古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第四章 大公受難編】

20.配下になにやら、問題があったようです



 双子のお誕生日会から、数日が過ぎた。
 帰城したその日は、エンディオンにずいぶん心配されたものだ。
 心配といっても、それは前日にマーミルとジブライールが日も高いうちから帰ったことについて、ではない。俺があらかじめマーミルは予定より早く帰すつもりだと計画を語っていたから、それについて気にした様子はない。ただ、帰った二人の様子が少し妙だった、と家令は言う。
 何か問題があったのか、と、二人に確認したところ、急にそわそわとしだしたらしい。

 そうして「お兄さまが……」と、悲痛な顔で意を決したように口を開きかけたマーミルを、ジブライールが制止したのだという。
 そんなやりとりがあった上で、俺が予定より一日も早く帰宅したもので、何か問題でも起きたのかと心配になったらしい。
「お加減でも崩されましたか?」と、身の上を案じられたので、なにも問題はないと断言しておいた。
 ……うん、問題ない……はずだ。

 それから、ニ日目で帰ることになった理由――式典が中止になった事情を説明すると、ようやくホッとしてくれた。
 話がフェオレスと双子の決闘に及ぶと、エンディオンは妙に納得したように頷いていた。アディリーゼとの関係に、薄々気づいていたとのことだ。
 ……教えてほしかった。いや、まあ、そりゃあプライベートなことなわけだし、別にいいけど。

 いったん普段着に着替えてから、スメルスフォにもその件を報告したが、当然先んじて姉妹から説明があったようだ。もっとも、詳細を伝えたのは当事者のアディリーゼではなく、次女のシーナリーゼだったようだが。
 フェオレスがいずれ挨拶にやってくると言っていたことを伝えると、心得たように頷かれた。
 実は彼女もフェオレスとのことを少し知っていたらしい。まあ、母親だしな。今考えると、知っていたからこその放任主義だったのかとも思うが……俺にもちょっとでいいから、ヒントなり示していてほしかった。それなら俺だって、あんなに心配しなくてすんだのに。
 いや、プライベートな……いいけど。

 むしろスメルスフォは自分の娘の縁談のことより、俺とサーリスヴォルフの関係が悪化しないかということを気に病んでいるようだ。だからサーリスヴォルフが双子の敗北を予想した上で、なお乗り気だったことを伝えると、少し安心したようだった。
 実際、問題があればあったで、それなりに対応するだけのこと。だが、サーリスヴォルフのあの様子なら、全く心配はいらないだろう。
 それからなぜか、俺の幸せを祈られた。いやに訳知り顔の、慈悲深い表情で。意味が分からない。

 そうしてようやくホッと息をつき、平素の生活に戻っていたある日。
 驚くべき一報が、俺にもたらされたのだ。

 ***

「ワイプキーが爵位を奪取されました」
「…………え?」
 エンディオンの沈痛な言葉に、俺は眉を寄せた。
 今、家令はなんといった?

「ワイプキー子爵は昨日、下位の男爵の挑戦を受けたそうです。そして、破れたとの報せが参りました」
 え?
 マジで?
 え?

「ワイプキーって……あの、ワイプキー……だよな?」
「さようでございます、旦那様」
 俺の筆頭侍従の。
 うざい髭親父の。

「それで……殺されたのか?」
「いいえ、旦那様。相手は筆頭侍従とは旧知の間柄であったようです。敗北した後は許されたとのことです」
 まあ、話自体はよくあること、か。

 ワイプキーは子爵だ。
 下位の挑戦を受けて敗れたのなら、待っているのは死か爵位簒奪、つまり無爵という身分……それからまたもとの爵位を得るには、なんらかの功績を認められて叙爵されるか、別の爵位持ちから奪うしかない。
 ワイプキーは殺されなかっただけ、運が良かったのか。本人がその気なら、まだ爵位を得られる機会はあるわけだしな。
 普通ならそれだけのことだが。

「それで、旦那様。筆頭侍従の件ですが……」
 そう、それだ。
 単なる簒奪話なら、奪った者が相手の領地をそのまま引き継いで治めればいいだけの話だ。城に報告はきても、俺の耳にすら入らない些末事として、事務的に処理されるだろう。だが、奪われた方が大公の城の筆頭侍従となると……役職とか、どうなるんだ?
 なにせ、男爵時代の屋敷勤めは無爵の者ばかりだったから、初めての経験で予想がつかない。

「爵位を失った者は、筆頭侍従の任を解かれます。ゆえに、新任者をお選びになる必要がございます」
 新しい筆頭侍従。
「侍従にもなんとなく順位があるだろうから、普通にワイプキーの次位を選べばいいんだろう」
 俺がそういうと、エンディオンは実に複雑そうな表情を浮かべた。
「もちろん、通常でしたらそれでよろしいのですが……申し上げにくいことに、現在の侍従のうちには有爵者がおらず……つまり、現侍従は無爵の者ばかり、筆頭侍従の役を与えるには、地位の不足したものばかりなのです」

 大公の家令や筆頭侍従が爵位持ちでないといけないのは、俺だってもちろん知っている。だからこそ、筆頭でなくとも数人は爵位持ちがいるものと思っていた。なにせ、魔族にたった七人しかいない、大公の侍従なのだから。
 だが、そうか……確かに、俺が今まで目にした侍従の中に、子爵位を得られるほどの魔力を持った者はいなかったな。
 それでワイプキーが謹慎中は、その代役をエンディオンが務めざるを得なかったのか。
 それにしても、エンディオンにしてはずいぶん歯切れの悪い言い方をする。

「なら、領内の子爵の中から新しく選ぶ、ということになるか」
「そうなります、旦那様」
「……そのワイプキーの爵位を奪った者、に、任せてみるとか?」
「もちろんそれでもよろしいのですが……ただ、筆頭侍従を一から選ぶとなれば、この際ですし、侍従としての能力はもちろん、旦那様との相性も考えた方がよいかと」

 俺との相性、ね。
 駄目だ。男爵なら昔のなじみが数人いるが、子爵なんて誰一人思いつかない。伯爵でいいならティムレ伯とかいるのになぁ。
 侍従に向いてるかどうかはわからないけど。

「さらに、今後はこのように対応に困ることのないよう、他にも数人、有爵者を侍従に取り立てておくのもよいかと考えますが」
 まあそうだな。筆頭侍従が謹慎――は、めったにないとしても、爵位を争奪されるたびにエンディオンがその代役を務めねばならないとなると、家令としての業務に支障がでるだろうし。

「となると、まずは公募するか……やる気のない者を選んでも仕方ないし。その後に俺が面接する、という手順でどうかな」
「公募となりますと、かなりの応募があると思いますが、よろしいのですか?」
「そうかな? 筆頭侍従って、それほど魅力的な地位とも思えないんだが」
 むしろ、一人も応募してくれなかったらどうしよう、という感じだ。
 だって、常に主人と一緒にいなきゃいけなくて、しかもそれが大公だとなるとうっとおしくないか?
 何てったって、魔族は上位に行けば行くほど高慢で傍若無人、思いやりのかけらもないものだからな。
 ……あ、俺と魔王様は違うけど! 数少ない例外だけど!!

「それは旦那様。当然、お仕えする大公閣下にもよるとは思います。ですが、この城の城主は、長くデヴィル族が続いておりました。その事情を踏まえますと、恐らくデーモン族の子爵が張り切るのではないかと思われます。野心のある者なら下位の者でも、これをチャンスと子爵位に挑戦して爵位を得た上で、応募してくる者もおりましょうな」
 まあそうだろうな。だが、爵位の争奪がいつもより活発になるというくらいは、温厚な俺でも気にしない。

「ちなみに、参考までに聞くんだけど、ワイプキーってどうやって選ばれたの? ヴォーグリム大公の時に面接でもしたとか?」
 ワイプキーの年はたしか四百歳を越えたほどだと聞いたことがある。ヴォーグリムが大公位についたのは、三百余年――つまり、前魔王の時代と聞いているから、それ以前の代に侍従についた訳はない。

「先代大公閣下は思いつきと気まぐれで人事を刷新なさいましたので、面接など一切なさらず……。しかし、デーモン族であるワイプキー殿が大公閣下にお近づきになるのに、ずいぶんお力を尽くされたのは、間違いないようです」
 うん。あの髭親父なら、うまいことネズミに媚びたんだろうな、と思う。
「もっとも、筆頭侍従の地位についたからといって、特に重用された事実もございません。ヴォーグリム大公は、この城を支配された歴代の大公の中でも殊更、役職や地位に意味こだわりを認めていらっしゃらないお方でしたから」
 まあ、そうだろう。あいつは小物だったけど、態度だけは傲慢で傍若無人な上位魔族の見本のような奴だったから。

 だが本心をいうなら、俺だって別にそんな慎重に相手を選ぶべきとは思っていない。歴代の大公が筆頭侍従を適当に選んだというのなら、それに倣ってもいいんだけど。
 なぜって、エンディオンのような人材は、そうそういないのだ。時間をかけて選んでみたところで所詮は脳筋。だったら誰がなっても一緒だろ。
 ヤティーンみたいに俺の弱みを探すやんちゃ者でも、ウォクナンみたいに俺の頭をかじろうとする無礼者でも、別に構いはしない。
 俺はそう思うのだが、なんだか我が家令は慎重を期したいらしい。それだけ俺の身辺に、気を張ってくれているのだろう。有り難いことだ。

「それから爵位喪失の報告とともに、ワイプキー殿から私へ、私信がございました。その書中にて、旦那様へご挨拶したいとの希望が記されてございました。いかがなさいますか?」
 謹慎中なので自重してエンディオンを、それも私的に通してきたのか。
 ワイプキーにすれば、謹慎中でもなければ自由に出入りできるはずだったこの城に、今後は謁見の場でもなければ許可なく足を踏み入れられないわけだもんな。わかってはいたが、改めて考えるとシビアだな。

「もちろん、会おう」
 さすがに、謹慎中に爵位を失ったからといって、一目も会わずに「はいさようなら」
では情がなさすぎる。俺はあの髭親父のことは、そう嫌いではないのだし。ちょいちょい暴走してうざいのは事実だけど。
 ついでに、新しい子爵の人となりも聞いてみよう。公募はそれからでもいいだろう。

「俺の予定、どうなってたっけ? いつなら会えそうかな?」
 毎日仕事ばかりで代わり映えしない予定の詳細など、自分では把握していない。
「明日はさすがに急すぎますし……五日後の午後ならば、まとまったお時間がとれるかと」
「ああ、ならそうしてくれ。筆頭侍従の公募は、それからでもいいだろう。ワイプキーの意見も色々聞きたいし」
「承知いたしました」
 エンディオンはホッとしたような微笑を浮かべて頷いた。
 やはり同僚の行く末は、彼としても気になるのだろうか。

「他に何か問題は?」
「特に問題というわけではございませんが、旦那様。医療班より、報告書が届いております。お手元、右手の資料がそれでございます」
 ふと机上を見ると、横に置いた俺の手より厚い資料の束が……。
 医療班の報告書ってあれか? 例の、軟膏の分析とか……だろうな。
 パラパラと、めくってみる。うん。見事に文字ばっかりだ。
「あ……後で読むよ。うん、もうちょっと、まとまった時間がとれたときに……」
 なんでだろう。本はあんなにすらすら読めるのに。
 いや、ほんとに……重要なものだってのはわかってるんだ。わかってるんだが、今はちょっとこの分厚い資料を読む時間も気力も……ですね。
 後でちゃんと読むから。後で!

「そういえば、話は変わるけど、式典の贈り物。サーリスヴォルフにも主役の双子にも、好意的に受け取ってもらえたよ。さすがはエンディオンの選別だな」
「いえ、私はただ、過去の記録を紐解いただけでございますので」
 過去の記録、か。やっぱりなんでも、記しておくっていうのは大事だよな。書記官や記録係が重要なわけだ。
 もちろん、それをうまく活用できる家令や筆頭侍従の存在も。脳筋魔族であればあるほどに。
 あれ? 筆頭侍従って、重要じゃない?

「ああいう宝物って、一から集める訳じゃないよな。宝物部屋があったりするんだろ?」
 男爵邸にも小さな部屋があり、数点の宝物が保管されていたが、さすがにあれだけの品物を揃えられたのは大公ならではといえるだろう。それでもたぶん、ごくごく一部なのだろうし。

「宝物庫が別にございます。一度、ごらんになられますか? 珍しい宝物のほか、剣や盾などの武具などもございますよ」
 それは興味深い!
 ベイルフォウスと訓練の約束もしたことだし、いい武器がないか、ちょっとのぞいてみるか。

「後日ちらっとでいいから、のぞいてもいいかな?」
「もちろん、旦那様は城主でいらっしゃるのですから、いつ、どこを訪れられようと、ご自由です。宝物庫には管理人がおりますので、一報をいれておきましょう」

 そうして俺は、あといくつかの実務についてエンディオンと打ち合わせをすませ、医療班の報告書を手に、自室に戻ったのだった。

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