの国家で小競り合いをしているようだが、この情報が広まることによって魔族への恐怖が表面化し、過剰反応を引き起こさないとも限らない。情報は伝えられるうちに正確さを失うものだし、事実は恐怖と希望によってゆがめられるものだ。
 “人間が魔族を捕獲しようと傭兵団を派遣した”が、いつの間にか“魔族が大挙をなして人間の町を襲ってきた”に、“五十人の傭兵が全滅した”が、“町の住人全員が惨殺された”に、変わらないとも限らない。
 その結果、魔族を討伐するのだなんだのといって軍が編成され、人間が頻繁に森を越えてくる、という事態が引き起こされる可能性も、全くないとは言い切れないのではなかろうか。

 考えすぎ? うん、自分でもそう思う。
 そもそも、そうなったところで、俺には痛くも痒くもないのが事実だ。魔王陛下の言っていた通り、人間が「一国を総動員して」きたところで、「我ら魔族の敵ではない」のだから。
 でもほら、面倒は避けたいじゃん? できることなら何か起こる前に止めたいんですよ。もううっかりしたくないんですよ。うっかりしたおかげで、生涯男爵位にしがみつく、という計画をパアにしてしまった身としてはね!
 それに一番危惧されるのは、そもそも人間の動向ではないのだ。人間の闘争心に当てられた魔族たちの間で、闘争が引き起ったりしたら、悲惨ですよ、悲惨。なんたってアナタ、魔族はほぼ脳筋なんですから!

「このことはあまり、口になさらない方がよいかもしれませんね」
 俺はちょっとだけ脅しておくことにした。
「部隊が全滅したのなら、傭兵団を派遣した基を、魔族は突き止められてはいないでしょう。ならば、この件については箝口令をしいた方がよいでしょうね。でないとうっかり魔族に領主様の名が知られてしまって、その報復を受けないとは限らないでしょう?」
 執事は青ざめ、ぶるぶるとふるえだした。
「そ、そうですね。おっしゃるとおりです。すぐに旦那様に進言いたします」
 ふっ。チョロいな。昨夜のジブライールより、ずっとチョロい。

 最終的にはその領主本人にも会ったのだが、とても執事のいうような“賢明で勇敢”な人物には思えなかった。中年を迎えて執事に負けず劣らずの腹を、高慢さからより突き出させていたが、その瞳には逆に卑屈さが見え隠れしていた。ただ執事よりは人を疑うことを知っているようで、俺たちは最初、疑惑の目で迎えられた。
 だが、それも一瞬のことで、ジブライールの美貌に目を奪われたらしく、しつこく滞在を迫られ、婚約者の有無まで尋ねられ、果ては手まで握られそうになった。
 ジブライールがキレかけていたので、俺がすかさず二人の間に入ることで事なきを得たが、男同士だというのにそのままねっとりした手で握られ、ぞっとした。そしてなぜかジブライールは余計にキレていた。俺が犠牲になったというのに……。
 帰る頃にはまた是非いらしてくださいと、真っ赤な頬、潤んだ目で見上げられ、正直気持ち悪かった。

 つまりは同行者のみならず、訪問先で出会った相手からも、俺は余計ストレスを与えられたわけで、かつてないほど疲れ切って城に帰宅したのだった。

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