古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第四章 大公受難編】

間話3.人間も色々大変なんです その1



「信じられん。何度聞いても、にわかには信じられん話だ」
 もう何度も聞いてるんだったら、全然にわかじゃないと思うんだけど、というつっこみはおいといて。

 あたし――イーディス――とミナ、それからマリーナの三人は、出入り口横の壁際に置かれた、背もたれの固い木の椅子におとなしく座っていた。
 そうしてあたしたちをここに呼び出した、町の偉いオジサンたちの話し合いを、さっきから黙って聞いていたりする。
 そろそろ退屈してきた……のは、ミナ。隣で必死に、欠伸をかみ殺しているのが気配でわかる。

 オジサンたちが何の目的でこのお役所の会議室に集まっているのか。
 もちろん、この間の金髪のお兄さん……<魔族大公の襲撃事件>と名づけられた、あの一件を話し合っているのだ。
 今は事実の確認中かな。
 もっとも、あの金髪のお兄さんが魔族の大公だと判明したのは、あの猿顔の魔族があたしたち女子を正座させて、ものすごくだらだらとお兄さんの経歴を語ったからだった。
 前のネズミ顔の大公を、その部下ともども一気に葬った恐ろしい魔力のことだとか、血のつながった妹さんを瀕死の状態にまで追い込む容赦のなさだとか、魔王の城にしょっちゅうお呼ばれしていて、大公の中でも特別な寵を受けていることだとか、ものすごく実力のある、それもとても綺麗なお相手が何人もいて、誰を正妻にするのだか困っている位なのだ、とか、いかにお兄さんが強くて怖くて女性にもてるか、というような話。

 と、話が脱線しちゃった。
 とにかく、そのお兄さんのお城に行った四人、ということで、あたしたちはここに参考人として呼ばれているというわけ。
 ちなみに四人といったけど、ガストンさんは偉いオジサンの中に混じっている。あたしにとっては気安いオジサンの一人だけど、一応町を代表する商人の一人だったりするからだ。

 ほかのオジサンメンバーは……まずは領主様。長方形の机の一番奥……上座にどでんと座っている。遠くから見たことはあるけど、こんな近くでみたのは初めてだ。あたしの感想は、「太ったふつうのオジサンだな」かな。  しかもなんか、目つきがいやらしくて好きじゃない。

「まさかあの、南国の伯爵令嬢とその従者殿が魔族であったとは……」
 領主様はぶるぶる震えている。きっとシャツをめくれば、お腹がお皿に置いたゼリーみたいに、ぷるんぷるんしているに違いない。
 まあ、見たくもないけど。
 領主様。怖がっているのかと思ったら、なぜだか自分の手を急に見つめて目をウットリさせ、頬を赤らめた。正直、気持ち悪い。

 領主様の右手に座る、立派な白髭を生やしたおじいさんは、ブレイスさん。この町在住の魔術師の中で、一番偉い人らしい。手にもつ真新しい杖は魔道具であって、足が弱いから持っているわけじゃない、ってよく怒ってる。
 さっき「にわかには信じられん」
とか言っていたのがこのおじいさんだ。

「本当に我々は、凍結していたというのか?」
「信じられん気持ちはわかる。だが、実際に俺たちは時間の超越を体験したはず……」
 筋肉もりもりオジサンは、マグダブさんだ。冒険者たちのまとめ役みたいな感じで、頼りになる。
 まあ、赤毛の綺麗なお兄さんが魔族だとわかったときには、店から逃げるのに必死だったけど、それはみんなそうだし、仕方ないと思う。

「赤毛の魔族と子供、それから銀髪の美女……目の前にいたのはその三体だったというのに、一瞬後には奴らの姿はなく、女たちの代わりに背後の建物にいたのは猿面の魔族、そして空を舞う二体の竜……しかもあれは朝のことだったというのに、気がつけば昼を随分すぎていたからな」
「それから、あの男前の大公もいたわ!」
 ミナが声をあげて、みんなの注目を集めた。

「信じたくない気持ちはわかるが、真実です。我々四人は、あなたたちが氷像になっていたまさにそのとき、大公の城に連行されて……ひどい目にあったのですからな」
 ガストンさんがいつもよりだいぶ低い声で、発言した。
 普段はおちゃめな太ったオジサンだけど、こういうときは真面目でマトモな感じに見える。
「そうですとも……私がもし、自分の財産をなげうって、あの魔族大公へ忠誠を誓わなければ、今頃はまだ……」
 ガストンさんの顔は真っ青だ。さわさわと撫でる右手には、今もしっかり包帯が巻かれている。
 なんでも、あのお兄さんと一緒にお店に戻って気を失い、目覚めてみれば手の皮がごっそりめくれていたらしい。聞いただけでも痛々しい。  おまけに、店の魔道具の在庫がごっそりなくなっていたのだという。
 ガストンさんが言うには、人間が力を持ちすぎることを危惧したあのお兄さんによって、焼き払われたり奪われたりしたのだろう、ということだった。
 なにせ、気付けば店の氷だけは溶けていたそうなので。

 その話を聞いて、魔術師たちは町の隅に残っていた氷を、炎で解こうとしたらしい。けれど、結果は今もその氷が溶けていないことを見ればわかるとおりだ。

「君の店についてはその功績を考慮して、町の資金より補償されることになっている。それではとても、君の勇気に報いることはできまいが……」
 領主様の左手側に座る、眉間に三本のしわが入ったオジサンは、この町の町長のボディガさんだ。
 しっかりした人で、領主様にもこびることなく意見を言う人柄が、町の人たちに好かれていた。
 そのほか、顔は知ってるけど親しくはないオジサンたちが十数人ほど。

「それでどうかね、ガストン。君の見たところ……その魔族大公は、またこの町を襲ってくると思うかね?」
「また、来てくださるかのぅ……」
 領主様、ため息ついて気持ち悪い。

 財産をなげうって町を救ったガストンさんは、すっかり英雄扱いだ。
 もとからこの小さな町で成功していた商人だから、発言権は強かったらしい。そこへ今回の誘拐された一人だということ、それに店が魔道具の専門店だったということも手伝って、魔族のことならガストンに聞け、と言われるまでになっている。
「そうですな……いや、私の見るところ……」

 正直あたしはなんかこう……違和感を感じている。
 ガストンさんの英雄扱いには、だ。

 確かにガストンさんが頑張ってくれたのは、実際にお城で一緒だったから、よくわかっている。
 聞けばあたしたち三人が、あのぞっとするほど綺麗な赤毛魔族に言われてドレスに着替えている間に、「ひどいことをしないでくれ」とお兄さんを説得してくれたらしい。それであたしたちの貞操は守られたというのだけど。
 けど、なんかね……。

「君たちはどう思うかね?」
 急に話を振られてびっくりした!
 どう思うかって、あのお兄さんがまた町を襲ってくるかって質問のこと?
「うーん……もともと、あっちから襲ってきたわけでもないし……」
 思い返してみれば、あの三人の魔族だって、別に人間を襲いにきたって訳じゃなかった。
 あたしたちが……あたしがまず、怖くなって過剰に反応しすぎたっていうだけの気も、今となってはするのだ。
 店から出てくるところを、攻撃するつもりで待ち伏せたのもこっちだし。
 それに……あの金髪のお兄さんなんかは逆に、町を助けてくれた、といえない訳じゃないもの。

 まあ、あたしがこんな呑気な感想を抱いていられるのも、広場で氷漬けになっている人の中に、友達も家族もいないからという身勝手な理由からかもしれない。
 解くための方法があるにはある、とも聞いているし。

「もしまた来たら、今度は私の魅力で悩殺してあげるわ」
 ミナの頭の中は、あたしより更にお花畑だ。正直、感心する。
「話の腰を折ってすみませんが、実はここに」
 マリーナが急に持参の袋をごそごそやりだした。
 彼女だけは、妙に大きな荷物を持ち込んでいたのだ。
 いったい何を出すんだろう。

「私が手に入れた、魔族大公のマントがあります」
 マリーナはあのお兄さんからかけてもらったという、灰色に青のラインの入ったマントを取り出した。
「今一番の高値をつけてくださった方に、この場でお譲りしてもかまいません。さあ、どうする?」
 何言ってるんだろう、この子。
 そう思ったのはあたしだけだったみたい。

「私、私にちょうだい!! お金はないけど!」
 早速、ミナが参戦だ。目がギラついている。
「お金がないのは却下です」
「金ならある! 糸目はつけん!!」
 領主様……気持ち悪い。

「魔族の所有物だぞ! 素人が持っては危険なものかもしれぬ。まずは、我ら魔術師協会で保管・研究して……」
 白髭の魔術師ブレイスさんも、興味があるらしい。
「いや、さっき補償をくださるとおっしゃった! ならばぜひ、このガストンめにこの場はお譲りいただきたい!」
 ガストンさん……どうせそれ、高値をつけて転売するつもりでしょう。
「どうせそれで金儲けするつもりだろう! そのような貴重なものは、今回の事件を忘れぬためにも町で保管するのが一番であり」
「いいや、我ら魔術師の研究のために」
「バカを申せ、記念にというなら我が館の収集物にこそふさわしい!」
 領主様、気持ち悪い。

 自分が、いや、自分こそが、という声で室内が満たされる。
 ……結局、みんな欲しいらしい。その意識や目的は違えども。
 参加していないのは、あたしとマグダブさん、それに町長のボディガさんだけだ。

「まあ、おまちください。商品は、これ一つではありません」
 マリーナ。まだ何かあるの?
 彼女は意外にちゃっかりしてる。
 あたしたちが四階で猿面の魔族の監視下に置かれていた間に、一階に到着していたらしい。けれど上の階にはあがってこずに、その場で様子をみていたんだって。
 賢いと言えば賢いのかもしれないけど。

「さて、次に取りいだしたるは、そのマントに付着していた黄金の髪! 魔族の毛髪ですよ、しかも大公です! 何か不思議な力が宿っているかも? 三本あります! 一本からばら売りいたします!」
 また、自分が自分が、の大合唱。
 会議の趣旨が、変わっていると思うんだけど……?

「それからなんと、こちらは竜の垢! 世にも珍しい、竜の垢ですよ! セットで爪のかけらもあります! なにかいい道具が作れるかもしれませんね!」
 竜の背中からこすり取ったんだろうか。
 商魂たくましすぎるんじゃないかな、マリーナ。
「お次はなんと、あの魔族が持ち帰り損ねた手鏡……! 当然、あの場で使用したものです! と、いうことは? この中には当然、魔族の魔力が……? 魔球を使えば、その力が自分のものに!」
 すごい……手鏡まで出てきた。鏡までくすねていたとは!

「さて、今度はなんだ? ええ、もちろんこちらです! 銀髪の美女が着ていたかもしれない! そういえば何か、使用済みのにおいが? 魔族製の高級下着、高級下着です! レース使いが見事ですね!」
 ちょっと待って! それってドレスと一緒に支給された下着よね? ドレスは返却したけど、さすがに下着はそのままでいいってことだったから……まさか、自分の使用後のものを出している!?
 だとしたら、正直どん引きじゃすまないんだけど!

「俺がっ俺がっ」
 そして急に大声を張り上げだしたマグダブさんに、私は軽蔑の瞳を向けた。

 それにしても、ずっとおとなしく黙っていたマリーナと、同一人物とは思えない。
 こっちが本性なんだろうけど。

 そうしてなぜか、この間の魔族の襲撃事件のことを話し合うはずが、会議は途中でマリーナによる魔族大公由来の商品即売会に早変わりしたのだった。

 呆れたあたしは、熱気渦巻くその会場からこっそりと抜け出した。
 お役所の外に出て、そのまま家には帰らずに町の南に向かった。
 この町に唯一に残された、氷漬けの広場がその目的地だ。
 別に、あの暑苦しさにあてられて、涼みたくなったからではない。
 あたしだって、あの日のことを思い起こさない日は、一日だってなかったのだ。
 そう。呑気に暮らしているようには見えても、やっぱりあの事件はあたしをはじめ、町の人々の心に深い傷を残した。魔族に対する恐怖と、その魔術の結果に対する不安と悲しみで、町は満ちている。

 実際、あのお兄さんと猿面の魔族が行ってしまった後は、それは大変な騒ぎだった。
 いまいち事情をわかっていない建物外の人たちは、途切れる前の記憶のままのテンションだったけど、周囲が氷漬けの中で半日も不安に耐えた女たちは、町が解放されるや緊張の糸が切れたのだろう。一斉に泣き出したのだ。
 もっともあたしもその例外ではなく、それまで気丈にふるまっていたミナでさえ、号泣していた。
 けれどああ、そうね……マリーナは平然としてたかな。

 それはともかく、あの日以来、あたしは広場にはまだ一度も足を運んでいなかった。
 以前は四日とあけず、朝市のためにでかけていたというのに。
 たぶん、家族や友人が広場で氷漬けになっていないことを、知っていたことが大きい。わざわざ残酷な現場を見に行く気にはなれないもの。
 けれどこうして改めてあの日のことを話し合った今――途中から、現場は大いに脱線したけれど――、ようやくその爪痕を、見にいく決心がついたのだった。

 現場に近づくにつれ、下がっていく気温。
 今は薄手でも少し汗ばむ時季だというのに、たどり着くその手前から手はかじかみ、足はふるえてくる。
 これは寒さと……それに付随する、恐怖のためだ。
 広間に隣接する家の人々は、見えない呪いを恐れて別の場所に移ったという。

 そうしてあたしは、そこへたどり着いた。
 ここに来る前、あたしはきっとたくさんの人がいるだろうと予想していた。
 けれど、実際にはその逆だった。
 公に立ち入りを禁止されてるのも大きいと思うし、自分に災いがふりかかるのを、なんとなく恐れているからかもしれない。
 だから分厚い氷に覆われた広場には、彫像のように見える人々の他に、動く影はない。

 あの日はちょうど朝市が休みだったから、犠牲者はそれでも少なくすんでいる。けれどざっと見ただけでも、その場には二十を超す氷像が立っていた。
 この中にはあたしの店に食べにきてくれた人だって、きっと一人くらいはいるはずだ。そう思うと、胸が締め付けられた。

 やっぱり、帰ろう。少なくとも、一人で来るのではなかったと、後悔していたその時。
 中央の、噴水をとりかこむ氷像の中に、一つだけ動く影を発見した。

 一度見たら忘れない、見事な黄金の髪……。

「あれ? 君……イーディス?」
 なぜかそこに、あの魔族のお兄さんがいた。

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