古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第四章 大公受難編】

32.人間の女性が弱々しいと、誰が言いましたか?



「おい、ベイルフォウス!!」
 俺は赤毛の親友がいるという部屋の扉を、乱暴に開けた。
 その瞬間。
「きゃああああ」
 えっ!
「し、失礼」
 女性の悲鳴に驚いて反射的に扉を閉じ、考えること数秒。

 いや、待て。
 なんで俺が自分の城で悲鳴をあげられて、退散せねばならないのだ。
 別に着替えの最中をのぞいたとかいう訳でも……。着替え?
 そういえば、ちらりと生足とか二の腕とか背中とか、胸の谷間とか……見えたような見えなかったような……。
 あれ? だけど目の端に、あの派手な赤毛を捉えたような気も……。

 ……。
 …………。
 ………………。

「ベ……ベイルフォウス! おい、ベイルフォウス! 中で何してるんだ! お前、まさか女性にいかがわしいことを強いてるんじゃないだろうな!!」
 ドンドンと扉を叩いていると、中からしかめっつらの親友が出てきた。
「人聞きの悪いことを言うなよ。俺は女に無理強いしたことはない。お前がそんなだから、マーミルが俺のことを誤解するんじゃないか」
 いや、マーミルの認識は正しいだろ!

「で、聞いたのか? あの親父に。マーミルの魔力が戻る方法を」
「もちろん聞いた。それでお前が俺に任せるといった理由も理解したよ!」
 失われた古代文字を紐解く、だなんて、俺が聞いても面倒だと感じるくらいなのに、ベイルフォウスがすすんでやるわけがない。
 いくらマーミルのためとはいっても、だ。

「よし、そうか。じゃあ、これ」
 ベイルフォウスは懐から一つ、手鏡を取り出した。
「これ……おい、まさか?」
「ああ。問題の手鏡だ」
 なんだよ! 持ってきてるなら、最初から出してくれればよかったのに!
「ちょ……こっちに向けるな」
 予想では、この手鏡が吸い取る魔力量は、今の俺が奪われても支障のないほど僅かなものだ。が、万が一そうでなかった時が怖い。この半減している魔力が、さらに半減したりするとしゃれにならない。

 だが、邪鏡ボダスと違って、その手鏡からは何の拘束力も感じなかった。少しくもった鏡面に、俺の姿がぼんやりと映っているだけだ。
「大丈夫。発動には、呪文がいるそうだからな。お前、読めるか?」
 そう言って、ベイルフォウスは鏡をくるりと回し、俺に背面を見せてくる。
「いや、全く」
 そこには虫が這ったような模様が刻まれていた。
 これが古代文字、とやらか? こんな線をくねらせたようなもの……本当に、意味があるのか?

「ちなみに、呪文は」
「言うな。後でガストンに聞く」
 俺は手鏡をベイルフォウスから奪い取り、懐にしまいこんだ。
 ちなみに、おいすがってきたオジサンは、引きはがしてあの部屋においてきた。今頃ぶるぶる震えながら、俺の帰還を待っていることだろう。

「まあ、一つだけ持ってきても、意味ないとは思ったんだがな」
 ん?
「どの鏡にマーミルの魔力が奪われたのか……それとも、複数から一斉に奪われたのか、わからないだろ?」
 あれ? ……そう言われれば……そうなるのか。
 しかも、俺の目でも鏡が奪っているはずの魔力を見ることさえできないとなると……。
 ベイルフォウスとジブライールにこっそり魔力を返すとか、無理じゃないか?

 いや、ジブライールはいけるか。マーミルの魔力を返すときに、一緒にいてもらえればいいだけだしな。それはそう難しいことでもない。
 問題は、ベイルフォウスだが……。あいつはこの程度の減少なんて、なんの支障も感じていないだろう。実際何一つ、気付いてないわけだし。
 最悪、なかったことにさせてもらおう。
 それよりも、今はこの部屋の中のことだ。

「それより、ベイルフォウス! ここで何してるんだ。いや、っていうか、この中にいるのは誰だ!?」
「もちろん、お前のためになるだろう娘たちだよ」
 俺が詰め寄ると、ベイルフォウスは待ってましたといわんばかりに、大きく扉を開いた。
 その向こうには、露出度の高いドレスに身を包んだ人間の娘が三人、いた。

 その態度に恐怖をにじませながらも、彼女たちがベイルフォウスに向ける目は、どこか陶然としている。
 あれか……また、この赤毛のたらし能力が発揮されたのか? 魔族の女性だけじゃなくて、人間にも有効なのか? ほんとに特殊魔術か何かじゃないのか?

 三人のうちの一人には見覚えがある。確かそう、食堂で働いていた元気な娘……イーディスだったか? その娘じゃないか。
 イーディスも俺が以前の客だと気づいたのだろう。視線が合うと、すがるような目を向けてきた。

「おい、ベイルフォウス。これは一体、どういうことだ。マーミルがすねたんで、女性をさらうのはやめたんじゃなかったのか?」
「ああ、自分のために“全員”連れ帰るのはな。この三人はお前のために連れてきたんだ」
 さっきから何いってるんだ、こいつは。
「あんな目にあったんじゃ、魔族の女なんて、お前にとってはしばらく恐怖の対象になるだろうと思ってさ。ジブライールへの態度を見るに、俺の予想は外れていないようだし」
 意味が分からない!
 まだ俺がジブライールに恐怖心を抱いているだなんて、言うつもりか。そんなことないのに! そんなこと、ない……ない、よな……?

「その点、人間の女ときたら、触れるにもよほど注意しないと、すぐに壊れてしまいそうなほど弱々しい。なんだっけ……ほら、お前の言っていた“可憐な女性”だっけ? つまりはそんな感じだろ?」
 お前が可憐という言葉の意味を、全く理解していないということだけは、よおくわかったよ!
「だいたい、土産がムサい男一人だなんて、さすがに俺だってそこまで無神経なことはできないさ」
 いや、現状が神経を使った結果だというなら、どうぞ無神経になってください。むしろお願いします。
 だいたい、人間を三人――ガストンは仕方ないとして――も連れて帰るより、手鏡を全部回収して持って帰ってくる方が簡単だと思うのだが、どうだろうか!

「俺なら相手の見た目や年齢は気にしないが、お前はそうでもないだろう? だから若くて人間にしては見目のいいと思われる、胸の大きな娘を選んできた」
 いや、あの……。
「さあ、選べ! それとも三人ともいっとくか? 相手は人間だ。さすがにお前だって、全員一度に相手をしても大丈夫だろ? 心配するな。三人には、色気でお前を陥落するよう、けしかけてある」
 バカなのかな。ベイルフォウスってバカなのかな。

「頼む、ベイルフォウス。帰ってくれないかな? でないと俺、腰の剣を抜いてしまいそうなんだ」
 震える手をぎゅっと握りしめ、俺はベイルフォウスにひきつった笑みを向けたのだった。

 ***

「ああ、ガストンさん!!」
「おお、イーディス、ミナ、それに…………」
 今、俺の目の前では、ガストンと三人の娘による感動の再会が……。
 感動の……あれ?

「それに……? 君、誰だっけ?」
「あ、初めまして。私、マリーナといいます」
 娘の一人が、ガストンに向かって深々と頭をさげる。
「ああ、これはご丁寧に。ガストン商会の社長兼ガストン宝具店店長の、ガストンです。今後はぜひ、うちの店をごひいきに」
 ……。

 どうやら三人のうちの一人とは、初対面であったようだ。
 ちなみに、娘たちには元の服に着替えなおしてもらった。少し、残念そうな表情で顔を見合わせられたのは、意外だったが。

 とにかく、四人はお互いの無事を喜び合っている。
 少しの間、そっとしておくことにしよう。
 手鏡のことをガストンに確認するのは、後でいいだろう。

 俺はベイルフォウスが町の上空に展開したという術式の書かれた用紙を手に、椅子に深く腰掛ける。
 魔術を打ち消すには、まずその術式を理解しないと。
 改めてじっくり見てみるが……。
 ああ、うん。やっぱり、何度見ても百式だよな。五枚四層の、見事な百式一陣だ。
 それも……。

 あいつ、炎の術式の時には単純な文様しか描かないくせに、なんで今回に限ってこんな複雑なんだ。丸や星なんかは定番だが、なにこれ……わけのわからん文様が、いっぱい描かれている。
 俺は割と文様には詳しいほうだと自負していたのだが、それでもこれを一目で解読して、とっさに効果を打ち消すのは無理だ。

 やばい。意外に難解だ。無理に帰す前に、解説をしてもらうんだったか。
 例えば、一層なんかは完全に炎の術式を表している。これを含めてどうして氷の魔術になるんだ?
 ベイルフォウス……こういうところがあるから、あいつは侮れない。
 仕方ない、効果のわからない文様は、一つ一つ展開して試してみるしかないか。と、なると、解読には少し時間がかかりそうだが……。
 いや、待てよ。

「あ、あの……」
 声をかけられて顔をあげると、目の前には四人の人間の姿があった。
 術式に没頭している間に、感動の再会は終わったようだ。
 彼らを代表して声をかけてきたのは、イーディス。食堂の娘だった。

「あの、お兄さん……ですよね? 目の色は違うけど、去年、うちの店にきてくれた……」
「ああ、あの時は人間に見えるように、色を変えていたから」
 正確に言うと、目の色が違う色に見えるように魔術で幕を張ったんだが。
「じゃあ本当に、お兄さんも……<魔族>なんだ……」
「ああ」
 しかも大公ですけどね。魔族の中でも、そこそこ高位ですけどね。

「でもあの……お兄さんのことは……信じていい、ですよね?」
 信じて……とは、どういうことだろう。
「あの……あたしたち、さっきの赤毛の……方、に、お兄さんをその…………元気にするように、いわれて……」
 イーディスが、頬を真っ赤にしてもじもじとうつむく。
 ベイルフォウス!!

「あいつの言ったことは、気にしないでくれ。君たちの貞操については、何の心配もないと断言しておこう」
 俺の確約で、女性たちは強ばった表情を、いくらかゆるめたようだった。
 だが、イーディスにも以前の気安さはない。
 まあ、森で五十人を殺害されたばかりか、目の前で町を氷漬けにされたんだ。俺がやったことではないとはいえ、同じ魔族。恐怖心を抱かない道理がない。

「大丈夫、大丈夫! 心配するな、イーディス!」
 俺の言葉を後押しするように、朗らかにそう叫んで娘の肩を抱いたのは、ガストンだ。
「この城主様は“いい”魔族様だよ! あの怖い赤毛の魔族が氷漬けにした町を、元通りに戻してくださるそうだし、我々のことも無事、帰してくださるそうだ!!」
 まあ、確かにそのつもりだけども。
 急に元気になったな、ガストン。
 ついさっきまで泣いて消沈していたのが、嘘のようだ。

「このガストンと約束してくださったから間違いない! ああ、そうだとも」
 そうしてガストンは、やや抑えた暗い声でこう続けた。
「引き替えに、私の財産はすべて差し出す覚悟だが、全く問題ないさ。ああ、町のみんなが元通りになるならな」
「ガストンさん……」
 イーディスが、同情心も露わにガストンを見つめる。

 ……なんだろう、このオジサン。なんかイラッとする。
 さっきまで町のことはどうでもいいと言っていたことを、思わず口にしたくなるじゃないか。

「バカね、こんなお城に住んでいる魔族様なのよ。ガストンの財産なんて、見向きもなさらないわよ」
 イーディスやガストンを押し退けて前に出てきたのは、気の強そうな顔立ちの……たしかさっき、ミナと呼ばれていた娘だ。
「魔族様。町を救ってくださるお礼が、私自身ではいかがでしょう?」
 片腕で不自然に脇を締めて胸を強調し、もう片方の手で長い髪をかきあげてくる。
 なんだろう、この娘。エミリーを思い出すな。
「ミナ! 何言ってるの、アンタ!」
「あん」
 イーディスがミナの腕を引いて、強引に自分の方へ向き直らせた。
 それから俺の見ている前で、二人の娘は背を向け、小声で話しだす。

「変な声ださないで。気持ち悪いわね」
「バカね、イーディス。これはチャンスなのよ? 見てみなさいよ、このお城。それに、さっきのドレス。こんな豪華なお城に住んで、あんなきれいなドレスを着せてもらえて……しかも、肝心のお相手が……」
 二人で俺の方をちらりと見てくる。
「あの男前よ? 心惹かれない方が、どうかしてるわ」
「バカなことをいわないでよ。いくらあのお兄さんが信じられないくらいに素敵でも……まあ確かに、それは…………でも、魔族よ? 魔族なのよ? 残虐非道で、冷酷無比な魔族。町を一瞬であんな風にしてしまった、魔族の一員。それを、わかって言ってるの?」
 あの……すみません。丸ぎこえなんですけど。
 なんか、いたたまれない気分になるんですけど。

「町は元に戻るのよ。何を心配することがあるの。私はさっきの赤毛の魔族が相手だって、かまわないわ。むしろ、色気がたまらなかったくらいで」
「あー、おほん」
 聞くに堪えない。
 どこが弱々しいんだ、人間の女性のどこが。
 しかしまあ、好意的に解釈すれば、不安が高じてこのハイテンションということも考えられなくはないが。

「四人とも、無事に連れて帰る。心配するな」
 そこ、あからさまにがっかりしない!
「それに、町もできる限り元に戻すつもりだ。だからといって、礼なんぞどんな形でもいらない。ベイルフォウスが気まぐれに氷結したのを、俺が気まぐれに解くだけのこと。だいたい、氷漬けになった人間を解氷したからといって、無事に蘇生となるかは保証の限りではないしな」
 四人は町のことを気楽に考えていたのかもしれない。俺の言葉に少し表情を強ばらせた。

「とにかく、その対処には時間がかかる。君たちは準備ができるまでの間、ここでゆっくりしていてくれ」
「あの、時間ってそれはどのくらい……」
「それはまあ、今日一日か、十日か……まだなんとも言えないな」
 町に向かうには、最低でもベイルフォウスの術式が解けてからでないと。二度も足を運ぶ羽目になるのは、できる限り避けたい。

「あの……だったらせめて、あたしたちを先に町に帰してもらうことはできませんか?」
「君たちを先に?」
「はい」
 イーディスはしっかりと頷く。
「あたしたちと一緒にいた女の人たち、今頃みんなとても不安がってると思うんです。自分たち以外の人は氷漬けになって、あたしたち四人はさらわれて……今頃どうしているか、心配で……。それにあたし、考えたんですけど、こんなに時間がたったらもう、氷も溶けているんじゃないかって。ほら、今日ってよく晴れてたし!」
 なるほど、割と脳天気に感じたのは、ベイルフォウスの魔術が氷だったせいで、自然解氷の可能性があると考えていたからなのか?

 だが、残念ながら、それは不可能だろう。ベイルフォウスが炎ですべてを塵とする代わり使用した魔術だ。それはつまり、相手に確実な破滅をもたらすつもりで生み出したものだということ。
 実際にあの複雑な術式をみる限り、熱源を近づけたからといって、簡単に溶けるようなものができるとは思えない。
 だが何も正直にそう伝えて、不安をあおることはないだろう。

「わかった。今日中になんとかできないようであれば、それも考えてみよう」
 俺の言葉に、イーディスはようやくホッとしたような表情をみせたのだった。

「それから、ガストン。この手鏡のことで、確認したいことがあるんだが」
 俺はベイルフォウスから受け取った手鏡を、懐から取り出して宝具屋に見せる。
「おお、聖宝鏡!」
 ガストンが俺から奪いとる勢いで手を伸ばしてきたので、手鏡を高く掲げた。
 その瞬間。
「アルファッスタラーラ!」
 唾と共に、聞いたことのない言葉がガストンから発せられる。

「…………」
「…………」

 こいつ……手鏡の効力を発動させて、俺の魔力を取ろうとしたな?
 だが、残念!
 鏡には布を張ってあるのだ!
 俺は鏡面を見せながら、ガストンににっこりと笑いかけた。
「研究熱心だな、ガストン」
「ひっ」
「子供にしか効かないと思っていても、試さずにはいられなかったということか?」
 俺はじりじりと後じさるガストンの肩を、がっしりと掴んでみせる。

「ところで、お前、ちゃんと古代文字とやらが読めるんじゃないか」
 俺が耳元でささやくと、ガストンは乙女のような悲鳴をあげた。

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