古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第二章 二年目の日常】
6.どちらのお兄ちゃんも、ちょっとお疲れ気味です

「はあ……」
「…………」
「はあ……」
「…………」

 う・ざ・い。

 わざとらしくため息付きで、ちらちら見てきやがる。
「こっち見んな」
「うわっ! 冷たい……何その態度、信じられない……魔王様には、陛下の平穏な治世のために、日々邁進しているこの忠実な家臣に対する、いたわりの心はないんですか!?」
 いや、お前はお前の平穏のために努力しているだけであろう。と、いうか、それ以前に!
「貴様、余の許しも得ず、勝手に入ってきておいて、何をほざいておるか」
「いてっ! ちょ、やめてくださいよ! 羽ペン投げてくるの! 目に刺さったらどうするんですかー」
 頭に突き刺さってるし、と、ぶつぶつ言っている。文句言うくらいなら、よけろバカめ!

 一体誰がこのバカを私の執務室に入れたのだ?
 というか、今、完全にノックもなしに入ってきたよな? まるで自分の部屋であるかのように!
 なぜ衛兵たちは止めないのだ?
 この城の警備はどうなっておるのだ?
 そしてこのバカは、なぜ挨拶もせずに当たり前のように安楽椅子に腰掛けるのだ??

 だからこっち見んな!!

「俺がなんできたのか、気にならないんですかー?」
「呼んでもないのに頻繁にやってきて、どうでもいい話しかせん奴の用事など、全く気にならん」
 そもそも、他の大公はこんな頻繁に我が魔王城を訪れては来ぬ。
 毎日でも来て欲しいウィストベルはほとんど来んし、ブラコンの気がある弟ですら、数十日に一度しか顔を見せに来ないというのに。

「うわっ、何その評価。ショックだなー。俺くらい魔王陛下の治世に協力的な大公はいないと思うけどなー」
 だからチラチラ見てくるな。
 うむ、よし、無視しよう。

「まあ、別にいいですけどね。魔王様が聞いてくれなくったって。話ならうちの家令が聞いてくれますからねー」
 ああ、エンディオンか。
 って、ちょっと待て! さすがに自分の家令と魔王を同列に扱うことに、疑問を覚えるべきではないのか?

「そういえば、この間ベイルフォウスに子供の頃のことを聞いたんですけど、魔王様も大概ですね。靴下まではかせてやってたんですって? 過保護すぎじゃないです?」
 そのときはまだ弟は小さくて素直で可愛かったのだ!
「おかげで今でもあいつ、着替えを他人に任せてるみたいですよ。ちょっとどうかと思いますね」
 それは知っている。だが、さすがに私のせいではあるまい。

 いつぞや、美女を跪かせその膝に自分の足を乗せるのがたまらないだとか、着替えの時に背中に当たる感触が、とか、さらに口にするのも憚られるようなことを衣装替えの最中に行っている話を、延々と聞かされたことがあるからな!
 兄貴もだよな? といわれて即座に否定したことだけは、しっかり宣言しておきたい。自分が女好きなのは否定しないが、ところかまわず発情する弟と一緒にされたくはないものだ。

「俺が留守の間、俺の城に泊まっていったんですが、そのときだって着替えにいちいち侍女を呼びつけて、二時間もかけたらしいですよ、二・時・間・も!」
 ……ジャーイルの城の侍女といったら、ほぼデヴィル族だよな……本当に見境ないのだな、弟よ……さすがにそこまでとは、私も思っていなかったぞ……。

 そしてジャーイルは、我が弟に対する賞辞と愚痴、奴の妹の口うるささと勤勉さを交互に延々と語り、最後にいつもの家令自慢で話を締めて、帰って行った。
 いや、ほんとに、あいつは一体何をしにきたのだ??

 ***

 あ、せっかく魔王城行ったのに、シルムス事件のことを報告し忘れた。
 ま、いっか。どうせ魔王様は最初からぜんっぜん気にしてなかったし。

 俺は飛竜の手綱を手放して、思い切り背を伸ばした。
 魔王様のおかげで、このところ溜まりっぱなしだったストレスがだいぶ和らいだぞっと。
 そして首をもみもみ、ふりふり、腕を回して肩をほぐし……。
 とかやっていたら、危うく飛んできた火矢に射抜かれるところだった!

 うおー、アブねー! 飛竜は火矢におどろいてぐらりと体を傾けるし、俺は手綱から手を離していたから、危うく落ちかけたんだが!
 瘤をとっさにつかんで、事なきを得たけど!

 俺は手綱をとって飛竜を操り、火矢を次々とかわしつつ、射手がいるだろう地点に向かい降下していった。
 一体、どこのどいつだ? 俺が大公と知って、矢を射かけてくるのか?

「おい、危ないだろ! 当たったらどうするんだ!」
 射手に向かって俺は叫んだ。そいつは大きな木のてっぺんに左足を曲げ、器用に右足一本で立っていた。左手に自身の身長ほどある弓を握り、右手に炎の点った鋭い矢をつがえている。
「当てるつもりで撃っている!」
 そいつはがなり声をあげた。

 いや、まあ、そりゃそうなんだろうけどさ!
 俺はちょっとムカついたので、奴に右手を向けた。
 三層五十五式一陣、疾風を起こして木に放つ。が、そいつはひらりと飛びすさって、そのまま地面へ軽やかに舞い降りた。
「竜を降りていただきたい、ジャーイル大公。私は公爵マーリンヴァイール! あなたに挑戦する!」
 おお、生まれてこのかた、初めて挑戦されちゃったよ! 前は腐るほどいる上に、得るのも簡単な男爵位だったから、誰からも挑戦されたことはなかったのだ。
 しかも、相手は公爵だって、公爵なんだって!
 そしてその相手には見覚えがあった。

 俺は竜を地上に着陸させ、降り立つ。ここはまだ魔王の直轄地で、大きな木がぽつんぽつんと生えているだけの広い平原だ。
「マーリンヴァイール公爵、確か<暁に血濡れた地獄城>で……」
 俺は記憶を呼び起こした。
 緑の長髪に、薄墨色の双眸をした背の高いマッチョマンだ。うん、やっぱり知ってる。
 主にウィストベルの城で見かけた気がする。っていうか、その記憶しかない。舞踏会でも、彼女のすぐそばに立っていた。
 あー。
 俺はなんとなく理由を察した。
 そういえば、俺が舞踏会で三回もウィストベルの相手をしていたとき、こいつからものすごい殺気が放たれていた気がする。最初に城を訪問したとき、部屋に残った四人のうちの一人じゃなかったか?
 確かそうだ。

「まさか私をお見知りおきとは思わなかった。貴方はウィストベルばかり、見ていたものだと」
 マーリンヴァイールは嘲笑を浮かべてそう言ったが、それはこっちの台詞だ。
 ウィストベルしか見てないのはアナタですよね? だから今、俺に挑戦してきてるんですよね?
「大公位をかけての挑戦と見ていいのか? それとも、ただやり合いたいだけ?」
「もちろん、戦いを臨むからには、勝った暁には大公位をいただきたい」
 薄墨色の瞳がギラギラ輝いている。つまり、俺を殺す気満々だ、と。
 こんなことがあるから、高位にはなりたくなかったんだよなー。
 面倒だが、対決は避けては通れない。下位からの挑戦を受けるのも大公としての義務の一つである。

「一応言っとくけど、君は俺には勝てない。ぜんっぜん、ひとっつも、万が一にも勝ち目はない。それでもやる?」
 俺としてはその言葉で相手が冷静に退いてくれることを期待したのだが、逆に怒らせてしまったようだった。
「貴様を倒して七大大公に就き、ウィストベルの寵愛を受けるのは、この俺だっ!」
 彼はそう言って、いきなり三層五十五式の術式を二陣、展開してきた。
 術式は同じものを複数展開することによって、効果の強化になるが、マーリンヴァイールの展開したものは別々の術式だ。片方は炎を纏った雷を生み、もう一方は氷の刃を生む。
「雷火封殺、氷刃烈波!」
 ええええ、ちょっと、必殺技とか決めて、叫んじゃうタイプなのー?
 うわあごめん、俺そういうのドン引きしちゃうタイプです!

 俺は瞬時に相手の術式を解読し、全く逆の術式を展開する。
 相手の魔術は、完全に同量逆属性の術式を当てることによって散開するが、正直俺以外にそんな小細工をしているものを見たことがない。たいていの魔族ときたら、敵の術式を理解しても、それを上回る魔術で応じて相手を叩きのめすことしか考えないからだ。
 そもそも、他者の術式を解読しようとするそぶりさえ見せないことが多い。
 無効にする方が、周囲への被害も少ないし、負担も少ないのに、だ。
 まあ、相手に術式の文様をあわせる必要があるので、ちょっと面倒くさいのが正直なところだ。

 マーリンヴァイールも無効化されたのは初めてだったのだろう。驚愕で顔をひきつらせている。
 が、俺は前も言ったが(言ったか?)、喧嘩を売ってきた相手を許せるほどに穏和ではない。いちいち相手の反応を待ってから、手加減して殴り返すほど親切でもない。
 マーリンヴァイールが驚いている間に、術式を打ち出していた。
 彼風にいうと、「猛虎轟雷」か? 恥ずかしいから絶対に言わないけど。
 そう、俺の最近のお気に入りは、魔術で動物を描くことなのだ。
 今回は、雷で虎を描いてみせました! いかがでしょう、この筆運びからにじみ出る剛胆さ! そして、この優美さ!!

「ぐわあああ」
 マーリンヴァイールはそれでもさすがに公爵、とっさに風陣を展開して魔術から逃れようとした。が、俺の四層七十式の術式はたった一陣とはいえ、そんな簡単に逃れられる規模ではない。
 結果、ほとんど避けられずにくらい、彼の全身は雷撃で真っ黒焦げだ。今は痛みで指をピクリと動かすこともできないだろう。

 あっけない。
 ほら、だから、万が一にも勝ち目はないっていったのに。公爵と大公はたった一位しか違わないというが、少なくともこのレベルだったらたとえ十人束になってかかってきたところで、傷一つ負わないで勝てちゃう自信があるけどな。なんだったらお兄さん、三層でも勝てちゃうよ? ちょっと見た目を派手にしたかったから、四層使ったけど。
 まあでも仕方ないよね。みんな、相手の実力を見ることができないんだもん。俺とウィストベルをのぞけば、大公たちですら、公爵位とそれほど力の差があるとは思ってないかもしれないし。
 それに俺が知らないだけで、どこかにものすごい実力者が隠れているかもしれないし。
 そりゃあ、思わず挑戦しちゃうよね。

「ちょっと道中痛いだろうけど、我慢しろよ。ウィストベルの城まで送ってやるから」
「て……敵に…………な……」
 あ、気絶した。
 たぶん放っておいてくれ、とか言いたかったんだと思うけど、そうはいかない。放置したら死んでしまうじゃないか。
 相手はあのウィストベルの配下、彼女のお気に入りかもしれない公爵だ。対峙したが最後、敗者を滅するのは勝者の権利、ウィストベルもそれを重々承知だろうから、表立って文句は言わないだろうが、内心では俺を恨むかもしれないじゃないか。
 俺はマーリンヴァイールを飛竜に乗せ、ウィストベルの<暁に血塗れた地獄城>を目指して飛び立ったのだった。

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