古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第三章 成人式典編】

6.たまには同盟者らしく



 ウィストベルに約束した軟膏を届けようと、久しぶりに<暁に血濡れた地獄城>を訪れたら、ベイルフォウスがいました。
「おお、来たか、ジャーイル」
 まるで自分の城であるかのようなくつろぎようだ。赤い酒の入った瓶を片手に、応接の長椅子に両足を放り出して寝転んでいる。

 そこはこの城を訪れた際によく通されるガラステーブルのある応接室だったが、ウィストベルの姿はない。
 しかし友ほどではないものの、俺にとっても多少は慣れた場所なので、迷うことなく一人掛けの椅子に腰掛ける。
 するとベイルフォウスも姿勢正しくとは言い難いが、身体を起こして座り直し、壁際に控えた従僕に対して酒瓶をふってみせた。
 この部屋に従僕がいるのは珍しいと思ったら、ベイルフォウスの酒の世話のために控えているようだ。
 慣れたものなのだろう、彼はすぐさま新しい酒とグラスを二つもってきて、空瓶と交換した。
 それにしても、いったいベイルフォウスは何本目なんだ?
 この部屋、若干酒臭いんだが。

「なんでこんなところにいるんだ?」
「なんでって、好いた女のところを訪れるのは、当たり前だろう?」
 まあ、そりゃそうか。

 ベイルフォウスはグラスに酒をつぎ、一脚を自分の手に、一脚を俺によこす。
「お前こそ、何のようだって? まさか、その気になったのか?」
 疑わしげな視線をよこしてくる。
「まさか。単に以前、約束した品物を届けにきただけだよ」
 ベイルフォウスとグラスをあわせ、半分ほど口にする。さすがに甘党だけあって、酒も甘口が好みらしい。
 見た目はむしろ、逆っぽいんだけどな。

「品物? なんだよ」
「いや、別に……ただの軟膏だ」
「ふうん?」
 ベイルフォウスはマーミルがデイセントローズの呪詛を受けた一件に気づいているが、軟膏のことは知らないはずだ。いちいちベイルフォウスに教える必要性を感じないから、話すつもりもない。

「ところで、ウィストベルは?」
「さあ……俺もしばらく待ってる。まあ、女の支度ってのは、時間のかかるもんだからな」
 女性に限らず、だろ。ベイルフォウス。君も着替えに二時間ほどかけるんじゃなかったかな?
「お前が来てくれて助かった。この城にいるのはスカした野郎ばっかりだからな。話し相手にもならん」
「女性だっているだろ?」
 俺の城のデヴィルにまで手を出しているくせに。
「俺だって、さすがに好きな相手の城の女にまで、手を出そうとは思わないさ」
 ああ、そうなんだ。さすがにそうなんだ。

「なあ、時間があるならちょうどいい。この間のあれ、教えてくれよ」
「このあいだの、あれ?」
「ほら、あの、術式を消す……術式?」
 ああ、そういや教える約束だったっけ。
「なにも特別なことじゃないさ。術式を組み合わせる時に使う魔術と、反対のものを組んで干渉させるんだ」
「干渉させる? 他人の術式に、どうやって?」
「どうって……こう……」
 俺は小さな炎の術式を右手で作ってみせる。そうして左手に水の術式を作った。

「で、片方をこう……干渉させるんだよ」
 左手の術式から俺にしか目視できないだろう魔術の糸が伸びる。それを右手の術式へとつなぎ、お互いの魔術をうまく混合させて打ち消していった。
「な、こんな感じ」
「……いや、わからん。もう一回」
 リクエストにお応えして、もう一度やってみせる。
 だが、今度もベイルフォウスは首をひねった。

「その、干渉させる、ってとこがぜんぜんわからん。なにをどうやってるんだ?」
「なにをどうって……口で説明するのは難しいな」
 こめかみをぐりぐり押さえてみるが、いい言葉が思いつかない。
 魔力が見えないと、理解するのはなかなか難しいか? 感覚さえつかめば、簡単だと思うんだけどな。ベイルフォウスなら。

「ぶつけて消してるんじゃないんだよな? 抵抗も衝撃もないもんな」
「なんていうんだろ……。別々の元素を使って、一つの術式を組むこと、あるだろ? あの応用だよ。別の相反する魔術を、力ずくで消しあわせるんじゃなくて、お互い混ざるように……」
「なあ、結局それって、どれくらい有効なんだ?」
 ベイルフォウスはどこかうんざり顔だ。飽きてきたな、こいつ。

「どれくらいって……まあ、この間くらい」
「この間はお前、完全に消せてなかったよな?」
「さすがに大公二人の術式だし、時間も足りなかったからな」
「なら、あれ以上だとお前だって消すのは難しいってことだろ? しかも本気でやりあうなら、お前の方だって攻撃に転じる必要がある。実際には使いどころがないってことだよな?」

「………………まあ、お前と俺がやりあうならな…………」
 俺がそういうと、ベイルフォウスはあっけらかんと白い歯をみせて笑った。
「じゃあ、別に覚えなくてもいいわ」
 ベイルフォウスめ……俺とやりあう気、満々か!
 油断しないでおこう。絶対に。

「また二人で楽しそうじゃの」
 ウィストベルがやってくると、俺たちはすかさず立ち上がる。ベイルフォウスは音もなくグラスをガラステーブルに置いて、彼女の側に歩み寄った。
「待ちかねたぞ、ウィストベル」
 当たり前のように彼女の白い髪を一束とり、そっと口づける。こういうくさいことを平気でできるのが、この男のすごいところだよな。
 なにがあっても、俺にはできそうにない。

「どうした? 顔色が悪いんじゃないか?」
 白い髪から手を離し、そのまま自然な動作で頬を撫でる。
 うーん、この……。
「なんでもない……大丈夫じゃ」
 ウィストベルはそっとベイルフォウスの手をはらうと、俺の正面の椅子に腰掛けた。
 確かにベイルフォウスの言うとおり、どこかけだるそうだ。
「それで、今日は何のようじゃ? 二人とも……」
 口調もそっけない。本当に具合が悪そうだな。いつものような覇気が感じられない。

「大丈夫ですか? どこか辛いところでも?」
 ウィストベルは肘掛けに右半身をもたせかけるようにして座り、頬杖をついて目を閉じた。
「辛くはない。ただ、夢見が悪かっただけじゃ。気にするな」
 俺とベイルフォウスはもとの席に腰をおろし、顔を見合わせた。
「俺はご機嫌伺いにきただけだ。だが、それだけ調子が悪そうなら長居はしない」
「俺も先日約束したものをお届けにきただけですから、すぐお暇します」
 懐から黄色い容器をとりだし、ガラスの机に置いた。
 サンドリミンが軟膏の一部を移してくれたものだ。

 ウィストベルはゆっくり瞼を持ち上げると、その容器に気だるげな視線を向けた。
「ああ、あの面白そうな軟膏か」
 興味をひいたのだろう。だんだんと赤金の瞳に生気がもどっていく。

 彼女は身を起こし、容器に手にとった。
 蓋をひねり、中身をみる頃には、もうすっかりいつものウィストベルだ。
 本当に体調が悪いわけではなさそうだ。本人の言のとおり、気分の問題だったのか。
「なんの軟膏だって?」
 怪訝な表情のベイルフォウスに、ウィストベルは妖艶な笑みを向ける。
「お主のような男に最適の、とっておきの秘薬じゃ」
「俺?」

 うん、まあそうだね。ベイルフォウスは飲めばいいよね。飲めばっていうか、誰かに飲まされればいいよね。
 そしてずっと個室にこもってるといいよね。
「試してみるか? うまいらしいぞ?」
 ウィストベル、ベイルフォウスで楽しむ気まんまんだね。
「不能の薬なら、俺じゃなくてジャーイルに飲ませろよ。精力剤だとしても不要だ」
 そうでしょうね、ええ、そうでしょうとも。
「いや、そんなんじゃないから飲んでみろよ、ベイルフォウス。うまいぞ」
 トイレとお友達になるがいいのだ。
 俺はウィストベルに乗ることにした。

「は? なんだよ、お前まで……」
 ベイルフォウスは俺とウィストベルの顔を見比べ、それから眉をひそめる。
「うさんくせえ。絶対に飲まない」
 ちっ。

「まあ、よかろう。いくらでも試す相手はおる」
 えっと、ウィストベル……それはつまり、自分の気が多いと告白しているようなものじゃ……。
「ルデルフォウスにでも試してみるかの」
「ウィストベル!」
 やめてあげて!
 お願いだから、魔王様にはやめてあげて!!

「冗談じゃ。なぜ、お前が涙目になる、ジャーイル」
「いや……ちょっと想像したら」
 かわいそうになって。
 魔王様はあんなにもウィストベルのことが好きだというのに。
 いや、まてよ……あの魔王様のことだ。逆に喜ぶんじゃないか?
 ウィストベルに嫉妬された、とかいって、小躍りするんじゃないのか?
 ありうるから怖い。

「頭を割られても、慕ってみせるか。たいしたもんじゃの」
 ウィストベルにせせら笑われた。
「とにかく、今のやりとりで、ろくでもないもんだってことはよくわかった」
 ベイルフォウスが俺の方だけを、じろりと睨んでくる。
 なんだよ。いつもお前がいらないことばかりいうから、お返しだ。

「ところで、今日は我が同盟相手が二人ともそろったのじゃ。晩餐までおるのじゃろう?」
 まあ……城主の具合もよくなったみたいだし、多少ゆっくりしていってもいいか。なにせ、ウィストベルの言うとおり、俺たちはそれぞれが彼女の同盟者だしな。とはいえ、ベイルフォウスがいなかったら考えたところだけど。
「晩餐といわず、一晩泊まっていってもいいぜ?」
「二人ともというならな」
 ベイルフォウスの言葉を受けて、ウィストベルが意味ありげに俺に視線を送ってくる。

「三人でか? まあ、俺はそれでも……いて! なんだよ、ジャーイル!」
 うるさい、このエロ大公。黙ってろ。今すぐその下品な口をつつしまないと、もう一回すねを蹴るぞ!
「外泊はさすがにできかねますが、晩餐はごちそうになります」
「つまんねえ野郎だな」
 蹴り返された。くそ、ベイルフォウスめ。
「ふん、まあよいが」
 ウィストベルはそう言って、軟膏の容器を手のひらの上で転がした。
「では、どちらかの食事にこれを混ぜておくかの? 愉しみじゃな」
 そう言って彼女は無邪気で邪悪な笑みを、俺とベイルフォウスに向けてきたのだった。

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