古酒の隠れ家

このサイトは古酒の創作活動などをまとめたサイトです
※一部、一次創作同人活動などを含みますので
苦手なかたはご注意ください

魔族大公の平穏な日常

目次に戻る
前話へ 後話へ


【第三章 成人式典編】

16.ベイルフォウスくんには、今後もお相手をお願いしたいと思います



「ルールは?」
「魔術はなし。剣のみで戦う」
 魔術なしか。大公同士の戦いで魔術も使用するとなると、確かにこの場所では狭すぎるもんな。
「承知した」
「なら、始め、だ!」
 ベイルフォウスは間髪入れず、懐に飛び込んでくる。

「ちょ、おま……終了の条件は!?」
 俺は素早いその切っ先を受け流しながら、叫びをあげた。
「そんなもの、適当だ!」
「おい、まて、ベイルフォウス!」
「またない!」

 俺は以前も言ったが、剣技についてはかなり自信がある。
 それだけなら、ウィストベルと戦っても勝利を確信できるほどだ。
 だが……。

 二度、三度とベイルフォウスと刃を打ち合わせる。
 魔術を使うときの単なる力押しとは違い、ベイルフォウスの剣捌きは実に柔軟だ。
 刃をあわせるや、力の重点をそらして分散させ、受け流し、翻して打ち込んでくる。
 本気で戦うとなれば、一番いやなタイプだ。
 思わず舌打ちしてしまう。

「おい、ジャーイル! 少しは本気を出したらどうだ? それとも俺では、相手にならないか?」
「いいや、まさか! だけど、こんなことは今回限りにしてほしい……なっ!」
 右から眼前に迫ってくる刃を受けて左に受け流し、反撃に転じた。

 ベイルフォウスは強い。
 それは剣をあわせる前から、予測できたことだった。
 だが、正直これほどとは……。

「強いな、ベイルフォウス!」
「お前ほどじゃないがな!」
 高らかな金属音が鳴り響き、火花が飛ぶ。

 やばい。楽しくなってきた。
 こうして誰かと本気で剣を打ちあえるのは、久しぶりだ。
 なにせ途中から、武器をとっての戦いでは、誰も俺の相手をまともにしてくれなくなったのだから。槍の名手と謳われた父でさえ、だ。
 俺が右を攻めれば、ベイルフォウスは左に受け流し、ベイルフォウスが左を攻めてくれば、それを俺が右に受け流す。
 それは仕合というより、ベイルフォウスの言ったように剣舞のようで。

「なに笑ってんだよ」
 あわせた刃の向こうで、ベイルフォウスが吐き捨てるように言う。
 だが、口と表情が一致していない。
「お前だって、笑ってるだろ?」
「そうか?」

 結局俺たちはそれから一時間の間、黙々と剣を交え続けた。そのせいか、双方疲れ果てて腕を降ろした時には、あれだけいた見物人は、ほとんどいなくなっていたのだった。プートやアリネーゼはもちろん、肝心のサーリスヴォルフとその双子もだ。

「ほんとに強いな、ベイルフォウス」
「いや……だから、お前ほどじゃねえって」
 ベイルフォウスはそう言うと抜身の剣を芝生の上に放りだし、あぐらをかいて汗にぬれた長い赤髪をかきあげる。
「ただ言っておくが、兄貴は俺より強いぜ」
 そう語る口調はどこか誇らしげだ。

 身体を動かしてすっきりしたのか、不機嫌さはどこかにいってしまっている。
 どうやら俺に対する呪いなどではなかったようだ。よかった、よかった。

「それにしても、いい運動になった。できればまた、二人で稽古しないか?」
 なにせものすごく楽しかった。俺としてはたまにはこうやって、全力を出した稽古をしたいのだ。
「ええ……お前、さっきはこれっきりにしろっていったくせに」
 一方のベイルフォウスはうんざり顔だ。

「いや、お前が強いもんで、楽しくて……時々はこうして運動して汗をかくのも、いいもんだろ?」
「運動による汗なら、毎日かいてる。女とな」
 なにこいつ……殴っていい? いいよな?
「怖い顔すんな。冗談だよ」
 いや、冗談じゃなくて真実だよね?
 どうでもいいけど! どうでもいいけど!

「本当のところ、俺は結構いっぱいいっぱいだった。八つ当たりのつもりが、お前が予想以上に強すぎて、今の俺は若干ひきぎみなんだが」
 さすがに大公二位からここまで言われると、ちょっと誇らしい気持ちがするではないか。
「八つ当たりって、なんの?」
 俺はベイルフォウスに手をさしのべる。
 親友は舌打ちをすると、俺の手につかまって立ち上がった。

「決まってるだろ、この間のマーミルの件だ」
「……ああ、そんなに迷惑かけたか、うちの妹……」
「いや、全然」
 ……ん? 迷惑じゃなかった?
「だから、さっきいったろ? 俺のこと、『お兄ちゃん』って一度も呼ばなかったんだって。毎日、朝から晩までかまってやったっていうのに、髪の毛だって、毎日きれいに結わえてやったっていうのに、デザートだって、毎日好物を用意してやったってのに」
 ……なるほど、マーミルの言っていた通り、うざいな。

「そんなことぐらいで、お前……八つ当たりって……」
「そんなことってお前、俺はその間中、夜だって一人で寝てたんだぞ?」
 俺がそこまで要求したわけじゃない。単に、妹の目の前で教育上悪いようなことはやめてくれとお願いしただけで。
「マーミルにあたるわけにはいかないからな。お前に当たってすっきりすることにしたんだ」

 こいつ、いくつだっけ?
 マーミルと同い年だっけ?
 俺の倍ほど生きてるんじゃなかったっけ?
 やはりサーリスヴォルフはベイルフォウスを買いかぶりすぎじゃなかろうか。

「さて、それじゃあ俺は汗を流しがてら、着替えてくるか…………」
 今度はたっぷり色気をまき散らせながら、女性魔族に視線をやるベイルフォウス。
 よかった……今日この場に、ジブライールとマーミルがいなくて本当によかった。

 いくらベイルフォウスが種族に見境ないといっても、やっぱりデヴィル族よりはデーモン族の相手の方が、いろいろと楽だろうからな。そして、ベイルフォウスの奴が女性を口説くときには言葉はいらないのだ。
 目を見ながら手を伸ばせば、それでたいてい完了だ。
 何度もそんな場面を目撃しているので、間違いない。
 こいつには目を見るだけで女性をたらしこむ、特殊魔術でもあるのかと疑うほどだ。
 だからというか、存外、口は下手なのだ。気障ったらしいせりふは言わないのではなくて、思いもつかないし、無理して言ってもうまくない。口説き文句とか、むしろ魔王様の方がうまそうだったりする。
 本当、ジブライールとマーミルを昨日のうちに帰しておいて、正解だった。万が一、ベイルフォウスがジブライールを標的と定めたら……。

「お前はどうする、ジャーイル?」
「俺はいい。着替えるほどではない」
 俺がそう言うと、ベイルフォウスは口元をひくつかせた。
「癪に障るな」
 うっすら汗ばんではいるのだが、別に不愉快なほどじゃない。汗くさくも……たぶん、ない……たぶん。
 なんなら魔術でどうにかするし。

 それよりも、だ。
 ベイルフォウスとの打ち合いに夢中になりすぎて、アディリーゼのことをすっかり失念していた。
 別にスメルスフォに、ずっと見守るよう頼まれた訳ではない。それどころか、彼女からは娘たちのことは気にしなくてもいい、と、お墨付きをもらってさえいる。逆に俺が一日目から参加するといったら、そこまでしなくていいと注意されたぐらいだ。
 俺がマーミルに何も知らせないのとはちがって、スメルスフォは彼女たちに危機管理に関する教育をしているようだし。
 だが、そうだとしても、あのアディリーゼはなぁ……。

 俺はベイルフォウスと別れ、再び長女を探しにダンスホールに戻ったのだった。

 ***

「これは、アディリーゼ嬢。お久しぶりですね」
「あなたは……」
 美しい雌牛の顔が、私の姿を認めてゆがむ。
 さっきまで舞踏場の派手な床を自信なく見つめるだけだったその瞳に、明らかな憎悪の色が浮かぶのを見て取って、私は背筋を震わせた。

「ああ……これは失礼。そういえば、正式な挨拶はまだでしたかな? 私はデイセントローズ。以前一度、<断末魔轟き怨嗟満つる城>でお会いしたかと思うのですが……」
 もちろん、彼女が私を忘れているはずはない。それどころか、忘れたくても忘れられないだろう。
 最愛の父親を殺した仇である私に、彼女は以前、剣を向けてきたのだから。

「もちろん……存じ上げておりますわ、デイセントローズ大公閣下」
 ささやくような声は、震えている。それは恐れのためか、それとも憎しみのためか。
 だが、以前のことを詫びるでもないところは、気の強さが表れているといえなくもない。

 私が一歩近づくと、彼女は一歩半離れる。
 その反応がおもしろくて、ついつい歩を進めてしまった。
「あ……」
 背に壁があたって、アディリーゼは青ざめる。
 獲物にはもはや逃げ場はない。
 ああ……こういうときにわき上がってくる嗜虐心は、実に心地いい……私があのお方の子であるという、何よりの証拠と思えるからだ。

「そう、怯えずともよいではありませんか。何も私はあなたをとって食おうというのではない。先日のことを気にしておいでなら、その必要もありません。なにせ、私は大公……下位の挑戦は、上位として受けるが義務……」
 ジャーイル大公の言葉を引用する。

 距離をつめるたび、彼女は嫌悪に身を震わせ、私は快楽を感じてうち震える。
「そんなことよりも、今はあなたの美しさに惹かれている、この気持ちの方が大事ではありませんか。アディリーゼ殿」
「いや……近寄らないで……」
 牛目が大きく見開かれ、じわじわと涙が滲んでくる。
 やはり、初対面の時は怒りで理性が吹き飛んだだけのことか。再度襲いかかってくるほどの勇気は、もっていないようだ。
「そう、怖がらず……どうか、姫君。今宵最初の栄誉を、お与えいただけませんでしょうか?」
 そう言って手をさしのべてみれば、よけいにその震えは大きくなった。

「おお、なんとも光栄ですな!」
 だが、突然、横から伸びてきた犬の手が、私の手に重ねられる。
「大公閣下にダンスを申し込んでいただけるとは、恐悦至極!」
 私は唐突に現れたその相手を、険しい目で睨みつける。
 長い耳をピンとたてた犬顔の女が、そこに立っていた。

「なんですか、あなたは……私はアディリーゼ嬢にダンスを申し込んでいるのであって、見も知らぬあなたと踊るつもりなど、毛頭ないのですが」
 冷静にそう言いつつ、手をひっこめると、その犬女はとぼけた顔で自分の耳の裏をかく。
「ええ、なんと……そうでしたか、それはすみませんでした、大公閣下。ですけど、こちらのお嬢様は……」
 犬女はやや緊張した面もちで、だが、目に強い力を込めたまま、私を見つめてくる。
 大公を相手に大した度胸だと、いえなくはないのだろうが。

「昨日、足をおいため遊ばして、今日はダンスができないようです。それに……うちの大公閣下が、お嬢様を捜しておいでで」
「あなたの大公閣下……」
 なるほど、つまりこの犬女はジャーイル大公の配下であるということか。度胸の据わり方は、主に似るのかあるいは……。
「では、私がアディリーゼ嬢をあなたの閣下……ジャーイル大公のもとまでエスコートいたしましょう。足を怪我されているというなら、なおさら」
「いやあ、まさかそんな!」
 犬女は大仰に驚いてみせる。
「デイセントローズ大公閣下に侍従のまねごとをさせるわけには参りません! そんなことをしていただいては、私がジャーイル大公にしかられてしまいます。我が大公のところに姫をお連れするのは、そう命ぜられた私の役目……どうか、デイセントローズ閣下は、我らのことなどお気になさらず、他の美女との交遊をお楽しみください」
 そういうや、犬女はアディリーゼを私の前からさらっていった。

 ふん……まあ、いいだろう。
 正直なところ、マストヴォーゼの小娘などには一遍の興味もない。
 今日のところは犬女の剛胆さに免じて、おとなしく見送ってやることにしよう。

前話へ 後話へ
目次に戻る
小説一覧に戻る
inserted by FC2 system