古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第二章 二年目の日常】
22.僕の目も特殊魔術、医療魔術も特殊魔術、特殊魔術にはいろいろあるんです

 医療班の三人が出て行き、マーミルの寝室に残ったのは、俺とエンディオンとアレスディアだけだ。
 さて、少し二人にも席を外してもらうか。
「すまないが、アレスディア。俺の夜食を頼んでもいいか? あと、マーミルのために消化のよさそうなものも、作ってもらってきてくれ。しばらく俺が様子をみているから。エンディオンも、通常業務に戻ってくれ。しばらく俺はマーミルにかかっていたいから、手配をたのむ」
「かしこまりました」
 家令と侍女は同時にそう答えると、頭を下げて退室した。

 これで寝室には俺とマーミルだけだ。
 俺もひとつ、特殊魔術を使ってみよう。

 妹は、今はよく眠っているようだ。
 首の下にしいてあった氷枕を点検すると、ずいぶんぬるくなっていたので、魔術で凍らせる。ついで額のタオルも氷水で絞って、汗でねばついた顔をふいてやった。

 医療班の魔術では完治しなかったが、正直、俺が想像していたよりずっと改善している。
 だが完治しないのは彼らの医療魔術が外傷にのみ効果のあるものだからか、それとも別の理由によるものか、このままでは判断がつかない。
 もし前者だとするならば、エンディオンのいうとおり、このまま看病を続ければ三日ほどで熱もひくのかもしれないが。

 俺はマーミルをじっと見てみる。
 いや、正確にいうなら、マーミル自身ではなく、妹から発せられる魔力の波をだ。
 特に、ファクトニーがほかの場所より熱が高いといっていた、右腕の付け根あたりを。

 俺の赤金の瞳は他者の魔力を視ることができる。
 それは一種の波のようなもので、色はないから正確には視ると言うより感じられるといったほうがいいのかもしれない。いや、やはり瞳を向けてこそ感じるものだから、視るでいいのかな。
 とにかく、その波みたいなものは、単純に大きければ魔力が強いというものでもない。密度、形、重量、覇気、そういったものを総合して、けれど単純な強弱なら一目で簡単に判別ができるものだ。
 だから通常は相手のことを知ろうと思ったところで、じっと凝視する必要はない。長い間視続けたところで、相手の詳細なデータがどんどん追加されていく、ということはないからだ。

 だが、長く視ることで判別できる情報が、たった一つだけある。
 他者の魔術の影響……、つまり、隠された呪詛の存在だ。

 俺の経験上、なんらかの影響をうける魔術をくらった場合、その方法や相手については、受けた本人がまず気が付く。魔族であれば力の強弱は関係なく、自分に対する術式の発動を見逃す者はいないからだ。
 だが、稀に見逃される魔術がある。

 それが、いわゆる呪詛という奴だ。
 魔術によって相手に影響を与えているのは間違いないのだが、発動する魔力があまりにもわずかであるか、あるいは巧妙に隠匿された方法をとるため、施術時に気づかないことが多い。そしてその呪詛を受けた本人は、他者の魔力に体内を犯されているというのに、違和感を持たないのだ。
 実際、俺も今までに知らずに他者からの呪詛を受けている人物を、何人も視たことがある。

 もっとも、呪詛の多くは本人にたいして悪影響がなさそうなもの……圧倒的多数だったのは、浮気ができないよう、妻が夫にかけた呪詛であるとか、その逆だとか、そういう類のものだったから、特別本人に伝えたことはない。
 伝えたところで俺には解き方もわからないし、放っておいたって、いざ浮気をしようと思ったときにおなかがいたくなってきた、とか、その程度の効力しかないようだからだ。

 それにそういう呪詛を受けている者に限って、俺がじっとみていると、「なにじろじろみてんだよ」
とか言って小突こうとしてくる輩が多かったので、親切心など起こらなかったんだ。
 だいたい、魔族で呪詛という言葉や存在自体を知っている者の方が珍しい。なにせ、ほら、みんな本とか読まないしさ。
 力に名前なぞいらぬ、なんていう、どこの覇王ですか、みたいなのが多いもんだから。
 そんな相手に説明するのは、ものすごく面倒なのだ。

 ちなみに、さんざん女性に不義理をしているベイルフォウスのことは、結果を見るのが怖くて探ってみたことはない。だが、悪行が収まらないところをみると、なんの呪詛もうけていないのだろう。

 ともかく、呪詛というのは、相手に気づかれずに体内に影響を与える特殊魔術のことであり、その使い手は限られている。実は本人ですら、そんな特殊魔術を持っていると知らないで、自然に相手に影響を与えていることすらあるくらいだ。
 そして、その効果は微々たるもの。
 ようするに、分類上呪詛だなんて名前が付けられてはいるが、ほとんどは大した影響力がないものなのだ。
 だが。

 やっぱりだ。
 ファクトニーが言っていた、右腕の付け根あたり……いいや、そこにいたるまでの右手のすべてに違和感がある。付け根は単に、ひどく影響をうけているその範囲の、終点といったところか。
 右腕全体に、妹のものではない魔力……かすかだが、その残滓のようなものが認められる。
 おそらく、背中を視ても同じようになっているのだろう。

 魔力をみられる俺が、かすかとはいえ、他者の魔力が残っている状態を発見して、その相手がわからないはずはない。
 全く面識がなければ、見当もつかないが。
「あの、クソガキ……人の妹にやってくれるじゃないか。呪詛、だと?」
 思わずベッドを拳で殴りつけると、妹がうっすらと瞳をあけた。

「ああ、すまん。起こしたな」
「……にい、さま……」
 さっきはこちらの言ったことに頷くしかできない様子だったのが、今は声を出せるまでに回復したようだ。
 医療班に対する認識を、改めないといけないな。

「気分はどうだ? 何か、飲むか?」
「お水……」
 俺はうなずくと、サイドテーブルに置かれた空のコップに、水差しの水を注ぎ、妹の背を支え起こしてから、コップを手渡す。
 マーミルは熱い両手でしっかりとコップを抱え込んでから、ちびちびと水を口に運んだ。
「少しは楽になったみたいだな」
 俺の問いに、口を湿らせたまま、妹はうなずく。
 ややぼうっとしているが、白目の充血もかなりひいていた。

「ふふ……」
「なんだ?」
 身体は辛いはずなのに、妹は少し楽しそうだ。
「お兄さまが優しい」
「失礼だな、俺はいつだってお前に優しいだろう? お前だって、サーリスヴォルフに『兄は私に甘い』、って言ってたじゃないか」
「そうですけど」
 半分ほど減ったコップを受け取って、妹の身体をゆっくりとベッドに横たえる。それから氷水につけてあったタオルを絞ると、妹の額に置きなおした。
「冷たい」
「気持ちいいだろ?」
 そういうと、妹はこくりとうなずいた。

「ねえ、お兄さま……」
「ん?」
「私、どうしたのかしら。こんなこと……今まで一度も……」
 赤い瞳が不安げに揺れている。
 俺はマーミルの熱い手を取り、強く握りしめた。
「大丈夫、心配するな。ちょっと疲れがでただけだ。お兄さまが治してやるから、安心しろ」
「お兄さまが?」
「できないと思うか?」
「いいえ……いいえ……」
 ささやくような声でそうつぶやくと、妹は安心したのかすうっと瞳を閉じた。
 間をおかず、規則正しい寝息が小さな唇から漏れだした。

 ***

 再度眠りについたマーミルの世話を、戻ってきたアレスディアにまかせて、俺は社交室に向かう。晩餐を終えたスメルスフォと彼女の娘たちに会うためだ。

「ジャーイル閣下、なんだかお顔を拝見するのはお久しぶりですわね」
 スメルスフォがにっこり笑って出迎えてくれる。
 相変わらず、息が抜けるようなしゃべり方をするから、注意して聞いていないとたまに聞き逃してしまいそうだ。
「お食事は?」
「ええ、すませてきました」
「マーミル姫は大丈夫ですの? お倒れになられたそうで」
「ああ、疲れがでたみたいです。あれでも意外に、繊細な子でね」
 俺がそういいつつスメルスフォに近づいていくと、人見知りの激しい長女はその背に隠れ、次女は元気よく挨拶をくれた。
 それにならうように、三女以下が順番に一言ずつかけてきてくれる。
 なんか、鍵盤を順にたたいているようでおもしろい。
 だが、四女と五女の姿がない。

「スメルスフォ。実は……」
 俺は今日、デイセントローズが全員に対して同盟の申し込みをしてきたこと、そして、まずはこの城への訪城を行うといっていたこと、それは三日ほど後の予定だということを話した。
 そう、三日後だ。

 日にちに関しては帰り際、デイセントローズに引き留められて、日程を伝えられたのだ。ほぼ一方的に。
 まあ、日常の業務しか予定もなかったので、特に断る理由もなかったのだけれど。

「そうですか、デイセントローズ大公が」
 スメルスフォの表情から笑みが消える。それはそうだろう。
 爵位の簒奪は魔族の日常とはいえ、当事者からすれば、それが相手を許す免罪符になりうるはずがない。
「わかりました。もとより、わたくしたちが本棟に渡ることはそうございませんが、その日はより気をつけることにいたしましょう。あちらも、滅した相手の家族の顔など、見たくはないでしょうから」

 スメルスフォは無表情だった。いろいろ思うところはあるだろうが、デイセントローズとの同盟に対する意志を確認してくることもない。
「申し訳ないが、お願いします。ところで、ネセルスフォとネネリーゼの姿が見えないようだが……」
「ええ。食事が終わるなり、部屋にこもっていますわ。二人でマーミル姫の熱を下げる方法を、調べるのだとか」
「大丈夫だとは思うが、万が一二人が体調を崩すようなら、すぐ知らせてください。それと、あまり心配しすぎないように言っておいていただけますか? 医療班のおかげで、熱もかなり下がっているので、あとは徐々によくなっていくだろうからと」
「そうですか、それはよろしゅうございました」
 スメルスフォはホッとしたように、胸をなでおろした。

「あ、あの……」
 小さな声が聞こえたので、スメルスフォの後ろに視線を移すと、雌牛の角がちらりとのぞいているのが目に入った。
 ああ、そういえば、長女が母親の後ろに隠れたんだっけ。
「マーミル……に、早く……よくなって、って……」
「ああ、アディリーゼ。ありがとう、伝えておくよ」
 俺がそう答えると、長女はまたスメルスフォの背後にぴったりと体をくっつける。
 相変わらず、人見知りの激しい子だな。

「すみません。いつまでたっても、この調子で……アディリーゼ、ジャーイル大公閣下にたいして無礼ですよ。きちんとご挨拶しなさい」
「スメルスフォ」
 俺は手を上げてスメルスフォをとどめた。
「アディリーゼ。マーミルと話をしてたんだが、妹の熱がさがったら、一緒に騎竜の練習をしないか?」
「騎竜……」
「そう、竜だ。一人で飛竜に乗れるように、なりたくはないか?」
 俺がそういうと、長女はおそるおそるといった風に、母親の背から顔をのぞかせた。
「乗り……たい……」
「そうか、じゃあ、がんばろうな」
 アディリーゼはこくりとうなずくと、また母の後ろにぴったりとくっついた。
 アディリーゼはマーミルよりだいぶ年上だから、成人に割と近いはずだよな?
 こんな引っ込み思案で大丈夫なのだろうかと、心配になってしまう。

「すみません、ジャーイル閣下。気を使っていただいて」
「いや……マーミルが双子姫も一緒に習いたいというのでね。だったらその上の子たちも、まとめて教えたらいいかと思って。もちろん、本人たちが望み、あなたに反対がなければ、ですが」
「反対など。感謝いたします」
 スメルスフォは優雅な仕草で膝を折った。
「ほかに何か困ったことがあれば、俺でなくとも結構です。誰にでも相談してください。できうる限りの対応をさせてもらいます」
「本当に、なんとお礼をいえばいいのか。今でも十分によくしていただいておりますのに。……そうですわ、今、少しだけお時間、よろしいでしょうか?」
「なんです?」
「ジャーイル大公閣下に、ぜひ差し上げたいものがございますの。どうぞ、私の部屋へおいでください」
 スメルスフォは長女をその背から引き離し、娘たちから遠く離れると、意味ありげな笑みを俺に向けたのだった。

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