古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第二章 二年目の日常】
32.ベイルフォウスくんはいつも一体、なにしにくるんでしょうか

「まあ、そういうなよ。別に大演習会の内容なんて、秘匿事項でもないだろ?」
 挑発的な視線を四人の副司令官に向けながら、ベイルフォウスは俺の傍らに歩み寄ってくる。
 さすがに腕に覚えのある公爵たちといえども、大公第二位のベイルフォウスを前にして、萎縮しないではいられないようだ。
 あの雀の瞳からも、好戦的な色がすっかり消えている。

 ん? あれ、俺には?
 よく考えたら俺だって大公じゃないか。
 なんでベイルフォウスに対するのと、態度が違うんだ?
 ……たぶん、あれだな……これが、信頼関係というものだな、きっと。

「久々に遊びにきてやったら、やっぱりお前は真面目に仕事してるんだな」
「お前こそ、この大雨の中をよくきたな」
 遊ぶために、わざわざご苦労なことだ。
「俺の領地では晴天だった。お前の城の周辺で雨が降ってるからって、ここまできといて帰っちゃ、それこそばかばかしいだろ?」
 そういってけだるそうに赤い髪をかきあげるベイルフォウスは、一滴も濡れていない。俺の城についてから着替えたのか、それとも魔術で乾かしたのか、濡れないようにしてきたのか。

「それにしても、ジブライールみたいな美人を副官にもててうらやましいことだ。俺のところなんて、みんなごついからな」
 うちの副司令官にエロい目を向けるな、この見境なし。
「俺のところに来ないか、ジブライール。もちろん、今よりずっといい待遇を約束するぞ?」
 ふざけんな、この野郎。今は微妙な関係なんだぞ。ほんとにお前のところに行くっていったら、どうする!
 俺はジブライールが反応する前に、あわてて宣言した。
「お前が土下座しても、ジブライールはやらん」
「閣下……」
 あ、よかった。ジブライールがちょっと嬉しそうにしてくれてる。
 よっし、これでさっきまでの不機嫌はなおったとみていいか?

「冗談はこのくらいにして、ベイルフォウス。今は会議中だ。終わるまでちょっと待っててくれ。急にきたのはそっちだ、すぐに相手をしろとはいうなよ?」
「もちろんだ。お前が暇になるまで、マーミルでもからかってるさ」
 暇にはならんわ。不真面目なお前と違ってな!
「今日はこの雨のせいで、朝から予定が台無しになって機嫌をそこねているから、ぜひ相手してやってくれ。ああ……四女と五女も一緒だが」
 以前、こいつはマストヴォーゼの娘たちには気を使う、とか繊細なことを抜かしていたからな。
「言ったろ、性に合わないから、気にしないことにした」
 そう言うと、ベイルフォウスは俺に手を振り、会議室を出ていった。

「よろしいのですか、閣下。なんでしたら、会議はここで中断しても……」
 ウォクナンが気遣わしげに尋ねてくる。
 なんであいつにそんな気を使うんだ。使うなら、俺に使ってくれ。
「いい、いい。あいつのことは気にするな。あんな気まぐれにいちいち付き合ってたら、仕事が終わらん。暇で来てるんだろうから、待たせておけばいい」
 ちゃんと仕事しないで遊び歩いてる奴の心配なんて、してやる必要はない。
「そうですね、決定事項も、あとわずかですし」
 フェオレスが丸い頭を縦に振る。

 そうして俺たちは会議を再開し、とどこおりなく軍団の配分を終えた。ベイルフォウスが待ってると知ってから、さくさく話が進んだ気がする。なにせ、ジブライールが冷静に司会進行をして、ヤティーンも口を挟まなかったもんだから。
 ……俺にもそのくらい、気を使ってほしい。

「では、次回は二日後の同時刻に。各方面の司令官と、軍団医務長官も召集することといたします」
 サンドリミンか。医務班にもこの間のお礼を考えておかないとな。あと、エミリーを押さえてもらった件で、サンドリミン個人への約束もあるし。

 そうして会議は閉会した。

 ***

 会議室を出ると、ベイルフォウスのいるだろう場所へ向かう。
 ところかまわず入り込むようでいて、一応、居住棟には遠慮をしているようだから、本棟の居間あたりにマーミルを呼びつけていることだろう。
 エンディオンにベイルフォウスの居場所を確かめると、果たして、俺の予想通りだった。
 それほど広くない部屋で、ベイルフォウスが妹と双子姫に囲まれている。

「そう、それをお前のところのお兄さまがやったってわけだ」
「ええ! ショックですわ!」
 居間に足を踏み入れると、楽しそうに話をするベイルフォウスと妹の声が聞こえてきた。
「おお、早かったな、ジャーイル」
 俺の姿を認めて話を中断し、手を挙げてくる。

 ちょっと待て、今、俺のことを話していなかったか?
 なんだ、ショックって。どんな内容を話して聞かせてるんだ?
 妹にショックを与えるようなことをした覚えは一切ないのだが。

「何の話をしてたんだ?」
 俺がそう尋ねると、妹とネネネセは意味ありげに顔を見合わせた。
「べ、別になにも……ねえ、二人とも?」
「え、ええ……別に……」
「そう、別に……」
 三人の態度がよそよそしい。

 いや、ちょっと待て!
「ベイルフォウス! お前、いたいけな子供たちに、何を吹き込んだんだ?」
「別になにも?」
 四人そろって「別になにも」だと!?
 その挑発的な笑いはやめろ、ベイルフォウス。いつかほんとに殴るぞ。
「冗談だよ、冗談。今のは全部嘘な? 信じるなよ、お子ちゃまたち」
 俺の殺気が通じたのか通じなかったのか、ベイルフォウスはゲラゲラと笑い声をあげる。

「冗談ですの? まあ、よかった」
「ジャーイル閣下に対する評価が、変わってしまうところでしたわね」
 双子がそう感想をもらし、ホッと顔をほころばせた。
「そうですわよね! そりゃあ、冗談ですわよね! 私はわかってましたわ! お兄さまが、そんな変態であるはずありませんもの!」
 マーミルは信頼に満ちた目で、俺を見上げてくる。

 お前、さっきごまかしていたじゃないか。
「おい、ベイルフォウス。俺たちは一度、きちんと話し合う必要がありそうだな」
 マーミルの口からは聞きたくない。ベイルフォウスが俺をどんな変態にしたてあげたのだか、なんて!

「怒るなよ、親友。俺の性格は知ってるだろ?」
 知るか。近頃、俺がお前について知っていることといえば、お前が単なる脳筋ではないらしい、ってことだけだ。
「マーミル、双子姫。おまえたちは居住棟に戻っておいで。俺はこの悪友と、いまからみっちり、大人の話をしないといけないようだ」
「はーい」
 三人はいっせいにソファから立ち上がる。
 最近、本当に息があっていて、双子というより時々三つ子のようだ。

「また後でな、お嬢ちゃんたち。マーミル、素直なのは結構だが、あんまり誰にでも気を許すなよ」
「もちろん、ベイルフォウス様には特に警戒しますわ」
「俺を警戒するのは、お前がもっと成長してからでいいさ」
 ベイルフォウスの言葉に、マーミルは舌を出して応酬し、双子たちと手をつないで、仲良く部屋を出ていった。

「本当に……仲がいいな、あの三人」
 子供たちを見送ったとたん、ベイルフォウスは眉をひそめる。
「なんやかんや言っといて、やっぱり双子に気を使うのか?」
 やっぱり繊細なのか、こいつ。
「そんな訳じゃないが……」
「うちの妹は……まあ、俺がいうのもなんだが、本当にぼっちだったからな。嬉しいんだろ、気の合う友達が二人もできて」
「なるほど。お前も俺という友ができたことを、心の底から嬉しいと感じているから、妹の気持ちがよく理解できるというわけだな」
 俺はその言葉を無視することにした。

「それよりなんだよ、さっきの」
「あ? 別に、お前の醜聞をでっちあげただけだよ」
「おまっ……」
 醜聞って! どんな内容をでっちあげたのか気になるが、気になるが、しかし。
「それは後で聞かせてもらうとして、そっちじゃない。さっきマーミルに意味ありげなこと、言ったろうが」

 ベイルフォウスは蒼みがかった銀色の瞳をすっと細めると立ち上がり、俺につかつかと歩み寄ってくる。
「マーミルから聞いた。体調を崩して寝込んでいたそうだな?」
「ああ。疲れから熱が出たみたいでな」
「疲れ?」
「はしゃぎすぎて知恵熱でも出たんだろ。子供だからな」
 剣呑な光を瞳に宿して薄く笑うベイルフォウスが、俺の言葉を信じていないのは一目瞭然だ。

「頭を使いすぎて発熱する魔族の子供なんて、聞いたことがない」
「まあ……稀な事例ではあるな」
 ベイルフォウスはすっと笑みを消し、初対面のときのような突き刺さる視線を向けてくる。

「俺に隠すなよ、親友。誰の仕業だ?」
 あれ? こいつ、ちょっと怒ってる?
「誰の、だって? どういう意味だ?」
「あんまりにも不自然すぎるだろ。デイセントローズの城から帰ったとたんの発熱だと? 魔族の子供が? それで、他者の関与を疑わない者がいるか?」

 いや……単にタイミングがあっただけ、とは思わないですか?
 思わないですか、そうですか。
 俺はこの目があるから犯人は一目瞭然だったが、確認するまでは他者の介入を疑ってはいなかったぞ。いや……正確には医療班の診断が下るまでは、かな。
 それを、何の情報も与えていないマーミルの話を聞いただけで、他者の関与を疑うとは、脳天気に見えてこいつの他人に対する猜疑心は相当なもんだな。

「あのラマ野郎だな」
 まあ、そんな風に疑うのなら、犯人だってそうなりますよね。それが事実ですしね。
「そうだろう? 理由はお前との同盟を確固なものとするためか?」
「なぜ、そう思う」
 当てずっぽうだけでそこまで言い切るのは不自然すぎる。

「俺が知ってるのは、デイセントローズ以外の者は、そんな手段に出ないということだけだ。プートならお前が気にくわないのなら、直接喧嘩を売ってくるだろう。ウィストベルは、お前を手に入れるのに妹を障害としない。アリネーゼはそもそも、デーモン族には関わろうとしない。サーリスヴォルフなら、何日も下準備をしたあげく、自分には絶対疑いがかからないような手をつかってお前を貶める。兄貴はそもそもそんな卑怯なことはしない。なんのメリットもないしな。そしてこの俺はもちろんのこと、マーミルを害するはずがない」

 犯人の選定は消去法の結果といいたいわけか。つまり、デイセントローズはベイルフォウスにとって、信用ならないことはもちろん、浅慮で愚直な人物だと。
 だが。

「ベイルフォウス、お前……何か知ってるだろ?」
 俺がそう指摘すると、ベイルフォウスはしばらく沈黙で応じた後、フッと軽い笑みを浮かべた。そしていつもの軽薄な様子に戻って、俺の肩を叩く。
「もちろん、知ってる。いろいろな。いったはずだ、俺はお前より長生きしてるおかげで、お前の知らないことをいくらか知っているんだと」
 この間と同じ答え、ということは、今度も俺に教えてくれるつもりはないらしい。
 だったらお互い様、ということにしておくか。

「いいだろう。なら、この話はここで終わりだ」
 俺が強い口調でそう宣言すると、ベイルフォウスは軽いため息をついた。
「なあ、ジャーイル。これでも俺は、お前とマーミルのことを殊の外、気に入ってるんだぜ」
 ああ、そうですか。
 って、気に入ってるってなんだよ。上から目線か!

「だから一つ、忠告しておく。サーリスヴォルフに気をつけろ。あれはお前が思っている以上に、狡猾で役者だぞ。まあ、あいつは逆に、俺に気をつけろというだろうが」
 デイセントローズではなく、サーリスヴォルフに気をつけろと?
 まさかこいつ、デイセントローズを操っているのはサーリスヴォルフだ、とか言い出すつもりじゃないだろうな。

 ベイルフォウスとサーリスヴォルフは、いつも楽しそうに軽口をききあっているように思えたのだが。
「つまり、お前たちは似たもの同士、ということか?」
 俺の結論に、ベイルフォウスは苦笑を浮かべる。
「ああ、違いない。その通りだ」
 全く……こいつと話していても、すべて不毛な会話になっている気がしないでもない。結局何一つ、俺に確定をくれないのだから。

「わかった」
「そうか、わかったか」
「ああ、わかった。お前に何を聞いても無駄だってことが、よくわかった」
 俺の皮肉に対して、ベイルフォウスはなぜか無邪気な笑みを返してきた。
「お前のそういうところ、俺は好きだぜ」
「そういうところってなんだよ。意味が分からん。俺はお前のそういうところが嫌いだ」
 とりあえずムカついたのでそう言って、ちょっと強めに肩をグーパンしてやった。

 結局ベイルフォウスはその日、マストヴォーゼの家族を含めた晩餐までしっかり楽しみ、その後娘たちの前で堂々とスメルスフォを口説いて彼女にやんわりと断られ、特に失意の影も見せずに飄々と雨の中、帰って行った。

 あいつ……今日は何しにきたんだ?
 まさか、サーリスヴォルフのことを忠告しにきた訳じゃないだろうし。
 あ、俺の醜聞とやらの内容、確かめるの忘れた。

 その後、同盟の申し出のために<不浄なり苔生す墓石城>を訪ねたデイセントローズが、ベイルフォウスによって瀕死の目にあわされ、ほうほうの体で逃げ帰ったという噂が、まことしやかに流れてきたのだった。
 マーミルに呪詛をかけられた俺でも我慢したのに、なにやってんだ、あいつ。どれだけデイセントローズのこと、嫌いなんだよ。

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