古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第五章 大祭前夜祭編】

46.兄弟揃ってわがままを言われても困ります



 んー。
 確かにわがまま言っていいとはいったけど、魔王様も限度ってものを考えてくれないとなー。

 城を建てろって。
 城って!
 簡単に言ってくれるよね。
 魔王城なんて、住んでいるのに全容を把握できていない俺の城よりまだ広いんだぞ。
 それを、今の準備期間を入れるとしても、あと百五十日ほどで建てろと言うのか!
 ……まあ、魔族の能力をもってすれば、できないことはないかな。

 とりあえず現魔王城の見取り図を手に入れないと。それから建築関係に向いた人員を各領から集めて、設計図をおこして……。
 なんか秘密の通路とか秘密の寝室とか……秘密の部屋をつくらないといけない感じだ。つまり、魔王様とウィストベルが、誰にも邪魔されずに逢い引きして、そのままいられる部屋……ってことで。
 ただでさえ、大祭主なんて面倒くさい役目を負っているってのに。
 まあ、それ以前の問題だけど!
 さすがにこの大事業を、俺一人で負うつもりはない。細かいチェックは俺がするにしても、他の大公も全員巻き込もう。っていうか、勝手に受け持ち場所とか決めてやろう!
 大祭主を押しつけられたんだ。礼はきっちりとさせてもらわないとな!
 それでもたぶん、忙しさで俺は死ぬ。

 とにかく今は、運営会議に出席しないと。
 俺は頭から流れ出る血をふき取りながら、もう一度魔王城の正面に戻って玄関から入りなおし、今度は会議室に向かった。

 大祭主を押しつけられたあの日から二日後の今日が、初めての大祭運営会議の日だ。
 魔王城の中会議室では、各領から五人ずつ、委員にと選出された総勢四十名が、俺の到着を待ちかねているはず。
 脳筋だから逆に、なのか、決められた時間とかはちゃんと守るんだよね、魔族って。

 そうして、謁見室から中会議室へとたどり着いてみると――。
「と、言うわけだ。気合い入れて頑張れよ! 手ェぬいた奴は殺すから、覚悟しとけ!」
 なぜか、運営委員たちを相手に発破をかける、親友の姿があった。

「ベイルフォウス……なにしてるんだ、お前。っていうか、なぜここにいる?」
「なぜって、ここにいるんだから当然、運営会議に出席しにきたにきまってる」
 ちょっと待て。

 俺は残りの運営委員たちの数を数えてみる。
 俺とベイルフォウスをのぞいて三十九だ。四十人いるはずなのに、三十九人しかいない。
 ちなみに、デヴィル族とデーモン族の比率は六対四、男女比も六対四だ。
 つまり……。

「おいベイルフォウス。まさかお前も運営委員の一人なのか?」
「ここにいるんだから、当然だろ」
 即答だった。
「いや、お前……意味わからないから。大公がただの運営委員に? そんなの聞いたことないんだけど!」
 俺が信じられない、という顔で指摘すると、ベイルフォウスはさも得意げな顔でこう答えた。
「まさにそれが狙い目だ。他ならぬ、兄貴の在位を祝うための大切な大祭。運営委員とは、その方向性を主導する大事な役目だ。それを弟の俺が、赤の他人に一任して黙っていられるはずないだろう!」
 赤の他人で悪かったな!
 めんどくさいな。こいつ、本当に面倒くさいな。

「それなら、最初から俺に役目を押しつけないで、大祭主を引き受けろよ!」
 にんまり顔の素描を思い出して、イラッとした。
「だから、手紙に書いただろ? そうできたなら、最初からやってる。だがこれがプートと話し合った結果なんだから仕方ねぇだろうが。あいつは俺が大祭主なのは、頼りないとかいいやがるし……俺だってあいつがやるのは絶対許せん」
「それでなんで、俺になる」
「デイセントローズが、お前ならどうかと提案してきてな」
 デイセントローズ!? あの、ラマの奴がいらないことを言ったのか!?
「プートはお前のことを真面目な奴だと思っているらしくて、拒否しなかったし、俺もまあ……お前なら、俺がこうして参加しても文句はいわないだろうし、いいかと思ったわけだ」
 いや、なんで文句いわないと思った?

「でもお前がこうして参加するなら、大祭主をやらなくても同じ事だろう。よく、プートが承知したな」
「馬鹿かお前。運営委員の選別は、各大公に一任されているんだぞ。俺が誰を選ぼうと、他の奴には関係ない」
「…………つまり?」
「ふふん。まさかプートだって、俺がこうした形で運営委員に影響を及ぼそうとは、考えもしていないだろうな!」
 なに自慢げに言ってるんだ。馬鹿はお前だろ!

 誰を選ぼうと関係ない、か。
 確かにそうかもしれないが、しかしどうなんだ。
 こういう委員に、各領地からまとめ役として、公爵クラスが一人参加するのはわかるんだよ。
 でも残りの四人は侯爵以下の、それもどちらかといえば下位の者から選ばれるもんなんじゃないの?
 俺のところだってそうだからね。五人のうちの一人は、副司令官と同等の実力を持った公爵を選んで参加させている。
 けれどその他は、以前の大祭を経験したことのある伯爵か子爵だ。それは魔王領を含め、他領の委員だって大差ない。

 だって大祭運営委員会なんていったって、実際は大祭主に選ばれた大公が好き勝手に振る舞って意見を貫こうとするのを、承認するためだけの委員会だろ?
 それをフォローするとなると、下手に対抗心とプライドの高い上位魔族はむしろ邪魔だと思うんだけど。
 いや、もちろん俺はそんな無茶も勝手も言わないつもりだし、ちゃんと話し合っていろんな事を決めていきたいと思ってるけど。

 けれど、ベイルフォウスのところの人選。
 自分自身が参加している時点で、もう意味が分からない。なのに残り四人中三人も副司令官、あとの一人も公爵って、どうなのそれ。大公一人と公爵四人って、どれだけこの運営会議でぶちこんでくるつもりなの?
 副司令官って、確か各領地に四人ずつしかいなかったよね?
 だから、せいぜい運営委員に選ぶにしても、一人が限度のはずだよね?
 だって他にも自領での催しの指揮役とか、大騒ぎするに決まってる臣下の取り締まり役だとか……そういう重要な役目があるはずだよね?
 なのになんで、運営委員に三人も連れてきてるの?
 他の役目も兼任させる気なの?

 いや、その副司令官たちが事務能力に優れてる、とか、協調性がある、とかならわかるよ?
 でもどう見ても、いいですか?
 ベイルフォウスのところの副司令官とか、プートのところなみにムキムキの男性ばっかりで、しかもさも脳筋の極みです、っていう覇気あふれる顔つきしてるんだけど!
 おかげで下位の委員たちが、ちょっと萎縮気味に見えるんだけど!

「ところでお前、なんでいつも魔王城で怪我してんの? それも頭ばっかり」
 なぜかな! 君のお兄さんが、頭ばっかりねらってくるからかもね!
「そんなことはどうでもいい」
「いいのか? 血がでてるけど?」
「血なんてそのうち止まる。中が割れてないから大丈夫だ。それより、会議を始めるぞ」
 俺は流れる血を拭いつつ、議長席についた。

 会議室の席は、一対多数の配置になっている。
 幅の広い重厚な机を前にした正面席に議長が座り、残り全員が対面で腰掛けるようになっているのだ。
 二席ずつで一つの机を共有し、それが三固まりで一列は六席、後ろに九列延びているから、全部で五十四席あることになる。
 列は一段ずつ、昇り階段になっていて、議長は他の議員から、一斉に見下ろされる形だ。
 会議室、というよりは、講義室、といった方がピンとくるのではないだろうか。
 ベイルフォウスはその最前列のど真ん中……二席分の机を、一人で占めていた。
 まあ、それくらいは仕方ない。

「では、みんな揃っているようだし、さっそく第一回目の運営会議をはじめよう」
 俺は深いため息とともに、その台詞を吐き出した。
 初回の運営会議の目的は、大祭の正式名称を決定するのがまず第一、<大公会議>で決まった大祭行事の具体的な内容の決定が第二、第三に大祭の運営方針や指標について話し合って、時間があればその他の細々したことも決めねばならない。
 新魔王城の築城については運営会議ではなく、改めて大公を招集して、意見を出し合うつもりだ。

「よし、じゃあとりあえず、ジャーイルが大祭主なのは仕方ないとして、副祭主は当然、俺がつとめる」
 ベイルフォウスはやる気満々だ。
 だが待ってほしい。
 本来、副祭主などという役はない。
 なにが当然なのか、全くわからない。

 各人の手元には、以前までの大祭の例を書き連ねた資料が配られている。
 それによると、役は大祭主をのぞけば祭司と書記が各領一人ずつで、残りの三人ずつが平委員となっている。
 祭司というのは大祭主の指示を仰ぐ時間がないときや、それほどの案件でもないときに、決定権を持つ役だ。当然、各領の公爵がついている。
 書記の役割は言うまでもないだろう。地位に関係なく、能力の向き不向きで決定した。
 残り全員がついた平委員は大祭の間中、二人一組であちこちに出向き、問題がないかを確かめ、意見を集約し、大祭主や祭司の指示を現地に伝達する。いわば実働部隊だ。
 だが、そんな風になるはずが、ベイルフォウスが副祭主だなんて役についたものだから、ただの委員が一人不足になっている。おかげで一組だけ、三人組になってしまった。
 だが、その状態に異を唱えようとする者は、一人もいない。

 大祭の正式名称も、さくっと決まった。
 <魔王ルデルフォウス大祝祭>だ。こういうときは、単純な名称の方が好まれるらしい。
 そして、<大公会議>で開催が決定された、大祭行事について話し合うところなのだが。

「各城で行われる舞踏会を除けば、主行事の数は七つ、大公の数もちょうど七だ。せっかくだから、一人が一つの行事を指揮してはどうかと思うんだが」
 大祭主が行事全ての責任者になるわけではないし、運営委員会が全ての行事を取り仕切るわけでもない。そんなことまでするのでは、俺と四十人ではとても足りない。
 この会議で決めるのは、各行事の責任者とその基本方針だ。そして始まってからは、問題があった場合の対処などに限られる。  それに、こういう大切な行事では、大公全員が等しくなんらかの責を負うべきだろう。

「ま、いいんじゃないか? その場合、俺は大公位争奪戦を担当させてもらうがな。自身の発案だし」
 当のベイルフォウスが賛成すれば、ほかの者から反対の声はあがらない。
 そんなわけで、他の担当者もさくっと決まった。

 まず、<大公位争奪戦>の担当は自薦のとおり、ベイルフォウス。
 <音楽会>という名の乱痴気騒ぎを、アリネーゼ。
 世界を駆けめぐる<競竜>の指揮に、デイセントローズ。
 <美男美女コンテスト>の運営は、サーリスヴォルフ。
 <爵位争奪戦>を監督する役に、プート。
 <恩賞会>の担当が、ウィストベル。
 そして、全日を通して行われる<パレード>を管理するのが、俺、ジャーイルだ。

 どうだろう。俺って健気じゃないか?
 と、いうのも、恩賞会は魔王城で行われるし、それを与えるのは魔王様自身だ。だから責任者はその間中、ずっと魔王様の側にいなければいけないのだ。いや、いけないということはないかもしれないが、普通に考えると、たぶん、いるだろう。
 そこへ敢えてウィストベルを推した俺。
 魔王様は、俺にもうちょっと優しくしてもいいと思う。

 あと、美男美女コンテストとパレードの発案者はアリネーゼだが、コンテストの方は責任者当人が一位だと、色々大変だろうと思ったから外した。そしてパレードを俺が引き受けたのは、道順を決めたかったからだ。
 イーディスにああ言った手前、少しは人間の町にも気をつけてあげたいと思っている。

「よし、じゃあ、そういうわけでこれが大公位争奪戦の日程表な!」
 争奪戦を言い出した本人なんだから、構想はもとからあったんだろう。ベイルフォウスは自ら大公位争奪戦の日程や取り組みまでちゃんと考えてきたらしい。
 早速、全員にその概容が書かれた紙を配って……いや、配下に配らせている。
 ほんとにやる気満々だな。

「全部で十一日だ。対戦順は表の通り。一日に基本は二戦ずつ、最終日のみ、俺とプートの一戦で締める。ちなみに、すべての日程において、大公位への挑戦を受けつける。ただし、挑戦できる相手は、当日の戦いに不参加の三名に対してのみだ。だが十一日だけは、全員に対しての挑戦を受け付けることとする。せいぜい好きな日、好きな相手に挑戦しろ」
 ただでさえ常から好戦的な顔つきなのに、この場のすべてが挑戦者であるかのように睨みをきかせながら、ベイルフォウスはそう説明した。
 おかげで、委員たちの間に緊張感が走る。
「この件に関して、異論・反論はあるか?」
 あの、ベイルフォウス君。
 そんな絶対反論なんて許さない、って顔で見回したらね、そりゃあ誰も発言できないと思うんだけど?

「ジャーイル。お前はどうだ?」
「いや、特に異議はない。日程も……不都合はないしな」
 むしろ一日目に俺とウィストベルの戦いが組まれているのを確認できて、ホッとしてるところだ。
 万が一、ウィストベルがあの鏡を本当に使ったとしたら、彼女が最初に勝負に負ける相手は俺、ということになるからな。その感触によって、次の使用を決定するだろう。
 まあ……ウィストベルを相手に戦うというだけでドキドキして、本気を出せない可能性もない訳じゃ、ない。でも、さすがにそうだとしても、百分の一のウィストベルには、負ける気がしないんだよな……。

 ちなみに、俺とベイルフォウスの対戦は……十日目だ。少なくともそれまでには、ベイルフォウスの魔力も戻してやらないといけないだろう。でないと僅かな減少とはいえ、不公平だろう。俺は万全なのに、ベイルフォウスは以前より減っている、というのは。

 俺からも反対がないと知って、ベイルフォウスは満足げにうなずいた。
「じゃあ、そういう訳で、俺は退席する」
 は?
 今、ベイルフォウス君は、なんと言いましたか?  気のせいかな。気のせいじゃなかったら、殴っていいかな?
「すまん、聞き逃した。もう一度」
「ああ、別にたいしたことは言ってない。会議を抜ける、といっただけだ」
 気のせいじゃないようだった。
「理由を聞いてもいいかな?」
 俺は念のため、笑顔で拳を握りしめた。

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