古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第三章 成人式典編】

15.二日目もまた、違う意味でいろいろ疲れています



 今現在、俺はピンチに陥っている。
 いや、蹴られた箇所じゃない。そこは大丈夫だった。
 ……うん、たぶん。
 少なくとも、見た目は……。
 いや、違う。見た目だけじゃない。
 ダイジョウブ……ダイジョウブな、はず……だ……。

「聞いたぞ、ジャーイル。昨日は随分、お楽しみだったようじゃな?」
 そう言って真正面から薄い笑みをなげかけてくるのは、誰あろう、最強の女王様だ。
 いつもの謎怪力を発揮する細腕にがっちりと両肩をつかまれ、壁際に追いつめられている、俺。

 あれ?
 この間も、こんな目にあっていたような……?
 せめてもの幸いはここが密室でも、人の全く通らない廊下でもない、ということだろうか。
 いかに俺たちの様子を目にした者たちが、みな逃げるように去っていく現状であっても、だ。

 だが、この間の魔王城の時と違って、今日の女王様はややご立腹だ。
 目にいつもの余裕がない。
 やばい。怖すぎて、昨日の箇所にひびく……。

「なんのことだか、俺には……」
 一日目の昨日は楽しむどころかむしろ、どっと疲れたのだが。かつてないほどに、死を間近に感じた一日だったのだが。

 ウィストベルは俺の肩をつかんだまま、腕を折って顔を近づけてくる。
「ごまかしはきかぬぞ。お主、昨日は配下の副司令官をいきなり抱きしめたばかりか、そのまま我慢しきれず抱き上げて自分の部屋に連れ込んだそうじゃな? 数時間も会場に戻らず、その美女副司令官とやらと、いったい何をしていたというのかの? 何時間も寝室にこもって?」
 おい、誰だ!
 ウィストベルが誤解するような説明の仕方をしたのは!!

「違います、誤解です。そもそも、抱きついていません」
 いや、ダンスのつもりでちょっと距離は縮めたけど。
 抱きしめたわけではない、決して。
「抱き上げたのは本当ですが、それはその……副司令官が、気を失ったからで」
「ほう、介抱するためだったと? ではなぜ、わざわざ自分の部屋に連れ込んだのじゃ? 会場の二階には、休憩室が設けられていたそうではないか?」
 徐々に詰められる距離が、怖い。

「連れ込んだわけじゃ……妹が一緒だったもので……下手な場所で休憩するわけにはいかなかっただけです」
「マーミル嬢が、一緒?」
 ウィストベルの頬がぴくりとひきつる。
「二人きりではなかったと?」
「もちろんです!」
 よし、ここは力強く主張しよう!
 しかし、ウィストベルに状況を伝えた相手には、悪意を感じるじゃないか。妹が一緒だったことを、わざわざ伏せて聞かせるとは。

「妹をたった一人にするわけにはいきません。デイセントローズの件は以前もお話しましたが、それ以来、俺は妹から目を離さないことに決めたからです。そして、副司令官はその妹の護衛としてきて同行したにすぎません」
 ……なんていうか……俺、なんでこんなに必死に言い訳しないといけないんだろう……我ながら、ちょっと情けなくなってきた。

「彼女もすぐに意識を取り戻したので、それからすぐに妹と一緒に城に帰しました」
 本当のことだから、声には自信があふれているはずだ。
「よかろう。その美人の副司令官……ジブライールとやらに主が手を出さず、妹と帰らせたという言葉を信じてもよい」
 俺はホッとため息をつく。
 っていうか、なんでウィストベルはジブライールの名前を知っているんだ!
「だが、そなたがぐずぐずしていたのは、そのジブライールとやらの残り香を、一人で楽しんでいたからではないのか?」
「断じて違います!」
 間髪入れず、俺は叫ぶ。なんて疑いを持つんだ、この女王様は!

 本当に誰だ! 誤解させるようなふうに、昨日のことをウィストベルに語ったのは!!
 そりゃあ、ちらっと……多少、ちらっとは、よぎらなかったわけではない。ジブライールが寝ていたんだな、とか。だが、何もしてない。
 できるわけがないじゃないか。
 それに、シーツはすぐに取り替えてもらった。俺の自尊心のためにも。

「俺が会場に戻るのが遅れたのは……それは、その……俺自身の問題で」
 すぐに戻らなかったのは、しばらく放心していたからだ。
 アソコを蹴られたショックがいかほどに大きいか、話したところでウィストベルにはわかるまい。
 なんといっても、繊細なのだ、俺は。
 あと、明らかな負傷がないか、時間をかけて点検していたというのもある。
 だが、こんなことをあけすけと、ウィストベルに説明できるはずもないではないか!

「とにかく……俺は、何一つ、やましいことはしてません!」
 俺はウィストベルの両腕首をつかみ、力をいれすぎないように気をつけつつ肩から離した。
「そうか……」
 ウィストベルの腕から力が抜けたので、気を抜いて手を離したら、すかさず両手指を組まれ、体をぎゅっと押しつけられた。
 やばい……感触が……。

「なら、それを証明するために、主の寝室に行こうではないか? 昨日の動作を逐一、二人で検証してみるのじゃ。まずは、主が私を抱き上げるところからじゃな」
 やばい。言ってることがめちゃくちゃだ。だが、断れる気がしない。
 怒りは消えたようだが、別のやる気に溢れている。
 うっすらと色づいた頬、やや潤んだ瞳、塗れた唇、そして、俺に押しつけられる豊満な…………。
 俺はいろんな意味で、唾を飲み込んだ。

「ほう、貴様……ところかまわずウィストベルと不埒な行為に及ぼうというのか」
 これは……天の助け!!
 声のした方を見ると、今日も真っ黒な正装でマントを翻した魔王様の姿が。

「陛下……!」
 頭を割られても、今の俺に文句はない!
 だいたい、昨日のあれよりひどい痛みなど、この世にあるはずがないではないか!
「貴様……今すぐ、ウィストベルから離れろ!」
「はい、今すぐ!」
「あ……」
 俺が手をほどいて急いであとじさると、ウィストベルから切なげな声があがる。
 ちょ……やめてください、響くから!

「ベイルフォウスがそなたを探しておったが」
 魔王様の冷たい目が、今はありがたい。
「あ、俺もベイルフォウスに用があったんです! 探しにいかないと」
「ジャーイル……」
「ウィストベル、また、後でダンスを楽しみましょう!」
 俺はにっこり笑ってそういうと、急いでその場を離れた。

 魔王様の名を呼ぶウィストベルの声に殺気を感じたが、陛下はきっと喜んでいらっしゃるはずだ。うん。

 ***

 今日はお誕生日会の二日目だ。場所を本棟に替え、大小さまざまの部屋をいくつも使用して、舞踏会が行われている。
 あちこちで音楽が鳴り響き、男女が手を取り合ってダンスホールを舞い、談話室で楽しげな声をあげる。で、そのうちの数人は昨日のように、どこかに消えていくのだろう。
 昨日より雑然としているから、誰がどこにいるのだか、よくわからない。
 なにせ、昨日から今日はさらに人数が増えて、千人近くになっている。
 その中から特定の相手を捜すというのは、なかなか骨の折れる仕事で……。

 ああ、だが、いた。シーナリーゼだ。
 彼女は俺も知らない男性魔族と、ダンスを楽しんでいるようだ。いやいやといった感じは全くなく、心から喜んでいるように見えた。
 正直、次女のことはあまり心配をしていない。しっかりしているから、万が一言い寄られることがあっても、自分の意に添わぬ合意はしなくてすむだろう。
 だが、アディリーゼは?
 うつむいて無言を貫いている間に、どこかに個室に連れこまれでもしないかと、気が気じゃない。

「おい、ヤティーン!」
 今まさに、女性魔族の腰に手を回しかけていたヤティーンをつかまえる。
 昨日はじっとおとなしく、長女や次女といてくれたヤティーンも、今日は自分の遊び相手を見つけるのに忙しいらしい。
「うわあ、閣下……空気よんでくださいよ……」
 ものすごく、嫌そうな顔をされた。
「悪い……だが、アディリーゼの姿がみえないのが気になってな。知らないか?」
「知りません。俺は彼女のお守りではありませんので」
 まあそうだけど。
 なんだよ、なんかヤティーン……機嫌悪くないか? いや、っていうか、なんか俺に冷たくないか?
 なんだろう……俺、何かしたっけ?

「ああ、でもずいぶん前に見かけたときは、フェオレスと一緒でしたが」
「わかった。邪魔をして悪かったな」
 ヤティーンの言うとおり、フェオレスが一緒にいてくれているのなら、何も心配はいらないのだが。
 俺はご機嫌斜めのヤティーンから離れると、長女の姿を捜して次の部屋に移ったのだった。

「おい、ジャーイル!」
 突然、肩を掴まれて振り返ると、いつになく不機嫌な顔のベイルフォウスが立っていた。
 そういえば、こいつが俺のことを探してるって、魔王様がいっていたっけ。
「ああ、ベイルフォウス。この間はマーミルが世話になったな。悪かった、ありがとう」
 俺の言葉に、ベイルフォウスは舌打ちで応じてくる。なんだ、おまえもか、ベイルフォウス。
 今日はあれか?
 みんなで俺に冷たくする日、とかなのか?
 俺の顔をみると、なんかイライラする呪いにでもかかってるのか?
「結局、最後まで『お兄ちゃん』呼びはなしだ」
 ああ、それね。
 まあ、マーミルも頑固なところがあるからな。

「その話はまた、後でな」
 今はアディリーゼの行方の方が気になる。フェオレスと一緒のところを、確認しておきたい。
 それで友人の手をふりほどいたのだが、ベイルフォウスは諦めてはくれず、腕をつかまれた。
「まあ、そうつれなくするな。せっかくの祝賀会だぞ? 俺とお前で、主役の二人を楽しませてやろうじゃないか?」
「は?」
 主役はこの部屋にはいませんけれども。
「いいからこっち、こいよ」
 いつになく、ベイルフォウスは強引だ。
 いつもは割とすんなりひいてくれるのに、今日はどうしたことか、自分の意志を押し通そうという態度を崩さない。

 そうして引きずられるようにしてたどり着いたのは、二部屋のダンスホールにまたがるように設けられた、芝生の中庭だった。
 俺たち……というか、ベイルフォウスから漂う不穏な空気を感じたのか、芝生に座って歓談していた数組のカップルが、いそいそと立ち上がって離れていく。
 ベイルフォウスは芝生の中央で俺の腕を乱暴に離すと、デヴィル族の青年の元へ歩み寄った。
 たぶん、あらかじめ待たせてあったのだろう。その青年からベイルフォウスは剣を二本、受け取ると、一本を俺に投げてよこしたのだ。

「なんだよ、ベイルフォウス……」
「抜け。やるぞ」
 そう言って、ベイルフォウスは音もなく鞘から剣を抜き取る。
「は? 正気か?」
 俺と手合わせするって?
「もちろん、正気だ。お前も知っているとは思うが、俺も剣は割と得意でな。手加減はいらないぜ?」
 ああ、知ってるとも。マーミルからお前の指導方法について、色々聞いているからな。

 俺たちが向かい合って対峙すると、いったん芝生から離れていった者たちが何事かと戻ってくる。周囲にはすぐに人だかりができた。
「おや、面白いことが始まりそうだね」
 軽い声をあげたのは、サーリスヴォルフだ。彼女は主役の双子と一緒に、人垣の最前列に進み出る。
 別の場所には、プートとアリネーゼの姿も見えるではないか。

「ほら、さっさと剣を抜けよ、ジャーイル。主役のお出ましだぜ。剣舞を披露といこうじゃないか、なあ、親友?」
 笑みがとげとげしい。
 なに怒ってるんだ、ベイルフォウスのやつ。
 どうやらひきそうにないと、俺は諦めて腰の剣を抜いた。

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