古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第二章 二年目の日常】
5.実はこう見えて、ベイルフォウス君は僕よりだいぶ年上なのです

「お に い さ ま 、 起 き て ー !」
 ちょ……。
 ちょっと妹よ。兄は大層お疲れなのだ。頼むからそうぽむぽむとベッドを叩いて揺らさないでおくれ。
「昨日の夜遅く、やっと帰ってきたと思ったら、人間の町に泊まってきたですって!? どういうことなのか、ちゃんと説明してちょうだいな!」
 うるさい、妹よ。なんでおまえに説明しなきゃいけないんだ。
 兄は大変疲れているのだ。あっちへお行き。
 俺は目も開けずに手だけ布団から出し、妹の頭をぐいっとあっちに押しやった。

「ひどーい。ひどいわ、お兄さま!」
「察してやれ、妹よ。お兄さまはジブライールとしっぽりやってきたんで、お前に対する罪悪感にさいなまれて、顔も上げられないんだよ」
 ん?
「ななな、なんですって、ジブライール!? ジブライールって、あの、ああああの、お兄さまの軍団の、ふっ、副司令官……」
「そうそう。銀髪美女だ。俺がだーれも訪ねてこない部屋で、寂しく独り寝をしていたというのに、お前のお兄さまときたら……」
「がーーーーんっ」
 アホな会話に一気に目が冴える。
「ちょっと待て。なぜ、お前がここにいる、ベイルフォウス」
 体を起こすと、朝から目にしたくない強烈な赤毛が目に飛び込んできた。
 彼はにっこりと笑ってこう言った。
「一昨日から泊まってる」
 あ?
「お前の城はつまらんな。この二晩、夜の訪問を期待したが、誰一人として訪ねてこなかった。俺はデーモンでもデヴィルでも、かまわないというのに。家臣にどういう教育をしてるんだ? 俺の城では客人を独り寝させるだなんて、あり得ないぞ」
 うわっ。こいつ最低だ。知ってたけど。けだるそうに言うな、生々しいから。
 普通、大事な客の寝室に、勝手に人を忍び込ませないから。そんなの、相手を殺そうとするときだけだから。
 ベイルフォウスの城には絶対泊まらないでおこう。
「びどびば、ぼびびざばー」
 いちいち泣くな、妹よ。鼻が詰まって何と言ってるかわからないぞ。

 うるさい妹と、やっかいな親友のために、俺は睡眠を諦めざるを得なかった。

 ***

「で、わざわざ城に留まって、俺を待った理由は?」
 数ある食堂のうち、最も狭い一室で遅い食事をとりながら、正面に座ったベイルフォウスに問いかける。
 こいつはきっちりマーミルと朝食をとったと聞いているのだが、なぜだか今も俺につき合って食べている。
 ちなみにマーミルは、勉強の時間という便利な予定があったので、強引に引き離してもらった。
「お前が森のこと気にしてたみたいだったからな」
 シルムス事件のことか?
「俺が勝手に人間を殺したの、まずかったのかと思って」
 思わずパンをちぎる手が止まった。
「え……お前が……そんなことを気にして?」
 一体、どうしたというんだ。ベイルフォウスからそんな殊勝な言葉を聞ける日が来ると、誰が想像しただろうか。天変地異の前触れなのだろうか?

「おう、だからさ、とりあえずお前と一緒に人間の町を一つ二つ、滅しにいこうかと思って!」
 ……ん?
 …………え?
 …………ちょ…………。
 なに嬉しそうに明後日の台詞吐いてんの、こいつ。気を使ってるのかも、なんて思った俺がバカだった。

「……意味がわからない……」
「だから、あいつらを俺一人で殺し尽くしたのが気にくわなかったんだろ? 俺が灰にしたと言ったら、一人残らずか? って聞いたじゃないか。それはつまり、お前自身の手で止めをさしたかったってことだろ。だからがっかりさせたお詫びに、町までつき合ってやろうかと思って!」
 そう言って、デザートのチョコレートケーキを口に運ぶ。うえ。朝からまた重そうなケーキ食ってんな。
 それはともかく。

 いや、つき合ってやろうじゃねーよ!
 本能一辺倒の子供か、お前は!
 ほんっとコイツ脳筋バカだな!
「なのにすでに出掛けてたとはな。しかも、ジブライール同伴で」
 いや、別に滅ぼしに行ったんじゃないから。あと、ジブライールも連れていったんじゃないから。
 俺はため息をついた。説明する気も起こらない。
「それで、気はすんだのか?」
「すんだすんだ。だからもうその件はいいよ」
 俺は抑揚のない声で答えた。

「ジブライールはどうだった?」
「どうって……疲れた。すごく疲れた。とにかく疲れたよ」
 もうね、なんで疲れたって、あの人が一緒だったことが一番の原因ですよ。ちょいちょい俺のデリケートなハートを刺してくるしね。
「へえ、それだけあっちの方が精力的だったのか。意外だな」
 は……?
 ん……?

 いやいや、待て待て待て。なんか今、会話に齟齬があった気がする。
「おい、ベイルフォウス。なんでもお前と同じように考えるな。彼女とは何もない」
「はあ?」
 ベイルフォウスはあきれたような顔で俺を見てきた。
「あり得ないだろ。あんな美女と二人きりで一泊しておいて、何もしてないって?」
「十分あり得る。してない。今後する気もない」
「はあ? 何、お前……不能なの? いい薬やろうか?」
「ベイルフォウス」
 俺はため息をついた。
「誰もがみんな、お前のように下半身でものを考えると思うな」

 あれ? なんで俺、こいつと親友やってるんだったっけ? そもそも、ほんとに親友だっけ? 誰がそういい出したんだっけ?
「あと、絶対、妹には卑猥なことを教えるなよ」
「教えてねえし。……少なくとも、まだ今のところは」
「お前、ほんとにしゃれにならないぞ」
 今の俺のせりふには、妹に教えたらしゃれにならないことをしちゃうゾ という脅しと、しゃれにならない目に遭うぞ、それも今すぐにだ、という恐怖とが込められている。というのもエンディオンの嘴が、食事時にする話ではないでしょう、と言わんばかりにきらめいているからだ。

「ところでベイルフォウス。お前って、年いくつだっけ?」
 別にベイルフォウスがあまりにもアホっぽいから、年を確認したかったとかいうわけではない。
 基本的に魔族は、成人してしまった後は、年など気にしない。百年たとうが三百年たとうが、見た目はほとんど変わらないのだ。そうなるとあとは自分の実力で社会的立場が決まり、身体的能力で寿命が決まる。
「えーっと……五百は越えてると思ったが……六百くらいか?」
 聞かれてもしらねえよ。だいぶ年上なんだろうな、ってことぐらいしか。
「たぶんそれくらい」
 俺の倍かよ。

 城付きのエンディオンなんかは数千年を生きていると聞くが、上位魔族はあまり寿命が長くはない。なぜならば、高位であればあるほど絶対数が少ないため、その地位を狙う下位からの挑戦を受ける機会は多く、結果いつかは負けて滅ぼされてしまうからだ。
「お前の兄上……ルデルフォウス陛下の先代魔王って、覚えてるか?」
「もちろん、覚えてるぜ。俺はそのときすでに公爵だったからな。ちなみに、親父をぶちのめして取った」
 自慢げに言うベイルフォウス。
 家族間で殺伐としたことだな……こいつ、兄貴には絶対服従っぽいんだが、父親には容赦ないのか? だが、「ぶちのめして」だからさすがに殺してはないのか。
「今よりもっと、殺伐としてたのか? たとえば人間の国を襲ったり?」

 魔族間での大規模な闘争は、ここ千年ほどはないのだが(ちなみに魔王位争奪戦は、魔族間闘争に含まれない)、人間に対してどうだったかは俺も知らないのだ。
「ああ、そういや多かったかもな。なんたって、先代の魔王は大の付く人間嫌いで、人間を殺した数で爵位を授けたり、上げたりしてたからなー。そういう奴らはたいてい地位に似合わず弱いやつが多かった。人間を殺した数で爵位の上がった奴を狙えば、楽勝だったぜ。俺があっという間に公爵まで昇りつめたのも、そのおかげともいえるな。だが、そうか」
 ベイルフォウスはニヤニヤと俺を見て笑った。

「お前、そのころはまだ生まれてなかったのか」
「いや、一応生まれてたよ。赤ん坊だったけど」
 ちなみにその魔王位争奪戦のどさくさに紛れて、俺の父親は男爵から子爵に位があがったのだ、と聞いている。

 ところで、ベイルフォウスよ。逆に聞かせてくれ。
 それだけ長く生きているのだから、もう少し本能以外にも耳を貸して生きてみようと思わないだろうか? 少なくとも君のお兄さんは、君よりずっと頭を使っているよ?
 魔王陛下の苦労が忍ばれるな。ベイルフォウスの子供時代なんて、手がかかってしかたなかっただろうからな。マーミルに対して放任ぎみの俺と違って、ルデルフォウス陛下はあれで世話焼きだから。

 しかしそうか。人間たちにとっては、ルデルフォウス陛下になってからはむしろ魔族に怯える必要もなくなり、平和な日々を過ごせているわけだ。
 長い平穏が、シルムス事件みたいな慢心をあちこちで生まないことを、俺としては祈るしかないな。
 俺が平穏な日常を続けるためにも。

 よし、ルデルフォウス陛下の治世が永久に続くよう、力を尽くそう。
 色々な意味から、俺はそう、決意したのだった。
 とりあえず明日にでも、報告をしにいくか!

 そのとき、執務室で今日もまじめに仕事をしていた魔王様が、続けざまにくしゃみをし、体をふるわせたことは誰にも知られていない。

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