古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第五章 大祭前夜祭編】

47.終わりよければすべてよし



「後は適当に決めてくれ」
 いやいやいや。
 お兄ちゃんのための大祭だぞ!
 がっつり関わるんじゃなかったのか!?
「おい、ベイルフォウス! なにを勝手な」
「大会方針についてなら、“全員好き勝手に騒げ”が俺の意見だ」
 意見いっときゃいいってもんじゃないからね!
 手を抜いたら殺す、って言っていたのは誰だ?

「バカいうな。ちゃんと最後まで参加していけ!」
「だがな、ジャーイル」
 ベイルフォウスは立ち上がり、俺の側までやってきて、小声で言った。
「実際、俺とお前……二人も大公がいる状況だぞ? 参加者の顔を見てみろ。萎縮しきって、さっきからほとんど誰も発言しないじゃないか。だから、な?」
 いや、「な?」じゃないから!
 そんなのわかりきってて、それでも君は参加してきたわけだろうが?
 だいたい、萎縮しているのは君と君のところの公爵たちのせいだからね?
 俺は関係ないからね?

「大丈夫。この失敗を考慮して、次回からは代理を立てる」
 会議には来ないが、副祭主の座は確保したままってことか。
 こいつ、わざとだろ。

「お前……いくらなんでも、それは勝手すぎだろ」
「だったら」
 ベイルフォウスはため息をついた。
 いや、つきたいのはこっちなんだけど?
「毎回、会議の終盤あたりには出席する。これでも俺なりに、気を使ってるんだぜ?」
 なら最初から、委員に名を連ねようとするなよ!
「それに、どうしてもお前が絶対参加しろ、っていう時は、必ず最初からいるようにする。それでいいだろ?」
 そんな、自分が折れたみたいな雰囲気を醸し出されても!

 だが……一理あることはあるんだよな。
 ベイルフォウスの奴は俺には気安いが、実は大多数の魔族からは色欲と残虐性が原因で、かなり恐れられていたりする。気が短いのも、知れ渡っているし。
 それに俺と違って、外見からして好戦的で挑発的で嗜虐的だから、余計だ。
 こいつがいない方が、議論は活発になるだろうと予想はできるが……。

「わかった……とりあえず、それで妥協しよう。だが、会議の重要な決議には参加すること。俺が要望したときは、最初からいること」
「ああ、必ずそうする」
「それから、遠からずまた大公を集めての会議を招集する予定だ。そのつもりでいてくれ」
「承知した」
 ベイルフォウスは俺の肩を二度ほど軽く叩くと、ほかの誰に挨拶をすることもなく、部屋から出ていった。

 そして、それからの議論はどうなったのか、といえば……。

「パレードに参加の者は薄着かつ肉欲的であるべきだと、我が領主はおっしゃっておいででした!」
 声高にそう主張するのはアリネーゼの配下の公爵だ。
「いいや。我が主におかれましては、公序良俗を鑑み、大祭にふさわしい重厚な衣装を身にまとって、威厳を持って行進すべきだと仰せであり……」
 プート麾下の副司令官が、低い声でそう主張する。

 さっきまでとはうって変わって、大変活発に意見交換がなされている。
 ベイルフォウスが退室した途端、あきらかに会議場の雰囲気が緩んだのだ。
 ベイルフォウス配下の公爵ですらそうなのだから、どれだけあいつが怖がられてるかわかるというものだ。
 ……ちょっと、同じ立場の者としては、複雑な気分にならざるを得ない。

 しかし、プートのところの副司令官はやっぱりごついな……どうみても、ごついな……。
 こんな奴が六人、一斉に襲いかかって来たわけか……。

「ジャーイル大公閣下」
「あ、はい」
 なに?
 じっと見てたのがバレたのか?
 それとも俺を同僚の敵と知って、恨んでる……ないな。
 真相についての手紙を書いたのは昨日で、出したのは今日だ。今頃プートの手元にくらいには届いているかもしれないが、その部下がその内容を知っているはずはない。それに簒奪が日常的、かつ個人主義の魔族で、簒奪者を恨むなんて、家族かよほど親しい間柄のものでないとあり得ない。

「閣下はどう思われます? ……パレードの、衣装についてですが」
 プート麾下の副司令官が、俺に四角い目を向けてくる。
「まあ、俺は……どちらかといえば、プート……いや、君の方に賛成かな」
「ですが、発案者は我が主君、麗しのアリネーゼ様です。せっかくご自身がそのお楽しみのためにパレードを提案なさったというのに、そのお望みの光景を目にできないとあっては、あの花の顔に悲しみの影が落ちてしまうやもしれません。それでもよいと、みなさまは申されるか?」
 行進者が薄着でないと、発案者が悲しむからと言われても、意味不明で困るんだけど。
 パレードは魔王様の為に行われるんだけれども。

「いやいやどうして。困ったアリネーゼ大公も、よいかもしれんのに」
「ああ、それはそれで、そそるかもしれません」
 デヴィル族の男性委員の間で、ひそひそと交わされる言葉。
 それに、アリネーゼ配下の公爵は、ピクリと反応した。

 結局、プートとその副司令官である公爵に、アリネーゼの配下の公爵が折れる形で意見の決着がついたようだ。
 おそらくさっきのささやきで、多少の心境の変化があったのだろう。

「では次に、美男美女を選ぶ大会についてだが」
「それについては千年ごとの例を踏襲する、ということでよろしいのではないかと」
 公爵の一人が声をあげる。
「その千年ごとの例を、俺はいまいち詳しく知らないんだ。説明してもらってもいいかな?」
 疑問に思ったのは俺だけで、他の者はほとんど知っているようだ。
 まあそうだな。前回行われたのは三百年ほど前だというし、今回選出された者たちは千歳以上の者が多いようだから、当然の反応なのだろう。
「では、大公閣下のためにご説明いたします。何か誤りや記憶違いがあれば、どなたでも訂正していただきたい」
 プートの配下は、口調も主君に似て固い。

「まず、投票についてですが、魔王城の前地に巨大な石の投票箱を設置します。これは、開票するその時に割られるまで、決して中をのぞかれることはありません」
 なら、巨大な石箱の建設からはじめるわけか。しかし城を建てるのとは違って、それくらいなら一瞬でできそうだが。
「票を得たいがため、宣伝に力を入れるものもおります。ですが、基本は誰が誰に投票してもよいとの決まり通り、対象者は成人した全魔族であり、とくに立候補するための枠があるわけでもございません」
 子供に投票権はない、と。
「締め切った後集計をし、五十位より上位について発表がありますが、千位までは名鑑が作られ、各公文書館に配布されます。デヴィル族、デーモン族、それぞれと、それから総合版を男女別でとなりますので、合計六冊となります」
 俺が見たのは総合版だな。アリネーゼとウィストベル、マストヴォーゼとベイルフォウスが一緒に載っていたから。

「五十位より二位までには、それぞれの地位に応じた名声と褒賞が与えられます」
 ん? 二位まで?
「一位は?」
「一位はむしろ奉仕しなければなりません」

 二位までは褒美をもらえるのに、一位だけは奉仕?
 なにそれ、どういうこと? 初耳なんだけど。

「投票は、基本的に一人一票、無記名で行われます。が、その際に自分の名前を敢えて書いて投票した者には、特別の賞が与えられることがあるのです。それが、第一位の奉仕です」
 え? ごめん、さっぱり意味がわからないんだけど?

「第一位になった者に対して、自分の名を明かして投票したものの中から無作為に一名が選ばれ、第一位よりの奉仕が」
「ちょっと、その奉仕の具体的な内容を聞いてもいいかな?」
 奉仕奉仕って言われても!

「まずは第一に、肖像画を描かせる権利です」
 はい?
「名前まで明かして投票してくれているというのは、本気で好意を抱いてくれているからこそです。ですので、一位の者は投票相手に対して、感謝の気持ちを表さねばなりません。お礼に自分の肖像画を一枚、贈るのです」
「……へえ…………」
 ですので、に繋がる意味がわからないけど、とりあえず相づち打っておこう。
「裸体ですと、大変喜ばれるでしょうね」
 今の発言、誰かな。

「第二に、一昼夜の権利です」
 はい?
「投票してくれた相手というのは」
 好意はもうわかったから!
「ですので、その相手のところに一泊する義務が生じるのです」
「は?」
 思わず声がでてしまった。
 なぜ、自分に対して投票してもらったからといって、一泊する義務が生じるのか……俺にはちっとも理解できないのだが?

「もちろん、招待する方は自分のできる限りの範囲で、饗応しなければなりません」
「要するにこの際だ、あわよくばやっちまえってことですよ!」
 誰だ、今の下品な発言!
 さっきと同じ奴か?
「気に入れば相手をそのまま手込めにするもよし、というか、既婚者にとってはまたとないチャンスですからね」
 公然と浮気できるチャンスって意味か?
 というか、今のは完全に女性の声だったんだけど!

「そうそう、これを機に交際につながり、結婚するケースもありますしね!」
「そのまま監禁コースもたまにあるけどな! ハッハッハ」
 なにさらっと明るくとんでもないこと言ってるの?
 なんでみんな、和気藹々な感じになってるの?
「そうそう、相手が好みのタイプだったりしたら、むしろごちそうさまという」
「今から愉しみでたまりませんね!」

 っていうか、なんでお前等、一位の気分で話してるんだよ!
 それにいいことばっかり想像してるが、逆のパターンは考えないのだろうか。
 仮に一位になったとしよう?
 名前を書いてくれた中から抽選、ということは、全く面識のない相手のところに泊まる可能性大ってわけだ。相手が弱ければ、別になんということもないが、相手がもし自分より強ければ……襲われる可能性はこっちにあるんだけど?

 俺の疑問に、誰かがこう答えた。
「だからなんです! 一夜くらい、誰が相手でも楽しめばよいではありませんか!」

 ……もういいや。
 今までずっとこうしてきたんだ。ああ、魔族ってのは、そういうもんだよな。
 だいたい俺には関係ない話なんだから、気にしないでおこう。

 しかし、ということは……前回の第一位はデーモン族はウィストベルとベイルフォウス、デヴィル族はアリネーゼとマストヴォーゼだったわけだけど。
 まあ、全員大公だしな……誰も関係を強制なんてできなかったろうし、そもそも誘われて困るのは愛妻家のマストヴォーゼくらいだろう。
 いや、娘たちの年齢からいって、マストヴォーゼだってその頃は独身だった可能性が高い。それに、もしかすると大公でさえなかったかもしれない。
 となると、むしろ四人とも喜んで応じたという可能性のほうが、高い気がしてきた。
 そして今度も三人はそのままだろうし、うん、心配いらないな。

 会議はそんな調子で、他の行事についても意見が交わされていった。
 こまごまとした方針なんかが着々と決定されていき、第二回目の会議を十五日後と定め、魔王様への報告書をきれいにまとめて、初回の運営会議は閉会したのだった。

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