古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第二章 二年目の日常】
28.さて、話し合いはきっちりとしないといけませんね

 いよいよ今日は、デイセントローズが我が城を訪ねてくる約束の日だ。
 いったいどんな顔をしてやってくるつもりなのか……とりあえず、相手の出方をみてみることにするか。
 正式な先触れを受けており、やってくる時間が明らかなのだから、臣下総出でのお出迎えだ。

 ……いや、総出は言い過ぎました。
 でも、結構なメンバーだよ?
 エンディオンとワイプキーを筆頭に、本棟に表だって勤めている者の半数、侍従や侍女、家僕に至るまでが並んでお出迎えだ。
 正直、デイセントローズを相手にそこまでしたくはなかったんだが、エンディオンが大公の公式な訪問を迎えるのだからこれくらいは当たり前だというのでしかたない。

 ちなみに、ジブライールたちだって俺の臣下ではあるが城付き、というわけではないので、こういうときは無関係だ。あくまで筆頭は家令のエンディオンと侍従のワイプキーということになる。

 しかし、大公を迎えるってならベイルフォウスだってそうだと思うんだが、そんな盛大に迎えてるところを見たことないんですけど。
 まあ、あいつの場合は公式な訪問とは言い難いが。
 そういえばマストヴォーゼが健在で、俺の城を訪ねてくるときは、もっと盛大に出迎えていた気がする。

 ところで、ワイプキーと言えば……。
「旦那様。先日は、娘を深くご信頼いただいたそうで、ありがとうございました」
「え? あ、いや……信頼っていうか……いや、まあ……うん、ご協力いただいたが」
 ニヤリ、と、ワイプキーが目を細めて笑う。
「ええ、そうれはもう、承知しております。娘は大変な喜びようでした。旦那様が、ありのままの自分を受け入れてくださるのだと申しまして……これからは素でおつきあいをできるのだ、と」
「は? え、は!? な、おまっ、いや、え?」
「大丈夫です。私は自分の立場は心得ております。誰も、お父様などと呼べ、とは申しませんとも」
「いやいや、違う、ワイプキー! それは何かすごく、勘違いしてる! エミリー嬢には確かにご協力いただいたが、彼女を受け入れるとかそう言う話では……」
「わかっておりますよ」
 髭を触りながら、奴はドヤ顔で俺の肩を叩いてきた。
「いや、わかってないだろ、それ!」
「いえいえ、わかっておりますよ。旦那様が未だに正式な伴侶を得るつもりではないということは。ただ、娘をご寵愛なさるのに、結婚の意志は必ずしも必要ありませんから」
「わかってないじゃないか! だから、俺は全く、誰とも、いっさい、つきあうつもりがないと」
「しーっ。旦那様、あんまり大きな声を出すと、みんなに知れ渡ってしまいますよぉ」
 うわっ、ムカつく。なんだこの、他人の話を聞かない髭親父! 今度こそ、頭蓋骨砕いてやりたい。
「ほらほら、そろそろデイセントローズ閣下がいらっしゃいますよぉ。詳細は、また後日」
 そんなムカつく会話があったことは、付け加えておかねばなるまい。
 そして俺はエミリーへの礼には、慎重を期すことを肝に銘じたのだ。

 それはともかく、デイセントローズはこの<断末魔轟き怨嗟満つる城>に、彼の予告した時間ぴったりにやってきたのだった。

 ***

「これは、盛大なお出迎え、ありがとうございます」
 デイセントローズは羽虫の翅をぱたぱたと動かし飛竜の背から飛び降りると、まっすぐ俺の方に向かって歩み寄ってきた。
 いや、まあ、俺に会いに来たんだから、こっちくるのは当然なんだけども。くそう、このラマ、やっぱりムカつくな。わざわざ出迎えてやらないで、応接で待ってればよかったか。

 ちなみに、やってきたのは彼一人だった。その点ではデイセントローズも無駄に臣下を引き連れて、権勢を誇ろうとするタイプではないようだ。
「久しぶりに大公の正式な訪問とあって、臣下も張り切っているようでな」
 ようこそ、とはいってやらないからな。本当なら今にも殴りかかってやりたいところだ。
 そんな怒りをぐっとこらえ、俺はデイセントローズと並んで歩きながら、城内へと彼を招き入れた。

 応接、と、一括りにいっても、この広い大公城のことだ。その役割を振られた部屋は、三十ほどある。広さはまちまちだが、内装の豪華さと案内される客人の身分の高低が比例しているのだ。
 今日の訪問客はデイセントローズ、大公閣下だ。当然、最上級の応接に分けられた一室に案内した。
 ちなみに、先日エミリーやジブライールと話した応接は、ランク的にはちょうど真ん中くらいだろうか。エミリーは無爵位だが、ワイプキーの娘ということで、エンディオンもいろいろ考えたのだろう。
 それと、ほとんどあり得ないことだが、万が一ジブライールが客人としてやってきたならば、今いるこの部屋での対応ということになるだろう。
 なにせ、あれでもジブライールさんは公爵ですからね。

 あ、俺がこの城にネズミ大公を訪ねてきたとき?
 昨日の部屋よりランクの低い部屋だったね。椅子も木の粗末な椅子だったしね。うん、最下層……。
 それはともかくとして、だ。

 その応接は最上級にふさわしく、床一面に細かい模様で織られた、毛足の長い上質の絨毯がひいてある。壁際には低いキャビネットが二台あるほか、直置きの装飾品が五点ほど置いてあるだけ。あとは中央に肘掛けの豪華なソファが二脚ずつ並んで向かい合い、小さなテーブルを囲んでいた。ちなみにクッションはものすごくふかふかだ。
 そう、四人分の席しかないのに、その部屋は無駄に広くて豪華なのだった。
 そこへ今は俺とデイセントローズが斜めあって座っている。
 家扶によって飲み物が給仕されるが、俺もデイセントローズもカップに手をのばそうとはしなかった。

「まず最初に提案がある。俺たちは同位の大公であるうえ、ほかの連中に比べたら着任した時期もほとんど同じといっていい。だから、あまり堅苦しいのはなしにしないか? 敬称は必要ないし、敬語なぞも使わなくていい」
 俺が大公に就任したときも、ウィストベルが似たようなことを言ってくれたが、未だに彼女に砕けた口調で話しかけることはできない。
「しかし、わたくしは若輩の身であるばかりか、無爵であったので、未だ上位の方々のふるまいに気後れしているのです。ですから、それにはおいおいと慣れることにいたしましょう」

 よくいう。
 いきなりあんな、自分の就任を祝うために集まってくれて、と、言える輩が、どうして気後れなんてしているもんか。
「それにしても、この<断末魔轟き怨嗟満つる城>というのは、美しい城でございますね。特に今日のような晴れた日には、空の青に白い壁がよく映えて……その美しさに見ほれるあまり、思わず竜の背から落ちそうになりました」
 落ちたところで、翅があるから困らないだろ。
「<死して甦りし城>だって、落ち着いたいい城だと思うが」
「どうでしょう……少なくとも、わたくしの好みは、こちらの城の方ですが」
「それは、この城を自分のものにしたいという意思表示か?」
 俺がやや冷たい感じでそう言うと、デイセントローズは目尻を下げた。
 いや、ホント、その顔にはもうだまされないから。

「まさか。以前も申しましたが、わたくしはそこまで自惚れてはおりません、ジャーイル大公。貴方の強さは、よく知っているつもりです。こう申しますのも実は、わたくしがそもそも大公位を目指したのも、貴方がヴォーグリム大公を打ち倒した、その噂を耳にし、あこがれを抱いたからなのです」
 あこがれた相手の妹に呪詛をかけるのは、自惚れとは言わないのか?
「そしてわたくしは、貴方とマストヴォーゼ閣下がかつてそうであったように、デヴィルとデーモンの垣根をこえて、親しくさせていただきたいと思っているのですよ」
 こいつ……いけしゃあしゃあと、よく言えるもんだ。マストヴォーゼを選んだのは、それに成り代わりたかったからだとでもいうつもりか。

「訪問先を逆序列順になどというのもただの口実……本心は、一番にこちらを訪問したかったからなのです。ぜひ、家族ぐるみでのおつきあいをお願いしたいと思っておりまして」
 家族って、お前、こっちにマーミルがいるだけで、お前の方には誰もいないじゃないか。何が家族ぐるみだ。
 ちょっと俺、そろそろキレてもいいですか? こいつがどう、呪詛の件にもっていくのだか見たかったのだが、我慢できそうにありません。

「ああ、そういえば、昼餐会の折にはうちの妹をかまってくれてありがとう、と、言っておくべきかな。おかげさまで、今日、君がやってくるのを妹も愉しみにしていてね。君をぜひ晩餐に誘うようにと、言いつかっているほどだ」
 もちろん、嘘だ。マーミルはこの間のデイセントローズのしつこさに辟易としていたんだから、自分から晩餐に誘うように、だなんていうわけがない。
 だが俺の言葉に、デイセントローズはその大きな目を少しだけ細めた。
「こちらこそ。お嬢様には親しくしていただきまして……。お嬢様が話し相手をつとめてくださったおかげで、ほかの大公閣下のご威光に萎縮せずにすんだようなもの。そのお礼を申し上げたいのですが、よろしいでしょうか?」
 その態度にはわずかに、焦燥感がにじんでいる気がした。
「請われるまでもなく、大公の妹として、客人には挨拶させるつもりでいる」
 当然、最初からマーミルの元気な姿は見せてやるつもりだ。

「妹君は……あの日はお疲れではありませんでしたか?」
「ああ、そりゃあ、あの日は俺だってとても疲れたしな。覚えてるだろ? ベイルフォウスとプートが殴り合いを始めるんじゃないかと、冷や冷やさせられた。俺でもそうなのに、大人ばかりに囲まれて妹が疲労しなかったはずはない」
「そうですね……」
 デイセントローズはなにやら逡巡した様子を見せている。もっとマーミルのことをつっこんで聞きたいのだろうが、俺に怪しまれるのを警戒して口に出せないでいるのだろう。
 いや、もう君のやったことはバレバレなんですけどね、こっちには。

「家族ぐるみといえば、マストヴォーゼの妻子がこの城に滞在中でね。彼女らも家族の一員と言ってもいいわけなんだが」
「そういえばそうですね。噂ではまだ、誰一人として成人しておられないのだとか……二十五人もご面倒をみられているのでは大変でしょう。もしお望みでしたら、わたくしもその任を分担してもかまいませんが?」
 自分の打ち倒した相手の名を聞いて、動揺でもすればかわいらしいが、もちろん大公に上り詰める者に、そんな繊細さは求めても仕方ない。まあ、俺も含め。
 それにしたって、自分が殺した相手の娘を引き取ってもいいって?
 さすがにそんなことを言い出す神経は、俺にだってないぞ。だいいち、娘たちの方が嫌がるわ。
「いや、みんな妹といい関係を築いていてな。ことに四女と五女とは、三つ子かと思うほど、仲良くしているくらいだ」
 ラマはぴくりと頬をひきつらせた。

「ところで、せっかくの茶がさめてしまうぞ。猫舌だっていうのならともかく、温かいうちに味わってくれ」
 俺がすすめると、デイセントローズは自分の前に置かれたティーカップに、じっと視線を落とした。
 ちなみに、これには例の軟膏が入れてある。もっとも、呪言なしで、ただ入れただけだ。もちろん飲んでも何の影響もない。

 だが、デイセントローズはカップに口をつけない。呪詛をかけられる能力は、呪のかかっていない軟膏の存在にも気づくのだろうか。まさか俺と同じで猫舌だからってことはないだろう。猫じゃなくて、ラマだし。
「どうした? 酒の方がよかったか?」
「いえ……」
 そう答えるデイセントローズの顔は見る見る青ざめていった。

 呪言もなしだと何の影響もないだろうと思っていたが、そうではないのか?
 それとも、呪詛に関する特殊能力をもっていると、軟膏が恐ろしいものに成り代わって感じられるのだろうか。
 俺とサンドリミンの丸薬に関する感じ方が全く違うように、能力が違うと感じ方も効力も違うということがあるのかもしれない。
 ためらうようにデイセントローズがそのカップに手を伸ばしたとき、応接の扉がノックされ、それを幸いにと彼は手を引っ込めた。

 やってきたのはマーミルだ。
 妹はピンクのフリフリのドレスで現れると、よそ行きの笑顔を浮かべながらちょこんと膝をおった。
「ようこそおいでくださいました、デイセントローズ大公閣下」
 妹にはもちろん、先日の熱がデイセントローズのせいだとは一言も伝えていない。疲れがたまったせいだろう、と説明してある。

「これは、マーミル姫。お元気そうで、なによりです」
 内心どう思っているのかは知らないが、デイセントローズの表情は食事会の時と同様、マーミルに好意的だ。少なくとも表面上は。
 彼はソファから立ち上がり、妹に対して礼儀正しく腰を折った。
 そのまま足を踏み出そうとする奴と、妹の中間点に立ちはだかる。
「デイセントローズ大公と今から大切な話があってな。交遊は後の愉しみにとっておいで」
 マーミルに向かってそう言うと、妹はホッとしたような表情でにこりとほほえんだ。

「ええ、存じてますわ。大公閣下のご用件は。では、失礼いたします。後でお話できることを、愉しみにしていますわ、デイセントローズ大公閣下」
 マーミルは再び膝をちょこんと折ると、部屋から出て行った。
 彼女はラマが今日やってきたのは同盟のためだと思っている。そして、俺がそれを受けると考えているのだろう。
 だが妹よ。晩餐にこいつが加わることはない。少なくともこの城では、未来永劫だ。そしてお前との交遊も許すつもりはない。今後一切な。

 やはり俺に腹芸はできそうにない。脳筋ですか、そうですか、すみません。
「さて、妹の元気なことは今みてもらったとおりだ。これに関して、意見をいただこうか?」
 俺は腕を組み、どっかりと乱暴に椅子に座り込む。
 それを見守るラマは、さっきまでの友好的な雰囲気をかなぐりすて、あのどこか慇懃無礼なうっすらとした笑みを口元に浮かべた。

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