古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第二章 二年目の日常】
36.舞踏会っていっても、今日は僕、座っているだけでいいのです

「お・に・い・さ・ま! お・き・て!」
 ちょ……何だよ、妹。
 ぽむぽむするのはヤメロって言ってるだろ。
「マーミル……お兄さまは、久しぶりに自分のベッドで寝ているのだ……もう少し、ゆっくり……」
 俺は目をつむったまま、妹の頭をぐいっと押しやった。

 そう、昨日で大演習会のメインイベントは終わったのだ。
 三日目の模擬戦は、そりゃあもう激しいものだった。
 ジブライールとヤティーンは、さすがにあの宣言があった後だから、落ち着いてちゃんと指揮をしようとしていたが、いかんせん、軍団員たちが……戦いを一度中断させられた脳筋たちが、そりゃあもう張り切る張り切る。

 ちょっともう、これって本気の戦いなの?
 まさか死者とか出ちゃう感じなの?
 ってぐらいに激しかったのだ。
 見てるこっちも疲れた。
 サンドリミンはじめ、医療班はもっと疲れたろう。

「でもお兄さま、もう太陽が昇ってかなりたちますのよ。まさか、お昼ご飯まで寝ているつもりじゃないでしょ?」
 俺はマーミルの言葉を脳の中で撹拌させたあと、勢いよく起きあがった。
「え、ちょっとまて、昼?」

 いくら大演習会は一応終わったとは言え、今日は今日で締めの舞踏会があるのだ。
 昼を少しばかりすぎた頃から開催される舞踏会が!
 いくら事前準備はエンディオンが整えてくれてるからって、俺がいつまでも寝ているっていうのは……。

「旦那様。ご心配いりません。まだ早朝でございます」
 マーミルの後ろに、エンディオンが苦笑を浮かべながら立っている。
「なんだ……驚いた」
 俺は膝を抱え込んだ。
「マーミル、脅かすなよ」
「だって、お兄さま! お兄さまのお顔をこうして近くで見られるのは、私だって四日ぶりですのよ! そ・れ・に!」
「わかった。すぐ起きるから、ベッドを揺らすな。マーミル」
 俺は抱きついてこようとする妹を押し退け、ベッドから降りた。  そのまま衣装部屋へ入ろうとして、扉の前で足を止めて振り返り、すぐ後ろをついてきていた妹が俺の腹に当たる前に受け止める。
「どこまでついてくる気だ。用があるなら、居間で待っていなさい」
「はぁい」
 妹は口をとがらせながらそう答え、おとなしく寝室を後にした。

「で、どうした?」
 上着を羽織りながら居室に入る俺を、妹の不満顔が迎える。
「本当に、駄目ですの? チラッとみるだけなら」
 ああ、舞踏会のことか。
 妹も、主催したときはもう二度とごめんだとか言っていたと思うんだが。こういうところは、やっぱり女の子なんだな。

「駄目だ。今回の舞踏会は、大演習会に参加した爵位持ちに限られている。なぜだと思う? 戦いから一晩経ているとは言え、みんな疲れて興奮している。脳筋がより脳筋に……いや、とにかく、そういう決まりだ」
 要するに危ないのです。力のない者が参加すると、どんなハプニングが起こるやらなのです。

 戦いの後の魔族は、いつも以上に本能に従ってる感じなんですよ。
 毒の効かない俺たちは、酒で酔うこともあまりない。それでも三日に及ぶ大演習会で疲れ切っているので、いつもよりは多少は酒が回る。
 そうなると、必ず暴れ出す者が出てくるのだ。……いろんな意味で。その……つまり、暴力だけの問題じゃなくてベイルフォウス的な……ゴホッ。
 ……いろんな意味で。
 有爵者同士でも、力があれば逆らえないというのに、無爵者まで参加したのでは、えらいことになってしまう。
 というわけで、参加資格は有爵者のみ、ということになっているのだ。
 そもそも、妹は大演習会に参加すらしていないのだし。

 俺がそういったことを、少し柔らかい表現で言い聞かせると、妹は渋々ながら従った。
「じゃあ、お兄さまは準備があるから」
 本番はまだなので、もちろん衣装にも着替えていない。ちなみに、舞踏会に着るのは、昨日まで着ていた純白の軍服とデザインは同じ。単に舞踏用に装飾を多くしてあるだけだ。正直、派手派手しいかオドロオドロしいかを好む魔族の中にあって、目立つので着たくない。
 だが、みんながノリノリで……。

 とにかく、俺は舞踏会の会場である大広間に向かう。
「旦那様、朝食はどうなさいます?」
「ああ、いらない。昼食とまとめて後でいい」
「かしこまりました」
 背後からエンディオンの気配が消えた。

 今回、使用するのは大きな四つの広間と小さないくつかの部屋だ。全部本棟の一階にあって、広間は舞踏の為の間が二つ、立食形式で食事を供するための間が一つ、ゆったりと座って話をするための間が一つ。あとは中庭。
 まあ、中庭といっても噴水は四カ所にあるし、四阿は三カ所、迷路が二カ所、広い温室を一つ内包した広大な中庭だ。
 俺は各所をワイプキーとそれぞれの担当者と、そのできあがりをチェックして回った。

「そういえば、ワイプキー。医療棟っていうのはどこにあるんだ?」
 筆頭侍従は髭を撫でつけながら、苦笑を浮かべる。
「旦那様。医療棟でしたら、本棟の北に建っている、こじんまりした三階建ての館がそうでございます。前を通るだけで独特のにおいがいたしますので」
 ワイプキーは顔をしかめ、肩をすくめた。
「すぐにわかると思いますが」
 北か……ちらっとのぞきに行く、というほど近くはないな。仕方ない、今度にするか。
「まあ、よほどあそこでしか受けられない治療が必要というのでなければ、医療班をその場に呼ぶのが一番ですな」
 やっぱり、しばらくしてから見に行こう。

「ところで、今日は我が娘は舞踏会には不参加でして」
「ああ、そうだな」
 エミリーは無爵者だからな。昨日までの大演習会には参加していたのだろうが。
「ご覧いただけましたか、三日間のエミリーの雄々しさを!」
 いや、さすがにあの中で、軍団員でしかない特定の一人を見つけるっていうのは、俺の目があっても無理だ。
「最後の模擬戦では、三人ほど倒したそうです! いやあ、ほんとに、最近の娘は覇気がございましてな! やはり、旦那様が娘を受け入れてくだすったのが」
「受け入れてないって」
 くそ、この髭……まだそんなことを……。
「しかし、今日の舞踏会には不参加なのですよ……無爵位ですから。こうなると、せめて男爵位くらいはとるよう、がんばらせてみるのもいいかもしれませんな。ほら、旦那様……あの四阿なんて、二人きりになるのに最適ですしね」
 ……エミリーが無爵でよかった。
 俺は心の底から、そう思ったのだった。

 ***

 午後になり、ようやく飛竜に乗って有爵者が続々やってくる。
 前回の、魔王様と大公、その臣下を招いた舞踏会とは違って、入り口で出迎えたりはしない。
 演習会の時に座っていたあのド派手な椅子を舞踏用の広間の一室にうつして、そこにちょこんと座っていればいいだけだ。正直、魔王様みたいに威厳をもって、姿勢正しく、とかは無理だから。だらしなくならないようにはがんばるけど。
 この日ばかりは身分に関係なく、やって来た順に俺に対する挨拶の儀が行われ、名簿にある全員が揃ってやっと、会が開催される。

 ……長い。
 何人いるんだ、有爵者って。
 ただでさえ多いのに、この髭もじゃ……一人でいったい、どれだけ長々話すんだ。
 今、俺の前で膝を折って話しているのは、丸太みたいなデーモン族の男爵だが、大演習会で自分がどこにいただとか、どんな役目を果たしただとか、模擬戦では誰と戦って、何人倒しただとか、嬉々として語り、ついには話は家族のことにまで及び。
 俺は耐えきれず、右手を挙げた。
「ありがとう、リンタブル男爵。君の名は是非、覚えておこう」
 話の長い男の筆頭としてな!

 丸太男爵は俺が話を遮ったにも関わらず、嬉しそうに瞳を輝かせ、それから仰々しく腰を折って壁際に並ぶ臣下の列に加わった。
 よし、次も話の長い奴だったら、この手でいこう。
「ジブライール公爵閣下」
 高らかに宣言がなされ、扉が開き、次の臣下が……おっと、ジブライールか。なら、大丈夫だな。

 今日の彼女は裾に銀糸できらきら輝く刺繍のされた、割と細身の苺色のドレスをまとっている。その上、長い髪も頭上でまとめ上げてうなじを出し、肩やら背中やらばっちり露出していて……。
 ちょ……なんか、この間のことを思い出してしまいそうなんだけど。
 え? 前回の舞踏会では、どちらかといえばふんわり可愛い系だったんだけど、今日はなんでそんながっつりお姉さん系なの?
 いや、そりゃあジブライールの好きにすればいいけど。

 そうして気の長くなるような臣下からの挨拶をすべて受け、ようやく無事に舞踏会が始まることになったのだった。

 まあ、しかしあれだな……舞踏会って言っても、俺は踊ってる臣下を座って見てるだけだから、退屈だ。ワイプキーぐらいしか、話し相手もいない。だがこの髭は、決まってエミリーのことを数回に一回、話に混ぜるのだ。だからあまり話したくない。

 ちょいちょい男爵だったときの知り合いだっているし、今の知り合いもいるのに、誰も話しかけてきてくれない。
 時々、何人かとは目が合うのに、誰も話しかけて来てくれないんだもん。
 あ、もしかしてあれか。俺の方が上位だから、やっぱり自分から行かないといけないのか。
 ようし。
 俺は椅子から立ち上がった。
 その瞬間、いくつもの顔がこちらを振り向き、殺気だった視線が向けられたのを感じる。
 いや、ふつうの殺気とは違う種類の殺気だ……数ヶ月前の謁見の日々を思い出す視線だ……。

 妙齢の女性の幾人かがじりじりと、こちらに歩を進めてくれるのを視界のあちこちで捉えた俺は、大きな咳払いをしてから、マントを直すふりをして席に座り直した。
 び……びっくりした。
 うかつに動かないでおこう。

 かつてのヴォーグリム大公はどうだっただろうか?
 男爵だった頃の、過去の記憶を探ってみる。
 はっきりいうと、俺はほとんど食事部屋で仲間たちと飲み食いしているか、庭を散策しているか、踊ってももう一室の方にいたので、大公がどういう風に過ごしていたのか、ほとんど知らない。遠くからちらっとみた限りでは、こう……足許やら膝の上やら肘置きやらに、デヴィル族の女性魔族をはべらせていた気がする。

 肘掛けに肘をついて顎をのせ、そんなことをぼうっと考えていると、誰かが近づいてくるのが目の端に映った。
「閣下」
「ん? ああ、ジブライール」
 俺があんまり暇そうにしているので、話し相手にやってきてくれたのだろうか。昨日までずっとそばにいたウォクナンは、手に持った酒をまき散らせながら女性魔族につきまとっているだけだというのに。

「閣下……」
 ジブライールは膝を軽く折って挨拶をした後は、じっと俺の足許あたりを見つめている。
 なに、靴が汚れてる?
「どうした?」
「あの……もう少し、おそばにうかがっても?」
 ワイプキーがおっほんおっほんと、二度ほど咳払いをする。
 なんだよ、髭。唾とばしてくるなよ。
「ああ、もちろん」
 どうしたんだ? いやによそよそしいな。
 と、思ったら、ジブライールはかなりがっつり俺に近づいてきた。
 どれくらいかというと、彼女の靴先と、俺の靴先の間には、マーミルの半歩ほどしかあいていない、そのくらいだ。

「閣下。お話がございます」
 え、まさか、ここにきての爵位の挑戦?
 やばい……どうしよう。
「先日、閣下はなんでも一つ、私の願いをかなえてくださるとおっしゃっておいででした」
 ものすごく小さな声でささやくように言って、ジブライールは床に膝をついた。
「あ、うん……い……言った、ね」
「それで、その……私の願いというのが……」
 ジブライールは視線を床に落とし、気弱な感じでもじもじと手を組み合わせている。
 あ、とりあえず、爵位の挑戦ではないようだ。

「わ……私と、踊っていただけませんか……」
 ん?
「悪い、ジブライール。なんだって?」
 そういうと、上目遣いで見上げられた。
「わ……若君、今宵最初の栄誉を……お与えいただけますか?」

 つまりジブライールはこの間の礼として、今日、俺に踊れと願っているわけか。
「そんなことでいいのか?」
 別にこの間の礼の代わりとして申し込まれなくても、ダンスの相手くらいならいつでも応じるのに。
 ジブライールは答える代わりに、立ち上がって俺に手を差し出してくる。
「ぎ・ぎ・ぎ」
 後ろで髭の歯ぎしりが聞こえるが、もちろん無視だ。

「おやすいご用だ」
 俺は立ち上がって彼女の手に自分の手を重ね、舞踏場へと踏み出した。

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