古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第五章 大祭前夜祭編】

45.頭痛を感じるのは、たぶんお気楽な配下のせいです



「で、なぜお前なのだ」
「ベイルフォウスのせいです」
 即答だ。
 こいつ……弟のせいだと言えば、私が黙るとでも思っているのか? もっとも……それが真実である可能性は、限りなく高いが。

 今私は、己の在位三百年を祝う大祭、その総轄役である大祭主を務めることになったというジャーイルから 珍しくも執務室でなく、謁見室で挨拶を受けている。
 魔王を祝う大祭といえば、魔族にとっては一大事のはず。
 だというのに、大公になりたてのジャーイルがその大役に選ばれたと聞けば、選定理由を尋ねたくなるのも無理からぬというものではないか。

「まあ、よい。それで?」
「それで、とは?」
 何もわからない振りをするのはやめろ。
「大祭行事の概容はプートより報告があり、これは了承済みだ。そなたが大祭主に就任したことも、その時点ですでに承知しておる。故に、ここにやってきた目的を聞いておるのだが?」
「だって魔王様! 魔王様は知らないでしょうけど、俺はこの数日、領内へのちょっとした外出どころか、城の中にいてさえ極度の緊張を強いられていたわけなんですよ」
 知るか。
「魔王様のところに来たくても、来れない日々が続いていたわけなんですよ!」
 永遠にそんな日が続けばよかったのにな!
「病気にでもなっていたか」
「まあ、そんなもんです」
 嘘をつけ! 殺しても死ななそうな図太い男のくせに!

「それが、ですよ? ほら、見てください。もうばっちり回復!」
 いや、見ても何もわからないのだが。シャツをまくって、力こぶを見せつけてくる意味も、全く理解できないのだが。
「またこうして魔王様のところに遊びに来たり、できるようになったわけですよ」
「今、遊びにって言ったか? 遊びにって!」
「え? 言いましたっけ、そんなこと」
 目をそらしやがった!

「言ってないなら、今お前がここにいる目的を申してみよ」
「えー。もちろん、ご挨拶ですけど? 今日からちょいちょい、魔王城で運営会議を開くので、まずは魔王様に就任のご報告含め、ご挨拶をと」
 報告はプートから受けたと言っただろう。
「うざいから、いちいち来なくていいのに」
 思わず本音が漏れてしまった。

「え? 何かいいました?」
「ご苦労だった、と言っただけだ。目的を果たしたのなら、さっさと出て行け。以後、会議のたびにいちいち挨拶など来ずともよいぞ」
 ジャーイルならやりかねない。会議で魔王城を訪れる度、挨拶に来られたりしたら、うっとおしくてたまらない。来るなと釘を刺しておかないと。
 あとは、そうだな。儀仗長にもよくいいきかせておこう。
 大公であろうが、弟であろうが、ジャーイルであろうが、私の許可なく居場所を教えるな。当然、知られても通すな、と。
 ……ウィストベルを例外として。

「ちょ……ひどくないですか、その手。犬を追い払うみたいな仕草、やめてくれません? 傷つくなぁ」
 勝手に傷つけ。むしろ、傷つけ。

「それより、聞いてくださいよ!」
 それより?
 出て行けとはっきり言ったはずだが、聞こえなかったのだろうか?
 それからジャーイルは、プートの開催したという大祭を決めるための<大公会議>でのやりとりを、逐一語り出したのだ。
 だから概容はプートに聞いたといっただろうが!

「で、プートとベイルフォウス! 意外にも本当に話し合いだけしたみたいで」
「それはそうだろう。大公位争奪戦できっちり決着をつけるのだろう? その前に逸って戦う理由はあるまい」
「いや、まあ……そう言われればそうかもしれませんけど……でもあの二人、殴り合う気、満々に見えたんですけどね。でも、その結果俺を大祭主に勝手に決めるとか……あり得ないと思いません? 絶対いやがらせですよね! 本人の意思も確認せずに決めるだなんて、横暴だと思いません?」
「ほう……つまり、そなたは予の在位を率先して祝うなど、面倒以外の何物でもないと、そう言いたいのだな?」
「そんなこと、ひとっことも言ってませんよ。やだな。被害妄想気味じゃないですか?」
 今のは不敬罪に問うても、誰も文句をいわないよな?

「あ、そうだ! 魔王様から何かご要望あります? 行事に対することでも、それ以外でも」
「特にない。だからもう行ってよいぞ。というか、行け」
「えー。せっかくなんだから、わがまま言っていいんですよ? 遠慮しないで、ほら」

 無 視 か !

 相変わらずウザい。
 なんでこいつ、こんなにウザいんだ。
 あと、笑顔がいつもうさんくさい。
 なのになぜ、ウィストベルはこいつにご執心なのだ!!
 いや、待てよ……。

「そうだな……要望というか、まあ考えていたことは一つあるが」
「なんですか?」
 こいつがデヴィル族なら、きっと犬の尻尾が生えている。そして、いつもうるさいくらいぶんぶん振られていることだろう。
「魔王城を新築せよ」
 私の言葉に、ジャーイルの表情が笑顔のまま固まる。

「聞こえなかったか? 魔王城を、新しく建て直すのだ。ここではない、別の場所にな」
「えーと? それって……えっと……」
「もちろん、すべてお前にまかせる。予とウィストベルの居住性を第一に、そのお粗末な脳味噌を使って、この世に二つとない快適な城を構想せよ」
「そんな、無茶な……」
 いつも脳天気なジャーイルが、本気で困っているようだ。

「考えてみれば、予とウィストベルの関係を知っているそなたが大祭主に選ばれたのは、幸いであった。そなたも我らのために力を尽くせるとあっては、今から気が逸って仕方ないであろう。これは忠臣にしか、できぬこと故な」
「あ、いや……確かに忠臣ですけど……ですけど……城って……」
「わがままを言ってもよいのだろう?」
 私がニヤリ、と笑うと、ジャーイルは観念したようにがっくりと肩を落とした。
「わかりましたよ……頑張りますよ……」

「詳細に困ったときは、城の者に相談せよ。魔王城のなんたるかを、実際に誰よりも知るのは現状勤めている者たちであろうからな。そなたにすすんで協力するよう申しつけておく。心配するな」
「くそ、ベイルフォウスめ」
 なぜそこで弟の名?
「承知しました。この件に関しては、魔族の一大事。全大公一致で事にあたらせていただきます」
 いつもはどこか間の抜けた表情を、珍しくキリリと引き締めている。
 だがどうせ、一瞬で崩れ去るに違いない。
 なぜならば。

「ところで、その弟から聞いたのだが、そなた……プートの城では随分人目をはばからず、大胆な行為に及んでいたそうだな? ……ウィストベルと」
 案の定、ジャーイルはたちまち顔を青ざめさせ、情けなくもオロオロしはじめた。
 本当にこいつ、魔族の強者たる大公なのか?
「ああ、いや……違います。それはベイルフォウスがきっと大げさにいっただけで、プートの城では何も……」
「“プートの城では”?」
 私とて、この小心者が他者の城で事に及ぶとは思っていない。
 そうとも。思ってなどいなかった。
 今の言葉を聞くまでは。

「と、いうことは何か? プートの城では何もしなかったが、別の場所ではウィストベルに手を出した、ということか?」
「あ、いやいや。違います! 俺から手を出すだなんて、そんなことあるわけがないじゃないですか!」
「“俺から”? つまり、ウィストベルから手を出してきたとでも……」
「いやいやいや。そんな意味じゃなかったんです! 出されてません! ウィストベルからだって……何も………………何も、されて………………されてないと…………思って……るし……」
 意味深に口ごもりやがって!
 しかも、「何もされてないと思ってる」
ってなんだ。どういうことだ。
 そのアタフタする様子がもう、肯定しているようにしか見えん!!
 こいつ……本当にウィストベルと何かあったのか?

「いや、魔王様、落ち着いて! 大丈夫だから、本当に大丈夫だから、ちょっと落ち着いてください!」
「黙れ、この痴れ者」
 私は王座に立てかけた黒の剣を鞘から引き抜いた。
 その結果、ジャーイルは血をまき散らせながら、破壊音と悲鳴を伴って窓から姿を消したが、まあいつものことだろう。

 しかしこれで暫くは、ジャーイルも魔王城に来ても私のところへ来ている暇などなく、我が平穏は守られるはず!
 ただ……。
 気になるのは一点。
 ウィストベルとジャーイルの間に、何があった。というか、本当に何かあったのか!?

 私は一人になった謁見室で、勝利に酔いしれるはずが、複雑な心境を握りつぶすような気持ちで、拳を震わせたのだった。

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