古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第三章 成人式典編】

14.僕っていつも、誰かから説教されてませんか?



 なんとか起きあがれるようになったので、サーリスヴォルフと居室に移る。
 そのさい、ジブライールも体調不良ではない、大丈夫だと診療を固辞したために、医療班には何もせずに帰っていただいた。
 そのジブライールは、マーミルと寝室で待機中だ。

「ははっ。顔色悪いよ、ジャーイル。今なら簡単に、君を殺せそうだね」
 無邪気に怖いことをいってくれるな、サーリスヴォルフ。
 言葉だけだよな? 冗談だよな?
 目がキラリと光った気がして、怖いんだけど。 

 俺は腰をたたきながら、ソファに腰掛ける。
「二階にいるかと医療班をやったのに、どの部屋にも入らず降りていったっていうじゃない? だからこっちにやってきたのよ。さすがに、大公の部屋を訪ねるのに、医療班だけでは心細いだろうと思って、私が同行したというわけ」
 今日は女装しているだけあって、言葉遣いもやや女性的だ。
 時々微妙だが。

「気を使わせてすまない」
「まあ、正直、目録や挨拶なんて聞いていてもおもしろくはないからね。気分転換になっていいわ」
 まあ、気持ちは大いにわかる。壇上でじっと座って、知っている相手やら知らない相手からの祝辞を延々と聞き続けるのは、なかなか大変なのだ。緊張しつつ言ってくれている本人たちには悪いが。
「それより、元気ないね、ジャーイル」
 そりゃあ、元気なんてあるわけありません。
 こんな目にあって、元気なんて出るわけないじゃないですか!
 今、こうしてふつうに対応するだけで、精一杯なんです。

「用件はもう一つ……部屋が余分にいるかと思って」
「部屋?」
「うん、そう。倒れた彼女……君の副司令官だよね? 具合が悪いのなら、今日は帰れないかなと思ってね。部屋の用意が必要か、聞きにきたんだけど……むしろ無粋だったかな?」
 いやに意味ありげな視線を寄越してくる。
 好色なサーリスヴォルフが何を考えているかは、聞かなくてもわかる。
 俺はため息をついた。
「いや、大丈夫だ。本人が問題ないと言っているから、予定通り、本日は妹と帰宅させる。……いや、そうはいっても、倒れたことに間違いはないわけだから……後の儀式は不参加とさせてもらう。すまないが」
 うん、ほんと。
 すぐ帰ってもらおう。
 俺の精神の安定のために。

「むしろ、彼女は元気そうだもんね?」
 ええ、そうですね。
 とっても元気そうです。俺の股間を蹴り上げた、あの脚力の力強さから判断して!
「ジャーイルはどうする? むしろ、君の方が具合悪そうだけど?」
「いや。俺は大丈夫だ。少し休ませてもらうが……また会場に戻るよ」
「そう。承知したわ」

「サーリスヴォルフ!」
 サーリスヴォルフが席を立とうとしたので、俺は慌ててひきとめる。
「この機会に、聞きたいことがあるんだが」
 こうして訪ねてきてくれたのは、むしろ幸いだった。
 ずっと話したかったのに、その機会がなかったからな。

「あら、女性との穏やかな付き合いかたなら、あなたの身近に詳しい人がいるでしょう? 親友に教えてもらえばよいのでは?」
 いやいやいや。
 冗談はよしてください。
 ベイルフォウスなんて、ぜんぜん参考になりませんから。あいつが穏やかに女性と付き合っているだなんて、聞いたこともないですから。
 だいたい、俺は誰とも……ジブライールとだって別に…………って、違う、そうじゃない!

「デイセントローズの昼餐会の時のことだが」
 俺は寝室を気にしつつ、小声でささやいた。
「あら、知ってるんだ?」
 そうは言ったが、当然予想していたのだろう。サーリスヴォルフは訳知り顔で頷く。
「あなたが妹を助けてくれたこと、なら。ずっと礼を言いたいと思っていたんだ。ありがとう」
「助けたつもりはないわ。私は単に、デイセントローズにいじわるをしたかっただけ……気まぐれを起こしただけだから、恩に着てもらう必要もないけど」
 サーリスヴォルフは苦笑を浮かべている。

「どうやって、デイセントローズの企みを知ったのか、尋ねてもいいかな? もとから、彼の特殊魔術を知っていた、とか?」
「いいえ、まさか。あの時点では、まだ、私とデイセントローズは同盟者ですらなかったのよ。特殊魔術のことなんて、同盟者同士だって話し合わないわ。私が知っているはずはないでしょ」
 まあ、そうだ。
 残虐と簒奪が習いの魔族において、特殊魔術はそれがどれだけくだらない能力であっても、本人次第で強力な隠し玉とすることができる。それを自ら他者にべらべらとあかすような者はいないだろう。
 デイセントローズだって、俺が目の前で軟膏を飲むように強制したから、打ちあけずにすまなかっただけで……というより、奴のあかした内容が、その能力のすべてとも限らないのだし。実際、俺とウィストベルがその付加価値を疑っているように。

「単にデイセントローズの不穏な動きに気づいたから、ちょっと邪魔しただけよ。困った顔をしたデイセントローズは、可愛らしかったわ。正直にいうと、彼がどうやって何をしていたのか、正確には把握していないのよ。ただ、何かを阻止できたと気づいただけ」
 サーリスヴォルフの口元に、剣呑な笑みが浮かぶ。

 サーリスヴォルフはデイセントローズの特殊魔術の内容は把握していない、と言いたいようだ。それを阻止できたのも、偶然の産物であって意図して成功させたわけではないと。
 俺の目は相手の魔力をはかるが、特殊魔術の有無までは見通せないから、サーリスヴォルフが言葉通りたまたまデイセントローズの邪魔をできたのか、それとも何か特殊魔術を使って意図的に止めたのか、判断できない。

「そんなことより、君にはもっと気にすべきこと、やるべきことがあると思うよ。もっと、根幹的なところで」
「根幹的なところ……?」
「昼餐会で私は聞いたよね? 妹君に。爵位を得るつもりはあるのか、と。彼女はあるといった。そして、君はそれに特に反対もしなかった。だよね?」
「ああ」

 反対どころか、どちらかといえば賛成だ。
 そのために、協力もしている。
 剣や魔術の腕を磨きたいというから教師をつけてやってるし、騎竜だって教えている。
 さらにいうなら、こうしていろんなところに連れていってやるのも――いや、今回は渋々だが――爵位を得るために、役立つ経験だろうと思ってのことだ。
 それでは足りないと、サーリスヴォルフはいうのだろうか?

「なのに、妹君にデイセントローズのしでかしたことを、内緒にしてる」
「……ああ」
「ねえ、ジャーイル。君は、私に子供が何人いるか、知ってる?」
「いや……」
 まだまだたくさんいるのか?
 今回の祝賀会場にも、姿はなかったようだが……。
「じゃあ、他の……例えばプートの子のことは? アリネーゼにもいることを、知ってる?」

 プートに妻子があるのは知っていたが、アリネーゼもなのか!
 てっきり彼女は独身だと思っていた。サーリスヴォルフだって、あんなに口説いていたし!
「知らないでしょう? 自分で自分の身を守れないほど、弱い子を……誰が残虐な同胞の前にすすんでさしだすと思う? 成人した後は、本人の力量にまかせるとはいえ、それまでは大事に囲って育てるものよ。君はその点、不用心だわね。そのせいか、妹君自身にも警戒心がなさすぎる。そりゃあ、デイセントローズのような輩につけ込まれるはずよ」
 ……ああ、そうなのかな。
 確かに、そうなのかもな。
 うん、最近、どうもそんな気がしてきていたんだ。
 なんというか……耳が痛い。

「それとも君は、成人していない親族であろうと、保護対象ではないというのかな? 他者から害されるのも、本人の未熟さ故と割り切っている、というのなら、なにもいわないけど。でも、それならそれで、もう少し本人に危機感を持たせるべきじゃないかしら? 例えば私はむしろ、君とは逆で、子供たちは成人するまで大人たちの交際に参加させないことにしている。そのかわり、誰が何をしでかしたのか、ちゃんと教えているわ」

 確かに俺は、マーミルの身の安全を、軽く考えすぎている節がある。俺自身が子供の頃からほとんどの大人に対して、警戒する必要がなかったせいか、マーミルに危険が及ぶ可能性について、全く考えが及んでいなかったのだ。
 俺の子供時代の環境と、マーミルの環境が同じであるはずはない。それ以前に、マーミルは俺と同じ目を持っていない。そんなことにさえ、気づかなかった。それにマーミルの魔力は、俺の子供時代に比べて、はるかに弱い。
 ああ、確かに、もっと注意が必要だな……。

「……考えが至らなかったことを、痛感しているところだよ」
「そう思ったのなら、まずは一番の間違いをただすべきだと思うけど? 君ときたら、妹を平気でベイルフォウスに近づけて……」
 サーリスヴォルフ。本気でベイルフォウスがロリコンだと勘違いしているのだろうか?
「いや、意外にあいつ、子供には優しいよ?」
「本気で言ってるの?」
 サーリスヴォルフは呆れ顔を向けてくる。
「今、自分の考えが甘すぎると自覚したのではなかったの?」
「まあ……あいつがただの脳筋でないのは、わかってるつもりだけど」
 彼女は苦笑を浮かべ、立ち上がった。

「君はなんというか……今までに見たことがないタイプなのよね。それだけに、観察しているのは楽しい。だからできるだけ長く、一緒に大公位にありたいと思っているのよ」
「そのためにいろいろと忠告してくれてるわけだ」
 ベイルフォウスとサーリスヴォルフは、普段は仲良くやっているようなのだが、やはり見かけだけのことのようだ。お互い同じような忠告を、俺に与えてくるとは。
 さすが、似たもの同士ということか。
 俺は苦笑をもらさずにはいられなかった。

「心に留めておくことにするよ」
「ええ、そうすることね。後悔したくなければ」
 そう言いおいて、サーリスヴォルフは祝賀会の会場に戻っていった。

「お兄さま」
 サーリスヴォルフが出て行った気配を感じたのだろう。マーミルが遠慮がちに寝室から顔をのぞかせてくる。
「サーリスヴォルフ大公、お帰りになった?」
「ああ」
 妹はホッとしたような笑みを浮かべると、寝室から飛び出してきた。

「お兄さま、ジブライール公爵の気分も回復したようだから、私たち、会場にもど」
「いや、マーミル。今日はもう、帰った方がいいんじゃないか?」
 俺は慌ててマーミルの言葉を遮る。
 たった今、妹の身の安全について考えさせられたばかりの俺が、これ以上、他の城で長居させたくない、と考えるのは当然だ。

「ジブライールが大丈夫だと主張したって、やっぱり一度は医療班の診察を受けた方がいいだろう。彼女も疲れているだろうし、お前だって俺の体面を考えて、無理に儀式に参加しつづける必要はない」
 俺はしゃがんで妹に目線を合わせながら、その柔らかい頬に手を撫でた。
「成人の儀式だって、これからいくらでも参加する機会はあるさ。なにせ、うちにはマストヴォーゼの娘たちがたくさんいるしな」
 俺が冗談めかしてそう言うと、妹は小さな手のひらを俺の手に重ねてホッとしたようにほほえむ。

「ほんとにそうですわね。あんまり儀式ばっかりで、そのうちうんざりするかもしれませんわ」
「その通りだ」
「閣下」
 ジブライールの声に、情けなくも反応してしまう。
 なんとか後じさるのだけはこらえたが、ついビクッとしてしまった。

「ジ……ジブライール……」
 俺の笑みはひきつっていただろうか。
 だって仕方ないじゃない!
 ついさっき、あんな目にあったばっかりなんだから!!

「あの……閣下……」
 ジブライールは寝室から出てはきても、こちらに近づいてこようとはしない。彼女は彼女で、気まずい思いを感じているのだろう。
「ほんとうに……なんとお詫びをすればよいか……も……もし……もし、これで、閣下の………………支障が…………」
 ぐっと唇をかみしめ、今にも泣き出しそうな表情を浮かべて、真っ赤になるほど手を握りしめている。
 これは、やばい。
 なにが嫌って、誰かを泣かせることほど嫌なことはない。

「いや、いやいや、大丈夫、俺は大丈夫だから、そんなに気にするな、ジブライール!」
 くっ……正直、本能が彼女に近づくのを恐れている。
 わざとやったのじゃないとはわかっていても、足が前に動きたがらないのだ。
 だが、俺はなんとかその本能に逆らって、ジブライールに近づくと、彼女の手を取った。

「ほら、そんなに力一杯握りしめると、怪我をするぞ? 今からマーミルを送るのに、飛竜の手綱をとってもらわないといけないんだからな」
 ゆっくり拳を開かせると、ジブライールは驚いたような表情で俺を見上げてきた。
「マーミルを無事城に送り届けてくれ。それでさっきのことは、チャラにしよう」
「閣下……」
 正直、すぐにでも患部を守りながら、彼女から離れたい。
 なにこれ、恐怖心? これが真の恐怖というものか?

「かならず無事に、姫を大公城までお連れいたします」
 ジブライールはまぶたを震わせると、いつものひきしまった厳しい表情に戻って、びっしりと敬礼をとった。
「ああ、頼むよ」

 そうして二人を送り出してから、俺がそっと患部を確認したことは、いうまでもないだろう。

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