古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第二章 二年目の日常】
35.糾弾会なんて、サクッと終わるがいいのです

 三日目の模擬戦が終わると、後は四日目の舞踏会を残すだけだ。
 だが、今回はちょっとばかり事情が異なる。
 そもそも、本来ならまだこの時間は、模擬戦が行われているはずなのだ。

 けれど今、俺は怒号飛び交う本棟の会議室の中で、ひきつった笑みを浮かべている。
 四人の副司令官と五十人の軍団長たちと一緒に、四方をめぐる鉄格子に入れたネズミ顔のデヴィルを囲んで。

 一つ、言っておく。
 俺を襲ったそのネズミ顔を檻に入れたのは、逃げられないようにという配慮からではない。目を血走らせた臣下たちに、手出しをさせないためだ。
 なにせさっきから、会議室はこんな感じなのだ。

「殺せ! 正々堂々と挑戦するならともかく、卑怯にも後ろから襲いかかるなど、魔族の風上にもおけん!」
 一人がそう叫べば、すぐ別の声が大音声で賛成する。
「極刑に処すべきだ! 戦いは、正面きって行わなければならない! しかも、よりによって大公閣下を後ろから襲うなどと!」
 そして始まる「こ・ろ・せ」の大合唱。
 こいつら合唱大好きだな。協調性はないくせに。

 この場にいる五十余名は、主に三つにわけられる。
 頭に血をのぼらせ、本能の赴くまま怒号を挙げている者たち。
 冷静な顔をしながらも、内心では残虐な考えでいっぱいだろう者たち。
 完全に興味をなくして周囲に適当に話をあわせながら、あくびをしている者たち、だ。

 模擬戦がかなり早い段階で中断されたため、力の発散の場を失って、彼らも冷静ではいられないのだろう。
 そう思ってしばらく場内が喧噪につつまれるのを見守っていたが、気が済んで落ち着くどころか、発言はますますエスカレートしていっている。
 そろそろ、俺の耳もつらい。
 なので俺は、みんなの注目を浴びるようにとできるかぎり音を立てて席を立った。

「諸君の意見はよくわかった。それだけ言いたいことをいったのだから、満足だろう。故に、ここからの発言は挙手を要することにしよう。俺が指名した者だけ、話すがいい」
 放っておいたら、いつまでたっても話はすすまない。
「この男は諸君等を襲ったものではない。俺を襲ってきたものだ。まず、これにたいして異論のある者は?」
 面々を見回すが、半分くらいは「挙手?」「挙手だって?」「話す前に手をあげるのか?」と、とまどいを浮かべている。うん、そんな習慣ないもんね。
 でもね、大公だって基本的には、会議で発言するときは立ち上がって一人ずつ話すもんなんですよ。君たちもちょっとは我慢を覚えようね。

「大公である俺を襲ってきたのだから、裁くのは俺であるべきだ。これに異論は?」
 何人かが首を横に振る。挙手はゼロだ。
「裁くのが俺なら、話を聞くのも俺だけでいいはずだ。異論なしだな、はい、解散」
 俺が有無を言わせず宣言し、手を振ると、数人はそうかなぁ、そうかもなぁ、という顔で立ち上がった。こういうときは、脳筋で助かる。
「閣下! このような大それたことを行った者に、御慈悲を賜るというのですか?」
 不満顔で机をバンッし、立ち上がったのジブライールだ。

 ちなみに、会議室に大騒動が巻き起こるきっかけとなった過激な第一声は、このジブライールから発せられたといっておこう。
 もちろんここで、相手が誰であろうが反論は許してはいけない。なぜなら、俺があたふたしてしまうからだ。
 つまり、先手必勝。

「ジブライール。俺が、反逆の意志を持った者を、簡単に許すと思うか?」
 いつもよりちょっぴり迫力つけて言ってみました。
 どうでしょう、効果はあるでしょうか?
「……いいえ」
 ジブライールが無表情で応えた後ろで、軍団長たちから挙がった悲鳴。
「ひいっ」
「ひゃあ」
「ふええ」
 おい、なに、その三連発。
 誰か知らないが、俺が怖いみたいで傷つくからやめろ。

 急に声もなくざわつく重臣たち。重くなる空気。
「ヴォーグリム大公の末路を思い出せ」
 誰かがぼそっとつぶやいたその言葉がきっかけとなったように、重臣たちは急にあたふたと席を立ち、先を急ぐように廊下へ続く扉へ殺到した。
 ちょ……やめてくんない、傷つくから。その、まるで俺が怖い、みたいな態度。
 え、まさか……まさか、俺、そんなにみんなに怖がられてる……のか?
 そんなバカな、会議では意見を無視されるのに?
 エンディオンに相談しよう。きっと、そんなことはないと言ってくれるはずだ。

 とにかくあっという間に軍団長たちは会議室から姿を消し、最後に渋々といった様子で、副司令官たちも席をたった。
 そうして、五十余名を収容しても余裕のある広い会議場に残ったのは、俺とネズミ顔のデヴィルのみ。

「まずは、名前から聞こうか」
 俺の言葉に、ネズミは涙目を瞬かせた。軍団長たちがいなくなって気がゆるんだのか、ガタガタと震えだし、瞳からは大粒の涙があふれ出す。
「リ……リーヴ、です」
「リーヴね。それで、本当にヴォーグリム大公の身内なのか?」
 俺がそう尋ねると、ネズミはこくりと首を縦に振った。

「あと何人いる?」
「え?」
「ヴォーグリムの子供。お前一人ってことはないだろ?」
 デヴィル族は多産だからな。俺が調べた時には、ヴォーグリムの身内はいないという話だったのだが、実際にこうして出てきたのだから、他にも兄弟がいると考えるのは当然だろう。
「いいえ、母は……その、ヴォーグリム閣下にはすぐに捨てられてしまったので……僕、一人です。少なくとも、母から生まれた息子は……」
 えええ……。しゅんとして言うなよ。
 なんか……いたたまれない空気になったではないか。
 俺はわざとらしく、大きく咳払いをしてみせる。

「さて。お前……面倒くさいことしたな。なんだってこんな時に後ろから襲ってきたんだ。なにもあんな、全軍団員のそろった前で……おかげで、無罪放免とはいかないぞ」
 はっきり言おう。こいつはマジでたいしたことない。
 たとえ一歩も離れていない距離から襲われたとしたところで、簡単にねじ伏せられたろう。

 今回の演習用の軍服を身にまとっているところからしても、成人してはいるのだろうが、なんの階級章もつけていないところを見ると、爵位はないようだ。
 その実力で、俺を襲おうという考えを抱いたこと自体が不思議だ。
 いや……あのアディリーゼだってデイセントローズに襲いかかっていったぐらいだからな。理屈で説明のつくことではないのだろう。

「ヴォーグリム大公の仇討ちなら、もっとこっそりやってきたらよかっただろ。せめて俺が一人の時を狙ってこいよ」
 別に俺は、ヴォーグリムに身内がいたのなら、仇討ちをしかけてくるのは理解もできることだし、それをいちいち罰しようとは思わない。
 もとから、下位の挑戦を受けるのは上位魔族の義務みたいなもんだし。
 だが軍団員たちはそれでは納得すまい。挑戦者が無傷で放免されるということが、彼らには理解できないのだ。自分たちが決して、相手を痛めつけずに、あるいは殺さずに帰すということをしないものだから。
 俺だって、せめて相手がもうちょっと実力のある奴なら、痛い目をみせてやったんだが、こんな弱い奴ではな。

「もとより……大公閣下に刃向かったのです。生きて帰るつもりはありません」
 いや、そんなボロボロ泣きながら言われてもね。
「とりあえず、鼻水」
 俺は薔薇の紋章が刺繍された、縁取りの綺麗な白いハンカチを懐からとりだし、リーヴに向かって投げる。
「おおおおお。勿体ない」
 ネズミ顔はハンカチを捧げ持つようにして何度も床に頭をこすりつけ、それから遠慮なく鼻をかんだ。

「俺を恨んでいるのは当然として」
「とんでもない」
「お前の父の仇だが」
「もともと、父子として育ったわけではありません。正直、情はありません。そもそも、ヴォーグリム大公は私のことなど、認知してもいなかったでしょう」
「でも……」
「母のことすら、忘れていたに違いありません。あの方は、それこそ数百の女性を侍らせておいででしたから」

「お前……本当になんで俺を襲ってきた」
 自分の弱さを重々承知で、俺に恨みも抱いてもおらず、それどころか紋章入りのハンカチをありがたがる。
 襲ってくる理由が全く見あたらない。
「まずはっきりさせとこう。臣下の手前、ああ言ったが、俺はお前を痛めつけるつもりはない。弱い者を一方的にいたぶる趣味はないのでな」
「そ、そんな……」
 え、そこ喜ぶところじゃないの?
 なんでそんな絶望的な表情なの。

「閣下。ぜひ、お慈悲を……どうか、この反逆者に安らかな死を」
 リーヴは大きく背を反らせてから、勢いよく床に頭をつけた。
 さっきも生きて帰るつもりはないと言っていたから、死にたがりか? 魔族にはほとんどあり得ない思想だが。
「なぜ、死にたい」
「……自分でも情けない話だと自覚しております。どうか理由を述べるのはご勘弁ください」
 こいつ、頑固者っぽいな……。

 この様子だと埒があかない。数日、時間をおいてみるか? その方がリーヴの気持ちも落ち着くかもしれないし。
 ちなみに、人間たちの話を書いた書物に時々出てくる、牢屋とかいう施設は魔族にはない。
 個人を監禁する、という考えや事実は、ヴォーグリムに誘拐されたアレスディアの例を見るまでもなく、もちろん存在する。だが、罪人をわざわざ捕らえておく、というための考えや施設はないのだ。それが必要だとは、誰も考えないからだ。なにせ脳筋、気にくわなければ即殺だ。  そもそも、罪人という概念があるかどうか……。
 まあ、とりあえずは試してみるか。

「よかろう。そこまでいうなら……」
 腰から剣を抜いて、鉄格子の間から切っ先をネズミ首に向ける。
「よし、安心しろ。すぱっと殺ってやるから。痛みもないほど一瞬でな」
 殺気を込めて剣を振りかぶると。
「うぎゃあああああ」
 リーヴは俺を襲ってきた時の三倍速の動作で後退った。
 だが、狭い檻の中では、すぐに後ろの鉄格子にぶつかってしまう。

「失礼いたします!」
 フェオレスを筆頭に、副司令官たちがぞろぞろと会議室に入ってくる。
 なんだ、扉の前で待っていたのか。
「申し訳ございません、閣下。悲鳴が聞こえたので……」
 四人の目が鉄格子のネズミに向けられる。
 リーヴは頭を抱えて縮こまり、ガタガタと震えていた。その上、足下には黄色くべちゃべちゃした水たまり、そして悪臭がふんわり漂ってきて……。

「罰を言い渡す」
 俺は剣を鞘に仕舞い、四人を見回す。
「この者、リーヴを医療班の事務方に任命する」
「は?」
 ヤティーンがポカンといった表情で、小さな嘴を開いている。
 うん、そうだよね。唐突すぎて君たちがびっくりする気持ちはよくわかるよ。

「あの、閣下……どこが罰なので?」
 ウォクナンが鼻面を手で覆いながら、ゴミを見るような目でリーヴを見下ろしている。
「医療班の事務方だぞ? 汚れた医療棟をきれいにしたり、人体実験に付き合ったりだとか……とにかくその、きつい……だろ」
 適当に言ってます、すみません。

 いや、この間、サンドリミンが掃除役がほしいといってたからさ。
 数日おくならちょうどいいかと思って。
 仕事を与えて、汚いところを一心不乱に片づけさせたら、心も落ち着きを取り戻すかもと…………ないかな?

「医療棟か……」
 フェオレスが珍しく険しい顔をしている。
「確かに、先日、所用があって参りましたが、エントランスでさえ足の踏み場もない上、ひどい悪臭がただよってくるありさまでした」
「ああ、あそこの臭いは吐くな。今のこの場も臭いけど」
 ヤティーンも腕を組んで何度も頷いている。

 え、そんなに?
 そんなに酷いの?
 そこまでとは考えていなかったんだけど……サンドリミン……おい……。
「あそこをきれいにするのは、確かに骨ですな」
 ウォクナンもしみじみとため息をついている。
 あれ、意外に俺はいい思いつきをしたのか?

「とりあえず、風呂に入れて、着替えをやるよう手配してくれ。それからサンドリミンに連絡を」
「承知いたしました」
 副司令官たちは揃って敬礼をした。
 やっぱりフェオレスだけは、なんか微妙にかっこいいな。
 それにしても、リーヴめ。ずっと頭を抱えたまま震えているが、俺の話をちゃんと聞いているのだろうか?

「閣下。まだ全軍団員は陣営にとどめておりますが、いかがいたしましょう? 模擬戦を再開いたしますか、それとも……」
「うーん……」
 正直、俺は中止にしたいが、軍団員たちの気持ちとしてはどうだろう?
 中断されて熱がさめていればいいが、鬱憤がたまったなら再開したほうがいいだろうし。
「どう思う?」
 こういうときは、実際に軍団員たちの指揮をとっている二人に聞くのがいいだろう。
 俺が視線を向けると、ヤティーンとジブライールは顔を見合わせた。

「やりましょう。軍団長たちも、あれでは気が収まりますまい」
 ヤティーンがボキボキと音を立て、腕を回している。
「そうですね。私も、もともとの終了予定時刻には終わるよう、調整をしつつ続行がよろしいかと考えます」
 珍しく、二人の意見は一致したようだ。

 どちらもそう言うのなら、続行した方がいいか。
 だが、今度はほんとにちゃんと指揮してくれよ。
 自分たちの戦いに夢中になるのは、勘弁してくれよ。
「よし、じゃあ、すぐに再開だ。悪いがフェオレス、リーヴのことは君に頼む」
「かしこまりまして」
 フェオレスは、今度はいつもの左胸に右手をおく、優雅な礼を披露した。

 俺と三人の副司令官はフェオレスとリーヴをその会議室に残し、また大公城前の演習地に戻った。
 そして、模擬戦は再開された。

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