古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第二章 二年目の日常】
7.僕が大公になって一番の危機が、今訪れようとしています

 そんなわけで、俺は今、<暁に血塗れた地獄城>の応接室にいる。
 マーリンヴァイールを送り届けてすぐ帰るつもりだったのだが、ウィストベルからの話があるので待っているようにと言われ、この部屋に通された。
 二十人くらいは余裕で歓談できそうな広い部屋だが、俺の他には誰もいない。誰か一人でもいてくれれば、話し相手になってもらえていいんだが。
 一人で待たされる時間が長ければ長いほど、緊張は増していく。正直、魔王城よりこの城を訪ねる方が緊張する。

 中央に置かれた豪華な金細工が施されたガラスのテーブルには、透明度の高い青い酒が、なみなみと注がれたグラスが供されている。だが俺は、それには口をつけていなかった。
 酒ごとき、いくら飲んでも酔わないのは確かだが、万が一があってはいけないからだ。
 万が一、酔った勢いでなんぞいたしてしまったりしたら……いや、なんでもない。

 ちなみに、あのイカれた外観は、ウィストベルが先々代時の外観にせよと指示してすぐに実行された。今ではその名にふさわしく、赤黒い威容を誇り、暁に不気味な姿を浮かび上がらせている。ま、そんな時間にこのあたりを通ったことないから、本当は知らないんだけれどね。
 しかし、日中の明るい時に見ても、ウィストベルの城は十分不気味だ。
 俺の城なんて、名前だけはどこより不気味だが、見た目は白亜で爽やかだというのに。
 エンディオンに聞いてみたところ、大昔にはもっとおどろおどろしい外観をしていたこともあるらしいのだが、いつの代だかの大公が、壁は真っ白に、屋根はさわやかな青にと、塗り替えたらしい。すばらしい判断だと思う。
 グッジョブ、いつかの大公!

 ちなみに魔王城は臙脂色の壁を、隙間もないほどツタが取り巻いていて、目に優しい感じだし、同盟者であるマストヴォーゼの城は蒸栗色の落ち着いた感じだ。以前の大公の趣味でないなら、たぶん奥方の趣味だろう。
 ベイルフォウスの城については、何ともいえない。なんと俺は、未だ訪問したことがないのだ。それどころか、近くを通りがかることさえない。
 そう、あいつの城って俺の城からかなり遠いはずなんだよなー。
 飛竜でもそうとう時間がかかるはずなんだよ。
 よくうちに来るけど、仕事とかどうしてるんだろう。
 そんな風に、主に城の外観について考えを巡らせていると、ようやくウィストベルがやってきた。

「よう参ったの。主がこの城に足を運ぶのは、久方ぶりではないか?」
 ウィストベルは俺の隣に腰掛けた。いや、椅子はたくさんあるんですから、違うところに座られたほうがいいんじゃないですか。
 にじりよってくるのを同じだけ後退る。そんな態度をとっておきながらも、胸元に目が行くのは、それはそれで許してほしい。俺が健全だという証だし、見せつけるような服を着ているウィストベルが悪い。
「理由が、主を襲った我が配下を届けにきただけ、というのが気にくわんが」
 ぎく。
 やっぱりあいつ、ウィストベルのお気に入りだった?
 俺、ヤバイ? 生命の危機??

「しかし、主も甘いの。挑んでくる無礼者など、殺して捨て置けばよかったではないか」
 おっと、大丈夫みたいだ。
「いや、他の相手ならそうしますが、一応ウィストベルの配下と聞いては……」
「気を使って半殺しか。逆に恐ろしいの」
「すみません」
「医療班は大変じゃ。回復のためにしばらく奴一人にかかりきりになるじゃろう」
 どうやら、マーリンヴァイールを自分の城には帰さず、この城で面倒をみてやるらしい。その位には気に入っているということだろうか。
 やっぱり、殺さなくてよかった……のか?

 それにしても、近い。いつもこんなくっついてこないのに、今日はどうしたというんだ。
「いやー、それにしても、いつも思うんですけど、趣味がいいですよね、この城の……」
 俺はさりげなく頭を掻きながら立ち上がり、飾り棚を見るふりをしながら移動する。
「おお、この燭台とかすごくかっこいいですね。あ、こっちのガラス細工も綺麗だなぁ。あ、この絵はもしや有名なイステルイ氏の?」
 そして、ウィストベルの正面の席に座り直す。
 うん、さりげなかった……と思うんだけど、半眼で見つめてくるウィストベルが怖い。

「正直にいうとな、ジャーイル。私は疑っておった。主の能力をじゃ」
「え?」
 やばい。何疑われてるんだ、俺。大公としての実力か?
 でも、ウィストベルだって相手の能力を見れるんだから、それはないだろうし。
 もしかして反逆の意志ありとでも、思われてるのか?
 緊張で喉が乾く。俺は内心ドキドキしながら、やむを得ず青い色をした酒に手を伸ばした。
「てっきり不能かと思っておった」
 ぶっ!
「げ、すみません」
 ウィストベルにはかからなかったが、テーブルにはぶちまけてしまった。だって、まさかの理由だもの!
「だが、違うらしいの? 先日、配下の娘と外泊したそうではないか? なのに私の誘いからは逃げるというのか?」
 配下の娘って、ジブライールか? ジブライールのことか!?
 他に心当たりないもんな。っていうか、まだたった二日しかたってないのに、なんでウィストベルが知ってるんだ。
「外泊、しただけです! 部屋は別だし、指一本ふれてません!」
 くそ、どう考えても犯人はベイルフォウスだな! 面白がってウィストベルに変な吹き込み方しやがったな!

「いい加減、覚悟を決めたらどうなのじゃ?」
 ウィストベルは不穏な笑みを浮かべながら立ち上がり、そのままテーブルに膝をつく。
「ちょ……ド、ドレス、汚れますよ……」
 俺のぶちまけた酒など気にもせず、ずいずいと俺の方に迫ってくる。そんなふうにかがむと、胸元がですね……。

 いやいや、そんなとこ見てる場合じゃないだろ、俺!
 俺は椅子の背に思い切り背を押しつけ、膝を体に引き寄せる。
 せめてもの防波堤だ。
 情けない格好なのは自分でも分かっている。だが許して欲しい。
 俺は肉食系女子が心の底から苦手なのだ。
「汚れてしまえば脱ぐしか仕方ないのう」
 ウィストベルの手が、俺の膝にかかった。

 ひいいいい!
 俺だって本当は、こんな美人から逃げたくないんだ! 男だもの!
 でも、ヒュンってなるんだもの! 怖いんだもの!
 ウィストベルだけは、ほんとに怖いんだもの!
「んあっ! すみません、今、思い出した。そう……そう、あれ! あれだっ! 今日はアレがそれで、マジ早く帰らないといけないんだった! ってなわけで、帰ります! すみません!」
 俺は彼女の胸に圧迫されて動けなくなる前に立ち上がった。背中を見せないように壁に沿って横歩きで扉にたどり着き、瞬時にドアノブを捻ってかすかな隙間を作り、自分の体をねじ込む。そして廊下に出た後は、ただ一目散に自分の飛竜を目指し、脱兎のごとく走り去ったのだった。

 ***

「今のはさすがにどうかと思うぜ。がっつきすぎだろ、ウィストベル」
 俺はため息まじりでそう言うと、ドアを開けて隣室に入っていった。
 ガラステーブルの上に座り込んだウィストベルが、珍しくうなだれている。
「それほどに……我は嫌われておるのか……」
「いや、だからさ、アレは逃げるだろ。あいつなら」
「では、我はどうすればよかったのじゃ……ベイルフォウス」
 上半身だけで振り返ってくる。ドレスからはみ出た横乳がナイスだ。気弱げな光が揺れる瞳は濡れ、かすかに乱れた長い白髪が体にまとわりついて、いやに艶めかしい。
「そういう感じでいいんだよ。今みたいに気弱な感じをみせりゃ、あいつならオタオタするぜ、絶対。そのときに一気にいくんだよ」
 俺ならオタオタしない。むしろ、弱った女はねらい目だ。ガンガンいく。ま、結果はどちらでも同じだが。
 俺はテーブルの横に立ち、ウィストベルに手を差し出した。
 彼女はためらいもなく華奢な手を重ね、テーブルからゆっくりと降り立つ。

「気弱な感じ……」
 赤金の瞳を潤ませて、俺をじっと見上げてくる。こんな素直なウィストベルは貴重だ。
「そうそう。そんな感じ。あと、さっきみたいに『そんなに我が嫌いなのか』って、ちょっと目を潤ませて本人に言ってみ。もしかすると、コロッと堕ちるかもしれないぜ?」
「もしかすると、か。アテにならんな」
 ジロリと睨まれた。気弱なウィストベルは今日はもう閉店らしい。

 いつもの高慢な感じに戻って俺の手をはじき、他者への侮蔑を瞳に浮かべ、長椅子に足を組んで優美に腰掛ける。そして女王然と長い白髪を後ろに払い、かぶりつきたくなるような細いむき出しの肩をそびやかした。
 俺はそんな彼女の全身をくまなく眺められるよう、正面の椅子に腰をおろす。

「ところで、ウィストベル。西南に不穏な空気が漂っている」
 俺が嘲笑を交えてそう言うと、赤金の瞳はすっと殺気だって細まった。
「またあの犀女か」
 ウィストベルと俺の隣人、アリネーゼは犬猿の仲だ。デーモン族一の美女とデヴィル族一の美女、それぞれ何かしら相手に思うところがあるらしい。もともとお互い相手の種族を毛嫌いしている上に、性格的にも全くあわないようだ。俺は同族嫌悪なのじゃないかと、密かに疑っているが。
「もとより少なかった配下のデーモン族が、デヴィル族の挑戦を受けて破れ、今やアリネーゼ配下の有爵者は九割がデヴィル族だ。ただでさえ、デーモンは総数の上でデヴィルに負けているというのに、このままではパワーバランスが崩れる一方だ」
「目障りな女狐じゃ。いっそ、滅ぼしてしまうか」
 まあ、アリネーゼは狐じゃなくて雌牛なんだけどな。あ、いや、顔を基準に考えると犀か?
 ウィストベルは赤金の瞳をギラギラと輝かせ、柳眉を逆立てている。髪が逆立ち、歯ぎしりが聞こえてきそうな怒気を放って。

 俺は、俺自身が魔王になりたいとは思わない。兄貴がいるからだ。
 そして万が一、兄貴がその座を誰かの手で追われるなど、想像しただけではらわたが煮えたぎる。
 だから俺だって兄貴の治世を脅かすだろう者を、黙って放っておくはずはないのだ。だが……。
「まあ待て。アリネーゼ一人いなくなったところで、何が変わる。最小の努力で最大の成果を得るには、耐えることも必要だぞ」
「本能に従って生きている男の言葉とも思えんの」
「だからこそだ。獲物は一番うまい時期までとっておくものと決まっている。時には短気を抑えるもんだ」
「我はもう、我慢はせぬと決めたのじゃ。千年……ずっと我慢し続けたのじゃからな……」
 怒気が増幅され、憎悪をはらむ。その正体を俺は知らない。ウィストベルの過去に関係があるのだと思うが、彼女は大公に就く以前のことを、絶対に話そうとしないからだ。兄貴なら知っているのかもしれないが、聞いても教えてくれないだろうし、まあ、過去のことはどうでもいい。
 しかしさすがにゾッとさせられる。こういう時のウィストベルを見ると、俺も少々ジャーイルに理解を示したくなる。もっとも、それ以上にこの肢体は魅力的なのだが。
「近くまた、大公位に変動があるかもしれんな」
「どういう意味じゃ、それは」
 俺は無言で彼女にニヤリと笑って返した。

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