古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第二章 二年目の日常】
29.ラマに罪はないとわかっているのに、誰かさんのせいでイラっとします

「さすがは大公閣下……やはり、一筋縄ではいきませんか」
 ラマはゆったりとした動作でソファに腰掛けると、今度はゆうゆうとティーカップを手にとってみせる。
「こんなものまでご用意なさってらっしゃるところを見ても、わたくしの企みが漏れていないとは思っていませんでしたが、まさかあれほど完全に、解呪なさっていらっしゃるとは」
 マーミルの元気な姿をみて、さすがに覚悟を決めたらしい。

「実のところ、貴方の実力はどれほどなのでしょうね? ジャーイル大公閣下。第六位で甘んじていらっしゃるのが不思議なほどです」
 その特殊能力は、すくなくとも魔力を知覚できるものではないような。俺の実力が何位相当であるのか、わからないのが本当だとすれば。 「つまりお前は、俺の地位を得るために妹に手を出したのだと、そういう解釈でいいんだな?」
 大公同士が争うときは、順位の争奪が主な理由だ。
 やる気なら受けてたってやる、もちろん。
 できうる限り平穏無事に暮らしたいが、喧嘩を売られて黙って下がるほどは平和主義でもなければ、気が長くもないのだ、俺だって。

「まさか、ジャーイル大公閣下」
 ラマの額がじっとりと汗ばむ。
「わたくしの先ほどの言葉は、嘘ではないのですよ、閣下。本心から、貴方とは親しくありたいと、望んでいるのです……貴方の地位をねらうだなんて、とんでもない。わたくしは……マーミル嬢へのことも、貴方との同盟を確実に成すための布石とするつもりで……ただ、それだけだったのです」

 こいつ……あくまでその主張は崩さないつもりか。
「つまり、マーミルの発熱を原因不明だとして困っているところへ、お前の特殊能力で解呪してみせて、俺に恩を売って同盟を断れないようにしたかった、ただ、それだけだと?」
「ええ、その通りです。ただ恩を売る、ということではなく、感謝していただいて、私を信用していただきたかった、というのが正確な企みですが。貴方からの信頼を得たかった。迂闊でした」

 実際のところ、俺にもしこの目がなく、デイセントローズの関わりを察知できなかったとしたら、妹を助けてくれるというこいつに感謝したことだろうからな。
 タイミングが良すぎるのを疑いはしても、少なくとも同盟を断ることはなかっただろう。
 だが、現実は俺は奴の関与を知っているし、幸いなことに医療班が優秀なおかげで解呪できたのだから、デイセントローズの企みは何一つ成功しなかったばかりか、ニ度と覆せないほどの不信感を抱かせた結果に終わった。

「では、残念だったな。俺の答えはもちろん、わかっているだろうう?」
 身内を危険な目に遭わせた相手と、同盟なぞ結ぶはずもない。
「ええ、本当に残念です」
 奴は手に取ったティーカップをそのまま下ろそうとする。
「待て。それは飲んでもらおうか」
 さっきも言ったとおり、飲んだところで呪詛は発動しないだろう。なにせ、誰の呪言も入っていないのだから。
 だが、なぜか奴はその無害なはずの茶を見て青ざめたのだ。俺たちには何も影響がなくても、奴にとっては違うのかもしれない、と考えるのは当然だろう。

「同盟は断ったといえ、せっかくのもてなしだぞ。せめて、出されたものは飲み干して帰るのが礼儀だろう。それとも、<死して甦りし城>に無事、帰るつもりはないか? それなら俺だって、無理に飲めとはいわん。飲んでも意味のないことだからな」
 俺が薄く笑ってみせると、ラマは苦痛のにじんだ表情で俺を見上げてきた。
「では……こちらを口にすれば、今回のことは不問にしていただけると? ……つまり、わたくしは五体満足でこの城を出ることができると思ってよろしいので?」

 これほど渋るところをみると、軟膏はデイセントローズにとっては有害なものになっているのかもしれない。
「五体満足で、か……そうだな……」
 はっきりいうと、たかが軟膏入りの飲み物を飲んだくらいで許してやるつもりはない。当然だ、妹をあんなひどい目にあわせておいて、無罪放免はないだろう。その上、俺まであんな恥ずかしい目にあわなければならなかったんだからな。
「今日のところは、お前に傷は負わせないと約束してもいい。だが、この件を未来永劫、不問にするとは約束できない」

 俺の言葉に、ラマは口元をひきつらせる。
「気にくわなければ、俺を殴りつけて帰ったらどうだ?」
 不満があるならかかってこい、だ。さっきから挑発的ですみませんね。だって、本当にムカついてるんですよ、このラマには! むしろ殴りかかってきてほしいですね! その結果、この城から生きては出られないかもしれませんが、知ったこっちゃないですね!
「やはり、あなたは危険なかたですね……」
 ラマの瞳が剣呑に輝く。

 この温厚な俺を捕まえて、危険だと? お前がいらない手を出してこなければ、こんなことにはならなかったというのに、それを俺のせいにするとは片腹痛い。
「もちろん、すべて従いましょう、ジャーイル大公閣下」
 そう言うや、デイセントローズはティーカップに注がれた茶を、ぐいっとあおった。
「ですが、閣下」
 口端からにじむ茶を、右手で荒々しくぬぐう。

「いずれは、本当に、仲良くしていただきたいものです」
 まだ言うか。本気だったら執念深いにもほどがあるだろう。
 いやにしつこくて、ちょっと気持ち悪い。怖くはないけど、気持ち悪い。
 絶対にないな。何があっても、お前と仲良くなることだけは、絶対にないな。

「全員と同盟を結べずに、残念だったな。もっとも、俺と同盟を結べていたところで、どうせベイルフォウスとウィストベルはお前を歓迎しないだろうが」
 ウィストベルなんて、門前払いだと思うね。きっと入れてもくれないよ、あの城に。
「そうかもしれません。それにサーリスヴォルフ大公からも、断られるやもしれませんし」
 サーリスヴォルフが? なぜだ? 薔薇園でいちゃいちゃしていたんじゃないのか。

「あの方が、わたくしがマーミル嬢へ呪詛をかけるのを、邪魔されたのです。そうでなければ我が呪詛は、もっと完璧なものとなっていたでしょう」
 なんだと?
 あれでも中途半端な呪詛だったというのか。マーミルがどれだけ苦しんだか……こいつ、やっぱり今ここで、さくっと殺っておくか?

 しかし、それを止めたのがサーリスヴォルフ?
 単にいちゃいちゃしだしたのではないということか?
 それが本当だとすると、彼はマーミルの恩人ということになるが。

「では……心苦しいことではありますが、マーミル嬢には晩餐をご一緒できなくて、申し訳ございませんとお伝えください。わたくしが大層残念がっていたと……」
 そう言いながら、そそくさと立ち上がる。
 誰が帰っていいといった。
 軟膏の影響がでる前にさくっと帰ってしまおう、という魂胆だろうが、そう思惑通りいかせてなるもんか。

 傷つけないと約束してしまったので、せめてもの嫌がらせだ。弱みくらい見せてもらわないと、気が済まない。
 そうはいっても、晩餐まで引き留めるつもりはないが。
「そう、急いで帰る必要はあるまい。ゆっくりしていったらどうだ?」
 今の俺、嗜虐性振り切ってます。

「……閣下がもし、私の全身がただれて腐臭を放ち、このきれいな部屋を汚して後、醜く再生する苦痛の時を見たいとおおせでしたら、このままとどまりますが」
 思い詰めたような声はうわずって震え、そのラマ顔は青ざめている。
「私は……それがどんな些細なものであれ、呪詛の類を受け入れてしまえば、その呪詛の本来の効果は問わずして、全身が焼けただれてしまうのです。そしてその後、再生される体質でして……」
 つまり、軟膏を飲んだが最後、身体が異臭をあげて腐り、溶けだすってことか? その後、溶けたものから再生されると?
 なにそれ、そんな体質、聞いたこともない。
 え、なに……ほんとにただれるの?

 不審に思う俺の前に、デイセントローズはかすかに震える右手を差し出してきた。
「今より、十五時間かけて私は滅び、再生いたします。この見事な絨毯やソファを汚してしまうかもしれませんが、ご勘弁ください。それから、この再生には地獄の苦しみがつきまとうものですから……ずいぶんと、お見ぐるしい姿をさらすことになるでしょうし、お騒がせしてしまうでしょうが、どうかお許し願いたい」
 ああ、確かに……すでに右手の一部の皮膚は壊疽しかかっているようだ。うっすらと、死臭もただよってくる。

 くそ、こいつ……そういうことは、先に言えよ。
 つまりこいつは、自分が奪い取った城の名のように<死して甦りし>者だってことか。
「一つ、聞く。お前が死んで再生するのは、呪詛を受けた時だけか?」
「…………今この場でもし、閣下が私を剣か魔術によって殺害なさったのちに、わたくしが甦ることはないのか、という意味であるならば、答えは是と申し上げましょう」
 つまり、溶け出す前に殺ってしまえば、その腐蝕と再生は見ずにすむわけだ。
 だが、そうもいくまい。今日のところは生きて帰すつもりはあるからな。

「ニ度目はないと思え」
 そりゃあもう、今度俺に喧嘩うってきたら、サクッと殺らせてもらうから。問答無用で殺っちゃうからね。
 だが今日は帰っていただこう。こんないい部屋のお高い絨毯を汚したら、エンディオンに怒られてしまう。
「感謝いたします。お言葉、肝に銘じさせていただきます」
 ホッとしたように表情をゆるませたラマをみて、俺はちょっとだけ後悔した。

 ***

 マーミルの部屋を訪ねて、デイセントローズが晩餐を断って帰ったことを伝えると、妹は残念半分、ホッとした表情半分で首をかしげる。
「私、てっきりお兄さまがあの方の同盟を受けるおつもりかと思ってましたのに」
 妹の後ろで、ネネネセが複雑そうな顔を見合わせている。
「そんなわけだから、今日もいつもどおり、双子姫たちと一緒に晩餐だ」
 デイセントローズをもてなすことになれば、さすがにマストヴォーゼの家族には遠慮してもらうことになっただろう。
 だが俺は、もちろん最初からこの城であいつと食事をするつもりなどなかったのだから、厨房には平常通りの指示を出してある。

「もっとも、悪いがお兄さまは今日も不参加だ」
 マーミルにかかっていたりだとか、ケーキを焼いたりだとかしたせいで、仕事がたまっている。少しの間、食事は執務室でとることになるだろう。
 そろそろ、魔王様のところにも顔を出したいんだけどなあ。
「そうですか」
 残念そうに表情を曇らせた妹だったが、次の瞬間には喜ばせることができるだろう。
「だが、明日は少し時間をとって、竜に乗せてやろう」
 すぐには意味がわからなかったらしい。妹は最初はキョトンとしていたが、徐々に赤い瞳を見開き、キラキラとさせて満面の笑みを浮かべた。

「お兄さま! 約束を覚えてくださってたのね!」
「もちろんだ、妹よ。俺が一度でも、やるといってやらなかったことがあるか?」
「ありませんわ!!」
 うむ。即答とはすばらしい。実際はやらなかったこともあるだろうに。

「嬉しい! お兄さまが本当に騎竜を教えてくれるだなんて!」
 そう叫びながら、妹は俺の首に飛びついてきた。その頭をポンポンとたたくようになでてから、床に下ろす。
「じゃあ、お兄さまは仕事に戻るよ」
「ええ、いってらっしゃい、お兄さま!」
「ああ、いってくる」
 俺は上機嫌の妹に見送られ、部屋を後にした。

 そのまま、本棟へ向かう廊下を歩いていると。
「ジャーイル大公!」
 聞き慣れた声に呼び止められる。
 振り返るとそこには、雌牛の角に青いリボンを結んだネネリーゼが不安そうな顔でたっていた。
「どうした、ネネリーゼ?」
 追いかけてきたのか? ハアハアと肩を上下に揺らせている。

「あの……今日はほんとうに……姉のことは、どうか……」
 ん? 今日? 今日、姉がどうしたって?
 っていうか、姉って長女・次女・三女のうちの誰だ?
「シーナリーゼがどうかしたのか?」
 三人の姉のうち、なにかあるなら一番しっかり者で元気な次女だろうと思ったのだが、ネネリーゼの困惑した表情を見るに、どうやらはずれたようだ。

「ご存じ……ないのですか?」
 なんのことだか、さっぱりなんだが?
「アディリーゼお姉さまのこと……ですけど……」
 あの人見知りの長女がどうしたって?
 もしかして、この間は乗り気だったように思えたが、騎竜の練習をしたくないと言い出したとか? あり得る話だな。

「別に、騎竜の訓練は強制じゃない。不参加でも気にしなくていいと、言っておいてくれればいい」
 俺がそう言うと、ネネリーゼは首を左右に振った。

「では、ジャーイル大公……まだ、閣下のお耳には入っていないんですね」
「何が?」
 いま一つ、ピンとこない。
「そう……ですか。だったら、フェオレス公爵が……」
 猫顔の副司令官がどうしたって?
「ネネリーゼ?」
 五女はやや迷ったような表情を浮かべた後、決心したようにぐっと両手を胸の前で握りしめた。

「姉が……悪くないとはいいません。でも、何もなかったのですし、今回のことは不問にしていただけると……」
「不問もなにも……俺には何のことだか、さっぱりなんだけど」
 まず、説明を要求します。
「その……怒らないで聞いてくださいませね?」
 いや、話を聞いてるだけで、怒り出したりしませんから、俺。
「実は……」

 ネネリーゼの話すところによると、それは俺が応接で一人、デイセントローズへの怒りに悶々としている時に起こったらしい。

 エンディオンが見送りのために、デイセントローズを案内して廊下を歩いていたときのことだ。
 柱の影から踊りでたアディリーゼが、いつもの彼女からは想像もつかない俊敏さで、デイセントローズに切りかかったのだという。
 彼女の父が愛用していたという、剣をふりかざして。

 だが当然、今日のように体調が悪くとも、デイセントローズは七大大公の一だ。か弱い娘の剣が、簡単に届くはずもない。
 もっとも、彼がよける間もなくネネリーゼの剣は、たまたまそこを通りがかったフェオレスによって奪われたらしい。
 そういうことがあって、すぐに俺の元に情報が伝えられなかったのは、俺がしばらく自室にこもっていたからだろう。

「そうか……それで今、アディリーゼは?」
「フェオレス公爵にお母様のところまで送っていただいて…それからは、自室にこもっておりますわ。こもっている、というか、お母様がジャーイル様のお沙汰があるまで、お姉様を部屋から出さないとおしゃって……」
 なるほど。
「わかった。詳しいことは、フェオレスかエンディオンにでも聞くよ。心配するな、ネネリーゼ。当然、君のお姉様にひどいことはしないさ」
 そう言って聞かせると、彼女は胸の前で固く結んでいた手をほどいた。

「それでその……なぜ、この話を私が知っているかというと……」
 話しにくそうな様子でピンとくる。
「わかった。君がお母様とフェオレスの話を立ち聞きしたことは、内緒にしておくよ」
 頭をなでてやると、ネネリーゼは今度こそ表情をゆるませた。

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