古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第二章 二年目の日常】
8.大公に就任して初めて、御前会議とやらに参加することになりました

 今日は七大大公は言うに及ばず、侯爵までが魔王城に集まるという、御前会議の日だ。
 四年に一度開かれ、公・侯爵は必ずしも参加を強制されないが、大公は全員参加が定例となっているらしい。
 全員そろうのは俺の催した舞踏会以来だ。
 もっともあのときはめいめい勝手に過ごしていたから、七人そろって顔をつきあわす事はなかったが。
「じゃあ、そろそろ行ってくるが、マーミル。おとなしくしてろよ?」
「お兄さま、お忘れものがございますわ!」
「え? なに?」
 忘れ物?
 いつものラフな格好じゃなく、ちゃんと装飾の多い第一級の正装に着替えたし、マントもびらびらさせてるし、なんだったら珍しく髪までなでつけてるんだが?
 腰にも一応、帯剣してるし、他に資料がいるわけじゃなし、忘れ物なんて……。
 と思っていたら、マーミルに満面の笑みで両手を差し出された。
 そこに乗っていたのは……。
「はい、ペンダントですわ」

 う……。
 アレだ、これはその……大公位就任一周年の記念とかで、マーミルがくれたペンダントトップのついた……。
「いや……今日は……公式の集まりだから」
「だからこそ、ですわ。お兄さまと私の兄妹愛を、みなさまに知らしめるチャンスなのですわ!」
「そんなもの、知らしめなくても」
「何をおっしゃっているの、お兄さま。もし、お兄さまに邪な視線をよこす者がいたとして、これはそんな者の邪念からをも、お兄さまを守ってくれるのですよ」
 なんだその、怪しげな効能。
 なぜなのか、今にも涎を垂らさんばかりの勢いの妹に、俺は否応なくそのペンダントを首からかけられてしまった。
 止むを得ん。せめて、服の下になるよう隠しておこう。
「そうですわ、そのように素肌にくっつけておくのが、一番いいのですわ。さすがはお兄さま!」
 え? みんなに知らしめるんじゃなかったのか?
 なんか、逆に誉められた。兄としては、お前の両面肖像画を隠したかっただけなのだが、まあ良しとしよう。

「じゃあ、後は頼む、エンディオン」
「無事のお帰りをお待ちしております、旦那様」
 俺はマーミルの頭を撫で、エンディオンに手を挙げて、魔王城へ向かって飛竜を飛ばしたのだった。

 ***

「大公閣下」
 魔王城の庭先で、飛竜を係の者に預けていると、近づいてくる一団があった。
 ジブライールたち、俺の配下にある公爵と侯爵の一団だ。
「わざわざ、迎えに来てくれたのか」
「なかなかお出でにならないので、心配いたしました」
 あんまり俺がやってこないので、みんなで様子を見に来たってわけだ。
「ああ、すまん。ちょっとな……」
 俺も本当なら、もっと早く来たかったんだ。会議に先立って魔王様に挨拶したかったからな。
 だが今日は珍しくギリギリに来たのだった。というのも、先日の一件以来、ウィストベルと顔をあわせるのがちょっと……。絶対、怒ってるだろうからな。
「これが、今回の御前会議に出席する、閣下の臣下すべてです」
「ああ、うん」

 俺は一団をざっと見回した。あらかじめ参加予定者の名は聞いてある。全員で二十人弱、中には舞踏会で一度顔を合わせただけの者もいて、打ち解けているとは言い難い。その七割はデヴィルで、三割がデーモンだ。
 ちなみにジブライール以外の三人の軍団副司令官も、今回は全員そろっているようだ。俺のことをどう思っているのか、あとでちょっと探ってみようか。
 そんなことを考えていたら、すぐ近くに別の飛竜が降り立ち、その背から誰かが緩い弧を描いて飛び降りるのが目に入った。
 あの遠くから見てもよく目立つ四枚羽根は、マストヴォーゼに違いない。

「ジャーイル大公」
 マストヴォーゼは低空飛行で近寄ってくると、俺が声をかけるより早く、手を上げてにこやかに挨拶をくれた。
「久しいの。ご健勝のようでなによりじゃ」
 背中の羽根を動かすのをやめ、俺の正面にゆっくりと着地する。
 マストヴォーゼは種族を問わず相手を受け入れてくれる、気のいいおっちゃんだ。同盟のために何度も城を訪ねたこともあって、すっかり打ち解けている。少なくとも、俺はそう自惚れている。
 同盟者に彼を選んでよかったと本当に思う。もしプートに申し込んで承諾を得られたとしても、軽口は交わせなかったろう。

「そちらこそ。今日はさすがに奥方はご同伴ではないのか」
「当たり前じゃ。もちろん、片時も離れたくはないが、御前会議では致し方あるまい。我が妻は美貌ではあるが、容色のみで爵位は得られぬでの」
 たぶん、マストヴォーゼがぎりぎりの到着なのは、奥方と直前までいちゃついているからなのだろうと推測する。俺と同じで、臣下は先についているのだろう。
「ジャーイル大公も、はよう我が美貌の妻のような相手を見つけるのじゃな」
「まあ、そうしたいとは思ってるんだけど……」
 いや、マジで。マストヴォーゼと奥方を見てると、うらやましくはなるんだ。でも、出会いがな……。出会いがないんだよな。

 ちなみに俺の好みは、清楚で可憐な女子だ。もう、目があっただけで頬を赤らめ、手がふれようものなら「きゃ」とか言って逃げだしそうな感じの。
 以前ちらっとエンディオンにその話をしたら、「旦那様も異性の理想に関しては、マーミルお嬢様とお変わりありませんね」と言われた。
 心外である。

「もう他の大公は揃っておるかの」
「たぶん俺たちで最後だと思う。結構ギリギリだから」
「では、急いで行ったほうがよいかの」
「ああ」
 マストヴォーゼと並んで歩き出そうとして、ふと腕をつかまれ、立ち止まった。
「閣下」
「ん? どうした、ジブライール」
 振り返ると、ジブライール以下臣下の全員が、真剣な顔つきで俺を凝視している。
「その、代表して質問いたしますが……今、マストヴォーゼ大公におっしゃっていたことは、本当ですか?」
「今言ってたことって?」
「その……奥方を、お探しとか」
「ああ……。別に積極的に探してるわけじゃないよ。いい出会いがあればと、思ってるだけだ。まあ、しばらくは無理だな。仕事で手がいっぱいだ」
 俺がそう言うと、数人は明らかにがっかりしたような、数人はほっとしたような顔をした。ジブライールは相変わらずの無表情だ。
「ジャーイル大公」
「おっと、マストヴォーゼがお呼びだ。行くぞ」
 俺はジブライールの腕をほどき、マストヴォーゼを追って魔王城へ入城した。

 ***

 御前会議は魔王陛下を五段ほどある幅広の壇上に迎えて行われる。
 広い会議室の真ん中に据え付けられた長方形のテーブルには、円卓の時と同様の振り分けで、七大大公の席が左右に置かれている。
 つまり、魔王から右手の席を近い順にプート、アリネーゼ、サーリスヴォルフと偶然にもデヴィル族が並び、左手にベイルフォウス、ウィストベル、マストヴォーゼと俺の親しい魔族が並んでいる。
 ちなみに、七番目である俺はいわゆるお誕生日席、魔王様を正面に見上げる席だ。

 配下の者たちは、それぞれ自分の属する大公の後ろに、これまた魔王席に近い方から序列順に座るのだ。ただし魔王直属の臣下だけは壇上に座るわけにもいかないので、階段を守るがごとく、その前方に椅子を並べて座っている。
 そしてこの会議場のぐるりを、定間隔に衛兵が立ち並び、なぜか出入り口には医療班らしき者たちの姿もある。
 会議なのに、なぜに医療班。
 一見したところ、今回もっとも随伴が多いのはアリネーゼ、もっとも少ないのがベイルフォウスのようだ。
 総勢で二百人ほどになるだろう。

 おいおい。ベイルフォウスは毎日遊びがすぎて、臣下に見放されてるんじゃないだろうな。十人も連れてきていないから、ちょっといらぬ心配をしてしまう。あいつ、ほんとに始終うちに来てるから。

 俺たち臣下が全員揃うと鐘がなり、魔王ルデルフォウス陛下が壇上背面の扉から、金ピカの剛剣をもって入場してきた。
 その出で立ちは魔王にふさわしく、全身真っ黒の正装だ。
 引きずるほどに長いマントを翻し、天を突く背もたれの豪奢な王座にどっかりと腰を下ろす。その姿勢は定規を当てたように正しく、剛剣を体の正面に置いて両手を柄に添えている。そうして臣下を見下ろす姿は、威厳に満ちあふれていた。
 ひゅーひゅー。魔王様かっこいいー。
 いつもちょっとアレだけど、決めるときは決めるよねっ!

 開会の言葉さえ終われば身分に関係なく、自由に発言できるらしい。
 開会宣言は、例の通り大公位第一位、全魔族第二位のプートだ。
「意見のある方は、起立して発言してください。また、どれほど相手の発言を許諾できないと感じても、この場での破壊行為は認められません。では、これより御前会議を開会いたします」
 うをい!
 つっこんでいいですか?
 この場では認められないってことは、後でなら殴り合いの喧嘩も自由だって事ですか!? だからこその医療班ですか!?
 向かい合ったアリネーゼとウィストベルが、すでに剣呑な雰囲気なんですけど。会議が終わったとたんにキャットファイトとか、勘弁してくれよな!

 先頭きって立ち上がったのは、意外にもベイルフォウスだった。
「まずは今回の御前会議が無事に開会されたことを、お慶び申し上げる。俺としては、このまま陛下の治世が永遠に続くことを、願うばかりだ」
 さすがに会議中は兄貴とは呼ばないらしい。
 彼は他の大公をいつもの挑発的な目で見回してそう言うと、ぞんざいに椅子に腰掛け、足を高く組んだ。
「陛下の御代が続けばよいという言葉には同意いたしますけど」
 そう言って優美に立ち上がったのはアリネーゼだ。さすがに会議とあって、いつもはむき出しの雌牛のただれた肩が隠れた、露出度の少ないドレスを着ている。
「しかし弟御は御代の実質は問わないとみえますわね」
「どういう意味だ」
 明らかな挑発だが、応じるベイルフォウスは余裕の笑みを浮かべている。というか、いつものアレだ。女性に誘いを向けるときの目だ。ホントこいつ、見境ないな。
「さあ、どういう意味でしょうね?」
 あれ? 今、アリネーゼ、俺のほう見なかった?
 何、俺に関係あること? ……マジ?

「陛下の御代を乱しておるのは、アリネーゼ、そなたではないのか?」
 うお、ウィストベル、いきなりそんな喧嘩腰!
 ちなみにウィストベルは今回も思いっきり肩の出て胸の強調されたドレスだが、それでもショールを羽織っているところが、気を使った結果なのだろうと思う。
「そなたの随伴、前回に比べて、ずいぶん顔ぶれが変わっておるようじゃが?」
「あら、健全な魔族なら、誰しも爵位に野心を持つもの。私にそれを押さえる権利はありません。であれば四年も経てば、顔ぶれが変わるのは当然のこと」
「ふん。何を企んでおるのだか、わかったものではないな」
 ちょっと、お姉さんたち、怖いですよ! 火花、飛んでますよ!
 アリネーゼを穏健派だとした俺の判断は間違っていたか? それとも、ウィストベル限定で好戦的なのか?

「気にするな、いつものことよ。そのうち慣れるじゃろうて」
 俺の右手の席に座ったマストヴォーゼが、こっそりとささやいてくれる。
 え、そうですか。これで通常営業ですか。
「私などよりも、ウィストベル。そなたとベイルフォウスこそ何か企んでいるのではなくて? 何も知らない新任の大公を抱き込んで、いったい何を画策しているのかしら?」

 うおお、なんでみんな俺のこと見んの?
 えええ、ベイルフォウスとウィストベルがなんか企んでるって、いやいや。それ考えすぎでしょ。あの二人、ホントに本能に従って生きてますよ?
 おい、ベイルフォウス、面白そうにニヤニヤ笑ってんな! 他人事じゃないんだぞ、お前の名前も出てるんだぞ!
「我らが何を画策するというのじゃ」
「白々しい。会ったその日のうちに、何も知らないジャーイル大公を自分の城へ連れ込んだくせに」
「随分、無粋な表現をしてくれるの。まさか、嫉妬か? デーモン嫌いの女をも魅了するとは、悪い子じゃの」
 うお、ウィストベルと目があった。うあ、なんか俺には怒ってないみたいだけど……だけど……だよな?

 それにしたってこれって御前会議なんですよね? 話題がそんな下世話でいいの?
 まあ、そりゃあみんな下世話だって知ってますけどね、なんとなく!
 もう誰も取り繕おうとしないところが、いっそすがすがしいですね!
「自身が誰彼かまわず色目を使っていると、他者までそうだと思いこむらしい」
「なんじゃと?」
 ちょっと待って! アリネーゼ、ウィストベルをこれ以上、刺激しないで!
「まあまあ、アリネーゼもウィストベルも落ち着けよ」
 人を食ったような軽い声をあげて立ち上がったのは、ベイルフォウスだ。

「ジャーイルに関して言わせてもらえば」
 ん、俺?
「ウィストベルの好みのタイプど真ん中だっただけだし、アリネーゼは俺まで疑っているようだが、あいつのところに俺が足繁く通っているのがその原因だとすれば、それはジャーイルではなくその妹のマーミルが目当てなのだと、言わせてもらう」
「ジャーイル大公の妹御、だと?」
 興味津々、尋ねたのはアリネーゼではなく、サーリスヴォルフだ。ちなみに今日は男のつもりらしく、服装も口調も男仕様だ。
「そう、妹姫。成人前だが、実に可愛らしくてな」
「いや、もちろん妹姫のことは、舞踏会でご紹介いただいたから、知っているが」

 ええ、全員知ってますよね。うちの妹が見るからに子供だということを。
 おい、いいのか、ベイルフォウス。今のでみんな明らかにどん引きしてるぞ。お前、たぶん今の発言、勘違いされたぞ!
 壇上のお前のお兄さままで目尻をひくつかせているぞ。
 女に見境ない奴だとはみんな知ってるが、それにロリコン属性がプラスされてしまうんだぞ!

「さすがはデーモン族一の女殺しよな。私にはデーモン族の美醜はわからぬが、ジャーイル大公も相当の美形と聞く。その妹御であれば幼くともそなたが目をつけるのも、無理はあるまいか」
「ああ、それはもう、史上まれにみる愛らしさだからな」
 ちょっと、いいの、それ、ロリコン肯定になっちゃうよ?
 俺はお前の発言の真意を理解してるけど、他の大公たちはそうはいかないよ?

 しかし、サーリスヴォルフとベイルフォウスのやりとりのおかげで、随分場は和んだ。
 うん、少なくとも、今にもキャットファイトが始まりそうだった時に比べれば。
「よろしいでしょうか」
 アリネーゼの配下から、声があがる。背後の主席に座るデヴィル族の公爵が、席を立ってルデルフォウス陛下を見上げていた。
「発言は自由だ。許可は必要ない」
 魔王陛下は眼下の騒ぎに動揺一つ見せず――実弟に新たな性癖が追加された時以外は――、手は剛剣を握ったままだ。会議場ずっとあの姿勢のままなのだろうか。疲れないんだろうか。ホントにまじめな魔王様だな。
「先ほど話題にあがりました、アリネーゼ大公閣下配下の更新について、ご報告させていただきたいと存じますが」
 彼は大公たちの顔を見回した。
 ああ、そういう報告会の場でもあるんだっけ。実際の報告やなんかは、臣下がしてくれるらしい。正直、会議とはいっても大公は偉そうに座っているだけだ。……と、俺はそう聞いてたんだよ。なのに、まさかいきなりあんな戦いが繰り広げられるとは、思ってもみませんでしたよ!

 とりあえず、他の大公たちも落ち着いたみたいだ。
 よかった、これでふつうに会議が始まる……そう、ホッとしたときだった。
「魔王陛下、並びに大公・諸侯閣下にご報告申し上げます!」
 正面の扉が開いて一人の官吏が姿を見せ、大音声でそう呼ばわった。
 俺からすると、背後だ。あんまり大声だったので、ちょっとビクッとしてしまったが、誰にも見られてないといいな……。
「なんだ、騒々しい。御前会議の最中であるぞ」
 プートが立ち上がって一喝したが、その官吏は彼には無反応で室内へ二、三歩進み、片手片膝をつく。
 おお、大公の叱責を無視するとは勇気あるなあ。
「よい、プート。火急の場合は、報告を許している」
 魔王様が右手を挙げそう言い渡すと、プートは渋々といった様子で腰を下ろした。
「で、何用か」
「は、<死して甦りし城>より、急使が参りました」
「我が城よりとな?」
 マストヴォーゼの表情に緊張が走る。<死して甦りし城>とはそう、彼の大公城に違いなかった。
「マストヴォーゼ閣下の大公位に、挑戦する者が現れたとのことです」

 会議は中断された。

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